遊☆戯☆王 ポケットモンスターズ   作:木之下ジャンクション

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9.決意のデュエルディスク

 

 裏路地を抜け出る頃には、すっかり薄暗くなってしまっていた。

 常に曇り空が覆うタチワキシティは当然、闇の訪れも早い。

 脇にぽつぽつと並ぶ街灯の灯り、そして昼間からネオンの眩い光を点滅させていたライブハウスが、大通りの主な照明であるようだ。

 

 日の入りに合わせどこからともなく湧いて出た、パンクでロックな若者たちの間をすり抜け、往来を進む二人。

 やがてメイの案内により街の東端――小さな港の乗船場へ辿り着くと、受付を済ませて即、定期船に乗りこんだ。

 

「ヒウンまでは一時間くらいだってさ。ようやく落ちつけるね」

「……オレはそうそう気を緩めてもいられん」

 

 テーブルを挟んだ窓際の席に腰かける二人の振舞いは対照的と言っていい。

 頬杖をつくメイが外の景色にぼうっと視線を送る一方、海馬は手荷物のアタッシェケースを盤上に載せ、留め具をカチャカチャと外し始めている。

 

「何が入ってるの? それ」

「後で教えてやる」

 

 要領を得ない返事にどう返そうか迷っていると、甲高い汽笛の音が響いた。出航の合図だ。

 船体が僅かに揺れ動き、さざ波をかき分けながら海面を滑るように進み始める。

 やがてタチワキの街を離れ、船が岸壁から遠ざかるにつれて、景色の流れも勢いを増していく。

 

 常に頭上を覆っていた分厚い雲もいつしか途切れており、ふと見上げた夜空には、星屑の輝きが無数に散りばめられていた。

 

「おお~! すっごく綺麗な眺め……‼」

 

 そう声を弾ませるメイは窓に張り付き、吸い込まれたように夜空を見上げている。

 思い返せば、さっきまで灰色に覆われた裏路地を忙しなく歩いていたのだ。気の滅入る風景からようやく解放されて星空を眺める、その解放感はひとしおだろう。

 

 星々にすっかり心を奪われた彼女は、目を輝かせて海馬の方を振り返った。

 

「見てよ海馬くん、あの満天の星空! すっごいロマンチックじゃない?」

「そうか」

「もう、つれないなぁ。星座とかには興味ないの? 私、結構詳しいんだよ! 例えばあの、南の空にあるのがゴチミル座で……」

「解説なら結構だ。俺は最新の宇宙開発事業には関心があるが、過去の連中が勝手に作った星座など好かん。無論、星占いなどもな」

 

 メイの話をピシャリと断ち切り、ケースから取り出した特殊な板付きの機材――デュエルディスクに向き合う海馬。

 どうやら彼は遠くの星を見るよりも、目の前の機械いじりに集中したいらしい。ピックを用いて円盤型の基部を覆うカバーを外し、内部配線を露出させると、慣れた手つきで解く手のコードを引き抜いていく。

 しかし、その作業がメイにとって面白いはずもなく。適当にあしらわれた彼女は頬を膨らませて不満を漏らした。

 

「むぅ……ヒュウも大概だけど、海馬くんも相当気難しいんだから」

「オレをヤツと同列に語るな。余計気が散る」

「そもそも、その機械は何なのさ。ミラクルシューター……ではないよね」

 

 世界に名だたる海馬コーポレーションの主力製品であり、決闘者にとっては生活必需品に等しいデュエルディスクも、この世界では意味不明の機械としか思われないらしい。

 常識が全く異なる世界だと理解してはいるものの、この手の反応は未だに慣れず、ついつい顔をしかめてしまう。

 海馬は面倒くさそうに顔を上げると、真顔で訊いた。

 

「気になるか?」

「そりゃ……星空見るより面白いんなら、ぜひとも教えてほしいけど」

「いいだろう。この作業が終わり次第見せてやる。それまで静かにしていろ」

 

 それだけ告げて再び作業に戻る海馬。

 何だか体よく丸め込まれたようで、釈然としないメイであったが。

 

 やれやれと首を振り、椅子の背に深くもたれかかった。今は彼に合わせておこう。

 

 気持ちを切り替えて、今度は船内の方をぐるりと見回した。

 夕刻から出立する人は殆どいないらしく、客室はがらんと静まり返っている。他に乗客もおらず、まるで時が停滞したかのようだ。

 唯一、天井から釣り下がる旧式の液晶モニターだけが稼働して、古い映画が無音で上映されている。

 男の子が四人、線路の上を歩いている場面が目に留まり、何の気なしに眺めるメイ。

 ストーリーはさっぱりだったが、不思議と惹きこまれる映像。それをぼんやり熟視し続けて。

 

 

 ――二、三十分ほどが経過した頃。

 

 

「よし。ひとまずこんなところか……」

 

 不意に耳に届く海馬の声で、彼女はハッと我に返った。

 

「あ、終わった?」

「ふん……」

 

 海馬は返事代わりに鼻を鳴らして、卓上のデュエルディスクを見せ付けた。

 解体された基部が元通り組み直されたそれは、特段何の変化も見受けられず、メイは首をかしげるも。

 

 ふと、ディスクの横に新たな基盤や機材のパーツが散らばっていることに気付き、あんぐりと口開けた。

 それらの部品を取り外されたポケモン図鑑は、まるで抜け殻のように放置されている。

 

「それって、カントー地方のポケモン図鑑……壊しちゃったの?」

 

 ポケモントレーナーにとって貴重なアイテムであるポケモン図鑑。破棄されたその残骸に驚き目をしばたたかせるメイ。

 対する海馬は涼しい顔で、彼女の疑念を否定する。

 

「バカ言え、高価なマシンをわざわざ潰しはしない。ただ、核となるCPUをディスクに移植しただけだ」

「いしょく……?」

「頭で理解できぬなら、実際に見せてやる」

 

 そこで海馬はデュエルディスクを左腕に嵌めると、初めて窓の外に目をやった。

 しばらく海上を観察したのち、「あいつでいいか」と呟いた視線の先には、星空の下で波間を跳ねるケイコウオの群れがいる。

 尾びれをぼんやり発光させる大群に向け、海馬がディスクを構えると、おもむろに起動したソリッドビジョンが図鑑データを投影した。

 

 

ー ー ー ー ー

ケイコウオ

はねうおポケモン

全国図鑑No.456

高さ:0.4m 重さ:7.0kg

 

体の横側にあるラインは太陽の光をためておける。

夜になると 鮮やかに 輝く。

ー ー ー ー ー

 

 

「おお~! ホログラムの立体図鑑ってやつ? SF映画で見たことあるよ、こういうの!」

「ただの立体図鑑ではすまないさ。ディスクのサーチセンサーは広範囲に及び、組み込んだ高性能CPUが瞬時に、捕捉したモンスターの情報を表示する! 」

「よくわかんないけど、何かすごそう! けどさ――」

 

 半ば感心、半ば当惑といった様子で、メイは率直な感想を述べた。

 

「その機械、ずっと腕に付けるの? 重くない?」

「オレはこのスタイルの方が慣れている。いちいち端末を取り出すのも手間だからな」

 

 軽く説明しながら、ようやく背中を椅子に預ける。

 しかし、それでもなお微妙な表情のメイを見て、海馬は静かに口を開けた。

 

「……何故、わざわざこんな改造まで施したかわかるか?」

 

 急な問いかけに驚くも、黙って首を振るメイ。彼は「だろうな」と呟き、続けた。

 

「あの闘い――オレが貴様に屈辱的な敗北を喫したデュエルの後で、一つ大事なモノが欠けていたことに気が付いた……!」

「大事なモノ……?」

「そうだ。我ながら情けないが、目的への焦りから見失っていたことも事実。それこそが――」

「わかった! ポケモンバトルを楽しむこと‼」

「知識と戦術‼ デュエルにおいて基礎中の基礎となるモノだ‼」

「わぉ……」

 

 上手く言い当てられたかと思えば。押しのけるように言い放たれた言葉の勢いに、メイは二の句が継げない。 海馬は、そんなメイの反応など意にも介さず、左腕を掲げてデュエルディスクを見せつけた。

 

「このディスクに搭載された図鑑機能は、膨大なデータをもってオレの闘いを進化させる! 今の比にもならない……完璧なパーティを組み上げた、その時こそ‼」

「――‼」

「オレの目的は果たされ、同時に貴様と再び決着を付けることになるだろう‼」

 

 高らかな宣言が、二人だけの空間に力強く響き渡る。

 こちらを見つめる海馬の眼差しは並々ならぬ気迫を秘めて、闘志と決意を雄弁に語っている。

 その鋭い双眸を正面から受け止めて、思わず息を呑むメイであったが。

 やがて、ふっと口元を緩めると、小さく頷き笑ってみせた。

 

「もちろん、バトルならいつでも受けて立つよ!」

 

 出会ったばかりの両者は共に、お互いのことを何も知らない。

 特に海馬はプライドも高く破天荒で、殆ど理解もできていなければ、歩み寄れる気すらしない。

 だが、それでも。ポケモントレーナーはバトルを通して、心と心を繋げていける。

 

 そう強く願う信念が、メイの首を縦に振らせたのかもしれない。

 

 

『お客様へご案内いたします。まもなく船は、ヒウンシティ西埠頭へ到着します。下船の際は――』

 

 

 程なくして。

 船が速度を緩め始めたかと思えば、スピーカーから船内アナウンスが流れ始めた。汽笛を今再び鳴らして到着を予告する。

 それを聞いて、海馬はおもむろに席を立つと、座したままのメイを見下ろして言った。

 

「次に相見えた時は、貴様を叩きのめす事となるだろう。覚えておけ」

「望むところ!」

 

 強気に返したメイに対して、それ以上の言葉は必要ない。「ふん」と海馬は背を向けると荷物を持って歩き出す。

 そのせっかちな足取りを見送ったメイは軽く息をつき、船が港へ着くのを待った。

 

(……ヒュウともこれくらいの会話、して欲しいんだけどなぁ)

 

 旅の疲れからふと、そんなことを思ったりもしたが。窓辺にもたれて見過ごしていた景観を眺める。

 透明なガラスの向こうには、夜空に浮かぶ星々すら霞むほどの眩い灯りが煌めいていた。

 

 イッシュ地方の中心部――ヒウンシティ。

 

 天高く伸びる摩天楼の数々は、物言わずとも重厚な存在感を放ち、旅人の到着を待ち構えているのであった。

 

 

 

 

 

〇●〇●〇

 

 

 

 

 

『――なるほど。要はとうとう足がついてしまった、と?』

「はっ、誠に申し訳ありませんボス。目付役の私が監視を勤めていながら……!」

 

 少し離れて、闇に閉ざされたヒウンの一部。地下に広がる下水道。

 接触不良にジリリと唸る電球の下、プラズマ団の下っ端が一人こうべを垂れていた。

 その眼前では、プラズマ団のロゴを刻む通信機器がカメラを光らせ、下っ端の報告に応じている。

 

『ふむ、まぁいいでしょう。よくぞ報告してくださりました』

 

「ボス」と呼ばれたその相手は、少々考え込むように間を開けていたが、やがて無機質な加工音声を介して言った。

 

『捕まった二人は残念ですが、アナタの失態ではありません。お気になさらず』

「はっ、寛大なお言葉、痛み入ります!」

『それよりも私は……アナタのお話をもう少し聞きたいのですがね」

 

 声の主は目付役の処遇より興味をそそられるものがあるようだった。ミスを咎められずホッと息をついた下っ端へ、間髪入れずに問い返す。

 

『その、団員たち二人を瞬殺したというトレーナー。非常に面白いではありませんか。ぜひとも、その戦いぶりを聞きたいものです』

「あぁ……なるほど、そちらに興味がおありでしたか。しかし、そいつは他のトレーナーとは気風が全然違うと言いますか……」

『構いません! どのような人物なのか、詳しく話してください』

「はぁ、わかりました」

 

 段々熱を増すボスの口調は、加工されてなおハッキリとこちらに伝わってくる。

 優先順位がどちらにあるのかと内心呆れたが、命令された以上語らないわけにもいかない。生返事とともに、下っ端は見て来たままを口にする。

 

「変なコートを羽織った長身のトレーナーでして。恐るべき嗅覚で我らの潜伏先を見つけると、妙に高笑いしながら圧倒してきて――」

『手も足も出ませんでしたか? アナタ方のポケモンたちにも、簡単な手解きはしているはずですがね』

「申し訳ありません。全く歯が立たず……こちらは瞬く間に全滅しました」

『なるほど、なるほど! それはとても――素晴らしい!!!』

 

 こちらの報告を受けるたびに、ボスはやけに嬉しそうな声をあげる。

 直接被害を受けた下っ端としては、何がそこまで心を打つのかまるで理解できないのだが。

 

「ボス……?」

『おっと失礼。ご報告ありがとうございます。久々にワクワクさせられる内容でした……!」

「いや、ワクワクって。現場の我々としては脅威の方が……」

「もちろんアナタ方の懸念も理解していますよ。そこで一つ、早めに手を打っておくとしましょう』

 

 思わず口を挟んだ下っ端の言葉を遮り、ボスは告げた。

 

『そのトレーナーは確か、ヒウンシティに向かったと仰いましたね? 彼のもとへ、近くに潜伏している団員を何人か派遣してください。人数が増えれば、そのトレーナーも手を焼くでしょうからね』

「早めに芽を潰しておくわけですか。しかし、たった一人に複数人も送るのはリスクでは……?」

『その時はその時です。強さを知れただけでもいい収穫にはなるでしょう、対策もはかどりますからね』

「えぇ……」

『とにかく、そのトレーナーの強さを調べておくことです。情報は随時報告するように。頼みましたよ!』

 

 無茶な命令に参る下っ端。だが、ボスはお構いなしに通信を切ってしまう。

 カメラのレンズが光を失った瞬間、ノイズの混じった不気味な静寂が地下に訪れる。

 

 置いてきぼりの下っ端は一人虚しく舌を鳴らし、肩を竦めてぼやくしかなかった。

 

「……まったく、新しいボスは何を考えているんだか。俺にはさっぱりわからねぇよ」

 

 




俺のデュエルディスクは手作りでね!
……なんて冗談はさておき、やはりデュエルディスクはどうにか使わせたいものです。


余談ですがイッシュ地方には、ミラクルシューターというデュエルディスクみたいなマシンが本当に存在しています。通信対戦でもトレーナーが道具を使用可能になるシステムなのですが、かなりマイナー。
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