オリシュモンッ!! 異世界転生者の魂が超進化した完全体デジモンだ! 必殺技は空想の剣製《テンプレイト・フィクション・ワークス》!! 作:GT(EW版)
デジタルワールド特有の各所にモザイクが掛かった夜空の下。
月の淡い光に照らされた闇夜の地で、我が店を飛び出した私とシスタモンシエルは幾たびもの剣戟を重ね合わせていた。
華奢な少女の姿をしたアサシンの俊敏な動きとその身に似合わぬ鋭い斬撃は、少女どころかとても人間が為せる芸当ではなかった。
尤もそんな彼女の剣技に対応し、二本の硝子の剣で捌いている私もまた、人間の動きではないのだろうが。
「……これが、デジモン同士の戦い……」
そんな我々の死合いを後方から見つめている、この場唯一の正真正銘な人間である阿知谷弓子の慄然とした反応が、今の私には懐かしく感じた。
既にデジモンとしての自分に慣れ切っている私だが、彼女がこの光景に対して人間の常識で驚いてくれることにどこか安心を感じている自分がいるのだ。
苦笑しながら振り払った一閃はシスタモンシエルの刀に受け流され、彼女の特徴であるネズミの形をしたベールに一筋の切り傷を与えるに留まる。
シスタモンシエルはバックステップを踏むように私から距離を取ると、その傷跡を横目で一瞥するなり刀を中段に構え直した。
「良い剣ですね。私もレオモンの何人かとは手合わせしたことがありますが、その切れ味はオリジナルにも劣っていません」
お褒めに預かり光栄だ。
私の能力であるこの
これが前世の私が憧れた正義の味方であれば硝子ではなく構成材質まで完璧に再現できるのであろうが、私の場合はうろ覚えの知識故に妙な方向に派生してしまったのがこの能力である。
つくづく前世の私ならガッカリしたところだろうが、私としてはこの能力には長い付き合いなこともあり、それなりに愛着を感じている。硝子の剣というのも、これはこれでカッコいいしな。
そしてそんなこと思っているからこそ私は、優れた剣士であるシスタモンシエルからの賞賛が心地良く聞こえた。
「硝子細工故に、透明な剣というのも地味に厄介ですね。私は夜目が効く方ですが、この夜空の下ではその形さえ上手く見えません」
「卑怯とは言うまいな、アサシン。この手の小細工こそ、私の数少ない強みなのだから」
「もちろんです。相手にとって不足無し」
それは結構。
夜間での視認性の悪さについては、確かにオリジナルの獅子王丸に勝る利点であろう。
理想を言えばこれが剣なのか槍なのか、或いは弓なのかも悟らせないほど透明度を上げることができれば不可視の武器として、さらに戦術性が高まるのだが。
「いえ、流石に弓と剣は間違えないでしょう」
「ものの例えだ」
しかしデジモンアナライザーから「無情な暗殺者」と紹介された割には、意外にも口の回るデジモンである。
それにこの淀みの無い太刀筋の綺麗さと言い、アサシンにしては行儀が良いと言うか、正々堂々とし過ぎている印象を受けた。
私としては嫌いではない。寧ろ好印象である。
「それはまあ、ターゲットを正々堂々暗殺するのが私のモットーなので。今回の依頼は殺しが目的ではないので、私としては非常に不本意でしたが……しかしその過程で貴方のような強者を殺れるのなら、それで良しとしましょう」
おや、ちゃんとヤバい女だったか。上方修正を掛けようとした彼女に対する認識を再度改める。後ろのマスターも引いているではないか。
……コイツはいたいけな我がテイマーに近づけるには、あまりに危険なデジモンだな。
地を蹴り出し、同速で間合いを詰めた私たちは再び互いの得物を打ち付け合う。
小手調べの段階が終わったところで、共にギアを上げて幾度も切り結んでいくが……戦いの流れは徐々に傾き始めた。
パリッ──と、乾いた音が鳴り響くと共に、私の得物である贋作の獅子王丸に亀裂が走り、二本が二本揃って砕け散ったのだ。
私の能力によって投影された剣は硝子細工としては破格の強度を誇るが結局は硝子である為、よく鍛え上げられた名刀との鍔迫り合いにはどうしても分が悪い。
「……!」
「取った!」
無惨に崩れ落ちていく私の武器を見て、シスタモンシエルはさらにその剣筋を加速させていく。
剣を失った今の私は無手も同然。
この光景を見れば、誰もが勝負あったと判断するところだろう。我がテイマーも焦りに息を呑んでいる。
しかし当事者である私だけは冷静に──ただ冷静に「次の剣」を投影し、この両手に錬成したのだった。
「っ……!?」
私の首を取る筈だったシスタモンシエルの剣先を、新たに投影した二本の獅子王丸擬きで受け止める。
これには流石の彼女も意表を突かれたようであり、続け様に繰り出した私の蹴りを諸に受けると、豪快に吹っ飛ばされていった。
それでも即座に空中で身を回転させると、彼女はそれ以上の追撃を許さぬよう華麗な着地を決めながら私の姿を睨んだ。
「……その剣は、何本も出せるのですね」
「そういうことだ。硝子故に耐久性はそれなりだが、成熟期デジモンの武器なら何度でも再投影できる」
「それは、厄介です……」
剣士同士の戦いで剣を折られるなど、通常はその時点で敗北は必至である。
しかし私は正統な剣士では無い為、何度折られようとその場で新たな剣を作り直し、何食わぬ顔で挑み続けるだけだ。
オリジナルより性能も貴重性も劣る硝子の剣だが、それ故に何の憂いも無く雑に扱うことができるのがこの剣の強みだった。
故に私は、投影した獅子王丸を雑に投擲し、それがシスタモンシエルの刀に叩き落とされる毎にその都度投影──再び投擲すると言うループ的な射撃戦に切り替えていった。
「くっ……物量で攻めますか……!」
さしもの彼女も、刀の間合いの外から繰り出される投擲の雨には苦悶の声を漏らしていた。
その剣技には完全体デジモンをも殺し得る強さを感じたが、近接以外の距離に関しては成熟期デジモン相応のものに過ぎないのだろう。
贋作を次々に使い潰していく私の面白みの無い戦術は、彼女に対して着実に有利に働いていた。
──しかし、このまま大人しく圧倒されてくれるシスタモンシエルではなかった。
「投擲武器なら、こちらにもあります! 行きなさい、白殺っ!」
猛スピードでその場から駆け出した彼女はその刀を左腰の鞘に納刀すると、入れ替えるように両手の袖から忍びナイフを取り出し、それぞれの指の間に一本ずつ──計八本のナイフを掴んでは次々と投げ放っていく。
まるでニンジャのクナイのような要領で放たれていくそれは、私の投擲する獅子王丸擬きに対して的確な狙いで撃ち落としていった。
それだけに留まらず、彼女はその場から一気に加速して距離を詰めてくると、私が次の剣を投影する頃には再び刀の間合いに入り、その鞘から居合の要領で横薙ぎに振り抜いてきたのである。
「せあっ!」
「……っ、ぬぅ……!」
先ほど打ち合った時よりも、一撃が重くなっている。
こちらが砕けた剣を捨てて新しい剣に持ち替える度、大振りに振り抜いた彼女の斬撃は硝子の剣のことごとくを豪快に叩き割ってきた。
それは先ほどまでの優雅な剣術とは違う、防御を捨てた攻撃に特化した太刀筋である。
苛烈な猛攻に対して文字通り硝子一枚で捌いていく私を見て、彼女は確信を得たように言い放った。
「見えました。貴方には一つ、致命的な弱点があります」
一閃、左手の獅子王丸が砕ける。
一閃、右手の獅子王丸が砕ける。
それでも何度も次の剣を投影してはしぶとく食い下がっていく私に対して、彼女はもう一閃──交差させた両手の獅子王丸を、上段からの斬撃で叩き割っていった。
堪らず後退し距離を取った私に対して、刀の切先を差し向けながらシスタモンシエルは指摘する。
「それは武器を扱う貴方自身に、見た目ほど筋力が無いことです」
お前の弱点は見切ったと、そう言わんばかりの言葉に私は──何も言い返さなかった。
何故なら彼女が指摘したそれは、今日まで私が自分が完全体であることに気づかなかった最大の理由と言ってもいいほどに、純然たる事実だったからだ。
「貴方の卓越した技量と贋作の剣は厄介ですが、力勝負ではこちらに分があります。その物量を生かした器用な立ち回りはできても、突出した重撃に押し勝つことはできないと見えます。故に私は……この一刀で、一気に仕留めさせて頂く」
私も我がテイマーに「レベルの違いは大きなアドバンテージになる」と言ったが、その理由は根本的な「筋力」の差であると考えている。
この筋力と言うのは筋肉の量を指すのではなく、肉体の頑丈さ、体力を含めたデジモンの肉体的エネルギー総量と言ったものだ。
基本的に成熟期デジモンと完全体デジモンの間にはこれが二回り以上の差がある為、そもそも格下の攻撃などまともに喰らってもノーダメージだという事例さえ、デジモンの間では珍しくないのだ。
理不尽にさえ思えるデジモンの力関係の中で、しかし私のそれは悪い方向で例外と言えた。
──要するに、私の肉体は完全体のデジモンとしてはかなり弱い部類であり、彼女のような部分的に完全体クラスの実力を持つデジモンの必殺技を喰らえばあっさり死にかねないということである。
それを看破したシスタモンシエルは今、その両手に振り上げた銀色の刀身を、月光の下で銀色に輝かせていた。
そして──解放する。
「受けよ、我が秘剣──白詰一文字切りッ!」
シスタモンシエルの必殺技、白詰一文字切り。
デジモンアナライザーにも語られたその技は、解説通り音も無く敵を両断するアサシンの面目躍如な奥義だった。
しかしこれは彼女の性格が影響しているからなのだろうか、月光をエネルギーとする淡い輝きを纏ったその斬撃は、暗殺剣に対して抱くイメージよりも遥かに派手で、美しく見えた。
そんな彼女の必殺の一撃を──私は前方に投影した「盾」を以て、無傷で防ぎ切ってみせたのである。
「なんと……!」
流石のアサシンも、これには面食らったようだ。
技を繰り出した彼女が驚きに目を見開き、固唾を呑んで戦況を注視していた我がテイマーからも感嘆の声が漏れる。
私の錬成する贋作は、硝子故にどれも脆い。
しかしそれでも、大元となった装備の性能はそれなりに再現していると自負している。
故に、防ぐことができたのだ。
かつてこの世界を救ったと言う、大英雄の盾ならば。
「ブレイブシールド……竜人型デジモンの英雄、ウォーグレイモンの盾ですか!」
その防具は、成長期の竜型デジモンの誰もが憧れる伝説の究極体デジモンの一人、ウォーグレイモン。
おそらくはこの世界で最も知名度の高いデジモンが扱う正六角形の大盾を見て、シスタモンシエルが端正な顔を驚愕に打ち震わせた。
これまでレオモンという成熟期デジモンの剣のみを錬成していたからか、よもや伝説の盾の贋作が出てくるとは思いも寄らなかったのだろう。
「貴方に掛かれば、究極体の防具まで再現できるとは……」
「そうだな。料理の方は不器用だが、私が
私の能力の効果は究極体という自分のレベルよりも上の、それも伝説級の装備にも及ぶ。おそらく私の筋力が低いのも、私を構成するデータの中でこの能力に大部分のリソースが割かれているからなのだろう。確かにこの力に関してはまさしく完全体の名に恥じない、破格のレアスキルと言えた。
もちろん、このレベルの贋作はおいそれと投影できるわけではない。
基本的に投影元の装備の格が高ければ高いほど、錬成可能な数や回数、維持できる時間には制限が生じるのだ。
例えば成熟期デジモンの装備ならばノーリスクで複数錬成し長時間維持することができるが、究極体の装備になると一度に一つしか出せず、投影してから数秒で消滅してしまう。その上、単純にエネルギーの消費も激しかった。
或いは弓や大砲でもあれば投影した究極体の武器を射出することで、一度限りの最強の砲弾として利用することもできるのだが……生憎と私の投影能力ではそれらの武器を錬成することはできなかった。
それは剣や盾とは違い外側だけ硝子で再現することができても、弦や火薬と言った撃ち出す為に必要な機構を再現することはできないからだ。
故に私には、前世の私が憧れた弓兵のような戦い方はできない。
しかしそれでも、他にできることがある。
「硝子であることに違いは無いがね……完全体らしく、成熟期デジモンの必殺技を相殺するぐらいのことはできるのだよ」
そう得意気に告げると、維持可能な時間が過ぎた硝子のブレイブシールドが霧のように消えていく。
伝説の盾の贋作を目の当たりにしたことで私の能力をこれまで以上に脅威と判断したのか、シスタモンシエルの目から余裕が消えた……ように感じた。
「……ならば、何度でも打ち込むまでです。それほどの盾、何の代償も無く何度も作れるとは思えません」
「フッ……アサシンにしては随分と脳筋だな。シスタモンシエル」
「お黙りなさい、見せ筋」
「おっと心は硝子だぞ」
……実際、私がこの能力の本領を見せたからと言って、状況が好転したからと言うとそうでもない。
彼女が必殺技を放つ度にブレイブシールドを出していれば、そう多くない回数の内に私のエネルギーはガス欠するだろう。
さて、どうしたものか……私の頭の中ではポーカーフェイスという虚勢の裏で、ここは彼女を倒すことより我がテイマーを連れて安全な場所へ逃げる方向で考えるべきかという思考が浮かび始めてきた頃──私の前では自慢の必殺技を受け止められたことでリベンジに燃える彼女の二撃目が放たれようとしていた。
まったく、判断が早い。
「白詰──」
しかし、その時である。
彼女が再び一閃を振り放とうとしたその瞬間、横合いから凄まじい冷気の砲弾が飛来してきたのは。
その一撃が向かう先は、私ではなく──
「ッ、マスター!」
「っ……!?」
既にシスタモンシエルが必殺技の構えに入っていたことを承知の上で、私は彼女に背を向け、一目散に駆け出した。
全速力で我が店の前まで舞い戻った私は、そこで戦況を見守っていたおさげ髪の少女に対して覆い被さるような態勢で冷気の砲弾の間へ割って入る。
直後に着弾したの煙が上がると、私の身体には全身が凍りつくような寒気と痛みが背中から駆け巡っていった。
「……っ! オリシュモンッ!?」
白煙が晴れたところでようやく前が見えるようになったのだろう。我がテイマー阿知谷弓子は今、私の腕の中で自分が置かれている状況を理解し、その赤い瞳を動揺に見開いていた。
「あ、あんた……! 私を庇って……っ」
その目が震えているのは、身を挺して自身を庇った私に対する罪悪感と心配か。
先ほど語ったように私自身の肉体は、完全体デジモンとしては非常に打たれ弱い。故に背中から諸に受けたこのダメージは、決して少なくはなく──正直言えば久しぶりに弱音を上げたくなるほど痛かった。
だが……何だろうな。これも朧気ながら前世で自分が人間だった頃の記憶があるからだろうか? 累計年齢では親と子ほどの年齢差があるこの少女に対しては、そんな自分の弱さを見せたくない気持ちが強かったのだ。
故に私は平静を装い、ニヒルに微笑み掛ける。
「そんな顔をするな。君は私のテイマー……マスターなんだろう?」
「あ……」
ああ──ふと、思い出したことがある。
「そうだ……」
それは今の私の姿の基になった、前世の私が憧れた「正義の味方」の最期だ。
正義の為に多くの人々を救い、多くの者を殺めてきた彼。
そんな一人の英雄は──治安維持組織の親玉に差し向けられたヒットマンの凶弾から仲間を守り、盾となって死んだのだと。
赤い服を着た白髪の色黒男は、「そんなぁ……俺なんかの為に……!」と涙する仲間に向かって、恨み言一つなくこう返したのである。
団員を守るのが俺の仕事だ──と。
「マスターを守るのが私の仕事だ」
「っ……オリシュモン、あんた……」
私もそれに倣うように、痛みに耐えてその場から立ち上がる。
彼女のことを抱き抱え、走って逃げることも考えたが……手負いのこの状況では難しそうだ。
二人で共に逃げる選択肢を頭から棄却すると、私は彼女から視線を外し、後ろへ振り返った。
シスタモンシエルは必殺技の構えを解いていた。
しかしその場には、先ほどまでそこに居なかった筈のデジモンが、もう一人居た。
そのデジモンもまた人型の姿をしていたが、私やシスタモンシエルとは異なり一目でニンゲンではないとわかる異質な風貌をしていた。
顔の大部分を覆い隠す大きな三角帽子を目深に被った──白い男である。
先ほどの冷気の砲弾を放った張本人と思わしき男は、その身に纏った白いマントを冷風に靡かせる。
「今の一撃に反応するとは……アチヤユミコは優秀なデジモンをパートナーにしたようだね」
如何にも悪巧みや裏切り行為が得意気そうな、何と言えばいいのか胡散臭い声をしていた。
しかし大きな三角帽子とマント、各所に獣の牙のような刺繍とチャックが施された服装は……私の経営する中華料理店「Nonstop great works」の常連客の一人である魔人型デジモンによく似ていた。
「その帽子と魔道杖……ウィザーモン、ではないな」
格好は彼と似ている。しかし全体的に色が違う。ウィザーモンは紺色の印象が強いが、目の前の男は雪のような白い衣装でその身を固めている。
何者だと警戒する私に対して、望み通りの情報は後ろから即座にもたらされた。
『ソーサリモンッ!! 光と氷の魔術に長けた魔人型デジモンだ! 必殺技は雪の結晶のついた杖から猛吹雪を起こす「クリスタルクラウド」ッ!!』
「ありがとう、君が居てくれて良かった」
「えっ? ……ええ」
本当に便利なものだな、デジモンアナライザーというのは。
こう言った不測の事態でアンノウンが現れた場合にも、こうして即座に的確な解説をくれるツールの存在は真面目に有り難い。
そしてもう一つの副次効果として、妙に頼もしいそのイイ声が、仕切り直しではないがこちらの動揺をある程度落ち着けてくれることだ。そこまで見越していたのだとすれば、この機能をデジヴァイスに付属させた人物は相当な切れ者に違いない。
「……ソーサリモン、無粋な横槍はしないでください。これは私が受けた依頼です」
「君の仕事が遅いから、私がフォローに回っただけのこと。言った筈だよ? 目的はアチヤユミコの捕獲とデジヴァイスの回収──その為には多少怪我させても構わないと」
──さて、様子を窺ってみるが、どうやら新たなデジモン「ソーサリモン」とやらの介入はあちらにとっても想定外だったようだ。
と言うよりも、シスタモンシエルは彼に対して明らかに不服そうだ。
……なるほど、あのまま必殺技を放っていれば私を仕留め切れただろうにあえて構えを解いたのは、私との真剣勝負に水を差されたことが気に入らなかったからか。
アサシンらしからぬ清廉さだが、今はその騎士道精神のおかげで命拾いした。
新たな刺客の登場にどうなることかと思ったが……刺客同士仲が悪いのなら、こちらにとっては好都合。
これなら少女一人ぐらいなら、この場から逃がすことができる。
パートナーデジモンとして、今の私がすべきこと。
それを理解した私はおもむろに外套を脱ぐと、後ろに立っていた少女の肩にそれを被せてやった。
「あ……な、何よっ」
「腐っても完全体の装備だからな。それを着ておけば流れ弾に巻き込まれても、二三発は耐える筈だ」
「っ……貴方、まさか……!」
リアルワールドから着の身着のままこの世界に乗り込んできたと言う彼女は、その服装はあまりにも無防備な薄着である。
百歩譲ってその短いスカートは走りやすいから良いとしても、上がノースリーブのシャツだけというのは非常に拙い。
このファイル島はマシな方だが、外に出ればデジモン同士の戦闘が日常的に繰り広げられているのがこの世界なのだ。
故にその身を守る為の防具が、今の彼女には必要だと思った。
しかし……なんだ。
私の赤い外套を羽織った彼女の姿は、サイズがまるで合っていないにも関わらず──不思議なほどしっくり来る。
安易に「似合う」という言葉で表現する以上に、何かこう……上手く言い表せないが、この格好こそが「アチャ子」なのだと……私にはそう感じた。
抽象的すぎて我ながら何を考えているのだと苦笑が漏れるが、そうとしか言えないのだから私の頭もいよいよおかしくなってきたのかもしれない。
そんな思考に首を振った後、こちらを上目遣いに見つめる彼女に向かって私は命じた。
「逃げろ、マスター。ここは私が足止めしよう」
──betuniarewotaositesimattemokamawannnodarou?
頭にノイズが……何かこの状況に、前世の記憶がはしゃいでいるのだろうか?
……まあ、そんなことはどうでもいい。今は何よりも、我がテイマーであるマスターアチャ子を逃がすことだけを考えろ。
だから早く行け、と──そう急かすように目で促した。
しかし彼女はその場から動こうとせず、私が羽織らせた赤い外套をしばらくぎゅっと握っていたかと思うと──その両手を懐のデジヴァイスへと移し、強く掴んで言い返したのである。
「嫌よ! 私も戦うわ!」
「……なに?」
予想外な返事に私が虚を突かれると、彼女はまくし立てるように言葉を続けた。
「あんた言ったわよね、ついて来れるか? って。冗談じゃないわ! 私は貴方のテイマー、アチャ子さんなのよ!」
お、おう。
「私が貴方について来るんじゃない! 貴方が私についてきなさい! オリシュモンッ!!」
「…………」
炎のように赤いその両目をカッと見開いた彼女の圧に対して、私は思わず気圧されてしまった。
この危機的な状況下の中で奮い立ったその様子は、しかし破れかぶれにイキリ散らしたものではない。
自らを襲う二体のデジモンに対して、彼女はあくまでも正面から立ち向かい、勝つつもりでいるのだ。その瞳からは仮に私がこの場にいなくても、私が彼女のパートナーにならなくても……同じことをするのだろうと理解してしまうほどに、強い
「……っ!? あれは……!」
「デジヴァイスの、光……?」
そんな彼女が掴んだデジヴァイスの画面は、鮮烈な彼女の闘志に当てられたように神聖な光を放っていた。
まばゆい光が月よりも強く夜空を照らしていくと──それを高々く掲げた彼女のもう片方の手に、麗しき大天使デジモンの絵が描かれた一枚のカードが携えられる。
いっそ神々しくさえ見えたその光景を前に我々が圧倒されていく中で、彼女はそのカードを振り払い、自らのデジヴァイスを切り裂いた。
「カード・スラッシュ!! ホーリーアロー!!」
──そうして一枚のカードが放つ光が、この物語の始まりを告げる。
デレデーデレッデレーデッレッデレデレー(カードスラッシュのテーマ)
デジ文字の創作フォント、使用させていただきました。製作者の方ありがとうございます。多分連載したらめっちゃ酷使します。
書いていて思いましたがテイマーもいないのに数分で究極体に進化して何十万体も増殖したディアボロモンってやっぱバケモノだわ