転廻リンネはアビドスを訪れる
翌日。シャーレ内を探したが、転廻リンネの姿は既になかった。
事務室に行くと机の上に置き手紙があり、そこには『ありがとうございました。これからアビドスに向かいます。』と書かれていた。
先生は彼女の後を追うようにアビドスへ向かった。
♢♢♢
私、転廻リンネは、バイクを購入しました!
車とかスクーターの方がいいかなって考えたんですけど、やっぱりバイクにしました。新品バイクで向かうのは……アビドス砂漠!
なんて、脳内実況をしながらアビドスに到着。
「さて……遠くから近場の考えで来たわけだけど」
どう向かえばよいか。確か先生の話によると、アビドス高等学校の対策委員会に頼るといいと聞いた。
思案すること数秒、スマホから学校に直接通信をすることにした。自分で作ったアプリを立ち上げ、『アビドス高等学校』と入力。
待つこと十秒。スマホから困惑の声が聞こえるが構わず話す。
「もしもし。ゲヘナ学園から来ました転廻リンネです。対策委員会の皆さんにアビドスのことを教えてもらいたくて連絡しました」
「転廻リンネさん、ですね。わかりました。今どちらにいらっしゃいますか?」
「道路がある所です。大きな建物が見えて」
「久しぶりのお客さんだねぇ~」
「ん、珍しいね」
「せめて迎える準備くらいはした方がいいんじゃない?」
「そうですね。皆でお迎えしましょう☆」
間延びした声、冷静な声、ツンツンした声、ほんわかした声、最初の落ち着いた声。間違いない。アビドス廃校対策委員会の面々だ。通話を切って迎えを待つ。
「…………」
マーク、要注意人物は小鳥遊ホシノ。彼女がどう出るか。本気になれるように、いっぱい種を撒いておこう。
♢♢♢
皆でお迎えの言葉の意味を私は誤解していた。てっきり正門の前で他の四人が待っているものだと思っていた。五人全員で現れた時は流石にびっくりした。しかもバギーで。
車が止まり、中から五人が降りてくる。
「やあやあ、君がリンネちゃん?」
ピンクの髪にオッドアイが特徴的な少女、小鳥遊ホシノが話しかけてくる。
「はい! さっきは勝手なことしてすみません。どうやって行けばいいかわからなくて……」
「私達が来たから大丈夫」
「わあ! バイクですか? かっこいいですね」
銀色の髪の少女、砂狼シロコ。豊満な胸を持つ十六夜ノノミ。
「バイク乗せるわよー」
「手伝うよセリカちゃん」
バイクをバギーの荷台に乗せようとしている猫耳少女が黒見セリカ。で、メガネの少女が奥空アヤネ。
よし、覚えた。
運転はアヤネが担当、もしもの為にシロコが荷台に乗る。
「よ~し、出発~」
ホシノの号令に合わせ、アビドス高等学校へと出発した。
♢♢♢
自己紹介を終えると、ホシノが質問してきた。
「ところでさ、あの通信どうやってやったの? おじさん気になるんだ」
「どうって言われても、説明が難しいと思いますよ」
でもまあ……話すことも無いし、言うか。
「皆さんのスマホから出る微弱な電波をキャッチしたり、通信をこっちに無理矢理接続するアプリを作って……」
「アプリ作れるの?」
「まあ、大したものじゃないですけど」
通信が来たことには全員驚いており、流石の私もやり過ぎたかと反省。次からはモモトークで連絡するようにしよう。
目の前に大きな校舎が見え、車がゆっくり止まる。
「ようこそ、アビドス高等学校へ。何も無いけど歓迎するよ~」
「ホシノ先輩、皆で言うって言ってましたよね!?」
「駆け抜けはよくない」
「うへ~。おじさん忘れてたよ~」
さてと、ここから――
「皆さん、カタカタヘルメット団です!」
「はあ!? こんな時にもう!」
「セリカちゃん。焦っちゃダメですよ」
「ん、追い払う」
アヤネの声が車内に響き、各々が戦闘態勢を取る。
ホシノは盾と
みんな殺意マシマシ。ヘルメット団には驚いたけど、アビドスの戦い方を知ることができるいい機会。
あの時使った拳銃は捨てたから丸腰。……ん? これ、ヤバい?
「わ、私、銃持ってきてなくて」
「大丈夫。これくらいなら慣れてます」
「先生がいない時もこうだったから」
ノノミとセリカが車から降り、三人も続けて降りる。
「必ず守る」
「支援は任せてください!」
アヤネがタブレットを取り出して調べる。迫るヘルメット団の人数は十人。
「皆、準備はいい?」
ホシノの問いに各自答える。
「今日こそ終わりだぁー! アビドス!」
ヘルメット団の隊長らしき生徒の声だ。それを合図と受け取り、戦闘が開始される。
♢♢♢
「私が先導するから、シロコちゃんとセリカちゃんはサポート。ノノミちゃんは討ち漏らした敵と車の防衛をお願い」
ホシノから端的で的確な指示が伝えられると、前衛の三人が駆け出す。
ホシノがシールドを展開、愛銃のを片手に狙った不良を撃つ。確実に倒すように頭を狙っている。ヘルメットが割れ、次々に倒れる不良達。
シロコもホシノと同様、頭を狙い一撃で倒している。
「くそっ、怯むんじゃねぇー! 敵討ちだ!!」
隊長の号令が響き、物陰から出てきた不良達が数の暴力と言わんばかりの勢いで迫る。
「さっきよりも多い……!」
これほどの数は想定していなかったのか、セリカが毒づく。
「こりゃあ総力戦だ。追い払ったはずなんだけど」
「セリカ、補給が来るまで持たせる」
「わかったわ!」
不良達の集中砲火がホシノ達を襲う。隠れられる場所がない中でも彼女達は優勢を保ち続けている。まるで地の利はこちらにあると言わんばかりの動きで攪乱する。
ノノミが前方を警戒していると、車の背後から銃声が聞こえた。
「どうしたどうした? 後ろがガラ空きだぞおっ!!」
いつの間にか校内に侵入していたヘルメット団がぞろぞろと現れる。
ノノミはマシンガンを構えると、不良に向けて乱射する。
「お仕置きの時間です~♣」
ノノミが不良を一掃し、ホシノ達の元へ向かう。
「ホシノ先輩!」
「ノノミちゃん!?」
ホシノが一瞬驚いた顔をしたが、ノノミのアイコンタクトで真意を理解する。それはホシノの顔を見た二人も同じ――
『シロコ先輩、セリカちゃん! 物資、送ります!』
通信が入り、ドローンから物資が送られる。手早く装填、互いに背中を預け円陣を組む。
「撃ちまくります~☆」
「これで最後……!」
「大人しく出ていきなさい!」
「どんどん撃つよ~」
四人の銃が火を噴き、不良達が倒れ込む。決して無駄撃ちすることなく、大量の弾丸を叩き込んでいく。
「く、くそっ――うぎゃっ!」
赤いヘルメットが割れ、隊長が倒れる。団員達は恐れをなして逃げて行った。
「ふぅ~。これで終わりかな~?」
「疲れた~」
「ん、お疲れ様、セリカ」
「シロコちゃんも、お疲れ様です」
増援も合わせれば五十人。小隊を優に超える規模の敵を四人だけで倒した。
車からその様子を見ていたリンネはしばらく動けずにいた。特に小鳥遊ホシノの動きと指揮に目を奪われ、声も出せなかった。個々の動き、戦力が洗練されており、先生抜きでも強い。ここに先生の指揮が合わさるとなると最早最強のチーム。連携もバッチリで、互いを信用しているからこその戦法が取れていた。
一通り分析を終えたリンネ。戦闘については把握した。となると次は――人間関係、か。
「大丈夫でしたか?」
アヤネの声が聞こえ、私は我に返る。
「大丈夫です。助けてくれてありがとうございました」
「んじゃ、学校案内だね」
「待って。その前に言うことがある」
シロコが引き留める。言いたいこと……ああ、さっきの。
「せーので言おう」
「おじさんも言うの~?」
「当たり前でしょ」
「改めてお出迎えするんですから」
「それじゃあ、せーの」
「「「「「ようこそ、アビドス高等学校へ!」」」」」
私は熱烈な歓迎を受けた。
♢♢♢
シロコに校内の案内を受けた私は、対策委員会の教室で詳しい話を聞くことになった。
結論から言うとアビドスの状況は先生が来てから大きく変わった。弾薬ギリギリ、物資も底を尽きそうな環境が様変わりしたのだ。
「まだ借金だけはどうにもならないですけど……」
「借金?」
アヤネの言葉に疑問を呈する。
カイザーコーポレーションのせいで九億以上もある借金を抱えることになったアビドス。それに関しても先生が手伝ったというのだから驚いた。
「そんなにすごい人なんですね、先生は」
私がそう言うと、皆は口々に先生を褒め始める。途中、人としてどうかと思う行動もあったけど。
話題も次々移り変わった。休みはどんなことをしているのか、銃の整備や学校での過ごし方。セリカが紫関ラーメンでバイトをしていると聞いたときは驚いた。昨日出会っていたら相当気まずかったに違いない。
話題も尽きて沈黙が訪れる。ホシノが沈黙を破るように口を開く。
「最近、屋上の掃除してないよね」
ホシノのお昼寝場所の一つである屋上。案内してもらった時は砂がいっぱいでひどい状況になっていた。
「ん、やることもないし、やろう」
「そうね。皆でやれば早く終わる!」
「終わったらジュースで乾杯しましょう☆」
「いいですね!」
「…………うへ。もしかしてまずいこと言っちゃった?」
やる気満々の後輩達にホシノが焦り出す。
話題を提供したつもりがいつの間にか実行する前提で進んでいる。何とかしてもらおうと、私に助けを求めだす。
(リンネちゃん助けて)
(あの、これ――)
「リンネちゃんも一緒にやりませんか?」
「道具はあるから」
ノノミとシロコに迫られる。もう手伝うしかない。逃げ場がない。ホシノに両手を合わせて謝る。
(ごめんなさい…………!)
「おじさんは、やらなくてもいいよね?」
「何言ってるんですか! 屋上が使えないとあればホシノ先輩も困りますよ」
「しょーがない。おじさんもがんばるよ~」
アヤネの言葉を聞いて渋々やる気になったホシノ。
私達は教室を出て屋上に向かった。
♢♢♢
ブラシや箒を使って溜まった砂を落としていく。私はブラシ担当になった。強烈な日差しが作業を遮る中、五人は慣れた手つきで黙々と進めていた。
「シロコちゃん、そっちは終わりましたか?」
「ん、終わった」
「おじさん疲れちゃったから後はよろしく~。特にリンネちゃん」
「な、なんで私……」
わいわいと楽しみながらやる姿に、私は少し寂しさを覚えた。
まあ、それはそれとして。
仲は良好。人間関係に悪い点は見られない。五人しかいないという状況もあるのか、チームワークはしっかりしている。
手を止めて砂漠地帯を俯瞰する。大きなビルは砂に埋もれ、廃墟といっても差し支えない。
――何もない場所がいいかな。
小鳥遊ホシノは言わばデザート。プリンアラモードだ。
砂漠をプリン、血をカラメル、小鳥遊ホシノの死体をさくらんぼに見立てる。
完璧。パーフェクト。
「リンネちゃ~ん。ほらほら働いて~」
「ホシノ先輩もでしょ!」
「あ、あはは……」
ホシノが私に喝を入れ、セリカがツッコミ、アヤネが苦笑する。
さて、最後かな。気合を入れるため頬を叩いて取り掛かった。
♢♢♢
かんぱーい!!
屋上に声が響く。大掃除を終えた私達はアヤネが買ってきた缶ジュースで乾杯していた。私はオレンジジュースを一口飲み、ふぅと息を吐く。
相変わらず騒がしく、それでいて居心地のいい場所。友達といるのって……こんな感じ、なのかな。
青春の言葉も意味も理解できない除け者の自分がここにいることが信じられない。
私の青春は、先生が来てから大きく変わったのだから。
一人一人の名前を覚え、性格を理解し、寄り添う接し方をしている。慕う生徒は星の数。大人気のスターのよう。ただ――
悪い大人に支配された子供は助けて私には見向きもしない。皆が大切だと謳っておいて、届かない範囲の生徒は知らんぷりか。
酷い虚無感と怒りから缶を握りつぶしそうになり、空を見上げる。
これが青春だと言わんばかりに、澄みきっていた。
「リンネ」
シロコに呼ばれて振り向く。どうかしたと尋ねる彼女に、なんでもないですと返した。
ジュースを一口。また一口。甘い味が変わらないように、心の隙間も変わらない。
♢♢♢
夕暮れになり少し涼しくなってきた。みんなに合わせて帰ろうと思った矢先、ホシノが私を呼び止める。
「リンネちゃん」
「?」
「私、リンネちゃんのこと知りたいんだ。二人で学校にお泊りしない?」
突然の提案に戸惑う。お、お泊り? 道具も何もないのに? 私の困惑をよそに、ホシノは後輩達に了解を貰っていた。シロコ達が帰るのを見届けたホシノが振り向く。
「ノノミちゃんのOKが出たよ~」
「いやそういうことじゃないんですよ」
思わずセリカのようなツッコミを入れる。でもまあ……悪い話ではなさそう。ホシノのことをもっと知れるチャンスだ。
となればまず、ご飯に寝床の確保が必要になった。
「ホシノさん。ご飯とかはどうするんですか?」
「…………」
ガサゴソとカバンから何かを取り出す。紫関ラーメンの袋麺だった。
「おじさんの魔法だよ」
「なんですかそれ」
たくさんの資料が並び、ソファが二つある部屋に案内される。
しーばしーばしーばせきらぁ~~めん。なんて、間延びした歌で二人分のラーメンを作るホシノ。
温かいお湯は先生の魔法らしい。しかし、二日続けてラーメンとは思わなかった。今日は素ラーメンだけど。
「おいしいねぇ~」
「そうですね」
ちなみに、紫関ラーメンの袋麺は二つしかない。
大将がうまくいったけど納得いかなくてボツにした貴重な二つだから味わって食べて、というのがセリカの弁。まさに幻。
「ごちそうさまでした」
「ん、リンネちゃん早いね~」
昨日と同じペースで食べていたら終わってしまった。やっぱり具が無いと物足りない。
スープも飲み干して空になった器を机に置き、ホシノが食べ終わるのを待つ。
ゆっくりゆっくり食べるホシノ。
「ごちそうさまでした。いや~、誰かと食べるご飯は美味しいね」
「そう、ですね」
器を置いたホシノは軽くあくびをする。
「おじさん眠くなっちゃった。明日は早いからもう寝るね」
そう言うと、向かいのソファに横になり、タオルケットをかけて寝始めた。
待つこと数分。ホシノのヘイローが消えた。寝たみたいだ。
器と箸をゴミ箱に捨て、ホシノが起きないよう静かに部屋を出る。
空は段々暗くなり、静寂が訪れる。風が肌を掠め、冷たい空気を運ぶ。路地裏で感じた風とは違う砂交じりのアビドスの風。
しゃがんで砂を一掴み。零れる砂は夜空にも生えそうなほどキレイだった。手に着いた砂を払い、部屋に戻る。ホシノが寝ているのを確認してソファに横になる。
――今日は、今日こそは、眠れるかな。
じゃんけん、あいこだったぞアロナ。次は勝つからな。