カード学園サヴァイヴ ~カードで全てが決まるゲーム世界の学園で狂人で軍人のゲーム廃人は天使のために最強になる~   作:哀原正十

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第32話 襲撃

「うーん……今日も、頑張った、なぁ……」

 

 夜道。

 学校からの帰り道。

 

 隣でシャルナが背伸びをする。当たり前のように隣り合って下校するその姿に、改めて感謝と、ときめきと、そして愛おしさを覚える。奇跡のような時間、永遠に続いて欲しい瞬間、玄咲の前に突如現れた天使、その心の全てが玄咲の心を惹きつけて止まない少女、あっという間に互いにとって掛け替えのない存在となった堕天使。世界で一番――いや、世界よりも大切な宝物。玄咲の人生最大の幸福。

 

 シャルナ・エルフィンとの邂逅。

 

 積み重ねた日々はまだ少ない。けれど、出会う前の全ての日々を秤にかけても勝負にならないほど超密度で超重量の幸せがギュッと詰まった日々。その全てが、思い出すだけで、切ない程の愛しさに襲われる。シャルナと一緒にいるだけで、何もかも全てが無限に楽しかった。そりゃ、例外はあるが、悪意に触れていない時間は全て楽しかった。シャルナとの出会いは玄咲にとってまさに奇跡そのものだった。

 

 シャルナ・エルフィンは玄咲の全てだった。宝物だった。

 

(……)

 

 改めて見る。シャルナを。改めて思う。可愛いと。白くよく動く眉。色の抜け落ちたような、というかそれそのものの灰の滑らかさの生白い髪。人魂のように生気ないのにきょろきょろとよく動く、そのギャップが魅力的な白い瞳。おしろいなど塗らずとも天使のように白く綺麗な生まれたての白さをそのまま残した肌。完璧なラインを描く顎線。丸く、しかし尖った、シャルナの性格のよく出たパーツバランスの完璧な顔立ち。いつ見ても何もかもが玄咲の好みにぴったしだ。特に不吉な印象が憑依した白がどこまでも玄咲を惹きつけて止まない。どうしても、シャルナだけの鮮やかな白を見ると胸がドキドキしてしまう、シャルナにいつも魅了されてしまう。

 

 細やかな手足。しなやかな体躯。動物のように無邪気な活力にいつも溢れている。女の子らしいプロポーション。この世界の誰と比べても完璧なボディライン。バランスよくて何より女の子らしさに溢れている。スレンダーの究極形のような体系。どこまでもどこまでもシャルナ・エルフィンは天之玄咲の理想を完璧に体現した女の子だった。始めて見た時にも思った。これが自分が無意識に思い描いていた理想の女の子象そのものだと。

 

 その印象は今に至るまで減じたことは一度もない。むしろその性格を知るにつれて、仲を深め合うにつれて、より一層強く、その印象は補強された。どこまでも理想通り――いや。

 

 シャルナ・エルフィンは天之玄咲の浅薄な理想など遥か超えて魅力的な女の子だった。

 

「? どうしたの? 玄咲? じっと見て」

「あ、いや、その……」

 

 いつの間にかじっと見てしまっていたらしい。慌てて言い訳、

 

「頼もしく、なったなって……」

「本当!?」

 

 シャルナが目を輝かせて玄咲を見上げてくる。その勢いに気圧されながらも、それはそれで本音なので、頷く。

 

「う、うん」

「わーい! わーい! 強く、なってるんだ!」

 

 シャルナが両手を上げて勢いよくくるっと回転。スカートがひらっと翻り、太ももがかなり上の方まで見える。顔に出すとまた突っ込まれて気まずい空気になりそうなので努めて無表情を保ちながら、思う。

 

(……シャルナの強さへの拘りは、尋常じゃないよな。そっち方面で褒めると、可愛いと褒めたときよりも喜ぶ。まぁ、可愛いって褒めた時は喜びと恥じらいを同時に見せるから、単純比較はできないかもしれないけど。俺にはそう見える)

 

「もっともっと! 頑張るよ! それでねそれでね! いつか――!」

「――いつか?」

 

 夢を叶える。そんな類の台詞を予想する。しかしシャルナは玄咲の予想に反して言葉を続けず、

 

「――秘密」

 

 後ろ手を組み、夜風に白髪を揺らしながら、そう言って微笑んだ。天使のように。

 

「――」

 

 何度見ても、見飽きることがない、シャルナの笑顔。その中でも今のは、トップクラスに綺麗だった。思わず、見惚れて、固まる。シャルナの天使の笑みがちょっと悪戯っぽいものに変わる。

 

「もしかして、私に見惚れちゃった? なんて、冗談――」

「う、うん。シャルは、いつ見ても俺の理想そのものの魅力的な女の子だから――え、冗談?」

「……」

「……」

 

 沈黙。すれ違いクロスカウンター。互いに無言になって、目を逸らし合う。シャルナの顔はちょっと赤い。思わぬ不意打ちに、食らった様子だ。真向から褒められるとシャルナはよくこんな反応を返す。自分にあまり自信がないからか、凄く喜ぶ。そして、恥ずかしそうにする。そういう時々見せる凄く純朴なシャルナの反応が玄咲は大好きだった。それはそれとしてかける言葉が見つからず、黙ってしまうのは玄咲のコミュニケーション能力を考えれば仕方のないことだった。

 

「……」

 

「……」

 

 無言、無言、無言。互いに一言も喋らない。シャルナが口を開かないとこの局面は打開できない。玄咲にこの手の状況の攻略を任せたら当てにならないどころか双方痛い目を見る。経験則。シャルナは仕方ないなぁ、と言った感じで、おずおずと口を開く。

 

「あ、あのさ。作戦会議、何事もなく終わって良かったね。みんな、大人しかった」

 

「カードバトル3連戦のお陰だ。狂夜もさとしも大人しかったし、他の生徒も口を挟まなかった」

 

「あと、キララちゃんの司会、上手かったね。作戦立案も殆どしてたし。頭、良いって、いいなー」

 

「ああ。頼りになった。頼り過ぎて、『あんた何もしてないじゃん?』って嫌味を言われたけどな」

 

「あはは、確かに、もっともらしい顔で腕組みして終始地図とクラスメイトを見てるだけだったね。あ、たまに話についていけないなーって表情してて、面白かった」

 

「……露骨だったか?」

 

「ううん。でも、私には分かるの。玄咲のこと、だからね。見逃さないよ」

 

「そ、そうか……」

 

 そこは見逃して欲しかったと思いつつも、嬉しい。

 

「ポイント給付があるのは、意外だったね」

 

「全員に30万ポイントな。そうして段階的に全体のレベルを底上げするんだ。ポイントも使う一方じゃ尽きるし、そもそも戦う土俵に立てないと成長もない。ラグナロク学園はポイントを賭けさせて血眼で戦わせるのが目的の学園じゃないからな。配るときはガッと配る。まぁそうして稼いだポイントを血眼で奪い合うことになるんだけど」

 

「あはは……」

 

「ただ、外部持ち込みのADやカードを使う奴はその分給付が減るけどな。最悪0だ」

 

「私、もらえて、よかった」

 

「……」

 

「玄咲、もらえなかったね」

 

「まぁな。その分、エレメンタルカードを活用させてもらうさ。他にも持ち込み扱いになったあれとかな」

 

「あれ、ね……ちょっと複雑な気分」

 

「あるもんは活用するさ。強力な力だからな」

 

「まね。イベントのリミット・レギュレーション(禁止・制限リスト)でも制限カードだったから1回は使えるしね」

 

「ああ。使いどころが肝心だ」

 

「悪魔神バエルのカードは禁止カードだったけど」

 

「……そりゃ、流石にな。禁止にされなくたって、俺もあのカードを使う気はないよ。バエルは、強すぎるし、それに……とにかく、使わないと死ぬ状況でもない限り、使わないかな。頼り過ぎても俺が強くなれないから」

 

「そ、そうだね。それがいいよ。例えばアルルちゃんとか、コスモちゃんに、バエルさんをぶつける場面なんて、見たくないよ……」

 

「……」

 

 シャルナの言葉で具体的な想像をしてしまう。確かに見たくなかった。思い浮かべたくもなかった。バエルはやはり、基本禁止カードという扱いが一番良さそうだと改めて思う。

 

「――ところで、さ」

 

 隣を歩くシャルナが少し声のトーンを変えて、伺うような上目づかいで話しかけてくる。

 

「今日はさ、い、色々な人と会ったね」

「ああ。ラグナロク学園にきて一番多くの人と話した日かもしれない」

「天使の人、可愛かったね」

「ああ、たおやかで美しくて、河愛かった」

「クララ先生、可愛かったね」

「ああ、強くて正しくて、可愛かった」

「コスモちゃん。可愛かったね」

「ああ、柔らかくて暖かくて、可愛かった」

「クゥちゃんも、可愛かったね」

「ああ、眼鏡でギャップで、可愛かった」

「グルグルも、眼鏡外すと、凄いよね」

「ああ、確かに、ヒロインに負けず劣らず、可愛い。いや、それどころか――もうやめよう。グルグルを変な目で見たくない」

「うん……そだね。ところでさ、玄咲、尋ねていい?」

「なんだシャル。何でも尋ねてくれ」

「うん。じゃあ」

 

 そしてシャルナは遠慮なく尋ねた。

 

 

「玄咲って、平気で、色んな女の子に、目移りするよね。何で?」

 

 

 唐突なシャルナの質問に玄咲はむせこんだ。シャルナがその背をさする。

 

「だ、大丈夫?」

 

「あ、ああ。それより、なぜいきなりそんな質問を」

 

「え? だって、そうだから……今まで、大体いつも、そうだったよね?」

 

「……」 

 

 そうだな、とは答え難い台詞。しかし違うとも答え難い。少し迷ってから、玄咲は己の自論を語ることにした。

 

「CMAはさ。途中まで多人数同時攻略が可能なゲームなんだ」

「……? 最低系主人公?」

「違う。大空ライト君は子供向けゲームの主人公らしく常時ナチュラルハイだが最低ではない。むしろ最高だ。精神的にな。いや、どうでもいい。話を進めよう」

「うん。スムーズに行こう」

「そうだな。俺は無駄話が多いから気をつけないとだ。ともかく、ざっくりはしょっていうと」

 

 玄咲は指を立てて真面目な顔で言った。

 

「恋愛ってのは最後に一人選べば途中何人好きになってもいいんだ。それが俺がCMAから学んだ真理」

 

 玄咲は自論の披露を打ち切った。シャルナが、出会ってから最大のドン引きの(ネガティブな)視線を玄咲に向けたことに途方もないショックを受けたからだ。

 

「それは、ないよ。流石に、ないよ」

「……うん。そうだな」

「そのレスポンスの速さ、薄々、自分でも、気付いてたよね?」

「うん……その自説を心の拠り所に、というか言い訳にしていたところがある。だって、仲良く、なりたかったんだ……」

「……あのね。玄咲」

「……何だ、シャル」

「その自論、捨てよっか」

「うん」

 

 玄咲は自論を捨てた。

 

「あのね、玄咲」

「何だシャル」

「好きな人は、一人だよ?」

「うん。分かって」

 ずずい。

「好きな、人は、一人だよ?」

 

 シャルナが前に回って、玄咲をじっと睨む。無言、無表情。しかし凄い圧力。思わず玄咲は視線を逸らす。

 

「わ、分かってる。……頭では」

「……ま、玄咲は、女の子、大好き、だもんね。仕方ないか。ある程度は。きっと、いざ女の子の前に立ったら、心が上擦って、凄くドキドキ、しちゃうもんね」

「……大好きではないけど、うん。多分、シャルナの言うとおりになる……」

「……」

 

「……仕方ないなぁ」

 

 シャルナは見せつける様にため息をつき、そして笑った。

 

「ま、友達くらいなら、いいよ」

「あ、ありがとう。……でも、その台詞、なんか恋人みたい――」

「――玄咲」

 

 シャルナが玄咲の肩をガシッと掴む。その先の台詞は聞かなくても分かるので先回りする。

 

「お友達、だろ」

「そう。分かってるなら、いいの」

「う、うん」

 

 情けない肯定。玄咲はシャルナに逆らえない。だが、頷きつつも、疑問に思う。

 

(シャルは、本当になんで、ここまで友達にこだわっているんだろう……うっすらと把握していたつもりでいたが、段々自信なくなってきた。もしかして、俺に看過できない欠点があって、そのせいで躊躇っているとか……うん、やめよう。憶測で落ち込むのはよくないし、それは聞いたらいけないこと。シャルが自分で話すまで待とう)

 

 隣を嬉しそうに歩く――玄咲の隣にいるときはいつも嬉しそう――シャルナをちらっと見ながら、結論付ける。

 

(まだ、今の関係を続けよう。それがきっと、一番いいよな)

 

「にしても、うーん……今日も、本当に、楽しかったなぁ」

 

 シャルナがしみじみと呟く。本当にしみじみと。まるで宝物を並べ立てるかのように、今日一日の出来事を順に並べ立てる。

 

「朝は、一緒に登校してさ」

「……ああ」

「その途中、アルルちゃんと、会ってさ」

「凄い顔だったな……」

「その後は、大広間で、て、天使の人に、会ってさ」

「……ま、まぁ、可愛かった」

「うん。……保健室向かう途中、大好きなクララ先生に、会って、骨折、直してもらってさ」

「優しさが染み渡ったよ……」

「授業、受けてさ」

「クロウ教官、意外と真面目だよな……」

「放課後は、グルグル工房で、コスモちゃんとい、色々あってさ」

「……色々、な」

「グルグルから、凄く格好いい、AD、受け取ってさ」

「世界一格好いいADだったな」

「一緒にヘル・シーフード・焼きラーメン、食べてさ」

「……大変だったな」

「トイレ行ってる間に、なんか、変な巻き毛の人と、玄咲がイチャついててさ」

「……イチャついてない」

「一緒にADの試運転、してさ」

「性能以上に細かいレスポンスが段違いだった。リアルさを感じた。あと、やっぱギミックは凄いな」

「アカネちゃんと、金髪の人と、会ってさ」

(アカネ、ちゃん……?)

「赤髪の、グラサンの人と、玄咲が凄いカードバトル、してさ」

「……強かったよ。勝った。でももっと強くならなきゃいけないなと思わされた」

「そのあと……。……イベントの説明があったっけ」

 

 シャルナが立ち止まる。玄咲も立ち止まる。

 

「……ああ。そうだな。間違ってない」

「それからは怒涛だったね。でも、振り返れば、楽しかったよ。G組も悪くないなって、思った。玄咲の、他人とのカードバトル、一杯見れたし」

「……俺も楽しかったよ。シャルもか」

「うん。私も。……楽しい一日だった。幸せな日だった。それで終わりたかった。なのに、なのにさ……」

 

 

 隣、俯くシャルナの白髪に隠れた表情は見えない。

 

 あまり、見たくもない。

 

 言葉も、拳も、震えているから。

 

 

 

「なんで、最後は、こうなっちゃうん、だろうね」

 

 

 

「――やっと来たか」

 

 ――流麗なのに狂気で底濁りした下水道を思わせる声。建物の陰から上級生をぞろぞろと引き連れて現れた女装したカミナが二人を睨んで告げる。

 

「人を殺して笑って生きてる生粋の殺人鬼共(背教者共)

 

「――」

 

 玄咲はカミナを即座に何ら怯むことなく、殺意を以て睨み返す。

 

「――」

 

 シャルナは、そうはいかない。

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