「……何故、そのような事をお聞きになるので?」
「ことの次第によってはお前をシバくためだけど?」
「……何故?」
一切オブラートに包むことなく、敵意剥き出しで告げられたその言葉に、黒服は心底理解ができないと言いたげな様子で首を傾げる。
別に自分は契約を破ったりしたわけでもない、リンとの契約では確かに"アビドス高等学校に関わるものに対し、黒服からの一切の干渉を禁ずる"という内容も含まれていたが、その期間はとっくに過ぎているのだから。
「……そうだな、確かにお前の言う通りだよ。お前が誰とどんな契約を結ぼうと、相手が望んでるんなら後はお前の自由だ」
「──けどなぁ、うちの大事な後輩に手ぇ出そうってんなら話は別だろうがッ!!」
そう、理解はしている……だが、納得はしていない。──ホシノに悪意を持って接そうとするのであれば、如何な理由、如何な相手であろうと容赦はしない。
リンはそのまま前へと一歩踏み出し、黒服の胸ぐらを掴みあげ……掴み、掴……
「……ホシノォ!気持ちは嬉しいけど、今は別にいいからっ!」
「ダメです!先輩はあんなばっちぃ黒ふ……黒ハゲに触れちゃいけませんっ!!」
……黒服に触れさせまいとするホシノに行く手を遮られ、終ぞ胸ぐらを掴むことは出来なかった。
「…………ハゲてなんかないですけどね、私」
◇◇◇◇◇
せっかく真面目にやろうとしたのに、再びぐだぐだとした雰囲気に戻ってしまったリンたちは、黒服の用意した椅子に座ってある書類に目を通していた。
その書類は、黒服がホシノに持ちかけようとした契約書──その原本である。
「……本当にこれだけか?」
「えぇ、それだけです。……だから言ったではないですか、"何故そこまでお怒りになられているのですか"と」
「言ってねぇよ……言ってたとしても分かりずらいわッ!」
"バァン!!"と机に叩きつけられた契約書──そこに書かれていたものは、予想していたものよりもはるかに緩かった。……何せその内容は──
「──俺がやってたことが、他の人にも再現可能なのかって……」
「それだけではありませんよ。再現出来た場合に、どのような変化が齎されるのか、個人差があるのかというのも研究内容に含まれます。……いえ、むしろ其方の方が主ですね」
……会話の流れから察することができるように、黒服がホシノに持ちかけようとしていた契約というのは──"ビナーとの戦闘時に見せた現象を、リン以外の人物も発生させることが出来るのか"というのもであった。
なんせ、これまで彼以外にかの現象を発生させたという前例はなく……ならば他の人はどうなるのかというのを知りたくなるのが研究者としての性。
危険性がないことは既にリン自身が実証済みであり……更に言うなれば、必ず自身の監視の下で行うと明記されている。
……それだけではない。契約を結ぶ際の開始時期はホシノの卒業後となっており、例えホシノが先輩二人の静止を振り切って黒服と契約を結ぼうとしたとしても、そもそもそのような事は不可能だったのだ。
「……確かに、今でも生徒に
「ですがそれ以上に、リンさんが敵に回ってしまう方のが私達にとって好ましくないので。……これから先も、貴方とは良好な関係を築いていきたいですからね」
「そうか…そう、かぁ……」
気の抜けた様子で机に突っ伏しながら、リンは"そうか"と繰り返す。……自分がちゃんと契約書を読んでおけば、先輩に、みんなに不要な気苦労をおわせる事がなかったのかなと、申し訳なくなったホシノは小さく"ごめんなさい"と呟く。
「……別に謝らなくていい。寧ろホシノが契約書を読まなかったおかげで、今俺はこうして正体を隠さずに接することが出来てるんだからな」
「むしろ今回は黒服が全面的に悪い、契約内容に俺が関わるなら事前に俺に話を通しておけよ……」
……リンの抱いた不満は、決して見当違いなものではない……が、どうやら黒服にも考えがあって敢えて伝えなかったらしい。
「少し前のリンさんであれば、もし伝えてしまったら確実に逃げ出すと思っていたので」
「……これでも、ほんの少しだけですが負い目は感じているのです。何せ私がお二人に契約をもちかけていたことで、リンさんは左腕を失い、小鳥遊ホシノさんは二年近くリンさんと離れ離れになってしまったのですから」
「なので、少し無理矢理な形にはなりますが、お二人が再会出来る場を用意しようと考えていたのですが……」
「……いえ、今はこの様な話をしている場合ではありませんでしたね」
"直ぐにお持ちしますので、少々お待ちください"──珈琲を飲み干した黒服は一言断りを入れると席を立ち、部屋を後にする。
カイザーを欺くのと、黒服と先輩を二人きりにしないためにこの場へと訪れていたホシノ。二年前と同じで胡散臭いことには変わりないが、二年前と余りにもかけ離れた言動に、彼女は理解が追いつかず……黒服が部屋を出て行くまで、終始無言になってしまっていた。
「……はっ!」
扉の閉まる音と共に再起動したホシノ。……リンが黒服に何かを頼んでいたということをたった今知った彼女の慌てようはそれはそれは凄まじかった。
「ど、どどどっ、どういう事ですか先輩ッ!?黒服なんかに頼み事するなんて、気でも触れてるんですかッ!?」
「おち、落ち着けホシノ、これには理由が……っ」
……詰め寄るホシノと何とか落ち着かせようとするリンの攻防は、黒服が戻ってくるまでの間、繰り広げられていた。
「すみません、お待たせしまし……………事後?」
◇◇◇◇◇
乱れた服装*1を正しながら、三人は再び席に着く。
──机の上には、黒服が持ってきた、厳重に保護された一つの箱
「……小鳥遊ホシノさん、貴方は──」
「大丈夫、先輩から話は聞いたよ。……だからこそ、私はこの目で確かめる責務がある」
全てを受け入れる覚悟を決めたホシノの目を見て、"これ以上は無粋ですね"と黒服は口を噤み──蓋を開く。
箱の中には──傷一つない、白銀色の義手が一つ
「これが……」
「えぇ、こちらが私、マエストロ、ゴルコンダ……ゲマトリアに属する三名が、リンさんの
黒服の言葉通り、これは二年前のホシノとの戦いの際に千切れ、黒服によって買い取られたリンの左腕を元に作成された──この世にただ一つの、
「……理論上、こちらの義手であれば使えるようになる筈ですが……如何せん、前例がありません。もしかしたら……」
「その時はその時だ。……時間が惜しい、早く取り付けてくれ」
「……承知しました。分かっているとは思いますが、壊れてしまえば二度はありませんので、戦闘を行う際には十分に気をつけてください」
黒服はリンの要望通り、義手を付け替えようとし……ホシノがその行動に、待ったをかける。
(……今から告げる言葉は、自分勝手な、自己満足のエゴかもしれない。……それでも、今此処で見ているだけなんてできない)
(これは私の罪で──私が、向き合わなくちゃいけないことだから)
「お願い。──先輩の義手をつけるのは、私にやらせて欲しい」
ホシノは椅子から立ち上がり、黒服に、そして張本人であるリンに頭を下げて頼み込む。
……今はまだ、エンジニア部製の立体映像投射装置によって見た目だけは生身の腕と遜色ない。しかし、義手を新しいものに付け替えるとなれば当然、今付けている義手は外す必要がある。
先輩の腕が欠けた姿……それを直視してしまえば、彼女は大いに取り乱し、ともすれば反転してしまう可能性だってない訳ではなかった。……それ故に、先程黒服は"本当にこの場に残るのか"と訊ねようとしていたのだが──……
「……く、ククッ……いやはや、私も随分と──」
──絆されてしまったものですねぇ
二年前、リンと出会う前の自分であれば嬉々として了承していたであろう彼女の提案を断ろうとしているという、過去の自分が聞いても絶対に信じないであろう己のあまりの変わりように、思わず笑いが込み上げてきてしまう。
(……まぁ、悪い気はしませんけどね)
「小鳥遊ホシノさん、貴女の覚悟はよく分かりました」
「……ですが、全てをお任せすることはできません。義手を取り付けるのには専門的な技術が必要ですので」
「……」
「……なので、貴女は私が取り付けている間、リンさんの義手を支えていてください」
「……!」
自分でも、無茶な事を言っていると思っていた。断られるとも思っていたのだが……返ってきたのは了承を示す言葉。
驚きの余りに思わず顔を上げてしまったホシノの目に映るのは、どこか苦笑した様子を見せる黒服の姿。
続け様に、ホシノは己が先輩へと訊ねるが……当然のように、リンもまた了承の意を示す。
「ホシノはやりたいんだろ?……なら、断る理由がないな」
「先輩……ありがとう、ございます……っ」
「……さて、リンさんの了承も得られたことですし、早速始めましょうか」
◇◇◇◇◇
「──先ずは今付けている義手を取り外します。あまり時間は掛けていられませんので、こちらは私の方で手早く終わらせます」
「あぁ、頼んだ」
義手の接合部が分かりやすいように、リンは手首に装着していた投射装置を外し……血の通わぬ、機械仕掛けの腕が露となる。
「……ッ」
分かってたはずだった、理解していた、はずだった……先日再会した時に、先輩の左腕だけが冷たかった事は実感していたはずなのに……
実際にこうして腕の無い先輩の姿をまざまざと見せつけられると、自分の犯した罪の重さに押し潰されそうになってしまう。胸を締め付けるような苦しさを覚え、次第に動悸が激しくなっていくが……それでも、決して目は逸らさない。
「外し終えたので、次は装着を行います。……小鳥遊ホシノさん、箱から新しい義手を取り出してください」
「……うん」
震える手で、ホシノは義手を持ち上げる。……これをつければ、先輩は能力を以前みたいに使えるようになるかも知れないと事前に説明を受けていた彼女は、決して落としてしまわないようにと大事に抱えながらリンの隣へと歩みを進める。
そのままリンの肩へとあてがうと、黒服は手際よくリンの腕へと義手を取り付けていく。
お願いします、お願いします、お願いします……どうか、先輩がまた昔みたいに能力を使えるようになりますように
義手の装着が終わるまで……否、終わってからもずっと、ホシノはひたすらに祈り続けた。
◇◇◇◇◇
「……どうですか、リンさん」
「……うん、今までで一番よく馴染む」
感覚を確かめるように、握って開いてを繰り返す……黒服には申し訳ないが、今までの義手はどうしても外付けの補助具という感覚をぬぐい去ることが出来なかった。……でも、今は違う。
「……じゃあ、試すぞ」
深呼吸を繰り返し、神経を研ぎ澄ます。位置を変えるのは、自分とホシノ。両の手を左右に広げ──
パァン!
──リンは、柏手を打った。
◇◇◇◇◇
黒服のもとでの用を済ませた二人は、カイザーの油断を誘うために置いて来たホシノの銃を取りにアビドスの校舎に戻ってきた。
「……いやはや、まさかこれに袖を通す日が来るだなんてねぇ」
──アビドスの生徒会室、リン先輩とユメ先輩との思い出の詰まった場所で、ホシノはロッカーから取り出したボディアーマーに身を包む。
弾薬よし、サブの銃もよしと、着実に準備を進めていく彼女は……ふと思い出したかのようにぽつりと言葉を漏らす。
「……そういえばこれ、いつも匿名で送られてくる物資の中に混じってたんだよね」
物資を送っていた人物がリンであったという事を既に本人から聞いている彼女は、いつ送られて来たんだっけ……と、思考をめぐらせながら髪を結ぶ。
「……あぁ、思い出した。……1月2日、二年の時の私の誕生日に送られてきたんだっけ」
余りにもピッタリなサイズのそれに、最初のうちは気味が悪いなぁ……なんて思ってたっけと思い出しながら、笑みを浮かべる。
……まぁ結局、そう思いながらも常に金欠の私達にとっては貴重なもので、善意で送ってくれた装備を売る気にもなれず、また着れるのもホシノだけであった為に今までずっとロッカーにしまい込んでいたのだが。
──今は、売ってしまわなくて良かったと心の底から思う。
「ふふっ……ほんと、女の子の誕生日に送るようなものじゃないですよ、先輩」
扉を開け、歩みを進める。──先輩の待つ場所へと
「先輩、お待たせ〜」
「……!ホシノ、その格好は」
「先輩が私の誕生日の日に送ってくれたものですよ。……どうです?似合ってます?」
「……あぁ、似合ってる。かっこいいよ、ホシノ」
「……うへへ、ありがとうございます」
会話もそこそこに、二人はバイクに跨る……サイドカーは既に取り外した。……どうせ、使わないのだから
「さぁ、行きましょう先輩。遅れてしまった分を取り戻さないといけませんから」
「そうだな。……フルスロットルで飛ばすとするか!」
言うやいなや、リンはホシノを後ろに乗せたまま、アクセル全開で市街地へとバイクを走らせる。
──今もなお、カイザーとの戦闘を続けている仲間の手助けをするために
前半と後半の温度差がだいぶ酷いですね
義手はハガレン、もしくはヴァイオレット・エヴァーガーデン、お好きな方をイメージしてください。
……最後のホシノちゃんの格好、みなさんならご存知ですよね!
書き始めた当初は、覚悟を決めたホシノちゃんがリンの前で髪をバッサリ切って一年生の時みたいな……っていうのを考えていたんですけどね、あれを見たらもうこの格好してもらうしかないよな!ってこのシーンを書ける日をずっと楽しみにしてました!
感想などなど、お待ちしております|´-`)チラッ