私は間が悪い。銃撃戦をしていることに気づかず間に割って入ることが多いせいで、銃弾の雨と爆風を浴びる羽目になる。
友達はいない。私のことを気に掛ける人はいないから。
ゲヘナ学園に入ったのは、友達が作れるのではないかということと、間の悪さを治せるのではという期待からだった。
ソワソワして生意気だという理由で撃たれ、銃撃に巻き込まれ、食堂の爆破に巻き込まれ。最近は給食部の車に轢かれた。
食事もそうだ。一週間に一回、少量でも食べれればいい方。一ヶ月食べない日もあったくらい。
「っは、はあ、はっ……」
初めて犯罪に手を染めた。特に理由もなくアビドスを訪れていた私は、風に吹かれて飛んできたお札を何枚か掴んで逃げた。
「これで、食べ物が買える、やっと……!」
コンビニで焼きそばパンと水を買って、誰も居ない路地裏に身を潜める。
ペットボトルのフタを開けて水を勢いよく喉に流し込む。勢いよく飲み過ぎてむせる。
「げほっげほっ、はあ、はあ…………っ」
そのまま焼きそばパンにかぶりつく。具材が零れようと気にしなかった。今はただ、お腹を満たしたかった。
いつの間にか涙が溢れて、パンが見えなくなった。
食べれることのありがたさ。いつも通りの生活ができること。当たり前をなくした人のことなんて気にも留めない。それが、初めてこの世界に怒りを覚えた瞬間だった。
路地裏で一日を過ごしてしまった私は、ゲヘナ学園に戻ろうと街中を彷徨っていた。
完全に道に迷い、近くの壁にもたれかかる。
「すみません」
スーツを着たロボットが話しかけてきた。
どうやら困っている人にお金を貸すとかいうサービスをしているらしい。私はその話に飛びつき、従うことにした。
小さい事務所までやってきた。私は中に案内され、部屋で待つように言われた。
「おい、連れてきたぞ」
「なんだガキかよ」
「ちょろかったぜこのガキ。俺が誘ったら飛びついてきてよ」
お金をもらうには契約書にサインが必要。隣の部屋から話し声が聞こえても、お金のことで頭がいっぱいな私には聞こえなかった。
「お待たせしました。契約書にサインを」
扉が開き、入ってきたのは別のロボット。ここの社長のようだ。契約書にボールペンでサインをする。
これで、お金が……!
「バーカ」
社長が私を殴り飛ばす。
「簡単に金なんて渡すかよ。書類はよく読まなきゃダメだろ?」
そう言って契約書を見せる。
契約書には私のサインだけ。他に何も書かれていない。白紙だ。
「だま、された……?」
「そういうこと」
社長は私を外に連れ出し、さっきのロボットと一緒に暴行を加えた。胃液や血を吐き出した私を見て、笑っていた。
痛い。苦しい。助けも無い状況で必死に耐えたけど、限界がきた。体のあちこちが擦り切れ、傷になっている。血も止まらない。死にかけだ。
「…………………………………………」
声が出せない。いや、もっと正確に言えば出ない。
喉を撃たれて頭をドラム缶に打ち付けた。自分がどうなるかわからない中、助けを求めて手を伸ばす。
眉間に一発打ち込まれた。そのことを脳が認識した瞬間、意識を失った。
その後のことは、よく覚えていない。家にいることしかわからない。とにかく手を洗おうと立ち上がると、鏡に自分の姿が映った。
制服はボロボロ。髪は真っ白になっていた。
「ちがう……ちがう、ちがうちがうちがうちがう」
肩まである長い髪を無造作に触る。こんなの自分じゃない。黒くて、綺麗で……!
そうだ、角は、角は!? 角があるか触って確かめる。
「あ、ある! そうだ、わたしまだ、ゲヘナでいられる……!」
角が二本、ちゃんとあった。私はまだ、壊れていない。
自分はゲヘナ。そう言い聞かせながら通い続ける日々。
エデン条約の締結をすると噂で聞いた時は驚いた。昔の私なら「友達ができるかも」なんて喜んだだろうけど。今はもう喜べない。
エデン条約締結の日。トリニティの人には身に覚えのない因縁をつけられて暴力を振るわれた。ミサイルの爆風をもろに受け、黒いシスターのような怪物に撃たれた。挙句の果てに瓦礫に体を飲み込まれて動けなくなった。
横長の板を持った大人が駆け寄ってくる。
「たすけて…………」
聞こえるかどうかも怪しいか細い声を出す。真っ先に大人が駆け寄ったのは私ではなく、ヒナ委員長の方だった。
エデン条約の事件もひと段落し、バレンタインデーで湧くキヴォトス。誰にも助けてもらえなかったことから、憎しみが芽生えていた。
家に引きこもるようになり、食べることも忘れたある日。外の空気を吸いに歩いていたところ、人とぶつかった。
「ごめんなさい。前見てなくて」
「…………」
狐のお面を被った人が私をじっと見つめる。
「先生の居場所、教えて頂けますか?」
何を唐突に。先生ってなんだ。私を見捨てた大人のことか。なんでそんな奴の居場所を? そもそも私は知らない。何がどうなっているかなんて知ったことか。
「知りません。
私は壁に叩きつけられていた。銃声が聞こえる。何度も、何度も、何度も、何度も。壁に埋め込まれる形となった私に、狐のお面を被った人は言う。
「先生を、侮辱したな……!」
そう言って左の角に手を伸ばし、短剣で根元から切った。角が転がり、私も解放される。地面に倒れた私を踏みつけ傷つけようとしたが、後方からの音に気づいてその場を立ち去った。
切られた角を取り戻そうと道路を這いずり手を伸ばすが、車のタイヤで粉々に砕かれた。
後には私だけが残った。
自分の姿がビルの鏡に映る。
分厚い隈、切り傷、擦り傷、弾痕、折れた角、細くなり過ぎた体。地面には髪が数本落ちていた。
それを認識したことで、何かが弾けた。
「あ、ははっ、ああっ、ああ……」
転廻リンネは、もういない。私の知る私は、この世から消えた。
思わず叫んでいた。
クソがああああッ!!
自分の手がひしゃげる勢いでビルの壁を殴る。轟音が響き、崩れる。
「何が、何が先生だふざけやがって! クズどもしかいない世界に何の価値もねぇだろうがよぉっ!」
壊す。
「大体、自由と混沌がゲヘナの校風なら、もっと早くこうしてればよかった~。もっと自由に生きていいんだあっ」
壊す。
「…………どいつもこいつもうざい。突っかかってきてさ。私が大人しいから何してもいいって思ってんだ。はっ、もう、この――」
ああ、ダメだ。ダメだ。全部壊したい。滅茶苦茶にしたい。やりきれない気持ちを抱えたまま、家に帰る。足取りはいつも以上に重かった。
この日、狐坂ワカモの破壊行為とは別に数えられた建造物があった。ただ、犯人が不明なことから、狐坂ワカモが破壊したという結論に至った。
あの日から、私は二面性を手に入れた。表はいつも通り。でも、積極的にアプローチするようになった。そのせいか、性格が明るくなった。裏はどす黒い感情をもつ自分。この状態の時は何でもやるようになった。
スケバンに絡まれた時は路地裏で首を切って殺した。
ヘルメットを被った少女が金目当てで近づいた時は首をへし折って逆に金を奪った。
いつぞやの社長が家に上がり込もうとした時は拳で顔面に穴を開け、部下はどこの企業出身か聞いた後に腰からちぎってやった。
どんな手段でもいい。どんな状況でもいい。自分が殺したいと思ったらその場で殺す。それが裏の私。もちろん、証拠隠滅も忘れない。
キヴォトスで喜々として殺人を犯す存在。それが私、転廻リンネ。
一年の時に濃い経験を積んだ私は、二年になってレベルアップした!
「ちゃ――――」
「リ……ん」
「……………………」
「おはよ~。よく眠れた?」
目の前にはホシノがいた。まだ日は出ていない薄暗い時間なのに。
「眠れてるわけないで……す」
不機嫌から思わず口調が荒くなりそうだった。セーフ。
「リンネちゃん、ちょっとお散歩に出かけよう」
「なんでですか? もう少し……」
ホシノの目がこれ以上の反論を許さなかった。渋々ホシノの後をついて行くことにした。
♢♢♢
「リンネちゃん。単刀直入に聞くよ。私に、私達に。隠しごとしてるよね?」
やっぱり騙せないか。
流石は暁のホルスと言われただけある。
「何を言うんですか。こんな砂漠のド真ん中で」
「ここじゃなきゃいけないからだよ。ここでなら大人しくしてくれるでしょ」
口調きっつ。どこまでバレてるかなー。
顔が綻びそうになりながら、ホシノの言葉を待つ。
「昔、私は大人を疑ってた。でもね、先生に、後輩に助けられてから、頼ることができるようになった。おじさんも成長したんだよ?」
「説教ですか? それとも、昔話?」
「両方だよリンネちゃん」
ホシノはショットガンを向ける。どこまで気づいているか知らない。でもまあ、隠すようなことでもないし、言ってもいいかなー……なんて。
「今ならまだ間に合う」
「くどいんですよ。何が言いたいんですか?」
「何人殺した?」
直接的。
「たくさん殺しました。覚えてなんていません。殺したいから殺しましたし、邪魔だと思ったから殺したこともあります。…………何がいけないんですか?」
ホシノの瞳が揺れる。友達と話す感覚で言ったことに、衝撃を隠せないのだろう。
大切な先輩を亡くした彼女にとって、『死』というのは恐怖に等しい。友人を失うのもまた同じ。ホシノは薄暗い空を見上げ、リンネに聞こえない声で呟く。
「――――」
「それで。お話は終わりですか」
リンネを見据えると、ホシノは肩に一発撃つ。
肩に当たっても微動だにしない姿を見て、ホシノは顔を引きつらせ考える。
(うへ。早すぎたかな)
「ヘルメット団のリーダーから聞いたよ。昨日のは私達にやられた腹いせじゃなくて、本当の敵討ちだったんだね」
「はあ」
「ドラム缶の中に人がいるなんてありえないから気絶してるのかって思ったみたい。でも、ヘイローがなくて体が冷たいなんてこと、経験がないもんね。私もびっくりしたよ」
ホシノは実力行使ではなく、対話による説得を試みる。相手は話が通じる。ただ、こちらの言葉に大人しく従うつもりもない。説得もいつまで持つかわからない。綱渡りの状況の中、ホシノはリンネに銃を向けたまま話す。
「実を言うと、あの通信の時から疑ってた」
「私達がアビドス廃校対策委員会だってことを知っているだけじゃない。『おじさん』って言葉に何一つ驚かなかったことも。そういうことは先生に聞かなきゃわからないよね?」
「おじさん、リンネちゃんがそういうことを平気でできる子だと思わなかった。この問題がキヴォトス中に広がれば、風紀委員長ちゃんも大変になる」
だから、私や先生と一緒に行こうよ。
この期に及んでまだ説得が効くと思っているのか、ホシノは最後の忠告をする。
リンネが出した答えは
「いやです」
ノー。
それを聞いたホシノはがっくりと肩を落とし――
「残念だよ」
距離を詰めると、シールドバッシュでリンネを押し倒す。
リンネはシールドを蹴り飛ばしてホシノと距離を取る。ショットガンが火を噴くが、リンネの動きを捉えられない。
(変な動きはできないと思ったんだけどな……!)
ホシノは誤解していた。リンネは銃を持っていないから簡単に制圧できると。それに、聞き分けのいい子だと思っていた。数分の問答で全てがひっくり返った。
リンネは銃弾を避けながら近づく。アイドルの踊りのようなステップをしながら、ホシノの首を掴もうと襲いかかる。
「……ッ!」
ガラ空きの胴体に弾丸を撃ち込むホシノ。吹き飛ばしても撃ち続ける。倒れたリンネをシールドで押さえつけ、頭に銃を突きつける。
リンネの反応も待たず撃つ。とにかく動きを抑えるのが最優先。ホシノがリンネに向ける目は、どこか悲しそうだった。
「これで落ち着いたかな」
リンネに目をやる。ヘイローが消え、ピクリとも動かない様子を見ると気絶したようだ。
シロコちゃんの時よりやり過ぎちゃったかな。そう思いながらリンネを背負う。体は意外と軽かった。
♢♢♢
「ん、ん…………」
「ふわぁ~。ん? リンネちゃんおはよう」
目が覚めると、さっきの部屋にいた。
負けた。ホシノに負けた。ここにいるってことは、そういうこと。
「助けないで殺してくれればよかったのに」
「おじさんはそういうことはしないよ。……もう嫌だから」
その言葉を聞いて、私はいたたまれない気持ちになった。
"リンネ!"
先生が部屋に入ってきた。ボロボロになった私を見て駆け寄る。
「気にしないでいいです。私のせいでこうなったんですから」
"でも――"
「先生」
ホシノが先生の言葉を遮る。
「リンネちゃん、やっちゃいけないことを繰り返してきたんだ」
やっちゃいけないこと。その一言で意味を理解した先生はリンネから目を背ける。
リンネは何も言わず、時が過ぎるのを待つ。
"リンネ。"
先生が彼女の名前を呼ぶ声に怒りが滲む。なぜこんなことを? そう聞くべきだ。何を迷っているのか、言葉が出ない。プラナの言うことが正しいと今更思う。子供はこんなことをしない。人としての一線を平気で超えるわけがないと、考えていた。
先生を信じ、ホシノも口を挟まない。リンネを説得できる唯一の瞬間を逃すわけにはいかない。ここが最後のチャンスだ。
"私は――"
"君のことを信じているよ。"
"誰かを庇っている……そうだろう?"
先生の首筋にリンネの手刀が刺り、倒れる。ホシノが「せんせ――」と駆け寄ろうとするも、同じように倒れた。
二人を気絶させたリンネは吐き捨てる。
「誰が。思い上がるなよ、このクズ」
校舎を出て、バイクに乗る。
次の行き先はカイザーPMC。キヴォトスにいるなら銃を持たなきゃ意味がない。強力な武器が必要だ。ストレス発散がてら潰す。
「~~~♪」
どこまでも広がる砂漠は、私の心を表しているように感じた。
ごめんねリンネちゃん。
本当は君にこんな苦しい思いをさせるつもりはなかったんだ。ワカモに角を一本折ってもらうのは決まってたいたけど、他はアドリブで苦しんでもらった。
残念だよ先生。あなたがリンネちゃんを助けなかったせいでこうなったんだ。
いや違う。キヴォトスの住民ほぼ全員がリンネちゃんを見なかったからいけないんだ!
でも心配しないで。リベンジの機会はあるから大丈夫だよ。