授業日初日。昨日入学した新入生達は、それぞれ振り分けされたクラスで友人を作るために、前後、または左右の席に座る生徒に話しかけていた。
それは俺も例外ではなく。
「初めまして、十三束鋼と言います。これから一年間よろしくね」
「遠坂礼司だ。よろしく、十三束君」
友人の作り方は時代が変わっても学校が特殊でも変わらない。それに学校での友人は一生の友人とも言うし、こういう場は大事にしていかなければ。
「一つ聞いて良いかい?僕は家の関係で魔法科にきたんだけど。君は?」
「あー、まあ色々あったけど、俺は単純に魔法を学ぶために入った感じだな。魔法について色々と興味があるのもあるし」
「成程、勉強熱心なんだね」
「そう言われると少し照れるけど、まあな。これから三年間のうちに蓄えられる知識は蓄えておきたいと思ってな」
本当はそんな御大層な理由で入ったわけではないんだけど、適当な返しとしてはこれくらいが妥当だな。
その後はあたりさわりのない世間話をしたあと、予鈴が鳴ったのもあっててきとうに話を切り上げた。
チャイムが鳴るとほぼ同時に、モニターにこの学校の大まかな説明動画が流された。それが終わると、今度は教室に一人の女性が入室してきた。
「あれ?」
「何で先生が…?」
他の生徒が疑問に思うのはもっともだ。この学校はオンライン授業がメインで教師が直接指導することは殆ど無い。あるとしたら、実技の授業だけで、それを享受出来るのは一科生だけだ。二科生はどうするのかというと、自力で実習を行い単位を取るしかない。何故こんなにも非効率な制度をとっているかというと、単純に教えられる人間が少ないかららしいのだ。それは教育機関としてどうなんだと思うところもあるが、そもそも魔法なんて技術は確立されてからまだ100年経ったか経ってないかくらいの技術なのだ。学びの環境が整っていないのはギリギリ納得出来る。
「皆さん、入学おめでとうございます。この学校の総合カウンセラーの小野遥といいます」
そう聞いて思い出した。確かこの学校は充実したカウンセリング体制をセールスポイントの一つとして挙げていたっけ。まあ、一科と二科に振り分けられる制度を採用してるんだから、それくらいは整ってないと駄目だとは思うが。
「皆さんの相談相手となり、専門的なカウンセリングが必要な場合はそれを紹介するのが役目です。プライバシーの保護も万全ですので気軽にご利用ください。皆さんが充実した学生生活を送れるよう全力でサポートしていきますので、よろしくお願いしますね」
カウンセリングか…二科の生徒なら必要かもしれないが、今の時点で自信に満ち溢れている一科の生徒には、今のところは関係ない話だろう。
「これから本校のカリキュラムに関するガイダンスの後、選択科目の履修登録を行います。もしも履修登録まで完了している人がいるならそのまま退室してもかまいません」
ガイダンスについてはこの学校についてまとめたパンフレットを既に読んでいるから真面目に聞く必要は感じないな。さっさと履修登録を済ませて退室するか。
この後の予定を自分の中で決めた俺はガイダンス動画のページを閉じて履修登録をはじめた。すると、何故か周りからいつの間にか視線を向けられていた。それは俺の後ろの座席に座る十三束もそうだった。
「…えっと、どうかした?俺がどの科目を選ぶのか気になる?」
「え?……ああ!いや!キーボード入力なんて久々に見たからつい目が行っちゃってたみたい。ごめんね!」
キーボード入力が、珍しい…?
「え?珍しいの、これ?」
「え、うん。みんな音声入力やタッチ入力だからね。今時は凄く珍しいと思うよ」
そうなのか?これは世界…いやこれは時代が違うからか?これは…ジェネレーションギャップというやつか。この年になって知りたくなかったな……。
「まあ、慣れたらこっちの方が早いから」
「そうなんだ。僕も見習わなきゃね。あ、そうだ!良かったらこの後一緒に学校を回らないかい?」
「え?あー、そうだな……」
正直、一緒に見て回るのもありだと思う。思うのだが、多分俺の場合はこの学校の工房に行ったら、魔術に何か使えないか探す為にしばらくはその場に居座ってしまいそうだ。だから、本当に心苦しいが、ここは断らせてもらおう。
「悪い。自分のペースで見て回りたいから……」
「そっか、ならしょうがないね……なんかごめんね」
「え?いやいや!断ってるのはこっちの都合だから悪いのはこっちだろ!でもそうだな、昼食は一緒にどうだ?そこなら全然時間を合わせられると思うんだけど」
「いいのかい?是非そうさせてもらうよ。じゃあまたあとでね遠坂君」
「別に君なんて付けなくてもいいよ。肩苦しいし名字呼びじゃなくてもいいさ」
「分かったよ。じゃあ僕のことも君付けなんてしなくて良いし名字で呼ばなくても良いから。また後でね礼司」
「ああ。後でな、鋼」
ーー
と、息巻いて十三束の誘いを断って自分のペースで工房見学に行ったが、魔術の方に使えそうなもの、または転用出来そうな物は殆どなかった。結局俺は途中で十三束と合流して図書館や実験棟、そして闘技場などを見て回り、丁度お昼時に殆どの施設見学はし終わったのもあって食堂に昼食を食べに来ていた。
「あー、2時間前の自分をぶん殴ってやりたい……これなら最初から鋼と一緒に回っとけばよかった」
「そんなに期待外れだったのかい?この学校は最新の設備が揃ってる筈だから、そこまで落胆することもないと思うんだけど?」
まあ、魔法師や魔工師からしてみれば、どれも素晴らしい物に見えるんだろうけどな。
「いやなんて言えばいいんだろう?あれだ、方向性の違いだよ」
「方向性?」
「そう、方向性。確かにここの設備どれも最新式で素晴らしいとは俺も思うさ。でも、俺が求めてた物とはちょっと違ったんだよなあ」
「へえ、じゃあ、どんな設備がお望みだったんだい?」
どんな?ときたか。そうだな…うん、この世界風に言うのならばこの表現が一番適切だ。
「古式に合った設備…かな?」
「古式?へえ、君って古式魔法師だったんだ。だったら、ここの設備が合わないのも「なんだと⁉」……?」
「なんだ?」
突然大声が聞こえた方に振り返ってみれば、なにやら一科と二科の生徒が揉めている現場が見えた。そしてその中心にいるのは、昨日話した人物が大半を占めていた。
「彼女はたしか……新入生総代の…」
「成程な、大体把握した」
大方、兄と一緒に昼飯を食べようとした妹に一科の生徒が言い寄り、自分たちにとって邪魔だった二科の生徒を貶したか、それに近い言葉を放ったんだろう。そしてそれに二科の生徒が嚙みついてさっきの大声に繋がる。といった感じか。
「差別意識がちょっと凄いって入学前に小耳に挟んだことはあったよ。でも、デマだと思って聞き流してた。高校生にもなってそんなことをする人なんていないと思ってたけど、これは…酷いね……」
「まあ、思春期ってのも重なってのことなのかもしれないけど、大方、これまでの人生で一度もそれらしい失敗をしたことがない連中なんだろ。だから付けあがって人生は余裕なんだと勘違いして、他者を見下す。愚の骨頂だな」
そんな慢心、生きる中では何の価値も無い。そんなもの、そこいらの犬にでも食わせてしまえばいいのに。
「あ、二科の生徒が席を譲った」
「大人の対応ってやつだな」
まったく、客観的に見て自分たちがどんな風に見えるのか、あいつらは想像出来ないのだろうか。出来ないんだろうなあ。でなきゃあんなこと出来ない筈だ。ああ、なんだろう。あいつらを見ていると無性にイライラする。ていうかここ最近ずっとイラついてるな俺。気づかないうちに沸点下がってる?いかんな。何か別のことを考えよう。
「話は変わるけど礼司、この後はどうする?僕は昼食を終えたからもう帰ろうと思うんだけど、礼司は?」
「俺か?俺はそうだな……」
そういえば、図書館に元居た世界で読み進めてた本があったな。この世界は俺が元いた世界より約90年ほどは経過しているから、もしかしたら……よし決めた!
「俺は今日は図書館に寄るとするよ」
「そっか、じゃあ今日はここで解散だね。また明日、礼司」
「ああ、また明日」
そうして鋼と別れた俺は、図書館へと足を運んだ。図書館には魔法に関する論文が多く保管されているが、生憎俺はそれらに興味がない。さっさと目当ての物があるか確認して、あったら借りて家に持って帰るとしよう。
ーー
ああ、最悪だ。本当に最悪だ。
「なんの権利があって二人の仲を引き裂こうっていうんですか!!」
「これは1-Aの問題だ!他のクラス、ましてやウィードごときが、僕たちブルームに口出しするな!!」
折角図書館で目当ての本を見つけて、家に帰ってゆっくり読もうと思っていたところなのに。こいつらまた俺の目の前で阿保らしい持論垂れ流して威張り散らかしてやがる。
「同じ新入生なのに、今の時点でどれだけ優れてるっていうんですか⁉」
「知りたければ教えてやるさ!」
「はっ!おもしれぇ。だったら教えてもらおうじゃねぇか」
別に俺は、他者を見下す行為に苛立ちを募らせているわけではない。時計塔にだって、他者を見下す魔術師は大勢いた。なんならあそこはそういったものの究極系だ。だから、俺にとって他者を見下す人間は見慣れたものだ。だったら何故、おれはここまで苛立っているのか。それは、こいつらには信念というものがないからだ。
こいつらが今この場で二科生を見下す理由は一つ。このままでは自分達は司波深雪とお近づきになれないと思っているからだ。そんな矮小で、下世話で、品性の欠片のない理由で、他者を愚弄しているのだ。
分かってる。あの二人の前で余計なことをするべきではないし。今俺自身が胸に抱いている感情は、魔術師としても、人としても余計なもの。心の贅肉だ。でもな、今の俺には、それがそういうものだとして処理することが出来ないのだ。ここが元居た世界とは違う世界で慣れない環境に四苦八苦してたせいでストレスが溜まっているのか。単純におれがこういう性分だったのかは少し気になるが、今となってはもうどうでもいい。
兎に角今の俺は、こいつらの不細工に伸びた鼻を思いっきりへし折ってやりたい。
ーー
(ただ、妹と帰ろうとしただけなのに、こんなに大事になるとは)
「いいだろう。よく見るといい……」
(目立つ真似はしたくないが、この際仕方ないか)
達也は目の前の状況を落ち着かせるために、魔法の準備を始める。
「これが……才能の差だ!!」
そして、相手が特化型CADを出したのに合わせて、予め準備していた魔法を放とうとしたその時。
「おいあんたら。いい加減その辺にしときな」
声が響いた。
(……なんだ?)
そして全員の視線が一点に集中する。そこには、CADを取り出した生徒の腕を掴む一人の男子生徒がいた。
(いつから、そこにいた?)
達也に戦慄が走った。達也にはある異能の副産物として獲得した眼があるため、大抵の事象の変化は確認出来る。だが達也は先ほど、その目で目の前の生徒がこの場にやってくるのをまったく把握出来なかったのだ。
「な、なんだお前は⁉」
「あんたらと同じ一科生だよ。まったく、駄目じゃないか。親から教わらなかったのか?人にこんなもの向けてはいけませんって」
その生徒をこの場にいる何人かは知っていた。
遠坂礼司。今まで会った一科生の中で、二科生である自分達を見下さなかった生徒。
「一体……一体どういうつもりだ!お前!一科生の癖にウィードを庇うのか⁉︎」
「どうもなにも、あんたが今やろうとしたことはな。よっと」
「なっ⁉」
礼司は怒りを露わにする生徒の腕から、CADを取り上げた。
「立派な犯罪行為だ。何で分からない?それを常に携帯してる時点で、あんたはそれが一番分かってる筈だろ?それとも何か?周りの空気にあてられたか?まあ、そうなっても仕方ないか……周りも馬鹿だと、自分も連れられて馬鹿になっちまうもんなあ」
「なんですって⁉」
「さっきから言わせておけば!!」
礼司からの分かりやすい挑発に乗った幾人かの生徒が礼司に向けて一斉にCADを構えた。どこからどう見ても危機的状況だ。だが、礼司はそれに動揺することがなく、ただ真っ直ぐに彼らを見つめていた。
そして
「うるさいよ」
その瞬間、世界が変わった。
(これは…領域干渉!ただなんだ?この強度と範囲は?深雪の干渉力を遥かに凌駕している⁉)
領域干渉。それは、一定のエリアを事象改変内容を定義せず、干渉力のみを持たせた魔法式で覆うことにより、他者からの魔法による事象改変を防止する対抗魔法。
それ自体は何らおかしなものではないし、珍しくもない。問題は、その強度と範囲。
達也が知る中で、最も領域干渉の強度と範囲が強く広いのは、自身の妹である深雪だ。それは変わることのない認識だと思っていた。
それが、塗り替えられた。
「な、なにこれ⁉領域干渉⁉」
「馬鹿な!ありえない⁉」
「おまえ…これは一体なんだ!?!?」
「何だ?ときたか。まあそうだな。あんたら風に言うならば」
彼は、一科の生徒達に向かってほくそ笑みながら、こう言った。
「才能の差、ってやつかな」
その言葉は、先ほど彼等が言い放った言葉と同じ言葉だった。
(こいつは一体……?)
「おまえ……」
「……もうちょっと遊んでたいところだったが、まあこれくらいにしとくか。最終的にこの場を諫めるのは、俺じゃないしな」
「何だと?」
「言葉通りの意味だ。じゃあ、後は頼みますよ先輩方」
『……え』
礼司に連れられて大半の生徒がそちらを向くと、そこにいたのは一高の三巨頭の二人、七草真由美と渡辺摩利の二人。その二人を見た瞬間、一科の生徒の顔から血の気がひいた。
「ほう、気づいていたのか」
「ええ、じゃあ引継ぎ頼みますよ」
「心得たが、その前に君の名前を聞かせてもらえないだろうか?」
「別に良いですけど、風紀委員のスカウトはお断りですよ」
「おや?何故私がスカウトすると?」
「先輩の目がそう言っているように思えまして」
「……自意識過剰のきらいがあるな、君は。でも残念だ」
「あら、さっそく振られちゃったわね摩利」
「変な言い方をするな真由美。だが、理由を聞いていか?」
周囲を置き去りにして、二人の会話が続く。
「単純に忙しいからですよ。自分はここ最近こっちに引っ越してきたばかりでしてね。家のことで少し片づけておきたいことがあるんです」
「成程、それは残念だ。だが名前は聞かせてもらおうか。覚えておきたい」
「1ーBの遠坂礼司です」
「覚えておこう。さて、では本題に入らせてもらおう。君たち、自衛以外の魔法による対人攻撃は校則以前に法律違反、犯罪行為だということは知っているな?」
「あなた達、1ーAの生徒と1ーEの生徒ね。事情を説明してもらいます。ついてきなさい」
もし礼司が止めず、摩利も真由美もいなかったら魔法は確かに使われていただろう。ならば、罰則とはいかないまでも厳重注意くらいは甘んじて受け入れねばなるまい。
(それは少し面倒だな)
そう感じた達也は。固めていた口を開けて前に出た。
「すみません。悪ふざけが過ぎました」
そして、この場をきれいに丸く収めるために、弁明を始めた。それが後々、さらに面倒なことに巻き込まれる要因になるともしらずに。
三人称視点にすると自然と文字数も増えちゃいますね。
追記
高評価とお気に入りもっとたくさん来たら、僕もっと頑張れちゃう。