クトゥルフ奇譚 in キヴォトス 作:ライトニングクロスカイザーXVⅢ
3月 別れの季節とはよく言ったもの
爆発音。発砲音。燃える卒業証書。止まぬ喧騒。砂埃。
その惨状を前にすれば誰だって、
「……なにこれ」
となるのは当然のことだと思っている。
ここは学園都市キヴォトス。銃と神秘と学生の楽園。されど時が経てば銃口から覗く硝煙は風に流される、子供も大人に変わっていく。数多とある学校の数々も過ぎ去る年月には逆らえず、卒業のシーズンを迎えることとなった。
地方学校である我らがドリームランド高等学校もその例にもれず、卒業式を執り行う日となり、総会役員である私――
「オラァッ!音楽隊の連中共!治安維持治安維持だの言って私らの邪魔したこと忘れてねぇからなァ!日頃の恨み倍にして返してやるわァッ!!!」
「総員、最後の治安維持活動である。ぶっ殺せ!!!」
「「「「死ねぇッッ!!!!!」」」」
「「「「ぶっ殺せぇッ!!!!!」」」」
銃弾、手りゅう弾、閃光弾、対戦車ロケット、榴弾、クラスター爆弾、etc。
それらが雨あられのように飛び交い、卒業式場として選んだ講堂が天井内壁もろとも吹き飛ばされるとは想像もしていなかった。
当校の武装組織である音楽隊とこれまた当校の不良集団のドンパチは被害範囲を拡大し、校舎にまでその火の粉……というか爆弾が降りかかろうとしていた。
……また仕事が増える。内務長になってからというもの、ずっと仕事に追われっぱなしで、家に帰ることすら難しくなった。――妹に会いたい。ボブカットの黒髪に、炎のような瞳と黒い瞳孔。ひとつの大きな円の中に、ぴったりと三つの均等円が配置される赤黒いヘイローを持つ、目にもどこに入れても痛くない、ひとつ歳下の妹が頭に浮かぶ。
”
再び大きな爆発音、その中からエンジンの駆動音が聞こえてくる。
音楽隊かはたまた不良か、どちらかが戦車を投入したらしい。
この場を遺恨なく収められるはずの外務長は、校舎を襲撃してきた奉仕種族との戦闘に駆り出されてもういない。
そろそろこの事態を止めるべきか否か、隣に座る総長――
「チャンバラごっこにも飽きてきたねぇ」
総長が心底つまらなさそうに口を開く。
この砂埃舞う場の中で、唯一真っ白な礼服を汚さずに座る姿は、トリニティもびっくりの天使ではないだろうか――中身はゲヘナより真っ黒なんだけれども。
飛んできた流れ弾を人差し指で受け流し、そのまま流れるような動作でヒキガエルからコーヒーカップとソーサーを受け取って香りを楽しんでいる。ここだけを切り取れば優雅なアフタヌーンと言えるのだが、全体から見れば場違いも極まっていた。それに総長はコーヒーの良し悪しが分からない。なんとなく雰囲気で優雅さを出しているだけだ。その雰囲気につられ、いったい何人の生徒を鴨にしたのだろうか。
後ろのヒキガエルはというと乱闘が始まってから総長に軌道を変えられた流れ弾をその身一つですべて受け止めており、おろしたてだった執事服もところどころ破け、ぶよぶよとしたピンク色の肌が見えていた。
無惨なり奉仕種族。
ドリームランド自治区内はそのすべての地域が濃い霧で覆われており、全体を把握しているのは総長だけと噂されるくらいには狂った土地ではあるが、この地域にしか生息しない固有種と呼ばれる存在が多少存在している。その中で一定以上の知能レベルを満たす種は、直接我々が集落や住処を襲い、力をもって支配し、奴隷……もとい奉仕種族として社会に貢献させている。
このヒキガエルも例にもれることなく総長にボコされ、調教された個体というわけだ。
余談だが、力にせよ何にせよ支配することに失敗したり、捕らえられたりしてしまうと、あいつらの娯楽である拷問や、子供に与えるバッタのような未来が待ち受けている。彼らも受動的ではなく能動的に野蛮で狂暴であり、野生化では生徒も自治区民も容赦なく襲いかかる。今もあいつらが組織だって校舎を襲撃してきたせいで外務長が駆り出されたりと、結構な被害を受けてるため、特に慈悲と言った感情は持ち合わせていない。
「ルフちゃん」
ヒキガエル製コーヒーが口に合わなかったのか、総長がうっすらと不機嫌を纏わせて私を見る。
深淵をそのまま瞳に落とし込んだかのような目。その奥の彩がうつろいやすい彼女の気を表現するかの如く、一・十・百とキテレツに変化していく。
「なんですか。ホテプさん」
「そういえば、ルフちゃんには妹がいたよね」
「グアのことですか?それが何か」
唐突に私の妹――
感性が真っ当なら、硝煙がもくもくと場を暖める所で出す話題じゃない……が、ここはキヴォトスのドリームランド高校。他は知らないが真っ当な人物がこんないろいろと終っている場所で
「ルフちゃんがあのうるさい阿呆どもを片付けてくれれば、グアちゃんを総会に推薦してあげようと思うのだけど」
「いりません」
「えー。どうして」
「妹が性犯罪被害者になるのを止めるのが、姉の役目でしょう」
どうせ年下の友人の妹をパクパク食べて、あわよくば私の絶望顔をみたいだけなのだろう、この性犯罪者が。
総長に性的に喰われた被害者がわんさか泣きついてきてるので、牢屋にしょっ引きたいものの、普段学校に顔を出すことがなく、そもそも戦力の差で実現に至っていない。
……そう考えると今は絶好のチャンスではないか?総長側に味方するのは後ろのヒキガエル一体だけ。武装も軽く、接敵前に逃げられる心配もない……
友人と妹、どちらが大切かと言えば、それは妹。両親の代わりに育てたのもあって、もはや妹ではなく娘のような認識でもあった。
「グアちゃんを手籠めにして、怒って乗り込んできたあなたを力づくで屈服させて、あなたの最後の抵抗をベッドの上で堪能しながら、堕ちきった妹ちゃんと仲良く一緒にどろどろ姉妹丼……なんて考えてないよ」
「語るに落ちてます」
残念そうに肩を落として、瞳を潤ませても、その奥にある好色の気は全く隠していない。それどころか、
「それでも、あなたは私の言うことを聞かなきゃいけないんじゃない?霧に包まれたドリームランドの全容を知るのは私と隣の総帥だけ。ここで私の機嫌が悪くなれば、グアちゃんがあなたの見えないところで大変なことになるかも~」
堂々と脅しをかけてくる。自身が優位な立場であると自覚して、そのまま正面から要求を通してくる。悪い大人の手口じゃないかこれ。
「……分かりましたから。あと援護ください」
色々と言いたいことがあるけれど、断れるわけもないので受けるだけは受ける。
さすがに私一人消耗するのはさすがに面白くないので、必要のない援護を頼むけれども。
「ルフちゃんにはいらないでしょ。まぁ、いいけれど」
「いつでもどうぞ。用意できてますから」
援護頂戴とか言っておきながら、先に攻撃を促す。それで総長に隙が出来ればそのまま総長を殴る。やはりこのチャンスを逃すことはできない。
右手に使い込んだショットガン《ルル=イエ》を構える。共に戦った期間は一年弱と年月に置き換えればそこまで経ってないくせに、奉仕種族をしばき、不良をしばき、奉仕種族をしばき、友人――ではない外務長と戦い、奉仕種族をしばき、奉仕種族をしばき――、近所の特こってりラーメンより濃い経験を積んだ銃は、私の身体のように馴染んでいた。
「ならお言葉に甘えて
命令が出るや銃撃飛び交う戦場へ突っ込むピンクヒキガエル。89号と名付けられていたそれは、逆らうこともなく戦場の中心へ突き進む。
総長はその背中に人差し指を向けて、手遊びのように指でピストルを作った。
「バン」
子供じみた行動。銃弾も火薬もないその銃は、存在しないはずの反動でゆっくりと照準を背中から上へ移していく。
そして、指でつくったピストルの銃口が天井を向いた――
その瞬間。
二メートルもあったあのピンクヒキガエルが、風船の割れるみたく、あっけなく破裂した。
ただその爆風は、衝撃は、風船が割れたときみたいなチャチなものではなく、ミサイルのような大きさと威力で、荒れ狂っていた場を鎮めた。
「あなたの淹れたコーヒーは美味しかったわ。だけどね、今は下手なコーヒーを楽しみたかった気分なの。一族の長の地位から奴隷になって、妻と息子は素材に、娘は繁殖場に、それぞれ叩き込んだ私に淹れる下手なコーヒーを楽しみたかったんだけど、残念ね」
ここまで奉仕種族の使いが荒い人は総長くらいのもの。
基本は資産として数えるのが一般なので、ぽんぽん使い潰すような真似はしない。
”死ねば生きたのを取りにいけばいい” と言うだけある。
それよりも……
……今ってこれ以上ない総長への襲撃チャンスなのではないだろうか。相手にするとちょっと面倒なヒキガエルも死んだ。周囲も爆発でほとんどが沈黙。横やりのリスクも限りなく低くなった……
妹を守り、性犯罪者を牢屋に叩き込む絶好のチャンスではないだろうか。
「あとはよろしく。もうほとんど倒しちゃったけど――おやぁ」
奇色に輝く彼女の目が薄められる。
その瞳に映ったのはショットガンとハンドガンを二刀持ちした、腰まで届く黒髪を鬼のように逆立てて、瞳と同じ緑暗色の、半円とその空洞から触手のような文様を垂らした、ヘイローを持つ女の顔だった。
ここはキヴォトスに数多とある学校のひとつ、ドリームランド高等学校。一般キヴォトス人に聞けば百人中一人知っているかどうかの知名度を持った高校。ミレニアムのようないやでも耳にするような学校ではなく、興味がなければ耳にもしない、そんな地方校。そもそも外部からはどこにどれだけの大きさの自治区と校舎を所持しているのか、午睡の夢のように曖昧にしか把握していない謎多き高校。内部は内部でひとつ先の建物が見えないほど濃い霧に覆われ、それゆえ電波も届かず、最大の都市ですら年に数度、野生の奉仕種族に襲撃される過酷な環境。校舎も廊下にまで霧が侵入し、一度校庭に出れば数人の行方不明者を出す。そんな場所でも、ここはキヴォトス。銃と神秘と学生の世界。
この中で、私は今も生きています。
今回犠牲になったピンクヒキガエル(ムーンビースト)が着けていたネクタイは妻の皮から、ネクタイピンは息子の骨からできています。一緒にいれてよかったね。まぁホテプちゃんに粉々にされたんですけど。