──銃声が、市街地に鳴り響く。
攻め込んできたカイザーPMCの兵士たちは、理事の指示に従い建物を次々と破壊していく。
アビドスに住まう人々の逃げ惑う姿に愉悦を覚えていた理事は──ふと、僅かな違和感を抱いた。
『……妙に人の数が少ない気がするな。……気の所為か?』
そもそも、砂漠化の進んだアビドスに残っている人が少ないのでは?……と言ってしまえばそれまでだが、それにしてもこんなにも少なかっただろうか……
ここで止まっていれば、まだ取り返しがついたかもしれない。しかし、全てが自分の思い通りにことが進んでいると悦に浸る理事は、"寂れたアビドスに残っているのはこの程度か"と決めつけてしまった。
……己の利益しか考えず、土地を奪うことばかりに気を取られ、そこに住まう人々の思いを無視し続けてきたオートマタは気付かない。
──背を向け逃げて行く住民たちの瞳に、一切の恐れの色がないことを。
獲物を弄ぶ肉食獣のように、兵士たちは銃口を突きつけ住民たちを追い立てる。自分たちが優位に立っていると確信している彼らは──散り散りにならず、一定の方向に向かって逃げて行く人々に誘導されているということに、最後のその時まで気が付くことは無かった。
「──今だ、嬢ちゃんたちっ!」
『……?何を言って──ッ!?』
アビドスの住民たちが通り抜けたとある区画に、カイザーPMCの兵士たちが足を踏み入れたその瞬間──轟音が、鳴り響く。
──それは、両脇を囲むように聳え立つ廃ビルの基盤部分の破砕音。
核を失った建造物は、その自重を支えることが出来なくなり──PMCへと覆い被さるように、倒れていく。
『そ、総員退避──ッ!!』
倒壊に巻き込まれぬようにと、大慌てで逃げ出そうとするPMC……しかし悲しいかな、いくら大通りとはいえ、密集した軍隊がスムーズに離脱するにはあまりにも狭すぎた。
◇
『……なに、が…おきた?』
先程まで蹂躙を続けていたはずの我が軍隊──その三分の一の反応が、一瞬にしてロストした。
……それだけでは無い、倒壊した際の衝撃とそこから生じる爆風に飲まれ、軍用ヘリは軒並み墜落。また飛んできた瓦礫によって、前方部隊は文字通り壊滅していた。
理解が及ばず唖然とするPMCとその理事──彼らを、さらなる衝撃が襲う。
視線の先、倒壊したビルの先に見えるは、半円形のハニカムシールド。そのシールドは、先程まで逃げ惑っていたはずの住民たちを守るように展開されていた。
「ふぅ……何とか間に合って良かったぁ……」
『──ッ!!貴様らァ……!!』
──それが誰の手によって展開されたものかを理解した理事は、激昂する。
邪魔をしに来るとは思っていたが、カオナシも小鳥遊ホシノもいない今、取るに足らない相手だと思っていた。……それがどうだ?ほんの僅かなうちに自慢の軍隊は大打撃を受け、統率も著しく乱されて……
『よくも我がPMCの兵士たちを……!こんな事をしてただで済むと思っているのかッ!!』
──対策委員会ッ!!
理事の怒りとともに、兵士たちは今も尚シールドを展開しているユメへと銃口を突き付けるが──当の本人は全くと言っていいほど意に介さない。
「……それはこっちのセリフだよ。私達の大切な居場所を傷付け、奪おうとするあなたたちを──」
──私達は、絶対に赦さない!!
普段の彼女からは考えられない程の激憤を露わにしながら、ユメは武器を構える……が、決して冷静さを失うことはない。
これから先、より戦闘が激しくなることを理解している彼女は、シールドの形状を変化させ後方を空ける。
「大将たちは逃げてください。ここから先は、もっと危なくなるから。──後は、私たちに任せて」
「……すまねぇな、いつも面倒事を押し付けちまって。……本当は、大人である俺たちが何とかしなくちゃいけねぇのによ……」
「気に病まないでください。……適材適所、みなさんはみなさんのすべき事をお願いします」
「……承った!……全員、戦闘に巻き込まれないように直ぐにこの場を離れるぞ!」
「「「おうッ!」」」
大将を先頭として、住民たちは一目散に離脱していく。……その間もPMCは体勢を整えた者から銃撃を与えていたが──ユメの展開するシールドには、微塵の綻びも見受けられなかった。
◇
忌々しい、忌々しい、忌々しい……!いくら初手で大打撃を受けたとはいえ、こちらにはまだ三百を超える兵士がいるというのに──
『──何故未だに、あの小娘のシールド一つ砕けないッ!?』
怒声を響かせる理事の声には、確かな焦りが含まれていた。撃てども撃てども砕ける気配の見えぬそれは、ユメがジリジリと前へと歩みを進めることでPMCに圧を与える。
砕けぬ壁がにじりよってくるというのは確かに恐ろしい。……それでも、本来であれば左右に散開するなどしてやれば、未だに姿を見せぬ対策委員会のメンバーが現れようとも圧倒的な物量差で蹂躙することだってできるのだが……それすらも、叶わない状況へと追いやられていた。
『──くっ、面倒な……!』
──PMCの左右を囲むように、これみよがしに、罠と言えないほどあからさまに設置されたワイヤーと、その先に繋がれた爆弾の数々。
下手に横にズレようものならワイヤーに引っかかり、連鎖爆発に飲み込まれることは必至……故に、迫り来る壁を前にしてただ後ろに下がることしか出来なかった。
……しかし、彼らもただやられたままでは終わらない。
『──理事!戦車隊の砲撃準備が整いました!』
『……!総員一斉に後退、戦車隊は前に出ろ!!』
理事の指示により、歩兵と戦車の位置が入れ替わり──全ての砲門が、ユメ一人へと向けられる。
『無駄に手こずらせおって……二年前、デカグラマトンに大人しく殺されておけば良かったものを……っ!』
『戦車隊!奴のシールドに向けて一斉に砲弾を撃ち──』
「──今だよ、みんな」
"放て"──と、理事の命令が最後まで紡がれることはなかった。
逃げ道を制限するようにピンと張られていたワイヤー──その全てが、何者かの手によって取り払われる。……カイザー側は誰一人として触れていないにも関わらず、目の前で起きたその事象に──直後、我が身を襲う惨状を理解した彼らは大いに慌て取り乱す。
味方を押し退け逃げ出そうとする者、物陰に隠れ爆発をやり過ごそうとする者、理事の盾になろうとする者……様々な行動をとる者がいる中で、一つ言えるのは──PMCの統率がこの上なく乱されているということ。
……如何な行動を取ろうと既に時遅し。逃げるも隠れるも時間が足りず、理事及びPMCの兵士たちを、大規模な爆炎が飲み込んで──……
『……?』
……──何も、起こらない。
五秒、十秒……そして、一分。……一向に、爆発する気配はなかった。
『は、ははっ……何だ!何も起こらないではないか!寄りにもよってこのタイミングで不発とは、それもひとつ残らず!』
『所詮は現実を直視出来ない愚かな子供、焦るあまり不良品でも掴まされたか!?……憐れだな、対策委員会ッ!天運はやはりこの私に味方をしているようだ……!』
"あぁ、実に愉快だ!"──理事は目の前に立つユメを、未だに姿を現さぬ対策委員会を……騙され、愚かな選択をしたホシノを嘲り笑う。
理事につられ、PMCの兵士たちも一機、また一機と笑い声をあげ──アビドスの市街地に、不快な笑い声が響き渡った。
──その反応こそが、彼女らの狙いであるとも知らずに
◇
「──不発弾でも、不良品でもない。そもそも、道の左右に爆弾なんて一つも設置していない」
いくらユメが防御に長けているとはいえ、自爆紛いの攻撃をする事を許すはずがない……そんな選択肢は、初めから存在していない。
「今の数で散られたら、いくら皆が強くても守りきるのが難しいからね。全てはあなた達をバラバラに移動させない為のブラフ……っていう理由も当然あるけど、実際にはそれが全てって訳でもない」
シッテムの箱を持ち、ユメの背後に聳えるビルの屋上にて仁王立ちしながら先生は語る。
「──人は、危機を脱したと確信したその時が一番無防備になる。張り巡らされていたワイヤーのように、ピンと張り詰められた緊張が解けたその瞬間……あなた達が最も油断するであろうこの瞬間を生み出す事こそが、私たちの狙い」
「……ふふふっ…あまりにも予想通りの反応すぎて、却ってこっちが欺かれてるんじゃないかって思っちゃうよ」
静かに笑みを携えながら、先生はこれまでずっと、今か今かと待機し続けてきた者たちへと指示を出す。
「アヤネちゃん、ムツキちゃん、ハルカちゃん──ド派手にやっちゃって」
「了解です、先生!──ドローン全機、発進します!」
『くっふふ〜♪まっかせて、せーんせっ♪』
『は、はいっ!み、皆さんの邪魔をする奴は、すべて壊します……!』
◇
嘲笑を浮かべるPMC──彼らの頭上に、影が射す。
一機だけでは、一ヶ所だけではない……無数の影に覆われた彼らは、視線を上へとずらし──
ドドドドドオォォォォンッ!!!!!
──再びの衝撃が、PMCを襲う。……先程よりも規模は小さい、しかし先程と違って隊列の中心部を狙って投げ込まれた爆弾の数々は、彼らに想像以上の被害を与えた。
"117"──今この場に残存する、理事を含めたカイザー陣営の残り機数である。
「一人十機くらいかな?──総員、突撃開始」
先生の指示とともに、これまでずっと身を潜め続けていた者たちが一斉に姿を現した。
『た、対策委員会が現れたぞッ!』
『べ、便利屋68!?何故こちらに銃を向けて──ッ!?』
最早、民間軍事企業という肩書きが一切の意味をなさない程に、PMCの兵士たちは一機、また一機と無情にも撃破されていく。
──これまで散々人の思いを踏みにじり、搾取し続けて来た報いを受ける時が今、訪れた。
◇◇◇◇◇
場面は移り変わり──PMCの護送車の先導のもと黒服の研究所へと向かっていたリンとホシノは、漸く目的地へと辿り着いた。
……なお、この場には既にPMCは居ない。向かっている途中で理事からの呼び出しを受けたのか、慌てた様子で踵を返し来た道を帰っていくのを二人は目にしていた。……通信機越しに聞こえた理事の声色からして、どうやらユメたちはかなり優位に立ち回っているらしい。
「先輩…ここ、って……」
「……アビドス高等学校の旧校舎。ここの地下に、黒服の研究施設がある」
勝手知ったる様子でリンは隠し扉へと近づくと、一切の躊躇いなく扉を開けてしまう。もしかしたら罠が仕掛けられているかもと警戒していたホシノは大慌てで駆け寄るが……結局、何も起こらなかった。
しかし当然の事ながら、"なら別にいいか"とはならない。あまりにも警戒心の薄すぎる先輩にぷんすかと怒りながらも、ホシノはリンの前に立ち向かいくる悪意を退けようと全力で警戒しながら進んでいった。
「──お久しぶりです、リンさん。小鳥遊ホシノさん、は……一体何をされているのでしょうか?」
「……お前を俺に近付けさせたくないんだとさ」
ホシノは大きく手を広げながらリンの前に立ち、威嚇するように黒服を睨めつける。その様はまるで──
((……
「むっ、今何か失礼なこと考えなかった?」
「……いや別に?それよりも先ずは──」
……ぐだぐだになりそうな雰囲気を何とか修正しながら、彼等もまた本題に入る。
「──黒服、テメェうちの大事な後輩にどんな契約持ちかけやがった?」
住民のみなさんにもちょっと体を張ってもらいました。
柴大将はもちろんのこと、砂漠化が進んでもなおアビドスに留まり続けていた彼らもまた、少なからずアビドスに愛着を抱いているんじゃないかと思ったので。
ちょっとカイザーボコボコにし過ぎたかもって書いてる途中で思いました。……でも別にいいか、カイザーだし。この位は残当ですよね。
次回は、黒服がホシノに持ちかけた契約の内容が明らかになります。
是非お楽しみに|´-`)チラッ