カード学園サヴァイヴ ~カードで全てが決まるゲーム世界の学園で狂人で軍人のゲーム廃人は天使のために最強になる~ 作:哀原正十
第1話 天使
「玄咲、SDでの簡易召喚は、学校では、もうやめてね。冷や冷やした」
「うん……」
通学路。シャルナに注意されながら歩いていると、前方に見知った金髪が見えた。
(ッ! アルル……!)
ふらふら歩いてなんだか元気がない様子。らしくない。だが、間違いない。玄咲は意気揚々と声をかけた。シャルナも続く。
「アルル! おはよう!」
「おはよう、アルルちゃん」
「……おはよう」
ゆらっ。
アルルはゆるりと後ろを振り返って、その顔を見せた。
「うっ!」
アルルはげっそりとやつれていた。眼の下にはなぜか隈がある。キララ程ではないがはっきりと。玄咲は一瞬で察した。
(プ、プライアだ。絶対プライアに襲われたんだ……)
「……何も聞かないでくれると、嬉しいかな……」
「あ、ああ。何も聞かない」
「う、うん……」
「ありがと……じゃね」
アルルはふらふらと先を行く。シャルナは心配げに玄咲に尋ねた。
「何があったんだろうね? 心配、だね」
「……そうだな。心配だな」
アルルはプライアの本性を人に明かしたがらない。好感度が低い状態で秘密を追求する選択肢を選ぶと好感度が下がってしまう。だからという訳ではないが、黙した。隠したがっていることをわざわざ暴露するのは人として間違っている気がしたからだ。
「ま、とにかく、登校しよっか。もう嫌われては、なさそうで、良かったね」
「ああ、シャルのお陰だ。ありがとう」
「うん。どういたしまして」
シャルナが微笑む。2人はいつものように校門を抜け校舎前の大広場へと足を踏み入れる。いつもごった返している場所。大小学年種族性別外見様々な黒い制服と白い制服の群れ。その一部となって玄咲はシャルナと大広場を歩く。
「……それにしても、本当さ、この学校、人多いよね」
「半分街みたいなものだからな。教師は勿論、ラグマやカード・デバイスショップ、バトルセンターなどの施設従業員が住居する施設なんかも学園の敷地内にあるぞ」
「すっごい」
会話しながら歩く。その途中。
「ねぇ、玄咲、あれ、何かな」
シャルナが指さす場所。そこに列状の人だかりができていた。露骨なものではない。ある一点を中心に自然と人が集まり緩やかな列を形成している。そのような人だかりだった。中心点は人だかりに阻まれ、見えない。
「あれ、なにかな?」
「行けば分かるさ。まぁある程度予想はつくが。そうか。今日から上級生も登校するんだったな」
「今までもいたけど?」
「施設を利用していただけさ。授業が始まるのは今日から。新入生を特異な校風に慣らさせるために、あと試験もあったから、一週間程始業時期がずれ込んでたんだよ」
「ああ、確かに校舎では、見なかったかな。じゃあ、上級生があの中心にいるんだ?」
「多分な。そしてその人物は多分――」
歩きながら人だかりに近づく。肉壁バリアを何層か抜けると、すぐに中心にいる人物が見えた。
(はっ!)
玄咲の思考が、意識が、一瞬空白になった。心臓の鼓動が一瞬止まった。一瞬で分からされた。
彼女は特別な存在なのだと。
天使が、そこにいた。
(あ、あああ……天使だぁ……はっ、はっ、本物の、天使だ。あ、あああ、ああああああ……な、なんで、俺は、こんなに感動してるんだ。天使なんて、もう拘っていないはずなのに、なんで、なんで、なんで、こんなに彼女を天使だと思ってしまっているんだ……!)
……白い髪、白い服、白い肌、白い瞳――白い翼。その全てが白く美しい。生まれ持った美。纏う光貴のオーラ。どこまでも清廉で美しく白い髪。白と強者の余裕が生み出すたおやかな雰囲気。そして凛とした佇まいと可憐――美しさと可愛さを最高のバランスで両立した白亜の美貌。どこまでも深く透き通った太陽のように遥か遠くを夢見た瞳。そして何より特注制服の穴から大空高く広げられた2対の双翼が人目を引く。どうしようもなく魅了する。定めであるかのように、人の摂理として組み込まれているかのように、神に跪くかのように、その双翼の前では畏敬の念に心が跪く。天上の存在――心からそう思わされてしまうから。そして何より、その容姿がまるで
(あ、ああ、
「……」
シャルナがかつてないジト目で、危機感で玄咲を見つめる。というか殆ど睨んでいる。玄咲は全く気付かない。別に特別なことではないが、割といつものことだが、それでもシャルナは危機感を煽られた。
なんとなく、いつもとは少し意味合いが違う気がしたから。
「――あら?」
天之明麗が玄咲に気付く。明らかに、玄咲個人を見ている。視線が合う。明麗がじーっと玄咲を見る。そして――。
にこっと微笑んで、玄咲に手を振った。
玄咲の心臓は一撃で撃ち抜かれた。鼓動が止まる。「ハッ、ハッ!」危ない目付きで心臓を抑えて、天之明麗にそれでも手を振り返す。天之明麗は苦笑しつつも喜んでさらに手を振った。
「――シャル」
「なに」
憮然とした声。声のトーンの変化に全く気付かない。今の玄咲にそんな余裕はない。
「て、天使だ。今の見たか。本物の天使が俺ににこっと微笑みかけてくれたんだ!」
「そうだね。良かったね?」
「ああ、良かった。しかも手を振りながらだ! ああ、初めて見るが、天使って本当に綺麗だったんだな。こんなに心魅かれるものだったんだな。ああ、ああ――」
そして玄咲はその言葉を口にした。
「やっぱり天使っていいなぁ……」
ミシィッ!!!!
「ッ!!?」
――玄咲の足先に凄まじい衝撃が走った。靴の先端に、シャルナの踵がめり込んでいる。足の親指の関節を的確に撃ち抜いている。かなり痛かった。
足の親指が骨折している。
「……シャル、ごめん」
「いいよいいよ。私と玄咲の、仲だもんね。天使は奇麗だね? 見惚れちゃうのも、仕方ないね?」
「……」
そう言えばシャルナは天使コンプレックスだったなと玄咲は久々に思い出した。そこを刺激されたからだろう。かつてなく機嫌が悪かった。何とかシャルナを宥めようとする玄咲を見て――。
「――ふふっ」
本物の天使が笑う。包み込むような暖かさに満ちた、だが確固たる覚悟の籠った声。想像通り、いや想像以上のたおやかさ、強さ。そして何より綺麗だ。どこまでも透き通って透明な声。聞き惚れる。玄咲の心臓が再び時をとめかける――。
「行こ!」
「あっ」
シャルナが玄咲の手を引いてその場を離れる。苦笑しながら天之明麗が手を振って玄咲にさよならする。玄咲も手を振り返す。シャルナが玄咲の手を強く引く。いつもより少し大きくよろめきながら玄咲は続く。周囲から露骨なまでの嫉妬の視線が向けられる。だが、玄咲は全く気付かない。その意識の矛先はただ一人。
シャルナに玄咲は話しかける。
「そ、その、シャル」
「なに? 私は、不機嫌になんて、なってないよ!」
その台詞は不機嫌を告白しているようなものではないかと思いながらも否定はせず、
「わ、分かってる。その、色々置いといてまずは保健室に寄らせてくれないか?」
キョトン、と首を傾げるシャルナに足を指さして、
「足の親指が折れてる。回復魔法で治療したい」
「……」
シャルナの顔が青褪めてゆく。縋るように言う。
「……で、でも、全然普通にしてるよ? 痛そうじゃないし、嘘、だよね?」
「いや、普通に痛いよ。でも、たかが指の骨折だからさ。全然我慢できる。とはいえやっぱり痛いことに変わりはないし動きに支障が出るから保健室に行っときたい」
「……本当に、折れてるの?」
「ああ」
「私が、折ったの?」
「……そうとも言えるしそうでないとも言える」
玄咲は曖昧に濁した。無茶があり過ぎた。
「……ごめん。そんなつもりじゃなかった」
「気にしなくていい。指の骨折なんてかすり傷みたいなものだよ。拷問はもっとえぐいし、骨折以上の心の痛みだってざらにある。むしろシャルに骨を折られたと思えばこの痛みも趣深いよ」
「よいしょ」
シャルナは玄咲の言葉を無視して肩を抱いた。蒼褪めた顔に、涙が滲む。
「……ごめんね。私、いつも玄咲に迷惑ばっかりかけてるのに、また迷惑かけちゃった。本当に、わざとじゃなかったの。痛いよね。ごめんね……」
「分かってる。気にしなくていい。それに迷惑をかけられたと思ったことなんて一度もないよ。俺が好きでシャルと一緒にいるんだから」
「……うん。あのね」
シャルナが頬を染める。それから憂いに眉を潜ませて尋ねる。
「天使と堕天使、どっちが好き」
「堕天使――じゃないな」
素直な気持ちを玄咲は口にした。
「ッ!」
シャルナの俯けた顔が悲壮に歪む。玄咲は言葉を続ける。
「シャルだ。天使とか堕天使とかじゃなくて、俺が世界で一番好きなのは――その、いや、なんでもない。聞かなかったことにしてくれ」
「……うん」
密着した状況が、肩を抱かれてシャルナの瘦せ細ったような印象の白髪が横にある状況が、常ならぬ気恥ずかしさを産み、結局最後は言葉を濁してしまう。だが、シャルナに意図はばっちりと伝わった。灰のなめらかさの白髪に隠れたシャルナの色の抜けたような白い瞳から涙が一滴零れ落ちる。
「あのね。玄咲。私もね」
「……な、なんだ」
私も。内心相当ドキドキする玄咲の肩を抱き寄せ、大きさの違う側頭部をコツンとくっつけて、シャルナは少し躊躇ってから吐露しかけた言葉を、
「――私ね、いつか、天使みたいに、身も心も、綺麗になるからね」
そう言い直した。
「……そうか。シャルは今でも天使みたいだけどな」
「ううん。中身も外見も、上っ面だけ。……あのね、玄咲。いつも、玄咲の前では大分取り繕ってるからさ、中々想像できないだろうけどね……私、中身、実は結構ポンコツなの。本当は全然、ダメダメな子なの……」
「……そうか」
想像できないどころか殆ど正確に把握している。そんな本音はシャルナを傷つけるだけなので飲み込んで、玄咲は神妙な顔で頷いた。
「意外だな」
「うん。意外でしょ。だからさ――」
シャルナはさっと玄咲の耳元に己の唇を近づけて。
「綺麗になるまで、待っててね」
そう、耳打ちした。
「――な、何を?」
耳を真っ赤にして玄咲は尋ねる。薄々察しつつも確信が持てない。シャルナはくすっと笑って、
「自分で、想像して」
再び、耳打ち。距離が近すぎて、耳に唇がちょっと触れた。
時が止まった。
「――」
「――」
「……うん。こんな感じでね、ダメダメなの。ご、ごめんね? あの天使族の人なら、こんなミス、しないんだろうね……」
「……」
シャルナはどうやらコンプレックス以上に、単純に天使に憧れを投影しているようだと、玄咲はその台詞で気付く。それはそれとして気まずかった。玄咲は何と言ったものか分からず、耳を赤くして黙る。シャルナが慌ててフォローする。
「ほ、保健室に急ごっか! 足、痛いでしょ?」
「あ、忘れてた」
「痛いよね! さ、急ご急ご!」
シャルナに肩を支えられて玄咲は保健室へ連れられた。一人で歩けるが、決して自己申告はしなかった。