気づけば二ヶ月近く経っていました。以前から見つけてくださった皆さん、お気に入り登録してくださった皆さん、すみませんでした。
これからも遅くとも完結を目指しますので、よろしくお願いします。
では、本編どうぞ!
「ネイチャ〜、後4周だよ〜」
「ういーっす」
腕と脚を動かす度にジャバジャバと水の音がする中でもよく聞こえるトレーナーの声に返事をする。今、アタシは学園を出てウマ娘用のリハビリ施設*1に来ていた。
骨膜炎の悪化により春のレースは全休になってしまったアタシはリハビリとその後のトレーニングに充てる期間を鑑みて、秋シーズンの復帰を目指すことになった。そして現在はリハビリを兼ねたプールトレーニングを行っていた。脚への負担を掛けずに運動不足を解消でき、更に体力維持を狙えるので、故障したウマ娘がいち早く復帰を目指すにはメリットの多いトレーニングだ。
「ほい、10周っと」
「お疲れ様ネイチャ。この後は温泉に浸かってくると良いよ」
「おっ、有難いですね~。それじゃあ御言葉に甘えますね、っと」
プールから上がり、軽く伸びをしたアタシはタオルを受け取って着替えを取りに更衣室に向かった。脚の調子もだいぶ良くなってきて軽くジョギングするくらいなら許されているが、まだ全力で走れない。焦りはあるが、無理は禁物。少しでも欲に負けたら再発どころかより酷くなってしまうかもしれない。少しずつ一歩ずつ進むのだ。
まぁ、それはさておき。久しぶりの温泉、楽しみますかね♪
◇
「あはぁ~。生き返りますなー」
少々、おじさんくさい台詞を吐きながらもそう言いたくなる程の魔性を秘めた温泉に身を委ねながら息を吐くと、今年入ってからのことが思い出されてきた。
二度目の故障に気を落としながらもリハビリを始めた年始。春のレースを断念しなければならなかったのはとても辛かった。
2月にはオグリキャップさんの功績を称えたレース、“オグリキャップ記念”*2がオグリさんの地元の笠松に創られた。本人が一番驚いていて、だけど凄く喜んでいたっけ。
アタシの今年4歳の誕生日には、トレーナーがお高めのりんごのケーキをわざわざ買って来てくれたし、ターボやゼファー達も祝いに来てくれて嬉しかった。
「・・・春のシーズンももうすぐ終わりかぁ」
温泉に浸かりながら独り言ちる。時は既に5月中旬、クラシックの花形と言える日本ダービーの開催が近づいていた。
最注目されているのは無敗のまま皐月賞を逃げで勝ち切った“ミホノブルボン”だ。スプリンターの素質が高いとされながらもクラシック三冠を目指した彼女は、スパルタで有名だったトレーナーのもとで文字通り血の滲むような努力を続けて、中距離を走り切れるスタミナを身に付けた。結果は先に言った通りだ。
「テイオー・・・」
ふと、最強の
──今年、骨折から復帰した彼女は復帰戦の“産経大阪杯”*3を勝ち切ると“天皇賞・春”への参加を表明し、前年の覇者であるマックイーンさんに挑戦状を叩きつけた。
これに世間は沸いた。“無敗”か“連覇”か、“世紀のTM対決”というキャッチフレーズが書かれたポスターがあちこちに貼られる程に。かくいうアタシも非常に心が躍っていた。どちらが勝っても偉業なのだから燃えない訳がない。当日は出走直前に蹄鉄に不備が見られたマックイーンさんが一旦蹄鉄を打ち替えに戻るアクシデント*4があったものの無事に出走、アタシは当然観客席で応援した。自分でも珍しいことにテイオーにだけ声援を送っていた。憧れの同期には無敗のままでいて欲しかったからかもしれない。
だが、天皇賞・春は“3200m”の
その時のアタシの心情は如何ともしがたいものだった。アタシが追い付き追い越すまで負けないで欲しかった悔しさ、史上初の連覇を果たしたマックイーンさんへの祝福、無敗を絶たれたテイオーは大丈夫なのかという心配が
(テイオー、あんた・・・泣いてるの?)
肩を震わせ、必死に悔しさを顔に出さないように努めながらも、隠しきれない涙を流す姿が、アタシには見えた。母に続く“無敗の三冠”を絶たれ、ならばと“生涯無敗”を新たな夢にしたにも
“トウカイテイオー 二度目の骨折”
その報道がアタシの耳に届いたのは、リハビリ用トレーニングをこなしていた10日後のことだった。
──右脚剥離骨折。大した骨折ではないと判断されたものの、これによりテイオーの春シーズンは休養となり、秋シーズンに向けて準備することを発表した。テイオーは会見では笑顔だったが、それが営業スマイルであることは、見知ったアタシ達からは一目瞭然だった。
無理もない。やっと治して復帰したと思えばまた直ぐに骨折だなんて、そこいらのウマ娘なら走れない苦しみから気が狂いそうになる。
だが、彼女ならきっと戻ってきてくれる。彼女の走る姿を見たいのはファンだけじゃない。また一緒に、そして今度こそ勝つ為に、その姿を見たいと他ならぬアタシが望んでいるのだ。だから、今出来る事を精一杯しようと今日もトレーニングをしているのだ。
「秋に復帰となると“毎日王冠”か“天皇賞・秋”かしらね」
どちらも秋の重賞レースだ。そこに絞っている可能性は十二分にある。そうだとすれば・・・。
「アタシの再戦はそこで叶う訳か」
奇しくもお互いに秋シーズンに復帰予定だ。なら、その
「今度こそアタシが勝つよ、テイオー。あんたにアタシの背中を見せてあげる」
リベンジを誓い、アタシは来たるべきその日に思いを馳せるのだった。
「ちゃっちゃと治しちゃうんだからね!」
◆
──1時間後
「大丈夫かいネイチャ?あんまり長いからスタッフさんに様子を見に行って貰ったら
「あ~、ごめんなさい。とんだ迷惑を・・・」
全身から湯気を立ち昇らせながら横になるアタシ。あの後……長湯しすぎた結果、逆上せてしまった。トレーナーが心配してスタッフさんを向かわせてくれなければ、気を失っていたかもしれないのだ。感謝しかない。
「ところで・・・」
頭がまだボーッとしているが、話す分には問題ない今、気になっていた事があった。
「あのさ、何で後ろ向いてるの?」
さっきから話している間、一度も此方を見ていない。話す時はいつも顔を合わせてくれるのにどうしたのか?
「ごめん、無理」
「へっ?何で――」
「見れる訳ないよ!!」
どうしたというのか、心なしか顔が赤く見える。“見れる訳ない”とはどういうこと・・・ん?
──チラッ
「あっ」
身に着けていたのはいつものジャージでも、持ってきていた着替え・・・ではなく、バスタオル1枚を被っているだけのあられもない姿。おそらく、緊急だった為、着替えさせることが出来なかったのだろう。その為、
先程までは思考が鈍っていたので気付けなかったが、はっきりと視認したことで、熱で火照っていたアタシの顔は、旬のりんごの如く真っ赤に染まり上がった。
「っ!!!!」
「あっ、あのネイチャ・・・」
「・・・見ました?」
「見てない見てない!!ほんとに見てない!!!!」
バスタオルで前面を隠すように握りながら、思わず尋ねる。本気で言ってる訳じゃないけど、お約束って奴だ。とはいえ、ここまで必死に言われるとちょっとくるものがある。
「はぁ、いいですよー。心配してません」
「あ、ありがとうネイ─「そのかわりなんですが」ん?何?」
「アタシの着替え持ってきて貰っていいですかね?いやー恥ずかしいから早く着替えたくて」
「えっ」
せっかくだ。此方を意識して貰う為に悪戯させて貰おう。思わず振り向き素っ頓狂な声を出した彼に、僅かにニヤける。
「いや、どうして僕が・・・それはネイチャが―「アタシ、スッポンポンなんですけど?」あっ、うぅ、ならスタッフさんにお願いして──」
尻窄みになる彼をちょっと可愛いと思いながらも言葉を重ねていく。
「昨日今日知り合ったスタッフさんよりも、親愛なるトレーナーさんにお願いしたいんです。それに大丈夫ですよ、アタシの着替えで良からぬ事をするとは微塵も思ってませんから。何せ担当ウマ娘のあられもない姿から目を逸らし続けた
「褒めてくれてるんだよね?」
「勿論ですよ。・・・それともトレーナーさんには不純な思いが─「ない!!」お、おおぅ、流石にそこまではっきり言われるとネイチャさんもびっくりだわー」
誠実な人柄を再度確認した上で改めてお願いする。
「じゃあ、お願いしますね。
ちょっと上目遣いで言うと折れたのか、“今回だけだよ”と言い残して取りに行ってくれた。
彼が部屋から出て扉が閉まると、アタシは一息
「ああーもう何やってるんですかねぇ!?アタシは〜?!」
クリアになって戻って来た思考でさっきまでのやり取りを思い出し、今更込み上げてきた恥ずかしさに耐えきれず、握りしめたバスタオルに顔を突っ込むと、トレーナーが帰って来るまで悶えるのだった。
──ねぇ、トレーナーさん。アタシは貴方に魅力的に映ってますか?いつか、アタシの心が揺れなくなった時、伝えたいことがあります。それまで、アタシ頑張るから。きっと貴方を振り向かせるよ。
◇
「あ~もう、ビックリさせるんだからネイチャは……自分が美人だって自覚あるのかな?」
彼女に言われて仕方なく・・・仕方なく着替えを取りに行った帰り。先程までの会話を思い出して頬を僅かに染める。
(いや、でもほんとに綺麗になったよねネイチャ。今年で4歳、ヒトに換算すればもう20歳だ。もう成人だなんて、ウマ娘の成長は速いよなぁ)
初めて会った時はまだ小学1年生くらいにしか見えなかったのに、再会した2歳の時には中学生ほどに。クラシックレースを走る頃には高校生くらいにまで大きくなった。そして、今は十分に大人に見えるほどだ。
スラリと伸びた腕と脚にはその見た目にそぐわぬ筋肉が鍛え上げられており、体つきは立派になったし、顔も子供っぽさを残しながら凛々しさを感じさせる。特に、さっきのおねだりをしてきた時の上目遣いなんて、危うく間違いを犯しそうに──
「〜〜ッ!
何を考えているのか!学生に、しかもこれまで二人三脚で進んできたパートナーとも言える
「よし、一先ずこの着替えを届けよう。落ち着いていけば──あっ良い匂いがする、ネイチャの香りかな・・・って言った側からぁ!!」
ネイチャのいる部屋に着くまで、僕は自分の煩悩と戦い続けたのだった。
──いつかあの娘がレースから去るその日まで、僕はトレーナーとして、共に歩み導いていこう。
読んでいただきありがとうございました。これだけ待たせておきながら、これだけしか書けませんでした。やっぱり、難しいです。でも、前書きにある通り、完結は必ずします。
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