カード学園サヴァイヴ ~カードで全てが決まるゲーム世界の学園で狂人で軍人のゲーム廃人は天使のために最強になる~   作:哀原正十

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第30話 復讐 ―Siren―

 プレイアズ王国の夜道は明るい。

 

 町の至る所に立つ街灯。家々から漏れる光が夜道を照らして憚らない。カード魔法の恩恵だ。人間の文明はカード魔法の発展によって飛躍的な進化を遂げた。カード魔法が発明される以前の文明は石と木で火を起こすような原始的な生活を送っていたらしい。

 

 あらゆる生物の頂点に立つ人間がそんな生活を送っていたなんて信じられないことだと、ラグナロク・ネストの寮生でないサンダージョーは自宅への帰路を歩みながら思う。エルロード聖教の聖典である新訳創界聖書にもそんな記述はない。おそらく反エルロード聖教の思想を持つ背教者がエルロード聖教を貶めるために考え出したデマだろう。もしもそのデマ野郎と会う機会があったら絶対殺してやるのにとサンダージョーは常々思っている。

 

「あー、糞。またイライラしてきやがりましたねぇ……」

 

 サンダージョーは道端に落ちていた小さな石を街灯の根元へと蹴りつける。石は甲高い音を立てて固い街灯に凹みを作った。驚きサンダージョーを振り返ってきた見るからに日々を考えなしに生きていそうな低レベルのゴミどもを一睨みで黙らせる。

 

「あいつらどっちもぶっ殺してやりますよ。特にせっかく目をつけてやったのに僕をひっぱたたきやがったあのクソアマ。絶対許しやがりません」

 

 崩壊しかけた笑顔を顔に張り付けてサンダージョーはぶつぶつ呟きながら歩く。その苛立ちにゆがんだ表情がふいに歪み、

 

「しかしあのクソアマァ。絶対見たことあるんですよねぇ。あの反応。初対面じゃないはず。でもあんな色の抜けたような白髪の美人、一度見たら忘れるはずがない。一体どこで」

 

 プレイアズ王国の夜道は明るい。

 

 だが、全ての道が明るいわけではない。中には勿論街明かりから見放され人もろくに通らないような道もある。サンダージョーの通学路にもそうした道が何路かある。その内の一つの道――左右を背の高い建物に挟まれた裏路地にさしかかったときだった。

 

 狭路に小石が降った。

 

「あ?」

 

 頭上。見上げる。影。降ってくる。黒尽くめの衣服。夜に迷彩した不審者。剣型のADを振りかぶっている。そこまで認識した時点でサンダージョーは腰から抜いたデバイス・カードを取り出し、発声しながら両手を紐を握るような形で頭上へとかざした。

 

「武装解放! マリアージュ・デュー!」

 

「リベリオン・スパーダ!」

 

 一瞬で顕現した鞭型の愛AD――マリアージュ・デューの中央部を張って不審者が落下しながら振り下ろした紫色の光を纏った剣型のADを受ける。ランク5魔法リベリオン・スパーダ――ADに闇属性の魔力を纏わせて振り抜くモーションで斬撃波を放つ魔法だ。それを至近距離で放たれた。マリアージュ・デューの細紐では防ぎ切れるはずもない闇色の光が溢れ殺到しサンダージョーの顔を焼く。焼きごてで張られたような痛み、熱さ。喉から悲鳴が迸った。

 

「ぐぁあああああああああ!」

 

 痛み。痛み。痛み――怒り! それ一色で心が塗りつぶされる。サンダージョーは今度は激情を喉から迸らせた。

 

「このクソカスがぁああああああああああ!」

 

 マリアージュ・デューを殴りつけるような勢いで突っ張り剣型ADを弾き返す。空中で体勢を崩した襲撃者が黒い布でぐるぐる巻きに覆った布の向こうからくぐもった悲鳴を漏らした。サンダージョーは腰のカードケースからカードを引き抜いた。

 

「バ、馬鹿な! 7年かけて上げた俺のレベルは50! しかもランク5の魔法だ! 魂成期入りたての子供がくらって生きてるわけがない!」

 

「40レベル早ぇよ低レベルがぁ! 神の子を舐めてんじゃねぇぞあぁあぁあっぁぁぁぁぁああああん!」

 

 マリアージュ・デューのグリップ部のカードスロットにカードを挿入し、右腕を思い切り引き絞る。

 

「ゾディアック・サンダァアアアアアアアアアアァアァー!」

 

 マリアージュ・デューが極大の雷を纏う。地に垂れた鞭部分から地を伝い、道を挟む壁、そしてその先の空中まで雷が駆け抜け迸った。襲撃者の貌が恐怖にゆがんだのが露出した目と布の歪みから分かった。

 

「ら、ランク9の魔法だと! バ、馬鹿な! まさか、まさか貴様のレベルは――」

 

 男の言葉を最後まで待たず、サンダージョーはマリアージュ・デューを振り上げた。

 

「ジャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」

 

 雷光の花火が宙空に咲いた。

 

 

 

 

「あ、が……」

 

「まだ息があるのですか。無駄に抗魔力が高いですね」

 

 憂さが晴れ敬語を使う余裕を取り戻したサンダージョーが黒焦げになった男を見下ろす。衣服はすべて、顔を覆う黒い布も含めて焼け焦げて素顔を晒している。見覚えのない顔。サンダージョーは尋問することにした。

 

「あなた、何で僕を狙ったんですか?」

 

「きさ、まが、俺の家族を、奪ったからだ。妻と娘の、仇。殺、す」

 

「んー? 心当たりありすぎて分かりませんねぇ。一体何族ですかあなたは」

 

「こ、ろ……」

 

「ん?」

 

 それきり襲撃者は喋らなくなった。足で頭を小突いてみるが反応がない。死んだようだ。サンダージョーは舌打ちをして死体を蹴とばした。

 

「ちっ、これしきで死ぬとは何て低レベルな。仕方ない。気が進みませんが死体を調べますか。汚いから足でひっくり返してっと――」

 

「貴様、動くな!」

 

「あ?」

 

 サンダージョーは死体をひっくり返しかけた足を下げて声のした方、狭路の入り口を見た。そこには青い制服――カード犯罪を取り締まる特殊組織【魔符警察】の所属を示す制服を着た2人の男がいた。若い男と中年の2人組。若い男が怒鳴りたてる。

 

「我々は魔符警察(カードポリス)だ! そこの死体、先ほどのカード魔法で貴様がやったんだな! このクズめ! カード法違反で逮捕する! 大人しくADを捨てて投降しろ!」

 

「――てめぇ、新入りですね。僕が誰だか分かんねぇんですか?」

 

「は? 何を言って――」

 

「やめろ馬鹿!」

 

「わっ!」

 

 中年が若い男の頭を下げる。若い男は反発した。

 

「何するんですか先輩! まるでこのガキを権力者みたいに」

 

「みたいにじゃない! 権力者なんだよ! 彼はサンダージョーだ!」

 

「――え?」

 

 若い男が身震いした。

 

「ま、まさかこのガキが、いや、彼が、今や王家並みの権力を持つ雷丈家のサンダージョー……!」

 

「申し訳ありません! こいつはまだ入りたてのペーペーでこの世界の道理って奴が分かってないんです! 俺が後で厳しく教育しときますから見逃してやってください!  どうか折檻だけは! 折檻だけは!」

 

 中年が頭を下げて懇願する。犯罪者と断罪者の完全な立場の逆転。その異常を当り前のものとして受け止めながら、サンダージョーは中年に歩み寄って告げる。

 

「正当防衛と報告しておきなさい。というか本当にただの正当防衛なんですよ。いきなりこの異常者が襲ってきましてねぇ。困ったものです。みんな雷丈家を勘違いしている。僕たちが正義なのだと分からないバカが多すぎる」

 

「は、はは。全くで」

 

「話の分かるゴミは好きですよ。ゴミはゴミらしく。分別のわきまえは大事です。さぁ、行っていいですよ」

 

「あ、ありがとうございます。ほら、行くぞ、マサル!」

 

「は、はい。うぅ、正義が……」

 

 中年に続き背を翻した若い男。

 

 その尻を見てサンダージョーは瞠目した。

 

 若い男の尻は膨らんでいた。こんもりとズボンの内側から。その正体をサンダージョーは一瞬で看破する。

 

 うんこではない。

 

 尻尾だ。

 

 うんこではなく尻尾が詰まっているのだ。

 

 若い男は亜人だった。サンダージョーはわなわなと唇を震わす。

 

(ぼ、僕はこんなみっともない尻尾付き――【ウンコ漏らし】に偉そうな口を叩かれたのか。こ、この、うんこカスがァ……! いや、うんカスがァ……!)

 

 尻尾付きの亜人はウンコ漏らしの蔑称で呼ばれる。ズボンの尻がまるでウンコを漏らしたかのように膨らんで見えることからつけられた名前だ。サンダージョーは荒い呼気で若い男の膨らんだ尻を見つめた。みっともなく膨らんだ尻。亜人の証。【ウンコ漏らし】如きに舐めた口を利かれた――。

 

(許さん)

 

 サンダージョーはキレた。中年に続き背を翻した若い男にサンダージョーが無造作に声を投げる。

 

「おいてめぇ。何ちゃっかりてめぇまで逃げようとしてんだ」

 

「え?」

 

 

「逃がさねぇよ」

 

 

 若い男の首にマリアージュ・デューが巻き付く。引きずり倒した若い男の顔にサンダージョーが足を踏み下ろす。

 

 バキン!

 

「うぶぅううああああああああああああああああああ!」

 

 踏みにじる。グリングリンと。さらに背中を鞭で滅多打ちにする。悲鳴が血飛沫と乱れ咲く。

 

「よくもウンコ漏らし如きがこの僕に舐めた口を利いてくれたなァアアアアアアアアアアアアアアアア! ァアアアアアアアアアアアアアアン!?  クズもガキもてめーのことだろうがッ! このゴミが! クズが! ウンコ漏らしがぁあああああああああああああああ!!」

 

「グっ、げぶっ、ごはっ!」

 

「それに誰が正義だ! 僕だ! エルロード聖教に殉じる雷丈家こそが――この僕こそが正義だっ! もの道理も分かんねぇんだなウンコ漏らしはッ!!! 全く、この世にはカミナくんみたいにものの道理が分かる人間が少なすぎるッ! 嘆かわしいッ! だからフェルディナ神に変わって僕がお前にお仕置きしてやんよ! 明日の朝刊に載せてやろうか!? その改造制服(ボンタン)の代わりに命刈ってやろうか!? 二度とウンコ出来ない体にしてやろうかぁああああああああああああああああああああっ!?」

 

「アアァアアアアアアアアアアアアアア痛”ぁあああああああああああああああああああああいよぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおマンマァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 

 マリアージュ・デューで殴打しながら顔を足裏でなぶるのもやめない。尻もちをついた中年がサンダージョーを震える指で差す。

 

「ひ、ひぃいいいいいいいいい! せ、折檻だぁ! サンダージョーの折檻だぁッ!!」

 

「分かんねぇならバカでも分かるようにものの道理を今からその身に刻んでやるよ! 痛みでなッッッッッッ!」

 

 サンダージョーが腰のカードケースから新たなカードを取り出し、マリアージュ・デュ―に挿符する。符警を殺すと流石に後処理が面倒。そう考え、ゾディアック・サンダーより遥かに威力の低い、しかし痛めつけるには十分な威力のカードを。

 

「僕は選ばれし神の子だァ……! 神の子の一撃をくらえェ……!! はぁぁあああああああああああああっ!!! サンダー・ショ」

 

 轟音がサンダージョーの台詞を遮った。

 

「おわっ!」

 

 大地の揺れに足を取られサンダージョーも中年と同じように尻もちをつく。強烈な恥に襲われ、それを誤魔化すために折檻を開始しようと立ち上がりかけたサンダージョーの動きが止まる。

 

「――なんだ、あれは」

 

 学校の方角。町の屋根を跨いだ郊外の夜空に。

 

 夜空より尚黒いキノコ雲が昇っていた。

 

 ありえないサイズ。狂った縮尺。バカげた威力。カード魔法であのようなものが生み出せるものなのか。サンダージョーの知識にはないカード魔法。いや、一つだけ、あのようなものを生み出せる可能性のあるカードなら思いつく。

 

「――禁止カード、か?」

 

 国際法で使用・製造・所持を禁止されたカード群。それらの中にはあのようなカード魔法を発動できるカードもあるかも――いや、例え禁止カードでもあのレベルの威力の魔法など存在しただろうか? サンダージョーは禁止カードについて特別詳しいわけではないが常識レベルの知識は持っている。特に有名なカードの情報は魔符士として当たり前に押さえている。しかし、あのようなものを生み出せるカードをサンダージョーは知らない。未知の、途方もなく強力なカードが使われた。それが今サンダージョーに分かる全てだった。

 

「走れ、マサル。急いで離れるぞ!」

 

「は、はい。ショウ先輩……」

 

「ッ! 待て! 逃がさねぇぞ!」

 

 サンダージョーは肩組み走る2人を追って狭路を飛び出そうとする。しかしその時、

 

 

 “ウォーーーーーーーーーーン。

 

 “ウォーーーーーーーーーーン。

 

 

「っ! これは――!」

 

 プレイアズ王国をサイレンが跋扈した。5段階ある警戒レベルの中でも最大のレベル5。国家危急の危機を示す、魔符警察出動のサイレンだ。じきに王国中にゴミ箱を引っ繰り返したように魔符警察が溢れ返る。サンダージョーは舌打ちした。

 

「ちっ、1人2人ならともかく10人20人、最悪100人や200人も相手してられるか。話の通じねぇバカが現場指揮を取ってたらそれまで。戦う羽目になる。あの程度の小物相手にんなリスク犯せるか。ちっ、イライラする。誰だか知らねぇが糞みたいなタイミングで折檻を妨害しやがって……まぁ、いい。この死体の処理は問題ないし、こいつの種族だけ確認して帰るか。さて、どんな亜人(ウンコ)だぁ?」

 

 亜人は必ず人間と異なる身体的特徴がある。仰向いた死体にその特徴を見られない。ならば背面か。

 

 そう考え、サンダージョーは死体に右足のつま先を潜り込ませ、

 

「おら」

 

 そして一気にひっくり返した。

 

 

 双肩の下に1対の黒い痣があった。サンダージョーの表情が一瞬で凍り付いた。

 

 

「――堕天使族、だと」

 

 

 この世で最も醜い種族の証拠。その隠蔽の跡。驚きが理解へと変わった瞬間、サンダージョーの凍り付いた表情が一瞬で烈火の怒りに溶かされた。足を振り上げる。

 

 

「っ! この、世界一醜いアマルティアンが! よくも僕を虚仮にしてくれやがったな! 糞、糞! 靴が穢れたわ! この糞がぁああああああああああああああああああああああああ!」

 

 蹴る。蹴る。蹴る。靴がさらに穢れるがどうでもいい。どうせ後で買い替える。ならば気の済むまで蹴った方がマシ。死体が穴ぼこになるまで蹴り続けサンダージョーはようやく冷静になった。

 

「ハァ、ハァ……ゴキブリを嵌め込んだみてぇだ」

 

 死体の肩の下には、2対の楕円形の黒い痣がある。いや、それは痣ではない。一見痣に見えるそれこそが堕天使の証。人間に擬態するために黒翼を切り取った痕跡なのだ。堕天使の翼は心身深くに物理的にも魔力的にも根を張っているため完全に切除することができない。凹凸を排除するのが限界なのだ。黒い痣だけでも確信するには十分。それに加えて黒髪に黒眼。もう間違いなかった。

 

 堕天使族――アマルティアンの中でも特に穢れた種族とエルロード聖教で定められた種族だ。数あるアマルティアンの中でも最も優先して浄滅するようにエルロード聖国から通達されている穢れた種族。サンダージョーとも深い因縁のある種族。サンダージョーは荒い鼻息と共に死体を見下ろす。

 

「絶滅寸前だと聞いていたがまだ生き残りがいたのか。最後に狩ったのは10年前だったか。懐かしいな。そして苦い記憶だ。フフ、あの頃は僕も未熟だったな。今は違うが」

 

 子供の頃、サンダージョーは堕天使を狩った経験がある。

 

 父と母と娘2人の4人家族だった。

 

 その中の母を殺して、いつも笑顔を絶やさない優しい祖父に生まれて初めて激怒された苦い思い出があるので思い出すのは容易だった。あやふやな記憶が段々と鮮明になっていき、殺した母と逃がした娘の顔まで。

 

 娘の、顔、まで。

 

「思い出した」

 

 サンダージョーの顔からぶわっと冷汗が噴き出した。

 

「あ、あの娘だ。あの女はあのときの娘だ。あ、あああ、なんで気づかなかったんだ。あああああああああああ! 僕はあんな醜いアマルティアンを美しいと思い、あまつさえ、誘いをかけて、う、うっっぷ――おげぇえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!」

 

 死体の背に猛烈にゲロを吐き出す。黒翼の跡がゲロで埋まる。ぜぇぜぇと息を吐き、涙目で口端を拭いながら、サンダージョーは瞳に憎悪の暗い炎を燃やした。

 

「よくも――よくも僕をここまで虚仮にしてくれたなシャルナ・エルフィン! 髪も、瞳まで一丁前に白く染めやがって。擬態だけ上手い邪悪なアマルティアンめ! 見てろ。僕が必ず貴様に地獄を見せてやる……! 自分がいるべき場所を思い出させてやるよ……!」

 

「おい、貴様――あ、す、すいませ」

 

「シャアアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

 サンダージョーは魔符警察を裏拳で吹っ飛ばした。誰も何も言わない。誰もが眼を逸らす。それら全ての反応を当然の権利と鼻息をならし、サイレン塗れの夜道をサンダージョーは家へと歩き始めた。

 

 握りしめた拳が熱い。

 

 血の滴りが指先を濡らす。

 

「浄滅する」

 

 サイレンの音の中でサンダージョーは復讐を決意した。

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