有馬記念を終え、10戦5勝の結果で今年のレース全てを終えたアタシは、年末は実家で過ごすといいと言うトレーナーからの勧めもあって帰省した。久しぶりの商店街、久しぶりの実家に何十年と離れていた訳でもないのに懐かしいと感じてしまう。だが、商店街の前にやってきた時、そこにある横断幕やら
《ナイスネイチャ生誕の地》、《ネイチャ応援セール》だの、大仰しい程にアタシをPRしている光景に唖然としてしまう。
『おかえり!ナイスネイチャ!!』
そんな状態のアタシに、スタンバイしてたのだろう母やおっちゃんおばちゃん達が一斉に集まって、出迎えてくれたのには思わず潤んでしまった。
「もう、馬鹿ぁ・・・」
思わず声が出てしまったことは許して欲しいと思う。でも、みんな変わらないことが何よりも嬉しかった。
◆
「あら、日記つけてるの?」
「あっ、うん。トレーナーに、自分を振り返るには良い方法だって」
自室で日課として始めていた日記を、今日の分書き終えたアタシは後ろから掛けられた声に答える。
「そう。良かったわね、今年は本当に大活躍だったじゃない。トレーナーさんには感謝しないとね」
「十分すぎるほどしてるよ・・・毎日さ」
「流石、
「分かってますって、
トレセンに送り出してくれた母に、かつて中央で走った先達に顔を向けて答える。貴女に誇れる娘でありたい、子供としての願い。それを帰って来た時に告げたら、こともあろうか爆笑され、こう言われたのだ。
『あんた、わたしの成績*1知ってる?とっくに超えたあんたを誇りに思わないでどうするの』
とても優しい笑顔で言ってくれた母に思わず泣きついてしまったが、そっと抱きしめてくれたその時はただ嬉しかった。
「そういえばトレーナーさんとはちょっとは進んだ?」
「何でこの状況でそれを聞くの!?」
唐突にぶち込んで来た母親に、あっさりと涙は引っ込んでしまったが。
◇
──年が明けて
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくね、トレーナー」
「明けましておめでとう、ネイチャ。今年もよろしく」
学園に戻ったアタシは、始業式と授業を済ませるとトレーナーに新年の挨拶を交わした。シニア級に突入しクラシック級に上がった後輩達とも争うことになる。今後、
「クラシック級からだと、ステイヤーの素質がある“ライスシャワー”、スプリンターとして頭角を見せている“サクラバクシンオー”、そしてジュニア無敗の“ミホノブルボン”かな」
「ライスやブルボンは分かりますけど、バクシンオーもですか?」
「一応、1600mのマイル戦までなら可能性はあると思ってる。後は、聞いた話だと本人は長距離を走りたがってるらしい」
「へぇー」
スプリンターの才がありながら、長距離希望とは。彼女のトレーナーの苦労が伺えるが、それはそれだ。愛バの望みにどう向き合うかがトレーナーの腕の見せ所と言える。ともかく、バクシンオーも警戒しておくべきだろう。
「シニアの先輩だと、メジロ一族からは“メジロマックイーン”を筆頭に“メジロライアン”、“メジロパーマー”。それにパーマーと一緒に逃げで注目されている“ダイタクヘリオス”、華麗なる一族の“ダイイチルビー”、それから未だ怪我なしで走り続けている“イクノディクタス”かな」
マックイーンさんには去年の有馬では先着を許した借りがあるので、対戦の機会が出来たらリベンジしたいところ。ヘリオスさんはターボと同じような爆逃げが武器だが、ターボよりもスタミナが多いからかそのまま走り切ることも少なくないので、仕掛け時を誤れば危険だ。イクノさんの身体の頑丈さには正直、羨ましいと思える程に目を見張るものがある。
「同じシニアの同期からは、ヤマニンゼファーにツインターボもいるけど、やはり一番は今年復帰する“トウカイテイオー”だ」
「テイオー・・・」
遂にテイオーと再び対戦する時が来る。そう考えるだけで心が疼いた。
「よし、ライバル関係については此れで
「うん、そうだね」
今年戦うだろうライバル達。その中に“
(ミラクル・・・)
彼女にはもうレースで会えない。いや、学園でもというのが正しい。だが決して、病院にまた入院することになったからとか、怪我で引退してしまったからではない。
有馬記念の前週に行われたスプリンターズS(ステークス)*2、そこで彼女は
◆
中山レース場で行われたスプリンターズS。最終直線で前方に着けようとしていたミラクルは突如故障を発生し、徐々に失速した。そして、遂に立ち止まり競走中止と判断されたところで、バタリと倒れたのだ。
共に出場し、見事1着になったダイイチルビーさんやゼファーは、ゴール直後に振り返った時、倒れるミラクルを目視すると、普段の落ち着きが無くなる程に表情を硬くして彼女の下に駆け寄った。更にミラクルが故障したと見るや血相を変えた彼女のトレーナー、応援に来ていたダイタクヘリオスさんとアタシも思わず席を飛び出した。
着いた頃には仰向けに寝かされたミラクルにルビーさんが懸命に声を掛けているところだった。必死の声掛けが届いたのか、意識を取り戻したミラクルはアタシ達を見て申し訳なさそうにしながら、“奇跡”を使い切ってしまったと話した。泣きそうな彼女のトレーナーの言葉にも、ごめんなさいと返す姿に、アタシ達は咄嗟に諦めるなと叫ぶが、彼女は弱々しく笑むばかり。
同じ
「ありがとう。おれは、みんなと一緒に競えて楽しかった。みんなと過ごせて楽しかった。・・・たくさんのヒトに応援して貰えて嬉しかった。紛れもない“奇跡”だと思った。だから、今凄く幸せなんだ、みんなを泣かせちゃってるのに」
嗚咽を漏らしながらも見守る娘、静かに涙を流す娘、アタシのようにまだ泣くまいと堪らえる娘もいる。ミラクルはその光景に自身も涙を浮かべながら、とても美しい笑顔を作った。
そして──
「おれを想ってくれて、愛してくれて、みんなありがとう!おれは、本当に幸せだった!!」
──残った力で思いの丈を叫んだ直後、浮かべていた涙が彼女の頬を伝い落ちるのと共に、その身体から全ての力が抜けた。
辺りを静寂が包む中、遠くから聞こえるサイレンがやけに大きく感じた。皆、その場から動かなかった。痛かっただろう苦しかっただろうに、最期まで此方を気に掛けながら笑顔で逝った彼女から、目が離せなかった。結局、到着した救急隊員により、彼女の身体が運ばれていくまで、誰一人動こうとしなかった。
“ケイエスミラクル” 死去。享年3歳
デビューからわずか8ヶ月。流星の如き、余りにも速すぎる生涯だった。
◇
そして、現在。
「大まかな方針は決定だ。明日から少しずつトレーニングを再開していこう」
「オッケー」
シニア級突入を前に意気込むアタシ達はこの日は解散することにした。これからのことは決めたし、今日は早めに休むことにしたのだ。
寮ヘ戻る最中、ふとミラクルのことを思い出した。いつだって、困っている誰かの為に進んで助けようと手を伸ばした彼女がもう居ないことがまだ信じられなかった。
あの後、ウイニングライブなんて出来る空気ではなかったが、ダイイチルビーさんの、
「ミラクルさんは私達が俯いていることをよしとされていないはずです。届けましょう、私達のライブを」
という鶴の一声で開催が決定。お通夜状態だった会場を沸かせる見事なライブとなった。どうか彼女に届いて欲しいと祈りながら声を上げて応援した。
「でも、やっぱり辛いなぁ」
アタシはウマ娘。ヒト程長命ではないことは産まれた時から分かっている。しかしそれでも、同胞の死を見るのは初めてだったし、ましてそれが同期で友人であったのだから尚更だ。現役を続ける限り、幾度となく見ることになるのかもしれない。そして、寿命ではなく故障からの死は、同じレースを走る者に“
「怖いよね、もう走れないかもしれないのも、一歩間違えたら命を落とすかもしれないってのも」
それでも。
「アタシは走るよ、ミラクル。走りたいのはウマ娘に産まれたアタシの本能だから。それに言ったもんね、目指せ“無事是名馬”って」
あの勉強会の帰りに語ったお互いの将来の夢。長く現役を続けて引退して家庭を築くことを目標としていたが、これからだった彼女の分生きることも目標に追加していた。
ミラクルの死後、彼女のトレーナーは『自分の担当は後にも先にも彼女だけだ』と言って、新たな担当を作ろうとはせず、代わりに理学療法士の資格を得る為に勉強を始めたという。ミラクルと同じ境遇の者を救う為に、ミラクル自身の夢を継いだのだ。無理はしないで欲しいが彼なら出来ると不思議と確信があった。
ミラクルのことを“光”と称していたダイイチルビーさんも既に前を向いている。皆、自分の道を歩いている、なら自分も友人の死に足を止める訳にいかない。
「きっと長生きして、いつかあんたに会えた時にどうだ!と言ってあげるからね」
そう口に出して、寮への歩みを進める。そんな中、かつて彼女を“幸福の王子”と喩えたことを思い出したが、直ぐに頭を振る。確かに彼女の最期は悲劇に映ったかもしれない。だが、誰に知られることなく朽ち果てた王子像と違い、共に走った同胞達そしてたくさんの観衆に看取られた彼女は間違いなく──。
「幸せだったのよね、きっと。・・・よし!」
遠くへ行ってしまった友人の笑顔を思い浮かべながら、明日からの調整に気合を入れ直すのだった。
◆
「骨膜炎の悪化です。春はリハビリに専念してください」
「・・・マジかー」
トレーナーとの二人三脚のシニア級は突入早々、コケることになってしまった。
随分時間を掛けてしまいました。なんていうかタイトル詐欺な気がしてますが許して下さい。どうしても、プリティーダービーで書いていいことなのか心配で手が進まなかったんです。しかし、自分で史実準拠で書くとした以上やらなきゃと思い直して書きました。
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