カード学園サヴァイヴ ~カードで全てが決まるゲーム世界の学園で狂人で軍人のゲーム廃人は天使のために最強になる~   作:哀原正十

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第12話 守ってあげる

「ごめん」

 

 シャルナが返り血に染まった自分の体を壊れるくらい強く背後から抱き締める。まるで本当に壊そうとしているかのように。それが、心地よくて、自分なんて壊れてしまえばいいと思っているから、そのまま圧殺してくれないかと思ってて、でも――。

 

「無理させて、ごめん……! 私の、せいだね……! ううぅ……もっと、早く、嫌な予感信じて、くればよかった。止められれば、よかった。こんな、酷い顔、初めて、見たよ。痛いよ、痛いよぉ。心が、痛いよぉ……!」

 

 ――シャルナは見たことない顔をしていた。こんなにつらそうな、哀しそうな、痛そうな顔、初めて見た。ずっと、無意識で思い浮かべていた(恐れていた)顔。その顔を見た瞬間、叫び出しそうになった。幻覚妄想なんて一溜まりもなくぶっ飛んだ。そして、正気に戻った。カミナの姿を冷静な頭で見てしまった。正気が一瞬で消し飛んだ。証拠隠滅のためにカミナを慌てて殺そうとする。シャルナが抱き着く。暴れる。シャルナを吹き飛ばして「シャルッ! シャルナッ!」

 

 慌てて、駆け寄る。シャルナに傷はない。でも、俺が、自分がシャルナに危害を加えたという事実が何より耐え難くて、カミナの拷問跡も耐え難くて、俺の存在そのものが耐え難くて、もう死ぬしかなくて、「あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」頭を掻き毟りながら叫んだ。頭の中の蛆虫が掻いても掻いても取れなかった。爪が肉を抉り血玉を引っ掛けた。シャルナは泣きながら俺に抱き着いた。もう、吹き飛ばせないから大人しくなるしかなくて、だから、一瞬でとは行かないけど、少しずつ落ち着いて、シャルナの顔を直視できるようになる頃には、もうすっかりカミナを直視できた。

 

 カミナは悪魔の所業に喰われていた。

 

 右腕が末端に至るまで皮膚と肉の境目がぐちゃぐちゃにされていた。左腕は骨と()()が物理的に動かせなくなるまで完膚なきまで壊されている。脚は針金細工のように滅茶苦茶に潰れ曲がっている。爪先はきちっと前を向いている。剥き出しの骨が血に塗れて天を剝いている。それ以外を削がれる痛みに耐えかねて逸らし続けた結果だ。玄咲の手によってではない。それ以外は全て玄咲の手によるものだった。痛かろう。そう、思った。実体験から。

 

 胸部を引き裂いて剥き出しにされた胸。千切られた制服は自殺防止だろう。口に突っ込まれている。そして男とは思えぬほど白く美しい、しかしやはり男なだけあって少し骨ばった胸は千切れて血に塗れていた。トクトク、トクトクと溢れている。まるで母乳のように。なのに平坦だった。

 

 他にも体中、至る所に拷問跡があった。死んでいてもおかしくない、状態。なのに、死ぬ気配もなく生きている。玄咲は死線を見極めるのが得意だった。その特異が、存分に活かされていた。玄咲は拷問に適性があった。今更試すまでもなく、そんなこと知っていた。悪魔かと思った。狂気に飲まれて尚残る冷徹さに、自分で自分に、心底恐怖した。自分のやったことなんて、信じたくなかった。もしかしたら自分以外の何物かの所業かもしれなかった。何せ、最初に針を刺した以降の記憶がぶっ飛んでしまっている。余程、ショックだったらしい。こんなことは今までありえなかった。初めての経験だった。意味が分からなかった。このくらい、顔色一つ変えずにできたはずなのに、怖くて、怖くて、外道に堕ちるようで、地獄と交わるようで、悪魔になるようで、楽園にいられなくなるようで――。

 

 何よりシャルナに顔向けできなくなるようで

 

 怖くて怖くて仕方がなかった。また、過呼吸が始まる。シャルナが、癒してくれる。だから、正気でいられる。正気のまま、現実を受け止めさせられる。これが、これが、自分の、決断なのか。何かが違う何かが違う何かが違う何かが違う――!

 

「こんなはずじゃなかった――!」

 

 思わず零す。

 

「なにが、はずじゃなかったの……?」

 

 シャルナが尋ねる。

 

「もっと、さらってできるはずだったんだ。さらっと心を壊して、何食わぬ顔で君の元に戻るはずだったんだ! 俺にはそれが出来る筈だったんだ! なのに、寒いよ、寒いよ。シャル、怖いよ、怖いよ! 俺、もう、ここにいられないよ。なんでだよ! なんでなんだよ……!」

 

「そんなの、当たり前だよ……! 変わったんだよ、玄咲は。もう、昔の玄咲じゃ、ないんだよ……!」

「――え?」

「え? じゃないよ……何で、気付かないの……!」

「だって、自分のことなんて、どうでもいいから……」

「ッ!」

 

 シャルナに頭を拳骨で殴り飛ばされた。片腕で、しっかり抱きしめられながら。脳髄の奥底まで痛みが痺れ渡った――ショックだった。シャルナが今度は額をぶつけながら、涙を流しながら、叫ぶ。

 

「どうでも、よくないっ! どれだけ、自分に、関心ないの! 嫌いなの! そんなの、私を、嫌いなのと、一緒だよ!」

「ッ! 違うッ! シャルのために、シャルが、シャルが大好きだからッ! 俺はッ!!!」

「一緒だよ!」

「違う!」

「一緒だよ!!!」

「違う!!!!!!!」

「一緒だよッ!!!!!!!!!」

 

 言い合っている内に感情がエスカレートしてくる。シャルナが玄咲を押し倒して馬乗りになる。そしてその体を何度も殴る。本気で。痛かった。痛くて仕方なかった。心が痛くて一打毎に張り裂ける。

 

「……私さ、怖いんだよ」

 

 シャルナの声の震えが体を通して玄咲にも伝わる。

 

「いつかさ、玄咲が、いなくなっちゃいそうでさ、怖い。自分をないがしろにした挙句、壊れて、死んじゃうんじゃないかって、いつも怖いの。今が、幸せ過ぎるから。幸せは、いつも、呆気なく奪われるから。でも、この幸せだけは、絶対に奪われたくないの……! 奪われたら、死ぬ。だからさ……!」

 

 シャルナが玄咲の胸を叩く。

 

「玄咲も、もう少し、強くなってよ……!」

「……分かってる。分かってるよ……」

 

 シャルナの本音が胸にズシリと響く。自分の弱さがシャルナを不安がらせた。自分に殺人的な嫌悪を抱きながら、シャルナを安心させるために口にする。

 

「だ、だから俺は、もっと強くなるんだ! 昔みたいにもっと強くなって、昔に戻って、もっと、もっと、シャルを守るんだ――! 顔色一つ変えず拷問だってできるようになるんだ!」

「……そういう、とこだよ……」

「――え?」

「そんなのっ!」

 

 シャルナが叫ぶ。

 

「そんなの、強さじゃないよっ! 甘えだよ! 依存だよ! ――弱さだよっ! 玄咲は、自分の弱さに、甘えてるよっ! そんな玄咲、嫌いだよっ!!!!!! 大嫌いだよっ!!!!!!!!」

 

 言葉に頭を殴られた。グラグラして何が何だか分からなくなった。世界が崩壊した。天之玄咲が何百匹と纏めて死んだ。死ぬしかなくなった。死のうと思った。死んだ方がよかった。だが、それでも玄咲にはシャルナに言わなければならないことがあった。それは玄咲の存在の根源的な価値だから。それを失ったら無価値になるから。天使過ぎて玄咲とは存在価値が異なり過ぎるシャルナの隣に立つことが永遠にできなくなるから。何としてでも否定せずにはいられぬ悪寒、恐怖、不安、幻聴に襲われた。

                           

(シャルナに嫌われる)

 

 弱い己はいつか見限られるから。   

                        

(シャルナに逃げられる)

 

 無価値な自分にシャルナは守れないから。  

                         

(シャルナがいなくなる)

 

 シャルナを失ってしまうから。      

                     

(シャルナは天使だから)

 

 みんなシャルナを欲しがって奪おうとするから。 

                          

(シャルナは天使だから)

 

 シャルナは愛想を尽かす。醜悪な神の慈悲は弱者に降り注がれないことを玄咲はよく知っているから。               

           

(シャルナは天使だから)

 

 でも地獄にいれば、悪魔になれば、自分の傍にいてくれる。 

                         

(シャルナは堕天使だから)

 

 幻聴はいつも正しいから。従ってれば酷い目に合うから。でも逆らったらもっとひどい目に合うから。シャルナは天使だから。悪魔にならないと釣り合わないから。

 

(だから悪魔になれ)

 

「どうでもいい(うん)」

 

 幻聴なんてどうでもよかった。シャルナ以外は全てどうでもよかった。だけどもっともだと思うこともあった。俺の不甲斐なさのせいで絶望の表情で涙を流しているシャルナに告げる。

 

「俺の傍からいなくならないで」

 

 抱き締める。

 

「お、俺が、俺は、守るから、強いから。俺にも、価値はあるから、だから、見捨てないで。いなくならないで。敵は全て【地獄】に堕とすから。俺が【悪魔】に堕ちてでも。君を、守るから、お、俺にも、シャルに釣り合うだけの、価値があるから。だから、そんなこと言わないでよ……弱いなんて、言わないでよ……頑張って、強くなるから。強さを取り戻すから。もっと、残酷なことできるようになるからっ!!! カミナの心を完全に破壊するから! 昔みたいになるから! 昔に戻るから! 命だって捧げるから! 拷問だってまた受けるから! だから、だから、俺を見捨てないでよぉっ! シャル、シャル!!!!」

 

 絶望した。上下が反転する。天地がひっくり返る。気付けば玄咲はシャルナに馬乗りにまたがられて、

 

「馬鹿ァッ!!!!!!!!!!!!!」

 

 思いっきり顔を殴られた。狂気と脳髄が飛び散る錯覚を覚えた。

 

「なんで、分からないの……! それが、弱さだって、言ってるんだよ……! なんで、いつも、そうなるのッ!!! 自罰的な、方向に行くのッ!!! 馬鹿! 馬鹿! 馬鹿ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」

 

 シャルナに何度も殴られた。体以上に心がボロボロだった。何も考えたくなかった。嫌われた。もう生きる意味がない。もう死んでもいいと思った。だけど、シャルナがいる。死ねない。守らないといけない。この世全てから守る。それが玄咲がこの世界に来た意味だから。その使命は投げ出せない。一方的に守り続けるから、死ねなかった。シャルナが、拳を振り上げ、

 

「う、うぅ。うぅ~~~っ!!!」

 

 そして、涙を落とす。ポロポロ、ポロポロと、絶え間なく。

 

「いやだぁ……こんなのいやだよぉ……もう、殴りたく、ないよぉ……玄咲と、喧嘩なんて、したくないよぉ……! 痛いよぉ、痛いよぉ、痛いよぉ……」

 

 ――その拳を振り下ろさない。ゆるゆると下ろし、拳を解き、玄咲の背に手を回して――。

 

 その体を抱擁した。

 

「――やっぱり、これがいい。これが、落ち着く……あったかい……ね……玄咲も、落ち着くよね……」

 

「……」

 

 暖かかった。体が、ではない。重なり合う心が、どこまでも暖かかった。唇を震わして、声の芯を震わして、玄咲はシャルナに尋ねる。

 

「――シャル、なんで、俺を、嫌いになった、はずじゃ――」

 

「馬鹿」

 

 今度の馬鹿は優しかった。シャルナが泣き笑いながら玄咲を抱き締める。

 

「どんな玄咲も、大好きだよ。嫌いになんて、なるわけないよ。だって、私、玄咲がいなきゃ、もう生きていけないんだもん。勢いと弾みで、言っちゃっただけ」

 

 言いながら、髪をすきつつ体全部でギュッと抱きしめ、心安らぐ温度でシャルナは玄咲を癒してくれる。玄咲の「ハァ、ハァ」が別の意味に変わったころ、

 

「――落ち着いた?」

 

 シャルナが頬を優しく包みながら問いかける。玄咲はコクンと頷いた。

 

「う、ん。凄く、落ち着いた。というか、安心した。嫌われて、無いんだって。凄く、凄く。それが、ずっと、一番、怖かったから……」

 

「私が、玄咲を、嫌いになる訳、ないでしょ。何度だって、言ってあげるよ。好き、好き、好き、好き、好き、大好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き、好き――」

 

 ――シャルナに好きと言われるたび心が落ち着く。恐怖の根っこが取り除かれて、心底の安堵に浸る。不安が、涙と共に流れていく。黒い心がシャルナに浄化されてゆく。己の単純さに呆れと若干の嫌悪を抱きつつも、それでもシャルナの好きに身も心も浸し続ける。

 

「――瞳、戻ってるね。黒くなってる」

「え? あ、そういえば、燃える感覚がない」

「本当、不思議な瞳――どこまで、言っても、玄咲は、玄咲なんだね。私がいないと、正気も保てなくて、私がいるだけで、正気に戻っちゃうような、単純なつくりに、なってるんだね。本当、単純で、可愛い……」

 

 シャルナが玄咲の髪を指ですく。玄咲はただ、その手触りに感じ入った。

 

「……なんでさ、俺、昔みたいに、できなかったんだろ」

 

 まるで母に抱かれているような安堵の中で玄咲はシャルナに尋ねる。

 

「――本当、馬鹿」

 

 シャルナが優しく、玄咲を抱き締める。

 

「そんなの、当たり前でしょ。だって、玄咲、変わったもん」

 

「……そうかな」

 

「うん。変わったよ。明るく、なった。優しく、なった。前向きに、なった。よく笑うように、なった。もう全然、別人だよ」

 

「……そうなのか?」

 

「うん。そうなの。大体さ」

 

 そしてシャルナが核心を突く。

 

「私と出会う前になんて、戻れる訳、ないでしょ……それは、玄咲が、私を忘れるって、ことだよ。一時的にとはいえ、心から、私を消すって、ことだよ。そんなの、無理に決まってるじゃん。それくらい、大きい存在だって、自覚くらいあるよ。玄咲は、私が、私なんかが、骨の髄まで、大好きだもんね……私に、狂ってるもんね。私のことが、世界一、いや、ユニバース一、大好きだもんね……」

 

「ッ!」

 

 シャルナの言葉で玄咲は気付いた。なんで、拷問したくなかったのか。その理由に。今更気付くなんて馬鹿だと思った。でも心底納得した。

 

「……そう、だよな。忘れるなんて無理だよな……そりゃ、当たり前だ……なるほどな……」

 

 穢れた手でシャルナに触れたくなかったのだ。隣に立ちたくなかったのだ。明るく、綺麗な場所に、楽園に立ち入りたくなかったのだ。自分の本音に、ようやく気付いた。

 CMAのヒロインは自分が何をしても受け入れてくれる。いつも変わらない笑顔を向けてくれる。だから、平気だった。

 けど、シャルナは違う。受け入れてはくれるかもしれない。だけど、絶対に悲しむ。哀しい顔をする。そっちに行ったら駄目。きっとそういう。それが分かってしまうから、あんなに手が震えて、呼吸が乱れていたのだ。

 シャルナがいるからもう地獄に堕ちれない。悪魔になんてなれない。それはシャルナを悲しませる。楽園にいられなくなる。シャルナを一人にしてしまう。

 

 シャルナが大好きだから、拷問なんてしたくなかったのだ。

 

「それでね、私は、そんな玄咲が、今の玄咲が、大好き。何度でも言ってあげる。好き、大好き。だから、安心して。もう、怖がらないで」

 

「……シャル」

 

 玄咲から戦闘や、狂気を抜いたら、CMAの知識しか取り柄のないポンコツしか残らない。そんなポンコツを、ありのままの天之玄咲を、シャルナは愛してくれるという。底の底に横たわる醜悪な自我を、拷問現場を目撃して尚だ。それは、途方もない喜びだった。心が浄化されてゆく。気化した狂気が目から涙となって零れる。シャルナがその涙を指で柔らかに拭う。

 

「馬鹿で、優しくて、平和と女の子が大好きで、おっかなびっくり幸せに手を伸ばして、それで少しずつ変わっていってる、何てことない男の子がね、変わっていってる今の玄咲がね、私は大好きだよ。だからね、無理しないで、いいんだよ。そんな、壊れそうになってまで、私を守ろうとしなくたって、いいんだよ……」

 

 愛が、溢れていた。どこまでも、天使のように、無償の愛が溢れて止まるところを知らなかった。ただただ、玄咲の本当の幸せを願っていた。玄咲がそうありたいと願う姿を玄咲の100倍理解していた。シャルナは天使だった。どこまでも、限りなく、天使――いや、天使などという浅薄な理想に収まらない、どこまでもシャルナだった。シャルナ・エルフィンという一人の堕天使の女の子だった。優しい優しい、女の子だった。

 

 もう、玄咲は駄目だった。どこまでも、どこまでも、シャルナの愛が染み入って、どうしようもなく、シャルナへの愛が溢れて、弱さも、不甲斐なさも、情けなさも、全部ぶつけて、シャルナに縋り泣いた。

 

「シャル! ごめん! ごめん! もう、俺、無理だよ! 拷問なんて、したくないよ! できるけど……その代わり俺の心が壊れちゃうよ……! う、うわああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

「いいんだよ。別にやらなくて」

 

 シャルナが頭を撫でる。

 

「玄咲は、それで、いいんだよ」

「うん。うん……!」

「だから、さ。もう、やめよ? いざとなったら、バエルさんも、いるしね。頼れるなら、自分の力だって、頼れば、いいよ。私だって少しは強くなった。今はまだ、こうやって、心を守ってあげるのが、精いっぱいだけどね。いつか」

 

 そして、いつもの、天使の笑みを、シャルナが浮かべる。

 

「本当の意味で、玄咲を守れるくらい強くなって、玄咲を守ってあげる」

 

「――シャルが、俺を……?」

「うん」

 

 コクリ。

 

「守って、あげる」

 

 ギュっと。優しく、暖かく、包み込む。

 

「それがね、私の秘密で、新しくできた、私の夢」

 

「夢……?」

 

「うん。今は、心を守るので精一杯。だけどね、いつかね、玄咲より強くなってね、今まで玄咲に守られた分、今度は私が玄咲を守ってあげる。そして、養ってあげる。甘えさせてあげる。甘やかしてあげる。お小遣いだってあげる。ちょっとえっちなことだってしてあげる――ずっといっしょにいてあげる。そしてそしてね――」

 

 さらっと重すぎる愛を告白してのけたシャルナが唇を近づけ――。

 

「結婚してあげる」

 

 そして、重ね合わせた。

 

「――」

 

 涙が止まらない。こんなに嬉しいことがこの世にあったのかと驚く。結婚。シャルナと一生一緒にいるということ。玄咲の最大の夢。それをシャルナが叶えてくれるという。無限の愛おしさと喜びと感謝の中で唇を――心を重ね合わせ続ける。それから、シャルナが糸を引きながらゆっくり唇を離し、玄咲の黒い瞳の前にその大空の光よりも白い瞳を置く。

 

「ぷはっ――だから、さ」

 

 シャルナが真っ赤な顔で、それでもやっぱり天使な笑顔を浮かべて、玄咲に笑いかける。

 

「玄咲も、強くなって。もう、弱さに甘えないで。私と一緒に――強くなろ」

 

 光差す道へと導いてくれる。

 

(ああ……そうか。俺は、甘えて、いたんだな……)

 

 玄咲の心の拠り所。自分の中の悪魔とも呼ぶべきオルターエゴ的な存在。いざというときは、それを取り出せばいい。人格を覆ってしまえばいい。玄咲には確かにそう考えているところがあった。それを疎みながらも、それを失うことを恐れて、依存先にしている所が確かにあった。強さの源泉だと思っていた。それをシャルナは弱さで、甘えだという。

 

 納得が一番先にきた。

 

 レベルアップの感覚がその納得を裏付けてくれた。自嘲する。

 

「そうだな。そうかもしれない。依存してるから――俺はこんなに心が弱いのかもしれない」

 

「かもね。それにさ、逆の立場で考えてみてよ。今の、私の、気持ち」

 

「逆の、立場……」

 

 玄咲は想像した。玄咲を守るために、無理をしてカミナを拷問しようとするシャルナの姿を。

 

「死んでも止める」

 

 結論は一瞬で出た。シャルナが笑顔で頷く。

 

「うん。死んでも止める。それが、結論。私、絶対、譲らないよ?」

 

 その笑顔を見て玄咲は思った。シャルナは自分なんかより余程心が強いと。頼もしく、ありがたく、愛おしく思う。強いと思う。本当に、本当に。

 

 自分なんかよりも、ずっと強くなると。

 

 だけど、負ける訳にはいかない。シャルナに誓わなければならない。

 

「……分かったよ。シャルナの言う通りだ。俺は甘えてた。狂気に依存していた。だから、もう頼らない」

 

 立ち上がって、宣言する。

 

「俺はもう、狂気なんかに頼らない。シャルが好きだと言ってくれた俺のまま強くなる。それが、俺の決意だ。地獄に落ちるなんて、もう言わない。己の狂気(悪魔)に、もう頼らない。だから、もう捨てる。この時、この場所に。でも、まだやるべきことがある」

 

 シャルに何を言われようと、その上で尚、やらなければいけないと思う。優しいシャルに代わって冷酷な判断を下せる自我は、いつも残しておくべきだとも思う。けれど手段くらいは選ぼうと思う。自分を壊さないために。シャルナの隣にいるために。楽園の住人でいるために。

 

 カミナに近寄る。手で制しながら、シャルナに告げる。

 

「俺のやり方で、最後の一仕事をする。ケジメをつける。カミナとの因縁を、終わらせる。何と言われようと、禍根は、絶つ」

「……うん。でも、駄目だって思ったら、自分の判断で、止めるから」

「それでいい。間違ったら、止めてくれ。いつでも」

「うん」

 

 シャルナが頷く。玄咲も頷き返した。対等な、頼れる、存在として。

 

「……カミナ」

 

 そして、カミナに近づく。

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