この前の時はなかった汚れの所に桶から掬った水をかけた後に雑巾で拭く。その瞬間、その冷たさが雑巾越しなのに、確かに私の手にも伝わってくる。その一瞬だけ私は目元に力を入れてたけど、それもまた数秒後には元に戻す。あらかたついてた土埃がなくなったところで、一度息を吐きだした。
今も変わってないお母さんの墓石に書いてある歳と年数。名前の前に「誰よりも強い女性」って書いてある文字。それをまっすぐに立った状態で目線だけを垂れ落とすような形で見つめる。それに対して、周囲で聞こえるのは風が周囲の芝生を揺らすような音であったり、それで枯れ葉が地面の上を転がる音だけ。
それがない場所と言えば、自前で用意してきた雑巾がかかってる桶が置きっぱなしになっている場所と私の足元だけ。それ以外の場所はずっと芝生がずっと一定の動きでずっと左右に動き続けてた。さらに、それに私の髪の毛もそれに追従するみたいな動きをしてて。何度もそこだけが丸出しになってる太ももの辺りを擦り続けた。
一方で私はただ何も出来ずにそれを感じていることしか出来ずに、わずかに目元でしわを作るようにしているだけ。それを辞めて桶を持ち上げてからなんとなく芝生の上を少しだけ迂回する感じで歩きだした。
今日はお墓参りに来てるのは私だけで、遠くで作業をしてる墓守の人が無縁墓の掃除をしてて。その様子を歩きながら横目で見つめてる。その間は出来るだけ表情を作らないようにしてたけど、でも、通り過ぎた後は唇同士を出来るだけ形を変えないままにくっつけながら、ほんの少しだけ体を前のめりにした姿勢で歩き出してた。
それ以外の時は周囲に数えきれないくらい、私の膝にも届かないくらいの高さの墓がいっぱい並んでたけど、でも、それに対して何もせず。ずっとまっすぐにただ桶の水が揺れているのだけを感じながら進む。一瞬だけ水面の方を見てみると、私の姿が波の影響で揺れ動いて赤い服や金髪が交じり合うような感じで映ってる。それを墓地と外を隔ててる柵にぶつかりそうになるまでずっと見つめ続けてた。
モーテルに帰る途中の商店街で、野菜を1つ1つ見つめながら取っては戻して、取っては戻してを繰り返しながら、口から小さく息を吐く。でも、それを確認出来るのは唇とそれが触れ合う時だけ。
一瞬だけ瞬きしながら後ろの方を振り返ると、一番大きな声の主は、首に下げたカメラとモノクルが特徴的な女の子が上に上げた方の手で新聞を掴みながらそれを左右に振ってる。その姿はたくさんの人が近くに群がってるせいで見えにくいけど、でもその隙間から確かに私の方でも確認出来た。
そこからは何度も、今回もアークシーラが優勝したことをだったり今回で5連覇を達成したことを繰り返し言ってる。でも、その周りで何度も自分も欲しいことをだったりとかその記事の感想を語り合っているのだったりとかの黄色い声を聞いているのもそこそこに。私はすぐに体の向きを正面に戻してまたずっと続けてた中腰の体勢のまま、八百屋を物色し始める。
入り口の所に並んでいるのだけを見て行こうと思ってたけど、でも、薄暗い店中の様子を見るなり、その中に入っていくと、壁に古くなって色褪せてるし白かけも多くなってる闘技場のポスターが貼ってあるのが見える。それを私は一度通り過ぎてから振り返る感じで見た。
「今でも、それ、欲しいの?」
この店を1人でやってるおばあちゃんのしゃがれた声に対して、私はただ振り返って「こんにちは」と言いながら軽く頭を下げるだけにした。一度顔を斜め下に向けながら息を吐く。その間、向こうも私も何も話さないでいるせいで、外で盛り上がってる女の人とその人たちに新聞を売ってる人達の声がずっと聞こえっぱなしになってる。
すぐに体を翻して別々の野菜を無造作に取ったら、それを抱えてレジの所に置いた。
「これください」
おばあちゃんが今もポスターの前の所にいるのに対して、私は首を使って顔を振り返らせるだけにしておく。そのまま静止してると、自然と外の様子が見えるけど、盛り上がってる方はお店の壁があるおかげで見ずに済んでる。あるとすればただ行き来している人たちの様子だけ。でも、自分の目の焦点をそっちの方へと合わせておくことにした。
野菜を抱えたままなせいで「よいしょ」という声を出しながらドアを足で蹴飛ばして閉じながら部屋の中に入る。一緒にドアが軋む音を聞くけど、そんなのに視線を向けないでモーテルの奥に荷物を放り投げると、一昨日の日付に赤い丸が書いてあるのを確認してから、来年の物にもそれと同じ日付に同じマークを付けておく。それから一度肩を落っことすため息。一緒に顔を上に向けてる状態でしばらくただ佇んでるような感じにしてた。
そうしてるだけで、今も隣の部屋にいる人が部屋の中を歩いてる様子だったり、何かを話しながら笑ってる様子が籠っているような感じで聞こえて来てて。気づいたらハッとしたのと一緒に転がるような勢いで家の入口にあった電気をつけた。
それからベッドの上に膝を持ち上げながらヘッドボードを背もたれ代わりにして座り込む。さらに太ももを机代わりにしてそこに本を置くと、手でペン回しをしながら作業マニュアルを開く。作業着を着た女性とゴーレムの部品が書いてあるイラストのページまで向かったらそれを見ながら私も空中で手を動かしてみる。でも、数秒後にはページがめくれ上がりそうになって、しわになったその場所を何度も伸ばすみたいに手の平で引っ張り続けた。
マーカーが引いてあるところだったり私自身がメモしたコメントを流し目で見ながら読み始めた。
もう何回聞いたのか自分でもわからないくらいの大きな機械がずっと同じ動作を繰り返している尾の中。私が作業着に包まれた量側の肩を限界まで体の中心に近づける感じで持ち上げながら、頭を少しだけ垂らすみたいに。でも、それが限界まで来てると思ってたけど、目の前の椅子に座ってる派遣先の人が机の上に持った書類を思い切り振るって叩きつけるみたいにするせいで、私の体に入れてる力を強くする。しかも、一緒に目を強く絞る。
数秒間そのままでいようとしたけど、少しずつ目を開けて鼻から息を吐いたら、相手はまだもう片方の手を何度も上下に動かしながら机の上部を突いたり上げたりを、口と頭の動きに合わせて上下に動かし続ける。
一方で、私は目線を横へと向けることでそこを出来るだけ見ないようにする。そして、そっちでは今も今も機械を動かすことで空気を噴き出している音だったり、ベルトが回転している音、それだけでなく他の作業員がずっとせわしなく歩いている足音であったりがこっちの方に聞こえて来てた。
でも、そっちの方を見てられるのは、私の頭が机の時と同じように書類で叩かれる時までだった。
やっと家に着いた所で、ドアが閉まった直後その場でずっと立ってるだけにしてる。目を1回だけ強く瞑るようにしてそこに目いっぱいしわを作ってから瞼を開ける。でも、その範囲はほんのちょっとだけにしておいて。でも、それを維持するためにわざわざ目元に力を入れるなんてことはしない。
しばらくそのままでいたけど、特に決まったタイミングでもなくベッドの上に体を投げ飛ばして、猫背気味にしながら体を横に倒したままその顔の前に両方の手を置きっぱなしにしてる状態。両方の手は手首だけを重ねてるけど、その部分が重く感じることはない。ただ、その中の硬いのだけを感じ取ってるだけにしてた。そして、自分の鼻から出してる息を小さく吸ったり吐いたりを繰り返してるのを手感じることなんかできない。
つけっぱなしになってた電気の赤っぽい色の光だけが私の体を照らすけど、それがこっちの体の前側だったりシーツの所に出来たしわの所だったり、ベッドの向こう側の埃が溜まってる所だったりには届いてないみたいで、その薄暗さに体を小さくする。でも、それに対して何もしないでただずっと同じ姿勢でいるだけ。そのまま外で誰かが話しながら歩いて行ってる足音と声が籠った形で聞こえてくるのを聞く。
ただ、体をほんのちょっとでも動かそうとすると、私の背中側で不規則なうずまきを描く感じで広がってる髪の毛の重さを感じ取って、すごく重くて。それがベッドの向こう側にまで伸びて行っちゃってるのに今頃になって気づいた。
読了ありがとうございました。