カード学園サヴァイヴ ~カードで全てが決まるゲーム世界の学園で狂人で軍人のゲーム廃人は天使のために最強になる~ 作:哀原正十
2日目は休止となった。
これはマギサの性格を考えればかなりイレギュラーな事態と言えた。
それだけ、今の状況が異常だという証左だ。
見張りの報告によると突如敷地内に現れたらしい王魔種による襲撃。
そんなもの、イレギュラー中のイレギュラーだろう。
どうやらマギサには心当たりがあるらしく、最低限の説明を他の教師に預けて、単独で未知のダンジョンとやらに向かった。
そういう訳で、生徒たちは、警戒状態を維持しつつも、2日目は休憩することになった。
そして玄咲とルディラは――。
606号室。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
先日と同じように玄咲はルディラにスープとパンを運んでいた。もちろん、シャルナと明麗と食事をした帰りだ。
「……」
ルディラはゆっくりと時間をかけて食事を取った。その間に、自分の心と向き合ったのかもしれない。食事を終えると、ルディラは玄咲に向き直った。
「その、クロ。私の話を聞いてくれますか」
「いくらでも」
「結構長くなりますよ?」
「いくらでも」
「……分かりました」
ルディラか語り出す。
「じゃあ、私の子供の頃のことからお話しますね」
己のトラウマと業の記憶を。
「以前話したように私には魔物にトラウマがあります。子供の頃、野外パーティーをしている最中にオークに襲われたんです。ただそれだけのこと。でも、その出来事が、私に拭いがたいトラウマを植え付けました。
私と一緒にいると魔物に襲われやすかったと思いませんか? それは正解です。魔物はより巨大な魔力を持つ、そしてより美しい個体を苗床に好むんです。
ようするに、私と交尾がしたくて襲ってきていたんですね。魔物はそういう存在だと幼い頃より強烈に印象づけられた。だからこそ、私は魔物がトラウマになった。恐ろしいと思う。
それでも私は魔符士にならなければならない。その原初のトラウマの出来事と同時に目覚めてしまった私の規格外の魔力が魔符士以外の道を許さない。
私は貴族です。この世界で貴族とされるものは魔符士としての使命を帯びる。魔符士の誇りってやつですね。両親は典型的な貴族だった。だから、私の魔力が目覚めたことをそれは喜んだ。
私も、両親が喜んでくれるとちょっと嬉しかった。昔は。
私はいわゆるエリートコースと呼ばれるものを歩んだ。優秀な子が集まる小さなラグナロク学園的な中学も私は最優秀の成績で卒業しました。同学年のリサからは当時から随分嫉妬されましたね。え? 中学から同郷だったんですよ。ええ。
私は魔符士の道なんて望んでないのに。
魔物が怖いのもそうですが、それ以上に、単純に。
私は人と争うのが好きではありません。
そんなこといいながら、いつもメルキュール家の権威を保つため、必死で平気な顔して、ペルソナを被って、自分を隠しているんですけどね。クロも本当の私がこんな子なんて気づかなかったでしょう? ……気づかなかったでしょう?。
そしてラグナロク学園に入学し、そこでも学年1番。エリートとして、没落貴族ルディラ家の星として、相応しい振る舞いをするピエロの誕生。でも、本当は戦いが怖くて、魔物が怖くて、いざとなったら、あ、あんな、失禁なんて醜態を見せるほど、わ、私は、魔物が怖くて。
怖くて
だから、レベルも37と低いんです」
ルディラの話は纏めると凄く単純だった。
魔物が怖いけど、争いが嫌いだけど、桁外れの戦いの才能に恵まれたがために、外部の事情で戦わざるを得ない、本当は別の道を進みたかった少女。
馬鹿みたいによくある話だ。
自分もまた、程度の差はあれど、似たような葛藤を描いて生きてきた。
違うのは平気で敵を殺せるメンタリズムを持っていたことだ。
それはそれとして。
ルディラの葛藤は凄く優しくて、愛らしい類のものだった。
ルディラが、膝を抱え、涙を流しながら言った。
「本当は私は魔符士になんてなりたくなかったんです。
別の道を生きたかったんです
だって、怖いじゃないですか
戦うのが
怖い」
「……そうですね。戦うのは、怖いことです」
「クロでもそう思いますか」
「はい。俺は勝って生き残ってこれた。でも、負けていたら、今の人生はなかった。……恐ろしいですよ。戦いは。負けることは」
「……そうですよね。怖いですよね。戦いも。敗北の未来も。そういうことを私は言いたかったのです」
ルディラは膝をギュッと握りしめた。それから、また言った。
「……いえ、本当を言えば」
「はい」
「それだけじゃないんです。魔物が怖いのはトラウマが理由。でも、戦うのが怖いのは」
「自分が力に飲まれて変わってしまいそうで怖いんです。それもまた、戦うのが怖い理由です」
「……」
玄咲は沈黙した。容易に答えられる言葉じゃなかった。
なぜなら、ルディラは王魔王アイギスの血を引くアイギスの忌み子だ。CMAでも無意識の内に抱いていた葛藤。その力の源泉を考えれば、ルディラの性格を考えれば、魔物へのトラウマと結びついて強固になった力や戦いへの嫌悪感の理由も、当然のものといえた。
なにせ。
「ルディラ先輩」
「なんですか」
「あなたはとても優しい人だ」
ルディラはとても優しい女の子だから。
「……何を」
ルディラは顔を赤らめそっぽを向く。
「いきなり馬鹿なことを言っているのですか。脈絡がありません。クロは馬鹿です」
「その、馬鹿かもしれません。でも、そういうことじゃなく」
「じゃなく?」
「本当に優しい人だと思うんです。だってルディラ先輩はいつも他人のことばかり考えている。自分より他人を優先してしまう。そんなルディラ先輩だからこそ、そんな力が宿ったんだと思います」
「そう、でしょうか」
「はい。でも、だからこそ押しつぶされようとしている。でも、俺は思います」
「はい」
「きっと、戻れますよ」
CMAでもそうだった。
「どんなに変わったって」
でも、それだけが理由じゃない。
「大事なものを胸に秘めていれば」
それだけのはずがない。
「いつだって優しいルディラ先輩に」
実際にあって、触れ合って。
「だって」
確かに感じたことだから。
「ルディラ先輩はルディラ先輩ですから」
断言し切る。
ルディラは俯き、ボソリと、
「そう、でしょうか」
「そうですよ」
「……そうでしょうか」
「そうですよ」
「……そう、かもしれませんね」
「はい、きっと」
「……そう、ですね」
ルディラは。
出会ってから。
最も美しいと間違いなく断言できる笑顔で言った。
「大事なものを胸に秘めていれば、きっといつだって、私は私のままですよね」
「――はい」
玄咲は刹那思考能力を失った。大事なもの――その台詞からシャルナと、ついでにCMAを思い出しながら言った。
「そ、そうですよ。例えば、ルディラ先輩が大好きな少女漫画みたいに、大事なものを ずっと胸に秘めていれば」
ガッ。
ルディラが玄咲の両肩を掴んだ。玄咲は失言に押し黙った。
「なぜ知っているのですか」
「……漫画を読んでたから、なんとなくそう思って」
「まさか書いてることも知っているのですかっ!?」
ルディラは自爆した。
己の大事なものを。
全て詳らかに玄咲に晒した。
空気が凍る。だが、ルディラはため息一つついて、バッグからノートを取り出した。
「ま、クロにならいいでしょう。ちょっとそこに座っててください」
「え?」
「私は漫画を描くのが好きなのです。クロの絵を1枚描いてあげます。だから」
ルディラはノートにペンを走らせながら、表情を隠して言った。
「誰にも言ったらいけませんよ。2人だけの秘密です」
絵を描いて落ち着いたのか。
玄咲との会話で自分を取り戻したのか。
ルディラはもう魔物への恐怖に怯える仕草は見せず。
静かに、布団の中で横たわる。
寝入る間際。
「クロ」
「はい」
「側にいますか」
「はい」
「側にいてくれますか」
「はい」
「ずっと、側にいてくれますか」
ピク。
何かニュアンスがおかしい気がしたが、気のせいだろうと思い、玄咲は対岸のベッドの中で素直に頷いた。
「はい」
翌日、ルディラの瞳にもう恐怖の色はなかった。