カード学園サヴァイヴ ~カードで全てが決まるゲーム世界の学園で狂人で軍人のゲーム廃人は天使のために最強になる~ 作:哀原正十
「ありがとう。話を聞いてくれて。少しすっきりしたわ」
フェルディナは微笑んで礼を言った。すっきりした、と言う通りその表情に拭い難く憑いていた悲しみの色は少し憑き落ちている。相当抱え込んでいたのだろう。その心中は察するにあまりある。
でもまだだ。
「ありがとう。でももういいわ」
この堕ちた神を玄咲は救わなければならない。ゲームの通りに。
「これでお別れにしましょう。あまり長いこと話してるとまた未練が積もっちゃいそう」
フェルディナは哀し気に笑った。一人で永遠の時間を過ごす。それがフェルディナが己に課した罪。だから、その罪を再開しようという。こうやって他人に己の過去を話していること自体がイレギュラー中のイレギュラーなのだろう。だから、再び一人になって贖罪を再開するという。だが、それでは駄目だ。
それでは、この哀れな神が救われない。
だから玄咲は言おうとした。ゲーム通りの台詞を。上っ面じゃない、心からの想いで以て。
その直前。
「玄咲、ちょっといい」
「なんだバエル」
「私を召喚してちょうだい」
「えっ」
「ちょっと直接言いたいことがあるの」
「……まぁ、そういうことなら」
出鼻を挫かれたな。思いつつもバエルの言う通りバエルを召喚する玄咲。
「召喚――悪魔神バエル」
ヴン。
バエルが実体化する。フェルディナはバエルを見た瞬間仰け反りビクついた。そのフェルディナに向かって、
「ちょっと歯ぁ食いしばりなさい。お母さん?」
「えっ、ちょっとまっ、ヒッ!」
バエルが拳を振り絞る。反射でフェルディナが顔を腕で覆い、そして、
ズガンッ!
そのガードを容易くすり抜けてバエルの拳がフェルディナの頬を撃ち抜いた。フェルディナが吹っ飛ぶ。祠の岩壁に背を打ち付けてカハッと唾を吐き出す。バエルはフェルディナにずんずん近づき、今度はフェルディナの胸倉を掴み上げる。
「いつまで自己憐憫に浸っているのよ。あなたそれでもフェルディナ? それともただのカス?」
「か、カスよ。所詮私はカスよ。だからこんな扱いが妥当なんだわ。殴りなさいよ。殴りたければいくらでも殴りなさいよ!」
「あっそ。じゃあ遠慮なく」
「ヒッ! あぶっ!」
バエルは胸倉を掴んだままフェルディナを連続殴打した。フェルディナが溜まらず呻く。だが、翻意には至らない。
「い、いくらでも殴りなさいよ。それで気が済むんでしょ。だったら殴ればいいじゃない!」
「……ハァ。何だか殴る気も失せたわ。だから一つだけ言っておく」
バエルはフェルディナと顔を合わせて、真剣な表情で言う。
「あなたのそれはただの自己憐憫だわ。ただの自罰。ただの無意味な現実逃避よ。……あんまり失望させないでよ。お母さん」
「バ、バエル……う、うぅ……」
「……」
玄咲はバエルの一連の行動に完全に圧倒されていた。その玄咲にバエルが言う。
「ほら、玄咲。あなたからも言いたいことがあるんでしょ。言いなさいよ。私は性格が悪いからこんなやり方しかできないけどね。あなたからならまた別のやり方で説得できるでしょ」
「……あ、ああ。そのフェルディナ神」
玄咲はフェルディナに歩み寄る。フェルディナは顔を背けた。
「……神はいらないわ。フェルディナでいいわよ」
「そうはいかない。俺にとってあなたは未だフェルディナ神だ。神を抜く訳にはいかない」
「っ!」
たかが敬称一つ。だが、神としての自信を完全に失っているフェルディナにはそのたかが敬称一つが深く響いた。ゲームと同じように。玄咲はさらに続ける。
「フェルディナ神。あなたが何と言おうとあなたは世界を救った英雄だ。その責務を果たした。自責なんてする必要はない。俺はそう思う」
「……そ、そんなことない。だって、私のせいでアベルが、世界が、リーン・フォーンが、数多の子供たちがありとあらゆる苦痛に満ちた時代を過ごすことになった。全て私のせいよ。私なんていなくなってしまえばいいんだわ!」
「フェルディナ神!」
玄咲はフェルディナの肩を掴み真っ直ぐ見つめた。そして、ゲームと同じく、想いを籠めて、告げた。
「あなたは今でも俺の神だ。話を聞いて尚そう思う。あなたがこの世界の神で良かった。あなたみたいな慈愛に満ちた人が神でいてくれてよかった。心からそう思う。だから、だから」
ギュ。
玄咲はフェルディナの手を握り、心からの想いを籠めて、告げた。
「もうそんなに自分を責めないでください。あなたが自分を責める必要なんてどこにもない。あなたは世界を救ってくれた。その責務を果たした。だから、もう、もう……」
「……本当に」
フェルディナは顔を上げる。そして、瞳を潤ませて尋ねる。
「そう思う?」
「はい。分かるはずだ。あなたなら。俺が心の底からそう思っていると」
「……うん。伝わるわ。世界への、私への、痛いほどの愛情。心の底からそう思ってくれている子が、後世にいたのね。ああ、ああ……」
フェルディナの体が薄く発光する。玄咲の真の想いを通して微かに、だが確かに、神格を取り戻しているのだ。神は崇められて神として存在し得る。玄咲がフェルディナを神として心から崇めているからこそ起こった現象だ。発光が収まった後、フェルディナは少しずつ語り始めた。
「……本当に、私を神として認めてくれる?」
「ああ。あなたこそがこの世界の、そして俺の神だ。あなたがいたから俺はこの世界でたくさんの愛すべき人たちと出会うことが出来た。本当にありがとう」
「……私の世界は不出来じゃないかしら」
「……それも含めて、愛嬌です」
「……私は、私は」
ポツ、ポツ。
フェルディナの瞳から涙が垂れ落ちる。そして玄咲の手をギュッと握り返す。
「頑張った。私なりに頑張った。出来ること全部した.」
「はい。だから今の世界があります」
「たくさんの悲劇が生まれた。だからたくさん恨まれた。全部私のせい。私のせいなのよ……」
「だとしてもあなたは勇者カーンとして世界を救った。その功績は間違いない、あなたが死力を尽くした結果だ」
「……私のせいで」
そしてフェルディナは語った。胸の内の深奥を。
「アベルが死んだ。愛するアベルが」
「それは」
だから玄咲も本音で答えた。ゲーム知識抜きにした本音だ。
「人だって経験する苦しみだ。だからこそ、神であるあなたもその苦しみから逃げてはいけない。自罰や悲しみに逃げるのは違うと、俺はそう思います」
「自罰や悲しみに、逃げる。……そうね、バエルにも同じこと言われたわね。そうか。今の私は他人の目にはそう見えるのね……うん、間違っていないと思う。そっか。私、ずっと逃げていたんだ。もう、いいのかしらね」
フェルディナは涙を拭った。だが、涙は次から次へとポロポロと流れる。
「もう自分を赦しても、いいのかなぁ……」
「赦すのはあなたです。他の誰もあなたを救えない。自分で自分を赦すしかないんです」
「うん。うん。……ぐすっ、ひっぐ」
フェルディナの涙は止まらない。玄咲の手をギュッと握る。そして、
「う、うわぁああああああああああああああああああん!」
玄咲にしがみつき、号泣した。玄咲は必死にシリアスな表情を保ちながら、その頭を優しく撫で返した。
「私、この祠から出るわ」
涙が枯れる程に泣き果たしたフェルディナが顔を上げてそう言った。
「それがいいと思います」
「それから何が出来るかは分からない。分からないけど……出て、それから世界を見てみるわ。今の世界を」
「いいと思います。それで」
「うん。ありがとう。……天之玄咲。私を」
フェルディナは己のカードを玄咲に渡して微笑んだ。
「連れて行ってくれるかしら?」
「もちろんです」
玄咲はカードを受け取り頷いた。フェルディナは微笑んで、己のカードについて説明した。
「そのカードは特別性なの。一度召喚したら魔力消費なしで召喚しっぱなしにしておける。つまり私は実体を持ってこの世界を自由に動き回れるの。……そういう風に作ったのは、今思えばこういう日が訪れるのを見越していたのかしらね」
「凄まじいカードですね」
「創造神が作ったカードだもの。そりゃ並の精霊のカードとは違うわ。ただ……私なんかを召喚しても何の役にも立たないってのがたまに傷ね」
フェルディナは笑顔で言った。場を和ますナイスなジョークを言えた。そんな表情だ。玄咲的には自虐が過ぎて笑えなかったが、それでも愛想笑いを返した。フェルディナは喜んだ。
「送還機能や簡易召喚の機能ももちろんついているわ。送還すると送られるのは自分で作った封印空間だけど。だから、なるべく常に召喚していてね」
「はい。分かりました」
「うん。伝えるべきことはそれくらいかしら。それじゃ」
フェルディナは玄咲に顔を近づけた。そして、そのまま距離を詰めて、
チュッ。
頬に感触。
「「!!!?」」
「本当にありがとう。あなたは私の誇りよ。」
パン!
「グルルル! グルルル!」
シャルナが二人の間に割って入り威嚇を始める。フェルディナは少し怯えつつ玄咲に言った。
「それじゃ、託したわ。私のカードを」
「はい。えっと。それじゃ」
玄咲はフェルディナなのカードを手に持ち、詠唱した。
「送還」
「あー、天之くんたち、やっと見つかった!」
玄咲たちがビーチに戻ると明麗にそう声をかけられた。相変らずうつむいたまま玄咲は対応する。
「探してたんですか?」
「はい。いつの間にかシャルナちゃんといなくなっていたからいてもたってもいられなくなって。2人で何してたんですかー?」
明麗は少し詰問するような口調で言う。玄咲は少し迷って、結局は転生の部分だけぼかして正直に答えた。
「2人で水中呼吸の魔法を使って海に潜っていたらフェルディナ神の眠る祠を見つけた!? だ、大ニュースじゃないですか!? が、学園長にも知らせないと!」
明麗はだっと駆け出して学園長の元へと向かった。玄咲とシャルナは顔を見合わせ、それから笑って言った。
「先輩は相変わらず慌ただしい人だな」
「うん。そして、平和を感じるねー。にしても、凄い話、聞いちゃった」
「そうだな。本当に凄い話だった。……あれが神。この世界の神、か」
玄咲は俯く顔を上げて、学友たちが広がるビーチを見ながら思う。
(……神。神、か)
神への祈り。
そんなものに応えられる万能の存在はどこにもいない。
神への怒り。
その果てがあれ。
何の救いもない。
だとすれば。
「人の未来は人が切り開くしかないんだ」
「うん。そだね。……これからも頑張ろうね」
「ああ。符闘会優勝向けて、な」
やがて明麗に連れられて興奮気味のマギサが駆け寄ってきた。当然この後行われるであろうクロノスを交えた問答をどう対応すべきかと思いながら、2人は心を新たに符闘会出場への決意を固めるのだった。