リンとホシノが市街地へと向かっている頃……既に、対策委員会とカイザーの戦いは終幕へと向かっていた。
本来であればいくら兵士を減らされようと、今ここにいるのはカイザーにとってほんの一部でしかなく……市街地の外や基地にはまだ数多の兵士が待機しているため、増援がこれば幾らでも戦況をひっくり返すことが出来るのだが……
『──まだ来ないのか!?』
『す、すみません!最初の通信以降、何故か一向に繋がらず……』
『ええい、変われ!私が直接繋ぐ!』
通信係のオートマタを押し退け、理事は通信機を手に取る。
1コール、2コール、3コール……その間も着実に、PMCの職員の数は減らされていく。
◇◇◇◇◇
──対デカグラマトン第一部隊
『──お疲れ様です、委員長』
「ありがとう。……アコも、オペレートお疲れ様」
地に伏せるオートマタを前にして、一切の疲労を滲ませた様子を見せないゲヘナ最強の風紀委員長──空崎ヒナ
対殲滅戦において無類の強さを誇る彼女にとって、数が多いだけのPMCは物の数ではなかった。
「分かってはいたけど、やっぱり凄いな……殆ど一人で片付けちゃった」
「そうですね……あ、ヒナ委員長、カイザーの通信機が鳴ってますけど……」
「……煩いから、壊しておいて」
◇
──対デカグラマトン第二部隊
「……初めて使ってみたけど、悪くないな」
ヒナが殲滅した第一部隊と違い、第二部隊のオートマタは全員意識を保っていた。
……しかし、動けない。進軍先に埋め込まれていた地雷が起爆すると共に、辺り一帯に撒き散らされたトリモチに絡め取られた彼らは、意識を保ちながらも身動ぎ一つすることすら許されなかった。
一部運良く拘束から逃れた者もいたが……続く第二波、第三波によって余すことなく、鎮圧済みである。
「あん?……なんだよ、もう終わってんじゃねぇか」
鎖の付いた二丁のSMGを肩に担ぎながらやってきた女生徒は、せっかく頼まれてやってきたというのに、既に目の前の軍隊が戦闘続行が不可能となっているという事実に悪態をつく。周りを見渡し──一人倒れ伏すオートマタの前に立っている、ガスマスクで顔を覆った女生徒に気がついた。
「おい、これ全部あんたがやったのか?……もしかして、リn……じゃなかった、カオナシに頼まれたくちか?」
「……ううん、私自身は頼まれてない。……頼んでいるのを聞いてはいたけど」
「そうなのか?……なら、なんでだ?」
「それは……」
問われた女生徒は考え込む。……自分はトリニティにスパイとして潜入している
「話を聞いた時……気付いたら、体が動いてたんだ。どうしてこんな軽率な行動を取ったのか……私にも、わからない」
「……そうか。……まぁ、あたしから言えるのは一つだけだな」
メイド服の上からスカジャンを羽織った女生徒──美甘ネルはニカリと笑う。
「あんたのお陰で、本命のための余力を残せた。……あいつに代わって礼を言わせてくれ」
「……それと、あんたが抱いたその気持ち。いつか、理解出来る日が来るといいな」
「……うん、ありがとう。私はこれ以上は力になれないから、代わりにみんなを助けてあげて欲しい」
ガスマスクを外した少女──白洲アズサもまた、笑みを浮かべながら後を託す。
◇◇◇◇◇
焦るあまり、かくはずのない冷や汗が背筋を伝う感覚を覚え……7コール目にして、通信が繋がった。
『っおいお前たち!さっさとこちらに来てあの目障りな対策委員会のガキ共を殲滅しろ!』
『……』
『何を黙っている!早く──』
『……うるせぇな、危なくなったからって喚き散らすんじゃねぇよ』
──通信機越しに聞こえてきた声は、PMCに属する兵士のものではなかった。己を侮蔑する様な声色に、本来であれば怒りを抱くはずなのだが……それ以上に困惑と焦りの感情の割合が大きく、理事の脳内を疑問符が埋め尽くす。
誰だ貴様は、通信機を奪ったのか?それとも──
『……あぁ、この通信機を奪っただけだと思ってるならそれは違うぞ』
脳裏を過った最悪の可能性を振り払おうと、理事は"そんなはずがない"と首を振ろうとするが……通信相手は、その暇すら与えない。
『──通信機を所持してたオートマタ含むこの場にいるPMCは、全部潰した』
『なん、だと……?』
潰した?何を?……PMC?そんなはずは無い。通信先はPMCの中でも精鋭中の精鋭で……でも通信相手の声は聞いた事が──
(……いや、違う…何処かで聞いた覚えがある。最近ではない、一年……いや、二年前?)
『──ッ!?き、貴様はまさかッ!?』
『お?通信機越しでも気付くなんて──』
『「──随分と察しがいいじゃねぇか」』
通信機と重なるように自身の背後から聞こえてきた声。恥も外聞もなく飛び退き、振り返った理事の目に映るのは──自身の顔面へと迫り来る右ストレート
『ぐガッ!?』
「……っと悪い悪い、つい殴っちまった」
一切悪びれた様子を見せぬ仕立人に殴り飛ばされた理事は、尻餅をつき困惑と怒りが綯い交ぜになりながら顔を上げる。
『何故、何故貴様が…き、貴様らがここに居る!?』
『──赤飛リン!小鳥遊ホシノ!』
まるでおばけでも見たかのように、有り得ざるものを目にしたかのように狼狽する理事。……しかし二人はまるで理事のことなど見えてないかのように素通りし、対策委員会の仲間たちの元へと近づいていく。
「おかえり二人とも!……何か変なことされなかった?」
「ただいま〜ユメ先輩。変なことは……まぁ、されてはないかな〜」
「そうだな、寧ろ助けられたって言っていいかもしれん。ユメたちの方も……うん、だいぶ派手にやったな?」
「えへへ、みんな張り切ってたからね〜!」
まるで日常の一コマのように気楽な様子で会話をする彼らの周囲には……否、この場には、既に理事を除いてカイザーに属するものは誰一人として立っていなかった。
その事実にようやく気付いた理事は、"違う、そんなはずがない……"とブツブツとうわ言のように呟く。
この状況を切り抜けるにはどうすべきか、自分に残された手札はなにか無いかと思考を巡らせ──一つの案を思いつく。
『……き、貴様ら!こんな事をしてただで済むと思っているのか!?我が善良なPMCの職員にこのような危害を加えてッ!!』
『三億の保証金だけでは足りないようだな!利率も5000%にまで増やし、そうだな、十……いや百億の保証金を明日にでも払って──』
したり顔で法外な額の保証金を要求しようとする理事。あまりにも必死に状況を好転させようとするその姿に……あまりにも滑稽なその姿に、リンは思わず笑い声をこぼしてしまう。
『何がおかしいッ!!』
「いやー……はははっ、よくもまあこの状況で自分たちのことを"善良だ"なんて言えるなぁって思ってな」
「…………あぁ、まだお前は知らないのか!」
リンは懐からスマホを取り出すと、とあるアプリを起動し理事へと見せつける。それは、キヴォトスの住民であれば誰しもが一度は目にしたことがあるであろう有名な動画配信アプリ──
──モモチューブ
増え続ける視聴者数に、アビドスの市街地の光景が現在進行形でLIVE配信されている事を知った理事は、呆然と立ち尽くす。
一方向からではない、四方を囲むように映し出された複数の画面は、建物の中や物陰から撮影されており……視線を向けた先に立つアビドスの住人の姿を目にしてようやく、自身が嵌められていたことに気が付いた。
『……いつ、からだ?』
「……初めからだよ。ホシノがアビドスを去ったってのがそもそも嘘、退部・退学届はあるが、顧問である先生が名前を書いてない時点でこの書類はなんの意味もなさないただの紙切れだ」
先生から書類を受け取ったリンは、現実を突きつけるように理事の目の前でビリビリと破いていく。
「本っ当に、哀れだなぁ……ホシノがお前らの前に姿を現しただけでアビドスを去ったと勘違いして、カオナシがビナーって名前を口にしただけで黒服の関係者だと、テメェら側の人間だと思い込んで」
『……な、何故貴様がカオナシの発した言葉を知っている?……ま、まさかッ!?』
わなわなと震える指先を向けてくる理事に対して、リンは立体映像投射装置を起動し、己のもう一つの姿を──理事がよく知るであろう姿を見せつける。
『改めまして──便利屋カオナシ、以後お見知りおきを』
"まぁ、お前に以後なんざねぇけどな"──直ぐに装置を止め、己を嘲る笑みを浮かべるリンの姿を目にした理事の沸点は、容易く限界を超える。
"巫山戯るな!巫山戯るな!!巫山戯るなッ!!!"──激昂した理事は、対策委員会に背を向け駆け出していく。……ただし、逃げるためではない。
アビドスの生徒たちに目に物見せてやると、最終手段であり新型兵器──"ゴリアテ"に乗り込むために走っていく。
10m、5m、1m……もう間もなく手が届き、乗り込もうというその瞬間──
ドオォォンッ!!
『………………は?』
──はるか遠方より飛来した榴弾によって、ゴリアテは見るも無惨に、理事の目の前で破壊された。
……最後の希望を目の前で絶たれた理事の伸ばした手は、虚しく空を切る。
そのあまりの無情さに、恨みを抱いていた対策委員会の少女たちすら"流石にちょっと無慈悲すぎない?これも作戦?"とリンへと視線を集中させるが……当の本人はこれをブンブンと思い切り首を横に振りながら否定。
「いや、本当に今回は俺じゃない。俺としてはあれに乗り込んだ理事を完膚無きまでに凹して心を圧し折るつもりだったし」
「……いや、それはそれでどうなの?」
理事の現状とどっこいどっこいな事を考えていた先輩にドン引きながらも……疑問は次第に、"なら誰がやったのか"へと移り変っていく。心当たりはない……が、その答えはすぐに訪れた。
『みなさん、お待たせしまし……あれ?もしかして全部終わってしまってました!?』
"あうぅ……出遅れてしまいました……"と、映像越しに俯く少女は対策委員会の皆がよく知る人物であった。……のだが
(……ヒフミはなんで紙袋なんて被ってんだ?)
「あっ!ヒフ──」
「ち、違います!私はヒフミではなく、ファウストです!」
「…………ふぁ???」
まさかの名前が飛び出してきたことに対し、唯一正体を知らなかったリンは驚きのあまり言葉を失う。
ファウストと言えば、以前ブラックマーケットに赴いた際、同日に闇銀行を襲った覆面水着団のリーダー的存在であり、"もしかするとアビドスに危害を加えてくるかもしれない"と要注意人物としてマークしていたのだが……
(ヒフミがファウストってことは……え、もしかして覆面水着団の正体ってホシノ達なのか!?)
"だからマーケットガードに追われるような事態になっていたのか"と、驚愕と混乱で脳内が埋め尽くされた状態のまま幼馴染や後輩たちへと視線を向けると……彼女たちは、リンの視線から逃れるように目を逸らした。
逃げきれたから良かったものの、何故そんな危険を冒してしまったのかと呆れ、溜息を吐く。……もしリンの心の声が聞こえていたのであれば、この場にいる全員が"お前が言うな"と口を揃えていたことだろう。
◇◇◇◇◇
最後はあまりにも呆気ないものであったが……何はともあれ、カイザーとの戦闘は終わりを迎えた。
既に戦意を喪失し、膝を着いて微動だにしない理事であったが、念の為に逃げ出さないようにと捕縛用のロープで簀巻きにしていると……
『──先生!』
「……アロナ、どうしたの?」
『アビドス砂漠にて莫大なエネルギー反応を検知しました!出力、加速度的に上昇中です!』
……慌てた様子で報告するアロナ。先生が嫌な予感を覚えたその直後──大地が、鳴動する。
「わわっ!?何よこの揺れ!?」
「……!あ、あれは……!」
視線の先、砂漠から姿を現すは───巨大な、白い機蛇
遠目から見ても分かるほどのその大きさに、彼女たちは否が応でも気付かされた。
──アビドスを守るための戦いは、まだ終わらない。
作中にもありますが、市民を襲うカイザーと、市民を守り、カイザーを迎撃する対策委員会という構図がキヴォトス中に配信されていました。
当然の事ながら、配信したのには幾つか理由があります。理由はまた後ほど……それ迄はお好きに考察していただければと思います。
言い逃れができないほどにどちらが悪か一目瞭然な光景を晒されたカイザーは、どう対処するんでしょうかねぇ……
カイザー側の戦力が原作より増えています。まぁ増えようが増えまいがボコされていることに変わりはないですけどね。
追記しておくと、リンとホシノが殲滅したのは第三部隊です。蹂躙してるだけなので、特に描写されることもなく彼らには退場して頂きました。
──本番は、ここからですので
……感想はいつでもお待ちしておりますよ|´-`)チラッ