最近、先生の調子が悪い。それはどの生徒から見ても明らかだった。本人はいつものように振舞っているつもりでも、先生のことをずっと見てきた生徒にはバレバレだ。
リンネの狂気をこの目でしかと見届けてしまったのだから、当然と言えば当然か。トリニティに来なければいつも通りに接することもできたのに。
"リンネ。君宛ての荷物だ。エンジニア部からだって……。"
「わあ! ありがとうございます先生。待ってたんですよ」
先生はリンネの家に荷物を届けに来ていた。出来れば中身は見ないで欲しいというウタハの忠告を受けたため、先生はここまで中身を見ていない。もちろん、見るつもりもない。
「今日もお仕事ですか?」
"ああ、そうだよ。"
いつもと変わらない、いつものリンネの調子で話しかけられる。逆にそれがありがたかった。自分が壊れることなくいられる。自分のままでいさせてくれる。リンネは先生から荷物を受け取ってドアを閉めた。
先生もリンネの家を後にする。今日はトリニティに用があるため、嫌でも行かなければならない。私の様子を見て、皆なんて言うだろうか。そう思いながら、先生はトリニティに向かった。
♢♢♢
「先生、大丈夫ですか?」
正義実現委員会の教室に足を踏み入れた先生は開口一番そう告げられた。そんなに顔色が悪かっただろうか。
"何のこと?"
「……あまり大丈夫ではありませんね」
ナギサはティーカップを置く。サクラコ、ミネというあの時の三人が集まっていた。
補習授業部の様子を見に来たのだが、アロナから『ナギサさんから緊急の連絡がある』ということでこの場所にいる。全員が席に座ったところで、ナギサが口を開く。
「昨日のことは先生も把握している……と聞く必要はありませんか。正義実現委員会の生徒が二人、亡くなった状態で発見されました」
続けてサクラコも話す。
「なぜこのようなことが起きたのか、シスターフッドの方でも原因を調査しています」
内部による犯行か、外部による犯行か。トリニティはまだ何もわからないらしい。
「状況把握や今後の対応など、やるべきことは山積みです。ティーパーティーと私達が手を取り合う状況にあるということは、エデン条約の再来が起こってもおかしくありません」
ミネの言葉に先生は顔を歪ませる。あの時と同じにできるという保証は消え去った。説得では通じず、武力でも勝ち目は薄い。
「トリニティを襲撃したとされる所属不明の生徒について先生は何かご存じですか?」
ナギサの問いには答えられなかった。ミネが「先生」と呼びかけるも、顔を上げることは難しかった。
「少しの情報でも構いません。トリニティに何か起こる前に救護しなければ」
「先生?」
サクラコが首を傾げる。ミネが異変を察知した。
「先生、気をしっかり。ゆっくり息を吸って…………吐いて」
何度か繰り返すうちに呼吸が元に戻る。先生が過呼吸になりかけた。この状態で話を進めるのはいかがなものか。ミネはナギサに進言する。
「……そうですね。先生の状態を把握しなかった私にも非があります。本日はここで」
「お開き、ですか」
「そういうことでしたら私はこれで」
サクラコが教室を出る。それに続いてミネも出る。残ったのはナギサと先生。
"ごめん。"
「先生が謝ることではありません。…………今はまだ、私達で対処できる状態です。もし本当に、学園同士の争いが起きたのなら、その時は――」
"させない。"
「え?」
"何としても止める。それが大人の責任だから、■■■。"
先生が最後に言った言葉は掠れ、ナギサには聞こえなかった。先生はナギサに別れを告げ、教室を出た。
♢♢♢
補習授業部の様子を見に行き、シャーレに帰った先生。事務室に入ったのはいいものの、床に倒れ込む。日頃の無理が祟ったのか、リンネの狂気が心を蝕んだのか。
「先生、大丈夫ですか……!」
遠くから生徒の声が聞こえる。その声を聞くことなく、先生の意識は闇に落ちた。
先生、まだ手足をもがれない代わりに心を抉りに来られたね。
精神攻撃は有効。