神秘の救いと追放
「あっはははっ! 何これ笑えるんだけど!」
先生は死んだ。生徒に助けを求めるなんて本当にみっともない。自分の立場をわかっているのに、こんな惨めな死に方をしたんだ。お腹がよじれる。
「貴方ですね。先生を殺したのは?」
後ろから声をかけられる。振り向くと黒服が立っていた。
「黒服でいいんだっけ。何しに来たの」
「……私の名を気安く呼ばないでください」
暁のホルスと同じになってしまいましたねと、声のトーンを戻す。低い声で話すから圧をかけられたように思えた。それより、今気になるのはどうして私の居場所を突き止めたのかと、手ぶらのコイツに何が出来るかということ。
では、答えを聞かせてもらおう。
「先にいい? ここがわかったのはどういう原理?」
「何故でしょうね」
はぐらかされた。クソっ。気を取り直して第二の質問。
「手ぶらで大丈夫?」
「今回はお願いだけですので」
お願いかあ……。なんだろ。私の質問が終わったと判断して黒服が切り出す。
「貴方が先生を殺したことはまだ誰にも伝えていません」
「小鳥遊ホシノにも?」
「ええ」
おっと、これは面白い。犬猿の仲の二人だけど情報交換はしてるのかなと思っていたのに。意外や意外。黒服は先生以外にさほど興味はなさそう。
「話し相手がいなくなって残念だねー。これからどうするの?」
「方法はあります」
画面に映る先生。着ているスーツの胸ポケットから赤いカードが顔を覗かせていた。
「大人のカード。知っていますか?」
「なにそれ?」
聞いたか聞いていないか本当に覚えていない。記憶に残るような情報じゃないから捨てたんだ。まあ、それはそれとして。
「このカードは使えば使うほど先生が苦しむことになる。簡単に説明すればそういうカードです」
じゃあ、これを私に向けて何回も使わせる状況にすればいいという訳だ。そうすれば先生は自然に壊れる。なんという作戦! 外道だ外道!
黒服は先生の虚ろな表情を見つめる。目には光がない。死んでいるのは誰が見ても明らか。だが、黒服は諦めていない。
「ゲマトリアが解散した時、
その話は本人から聞いた。事実を伝えられてもどうとも思わない。これは知っていることであり、未知ではなく既知。だが、言いたいことはわかる。先生の復活。黒服はそれを望んでいる。
先生の栄光を、歩んできた軌跡を途切れさせるわけにはいかない。生徒が大人になるその日まで先生であり続ける為にも。ここで、終わらせはしない。
そんな強い意志を感じた。
「アンタの話は理解した。私を利用するのか、自分でやるかは勝手だから」
「クックックッ。そうですね……」
黒服は私の前に立つと、こう言った。
「神秘を見てみたくありませんか?」
♢♢♢
シロコ達は対応に追われていた。ヴァルキューレがやって来たと思えば小鳥遊ホシノを先生殺害容疑で逮捕すると言い出したからだ。
先生が死んだ事実も、ホシノが先生を殺したということも初耳だから。
「ホシノ先輩がそんなことするはずない」
「そうよ、何かの、何かの間違いよ!」
だが、カンナは証拠を突きつける。
「小鳥遊ホシノがレールガンを持って廃ビルの中に入っていったという証言がある。それに、アビドス自治区からシャーレに攻撃をしたというのは事実。この二つの証拠から我々は小鳥遊ホシノを犯人と見た」
シロコとセリカが反論できずに俯く。代わりとしてノノミとアヤネが反論する。
「ホシノ先輩はシャーレに行った後、ゲヘナ学園に行っています」
「それについての証拠はあるのですか?」
カンナはタブレットを操作して映像を見せる。
「シャーレの監視カメラには彼女の姿が映っている」
映像をスライドさせ、もう一つの映像を見せる。
「転廻リンネという生徒から送られてきたゲヘナ学園の映像だ。映っているか?」
ホシノの姿はなかった。これではシャーレからゲヘナに行ったということが嘘になる。
「この映像はヴェリタスの方で調べてある。一切隠し事の無い普通の映像だそうだ」
だから証言の意味がない。カンナはバッサリと切り捨てた。
もうどうすることもできない。無力感に打ちひしがれ、誰も言葉を発することができなかった。
「うへ。おじさん、こんなことになるなんて思わなかったよ」
ホシノが校舎から出てきた。カンナの元に歩いて行き、そのまま護送車に乗り込む。
「ホシノ先輩!」
皆が口々にホシノの名前を呼ぶ。ホシノは振り返って笑う。
「だいじょーぶ。私は戻って来るよ」
護送車は校舎から離れていく。その様子を四人は黙って見つめることしかできなかった。
(これで、良かったのか)
ホシノの隣に座るカンナは自問自答していた。これで事件は解決する。本当にそうか?
自分の中の正しさを取るのか、手柄を取るのか。正しさを取る。あの時胸に決めた信念を曲げていない。
だが――
(なんだ、この感覚は。腑に落ちない)
先生がいれば、こんなに考えることもなかっただろうに。
先生の死亡が伝えられた時、持っていた書類を落とした。マグカップを握る手に力が入らなかった。黒く汚れた書類を見て、自分の心も同じ様になりかけた。
だが、泣くことはしなかった。泣くのは全てが終わってからと決めていたから。
(先生。あなたがいたから、私は――)
変われたんだ。
♢♢♢
深夜、霊安室に先生はいた。醜く裂けた腹も千切れた右腕も欠けた頭もキレイになっていた。
「神秘ねぇ~」
先生の蘇りが神秘なのか。カードを減らして蘇らせるとしたら残り一回は殺せることになる。自分の分が余っているから。
チカチカと点滅するタブレットが目に入る。シッテムの箱だ。
「よっと」
水たまりの教室が広がっている。目の前に私を睨む二人の少女がいた。
「どうして、どうして先生を!」
「アロナ先輩、落ち着いてください。ここは私が」
アロナと呼ばれた少女に似た子が一歩前に出る。
「初めまして。私はシッテムの箱のOS、プラナと言います。この空間にどうやって侵入したのですか?」
「いきなりの質問だ。色彩の力とハッキングを使ってちょいとね」
侵入しても特に何もしないつもりだったけど……。問答が続きそうだ。プラナがまた質問してくる。
「では、あなたの目的は一体」
「目的なんかないよ。私は先生に用があって来たから」
二人が首を傾げる。自分達に用は無いけど大切な人に用があるって言われたらそうなるか。早いとこ出ていかないと大変だ。
「じゃ、また」
「話はまだ終わって――」
アロナの言葉を無視して出ていく。意識が現実に引き戻される。ちょっとやばいな。先生以外は負荷ありか……。
焼け焦げたカード。これがプレナパテスの、もう一つの大人のカード。少しでも力を入れたら灰になりそうなほど脆い。
「私次第か」
黒服の言葉を思い出す。
『奇跡を起こせるのは貴方だけ。先生の復活はキヴォトスの希望でもあります。世界の全てを敵に回したくなければ、先生を蘇らせた方がいいと思いますがね』
いつ目覚めるかもわからないのに。ほんと、私を狂わせる。
焼け焦げた大人のカードを先生の心臓に置いて小瓶に入った液体を一滴垂らす。
先生の体が淡い光に包まれる。十秒経って光が消えたが、変わっていなかった。
「さてと、先生が起きるまでにキヴォトス全土をリセットしよう!」
私の目的は変わらない。先生が目覚めた時に見る光景は、火の海となったキヴォトスなのだから。
これから始まるのは、蹂躙と殺戮。本当の地獄を見せつける。もう容赦しない。
全員まとめて殺してやる。
先生、早く起きないと大変だよ。皆がいなくなっちゃうよ。