私は家を出て真っ直ぐシャーレへと向かった。
理由は二つ。先生とのモモトーク交換が一つ、もう一つは先生について知るためだ。
先生の活躍は知っている。エデン条約のことも、キヴォトスの空が赤く染まった時のことも。全部先生がいたからどうにかなった。だからこそ、それ以外も知りたい。
色々なことを考えながら歩くとシャーレに着いた。事務室前のドアをノックして入る。
「失礼しまーす」
"リンネ。調子はどうだい?"
そんな言葉をそっくりそのまま返したくなる。それほど先生の状態は目に見えて異常だった。
空のエナジードリンクが五本、机に置かれた山積みの資料。私に向けられた笑顔も笑顔と呼べるかすら怪しかった。
そんな先生を見て思わず
「大人の癖に……」
と、呆れた言葉が出てしまう。
"私は大人だから……。これくらいへい、き――"
イスから落ちそうになる先生を慌てて支え、座らせる。
「あまり無茶しないでくださいね。先生は皆の先生ですから」
そう言って笑顔を向ける。先生はありがとうと言い、また仕事に取り掛かる。
周りを見渡して気づく。私と先生以外に人がいない。
「先生」
寝ぼけまなこで振り向いた先生に、私はある頼みをした。
「ちょっとお時間くださいな」
♢♢♢
仕事を手伝う代わりに、先生のことを
それが私の出した条件。何か訳があるのかとか、どうしてそんなこととも聞かず、二つ返事だった。
先生は包み隠さず話してくれた。長い長い話になった。
「これでよし、っと」
"リンネ、手伝ってくれてありがとう。仕事が早く終わったよ。"
「どういたしまして」
話と並行して仕事を進めた結果、窓からは夕日が差していた。
"今日はユウカが当番だったんだけど、事情があって来られないって連絡があったから助かったよ。"
「お役に立てて何よりです」
"手伝ってくれたお礼に、紫関ラーメンでも食べに行かない?"
「い、いいんですか!?」
紫関ラーメン。私は何度食べたいと願っていたか。これは千載一遇のチャンス……!
先生の言葉に甘えて紫関ラーメンを食べに外へ出た。
♢♢♢
「いらっしゃい!」
大将の声が響く。鼻をくすぐる香りが食欲をそそる。
アビドス近郊に店舗を構えていたそうだが、色々あって屋台に変わったそうだ。
「紫関ラーメンを二つ」
席に着くなり注文をする先生。話をしながらラーメンが出てくるのを待つ。
「ありがとうございます先生。一回でもいいから食べてみたくて」
"リンネが喜んでくれてよかった。"
「はい、紫関ラーメン二つ」
大将の声が聞こえ、紫関ラーメンが置かれる。
「うわぁ~! 美味しそう……!」
醤油ベースのスープ、すすりやすく絡むような麺、メンマ、チャーシュー、卵、ネギのトッピング。
まさに王道であり、至高。これが、これが紫関ラーメン……!
"冷めないうちに食べよう。"
「は、はい!」
いただきます。箸で麺を取り、一口すする。
「…………!」
これ、は……!
美味しい。美味しすぎる。今まで食べたどのラーメンよりも美味しい。
比較対象がコンビニのカップ麺の時点で何とも言えないけど……!
額からにじみ出る汗も拭かず、一心不乱に食べ進めた。先生もお腹が空いていたのか、同じように食べていた。
"ごちそうさまでした。"
「……ごちそうさまでした」
ほぼ同時に食べ終える。お互い顔を見合わせて笑う。
"汗だくだね。"
「先生だって」
大将に美味しかったですとお礼を言って屋台を後にする。少し早い夕食だったけど、大満足。
先生はシャーレに戻るようだ。私は……。
「先生。シャーレに空き部屋ってあるんですか?」
"あるけど、どうして?"
「ラーメンを奢って貰ったお返しがしたくて」
まだ残ってる書類があるなら手伝いますよ。
そう言うと、先生は申し訳なさそうな顔をして
"本当は私一人でやらなきゃいけないけど、頼ってもいいかい?"
と、言った。
♢♢♢
「おやすみなさい先生」
"おやすみ。今日はありがとう。"
リンネが事務室を出たのを確認する。先生がタブレットを立ち上げると、静かな部屋に起動音が響く。
シッテムの箱。先生以外一切の起動ができない謎の物体。画面の中に夜の教室が映り、元気いっぱいな少女の声が聞こえる。
「先生、お疲れ様です!」
"今日もありがとうアロナ。プラナも。"
先生の言葉に答えたのは別の少女。
「はい。アロナ先輩よりも私の方が働いていた気がします」
「そんなことないですよプラナちゃん! 私もちゃんと先生を守ってましたよ!」
「…………」
「え、あ、プ、プラナちゃん!?」
シッテムの箱のメインOSであり、水色とピンクの髪に青いセーラー服を着て青いヘイローを持つ少女がアロナ。白い髪に黒いセーラー服、赤いヘイローを持つアロナと似た少女がプラナである。
"ところで"
先生の言葉に振り向く二人。
"何か気になることがあるんだよね、プラナ。"
「はい」
「……?」
首を傾げるアロナ。そんなアロナをよそに、プラナは結論を言う。
「転廻リンネ。彼女には色彩の力があります」
「えっ!」
アロナが驚きの声を上げる。
何となく予感はあった。自分自身や彼女達と異なるモノ。形容しがたい違和感。
だが、いざ面と向かって言われると堪えるものがある。
彼女がどんなことを思い、何をしようとしているのか。いつかは自分たちの敵になるのではないか。嫌な考えが頭をよぎる。
だが――
"
それでも。それでも生徒であり、私が守るべき
リンネのことをもっと知りたい。今までもそうやって接してきた。立場も、学校も、あらゆる壁を越えて。今度もまた、できるはず。
「先生」
プラナが話しかける。
「私達とは相容れない、唯一無二の存在です。恐らく、
私達を救ったように、彼女もまた、救うのですか?
"…………"
時間が過ぎていく。すぐに答えを返すのは難しいな。
「先生……」
アロナが心配そうに見つめる。私は大丈夫と言い、考える。悩んだ末に、自分なりの回答を出す。
"大人の責任は、常に付きまとうものだ。大変で苦労することもある。"
"ただ――"
"責任や重圧で子供が苦しんでいるのなら、それを背負うこともできるはずだ。"
ミカと共に歩むと決めた時、アリウスの皆を救ったように。
自分が入ることで変わることもある。はたから見ればエゴだと、理想だと笑われる。けれど、自分の言葉や行動に責任を持つのが大人。ならば、やるべきは一つ。
"彼女を救う。それが――"
"私の……いや、一人の大人としての選択だ。"
「…………肯定。先生がそう言うなら」
「そうですね。リンネさんについては未知数ですが、このアロプラペアが何とかしてみせます!!」
「アロナ先輩、それは嫌です」
プラナのツッコミに、先生は苦笑するのだった。