※この小説ではレースの模様は殆どありません。単純に筆者に熱いシーンを書けるだけの力量が無い為です。
※daidains様より支援絵を戴きましたので、掲載させていただきました。
一気に駆け抜けます!
ナイスネイチャ、誕生日おめでとう!!
ネイチャとトレーナーのクラシック級 ※挿絵有り
年号が“昭和”から“平成”に変わった翌年、アタシの1歳の誕生日の日に“あのヒト”は訪れた。始めは特に意識していた訳じゃなくて、アタシの誕生日を商店街のヒト達と一緒に祝ってくれるノリの良いお客さんだという認識だった。ところが、宴もたけなわになり、お開きの準備が進み出した頃、にんじんジュースに口を付けていたアタシの前に来て、“僕と一緒にレースを走ってみないか?”なんて言い出したのである。
「はい?」
何を言い出してるんだろうかこの人は。初対面の、しかも1歳を迎えたばかりのウマ娘に何を言ってるのか。
「あの、お兄さんはどちら様ですか?」
まだ舌足らずな喋りでそう返すと・・・
「ああ、ごめんね!僕は──って言って、中央トレセンでトレーナーをしてるんだ」
そう言って取り出したのはバッジ。何でも正規トレーナーに与えられる物らしい。
「で、何でまだ1歳のアタシに走ろうって言ってきたんです?」
「うん、実は君のお母さんとは現役時代に縁があってね──」
曰く、競走ウマ娘だった母の現役時代を支えたトレーナーの下でサブトレーナーとして研鑽を積んでいたらしく、ようやく独り立ちできることになったそうだ。今回は、師事していたトレーナーから教え子だった母の下に産まれたアタシの誕生日を祝いに行ってやって欲しいと願われて来たらしい。
しかし、それがどうしてアタシをスカウトすることに繋がるのか。答えが出ていない。
「実は、その・・・君に“運命”を感じたから」
正直、何を言われたのか分からなかった。大の大人がこんな子供のウマ娘に向かって、運命だなんて口にしてくるとは思わないでしょ?だけど、このヒトの目は真剣で、まだ走ったことのないアタシの未来を本気で見たいと思っていると雄弁に語っていた。
「本気なんですね」
「ああ、いずれ必ず正式にスカウトしたい」
だから、きっとこれは──
「光源氏って奴ですか?」
「ブフゥ!?ち、違うよ、そういうつもりじゃ!?」
最近知った、自分より年下の子を自分好みに育ててしまうという、今尚人気の物語を引き合いに出すと、面白いくらいに反応したので多少の溜飲は下がった。一瞬でも此方をときめかせてくれた礼だ、存分に受け取って欲しい。だが、しかし。
「でも、とても熱烈だったので考えておきますね」
──きっとこれは、初恋の芽吹きだったのだろう。
◇
「ところで、その片手に提げてる箱は何ですか?」
「ああ、これはお祝いにって買ってきたりんごのケーキだけど、食べるかい?」
「いただきます!」
◇
あのスカウトから一夜明け、みんなにアタシが中央で走ってる姿が見れたら嬉しいか聞いたら、揃って笑顔で応援すると言ってくれたのだ。ただし、母だけは中央の厳しさを、見たこともない顔で語って聞かせた。入れたとしても、デビュー出来るのは1割にも満たず、更に勝つことが出来るのは全体の1%だけだと。
それでも、アタシは走りたかった。商店街の皆への恩返しだけでなく、アタシの未来を信じてくれたあのトレーナーの為に走りたいと思ったのだ。 アタシの意思が固いと見た母は、頑張りなさいと言ってくれた。それからあのトレーナーが帰り際に残してくれた簡単なトレーニング法を実践してくれて、アタシはそれを受けながら勉強に励んだ。そして、その翌年、2歳になったアタシは中央トレセン学園の門をくぐった。
間もなくして、選抜レースの開催が発表され、緊張の中でアタシは走った。必死に脚を動かし、前に前にと喰らいついたが結果は3着。初めてのレース、初めての敗北は想像以上に心を蝕んだ。これが中央か、こんな結果じゃあ“あのヒト”だって・・・と俯き、涙が溢れそうになった時──
「君をスカウトさせて欲しい」
あのヒトは変わらないあの目のまま、手を伸ばしてくれた。
「3着をスカウトなんて物好きなトレーナーさんですね~。もっとキラキラした子いるんじゃないですか?」
「僕は君以上にキラキラした子が見えなかったんだ」
全く、本当にこのヒトはどうしてそう、ときめくことを言ってくるのか。でも、変わらずそう言ってくれるのが嬉しくて──
「それで、どうだろう。
「はいはい、仕方ないですね~。よろしくね、トレーナーさん」
──とびきりの笑顔で答えてやったのだ。
◇
それから、日々はあっという間に駆け抜けていった。 新人トレーナーとデビュー前のウマ娘の二人三脚で迎えたデビュー戦。アタシは2着に終わり、初勝利を挙げられなかったことをトレーナーに謝った。でも、トレーナーはアタシを責めることなく、必ず勝たせてみせると決意を語った。それを見たアタシはトレーニングに一層励み、次の未勝利戦を勝ち取った。でも、アタシや応援に駆けつけてくれたみんな以上にトレーナーが号泣して喜んでいるのを見た時はちょっと引きそうになった。
年明け、クラシック戦線に挑むことを決めたアタシ達だったが、初戦の結果は振るわず、オープン戦である若駒ステークスではあの〈皇帝〉“シンボリルドルフ”の
「やっぱりアタシはキラキラ出来ないんだよ」
デビューしてからまだ早い段階での故障がアタシを荒ませた。走ることに喜びを感じるウマ娘にとって走れないことは大きなストレスだ。幸い、治療は可能だがクラシック戦線中に戻れるか分からない。
「そんなことないよ。まだ始まったばかりだ。それに怪我は管理が甘かった僕に責任がある」
「どうしてよ・・・」
トレーナーはアタシを怒ったことがない。日頃から練習でも、門限を過ぎるまでレース研究をしていた時も怒ったことがない。初担当のアタシがこんな怪我を負って、トレーナーとしての経歴に傷がついてしまったと言えるのに。
「いっそ、怒ってよ!せっかく選んだのに勝ち切れないウマ娘だって呆れてよ!!もっとキラキラな娘探しに行きなよ!!!」
酷い八つ当たりだったと思う。それでも、アタシを信じてスカウトしてくれたこのヒトを勝たせてあげられないことがひたすらに悔しくて、それならいっそここで見限って欲しかった。
なのに。
「言っただろう。“運命”だって。僕は君にそう直感した。だから僕が選んだ君を怒ることなんてないよ」
「何ですかそれ」
「僕は君が誰より強いと信じてる。」
呆れてしまう。まさかここまで筋金入りだったとは。
「本当に良いんですか?こんなんじゃ、また怪我するかもですよ?」
「その時はまた治してみせるよ。少しでも長く君の走りを見ていたいからね」
「おーおー、ネイチャさん愛されちゃってますなー」
「当然だろ?君は僕の愛バなんだから」
「ばか」
相変わらずズルいトレーナーだ。トレーナー目線の言葉だと分かっているが、そんなこと言われたら、応えたくなるじゃないか。
「何より君の復帰を願っているのは僕だけじゃない」
「えっ?」
そう言って片手に持っていた大きめの紙袋から取り出したのは千羽鶴。アタシの復帰を願うファンからトレセンに送られたそうだ。更には。
「これは手紙?」
全てアタシ宛の手紙。ファンレターだった。アタシの走りを観て元気が出た、勇気が湧いたと書かれた手紙にアタシは、涙を止められなかった。
「バカヤロー!諦めてるんじゃないよ!折れてるんじゃないよ!怪我は治るって言ってんだから次は勝つこと考えろよ、アタシ!!」
自分で自分を叱咤する。きっとこれから先、アタシは諦めることはないだろう。アタシを勇気付けてくれるファンが、そしてアタシを導いてくれるトレーナーがいる限り。
この日、アタシが抱いていたふわっとしていた想いは──
「よし!それじゃあ、ちゃっちゃと怪我治して復帰しないとね、トレーナー!」
──明確な恋へと変わった。
◇
「そういえばさ、トレーナー無理してない?ちゃんと食べてる?」
「どうだろう、ネイチャの復帰プラン考えて徹夜してたから、あまり食べれてないかも」
「あちゃー、ウマ娘のアタシより無理しちゃって。そっちこそ、急に倒れられたら困るんだよ?」
「ごめんね。とりあえず、余り物で何とかするよ」
「おっ、だったらネイチャさんが一品作ってあげますよ」
「本当かい?」
「忘れた?アタシ、母さんの店手伝ってたんだよ?それくらい出来ますって。それともアタシの作ったの食べたくない?」
「是非」
「あははは、じゃあ腕振るいますかね」
◇
アタシがリハビリに励む間にクラシック戦線では、トウカイテイオーが二冠を達成し、
夏に復帰したアタシは復帰初戦を2着で逃したものの、続く二戦を連勝し、初の重賞である小倉記念にこれまた初の1番人気で出走した。落ち着くのに時間がかかったけど、トレーナーがいつも通りに送り出してくれたおかげで気負わず走り出せた。そして並入る強敵達を抜き去り、初の重賞勝利を挙げた。この時は堪らずトレーナーと抱き合って泣いて喜んだけど、後から気恥ずかしくなって顔が見れなかった。
更に菊花賞に向けた京都新聞杯にも勝利して、重賞二連勝で初のGⅠ、菊花賞に臨むことになった。
「トウカイテイオーは出走を断念したようだね」
「・・・そっか」
同期最大の壁であるテイオーは最後のクラシック戦に間に合わなかった。必死に間に合わせようとしている姿は見ていたし、何よりも
「トレーナー。アタシ勝つよ、菊花賞」
「うん。信じてるよ、君はテイオーよりも強いって」
テイオーが出ていれば、なんて言わせるものか!
◇
「・・・ところで、アタシの勝負服なんだけど、感想は?」
「とってもよく似合ってるよ。今すぐ写真撮りたいくらいに」
「あー・・・レース勝った後でね?」
◇
「く・・・っそぉ」
アタシは勝てなかった。あれだけ啖呵を切ったのに負けた。せめて、クラシックの一冠をトレーナーにあげたかった。だが、落ち込む暇はない。まだ今年は終わってないのだ。
この悔し涙を糧に挑んだ鳴尾記念で見事重賞3勝目を挙げたアタシはここまでに多くのファンを得たのか、年末の有馬記念に出走が叶った。シニアを含めた実力者が集うこのレースでの最大の強敵は1個上のメジロマックイーンさんとして、彼女をマークし直線で差す作戦を取ったが、追いつくことが叶わないばかりか、7歳で現役を続けていたダイユウサクさんに抜かれたかと思えば、マックイーンさんを差して勝利をもぎ取られてしまった。結果は3着。
──ここでアタシのクラシックの一年は終わりを告げたのだった。
誤字報告及び感想お待ちしています。ご覧になっていただきありがとうございました。