「アンタ、何が可笑しいのよ?」
「俺達下っ端にやられて、もう笑うしかないってか?」
「フ……この程度で完璧な布陣、か。笑わせる」
じわじわと包囲されつつあるはずなのに、余裕の口ぶりを見せる海馬瀬人。
怪訝な顔をする下っ端たちへ、煽るように語りかけた。
「貴様らがせっせとこさえた砂上の楼閣。それが綺麗に崩れ去るまで、あと1ターンもかかるまい……」
「ハハハ、何を言ってやがる!」
「そんなことができるわけないじゃない!」
「ならば見せてやろう――ドガースの効果発動‼」
口々に叫ばれて、にやりと口角を上げた海馬は、すかさず目の前のドガースに指示を飛ばす。
するとドガースは大きく息を吸い込み、体の噴出口から真っ白い蒸気を噴出させた。
▽ドガース の クリアスモッグ‼
濃霧は瞬く間にベトベターを覆って拡散し、下っ端たちのの視界までもを覆ってしまう。
「なんだこの霧は……⁉」
「ちょっと! 何も見えないじゃない⁉」
突然のホワイトアウトに包まれ喚き散らかす下っ端たち。しかし、その深い霧がやがて晴れた時、彼らを更なる衝撃が襲うことになる。
▽ベトベター の能力変化が元に戻った‼
「なっ……ベトベター! アンタ、体が戻ってる……⁉」
「ベタ~?」
先程までの縮んだ体は見る影もなく、元のサイズに戻ったベトベターがそこにいた。
困惑する下っ端たちを前に、海馬は口元を歪ませて言い放つ。
「『クリアスモッグ』は相手モンスターに必中し、変動したステータスを全て元に戻すのさ‼」
「なんだと、ステータスリセットだと⁉」
「私たちの作りあげた牙城が、そんな……‼」
「ワハハハハハ‼ そして再びオレのターン‼」
高らかに笑う海馬に圧倒されて、下っ端たちが打ちひしがれる。
こうなってしまえば闘いのペースは海馬のもの。
「ヒトカゲよ! 忌々しいドブネズミに攻撃しろ‼」
「ヒートォ‼」
▽ヒトカゲ の ひのこ‼
ドガースばかりに良いカッコはさせまいと、いつにも増して張り切るヒトカゲの一撃。
火の粉の雨を受けたラッタは大きく吹き飛び、床に叩きつけられるとそのまま動かなくなってしまった。
▽ラッタ は倒れた‼
「カゲカゲ! カゲェ‼」
「おのれ……‼」
「だが、アタシたちにはまだベトベターが……‼」
激しく勢いづくヒトカゲの前で敗色濃厚の下っ端たち。
どうにか食らいつこうと再度ベトベターに『ちいさくなる』を命じたものの、やはり海馬はそれを許さず、彼らの目論見は『クリアスモッグ』ですぐに潰されてしまう。
「フ……何度やっても同じこと。どうやら万策尽きたようだな……!」
「だ、だけど! アンタだってこっちに有効打はないじゃない! ベトベターの特防は――」
「ふん、馬鹿め。このオレが貴様如き相手に、いつまでも攻めあぐねるとでも思ったか?」
海馬は完全に勝ち誇った表情を浮かべ、足下のヒトカゲを指し示した。
「ヒトカゲならとっくに貴様を葬る準備を整えているわ‼ 貴様のお仲間を倒した時に得た新たな必殺ワザでな‼」
「なんだと……⁉」
思わず素っ頓狂な声を上げる下っ端たち。
海馬は大きく笑いながら右手を掲げ、高らかに攻撃を宣言した。
「フハハハハ‼ ヒトカゲよ、敵を蹴散らせ――『りゅうのいかり』‼」
「カゲェ――ッッ‼」
主人の腕が振り下ろされると同時に、ヒトカゲの口元にエネルギーが集中する。
猛々しいオーラを纏った青白いそれは一瞬のうちに射出され、凄まじい速度でベトベターに襲いかかった。
▽ヒトカゲ の りゅうのいかり‼
「くっ……でも、それはどう見たって特殊攻撃‼ ベトベターの特防は――」
「くどいぞ」
なおも噛みつく下っ端の女へ、海馬は冷酷に告げる。
「『りゅうのいかり』は敵モンスターの守備力を問わず、40の固定ダメージを与える‼」
「な――」
刹那、凄まじい衝撃波がベトベターを呑み込んだ。轟く轟音、ロビーに爆風が吹きすさび、付近の壁や床を削り取っていく。
『りゅうのいかり』の一撃は後方の下っ端ペアもろともベトベターをブッ飛ばし、悲鳴すら上げさせることなく薙ぎ倒したのだった。
▽ベトベター は倒れた‼
「ぐわあぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」
「う、嘘……! チームではトップクラスのアタシたちが……⁉」
尻もちをついた下っ端たちの悲痛な叫びが木霊する。その無様な光景を目の当たりにした海馬は、満足げに鼻を鳴らした。
「ふん、他愛もない……! 所詮貴様らごとき雑魚が固まろうと、オレにとってはデカいだけの獲物に過ぎぬわ‼」
「ぐぐ……!」
歯軋りをして悔しがる下っ端たち。そんな中、リーダーの男は大声を張り上げるのだが。
「ま、まだだ! こちらにはまだ控えてるメンバーがいるんだ! このままゴリ押して――ん?」
そこまで叫んで、ふと口をつぐんでしまう。
彼が見下ろした視線の先には、海馬のヒトカゲが仁王立ちで立っていた。尻尾の炎を盛んに燃やして立ち向かう様は一見何の変哲もないが、戦闘前とは明らかに違う荒い鼻息に、も鋭さを増している。
まるで何かが起こる前触れのようだった。
その異変は、海馬もすぐに察知していた。
下っ端たちを睨んだまま微動だにしないヒトカゲを訝しみ、後ろから声をかける。
「ん……ヒトカゲよ、何があった?」
まさにその時であった。
▽……おや⁉ ヒトカゲの様子が……!
「ヒト―――ッッ‼」
ヒトカゲが天井を仰いで勝鬨を上げたかと思うと、全身が淡い光に包まれる。
それはあまりにも眩しく、美しい輝きを放ち、海馬も思わず瞠目してしまうほどの神秘的な光景であった。
祝福の光の中でヒトカゲは徐々にその姿を変貌させていき――
「ザードッッ‼!」
最後に一際大きく叫んだと同時に、収束する光を弾いて現れ出たのは一匹のポケモンであった。
ヒトカゲが一回り大きくなったような体格に、より頑強となった紅色の皮膚。尻尾に灯った炎は力強さを伴って大きく燃え盛り、精悍な目つきとともに歯向かう敵を威圧している。
▽ヒトカゲ は リザード に進化した‼
「な、何だこれは……⁉」
流石の海馬も目の前で起きた変化に理解が追い付かず、瞬きを繰り返していると、不意にデュエルディスクの図鑑が作動し、最新の情報を開示した。
ー ー ー ー ー
リザード
かえんポケモン
ヒトカゲの進化形。
尻尾を振り回して相手をなぎ倒し、鋭いツメでズタズタにひき裂いてしまう。
ー ー ー ー ー
「リザードだと! 貴様、まさか進化したというのか……⁉」
「リザリザ‼」
主人からの問い掛けに答えるようにリザードが一声あげる。それはヒトカゲの頃とは打って変わって、勇ましさが前面に押し出された力強い鳴き声であった。
ポケモンの中には、特定の条件を満たすことで進化をするものがいる。
進化を遂げることで姿が変わり、またステータスも大幅に強化されるのだ。
必用となる条件はポケモンごとによって違うのだが、ヒトカゲの場合は最もポピュラーな、経験値を得てレベルアップを重ねることによる進化である。
メイやプラズマ団と重ねた戦闘経験が、ここに一つの実を結んだといえよう。
「フフ、ハハハハハ……!! ワハハハハハハハ!!!!」
「リザリザリザリザーッ!!」
予想だにしない進化に最初こそ驚かされたが、パワーアップしたとわかれば一気に笑いが込み上げてくる。
そしてそれはリザード自身も同じらしい。感極まって胸を逸らすポーズは、主人とそっくり同じであった。
「なんてこった、まさかこのタイミングでリザードになるとは……!」
こうなると、窮地に立たされたのはプラズマ団員たちの方である。
ヒトカゲの状態ならまだしも、リザードに進化し更に勢いづいてしまったとなれば自分たちに勝ちの目は無い。
先ほど敗北したばかりの下っ端ペアに至ってはすっかり腰を抜かしてしまい、床にへたり込んでいる始末だ。
「くっ……かくなる上はトップの俺が……! いけ、フシデ‼」
「フシフッシ‼」
脂汗を浮かべるリーダー格の男は一か八かでポケモンを繰り出したが、もはやリザードの敵ではなかった。
「ワハハハハハ‼ 迎え撃てリザード、攻撃だ‼」
「リザァ‼」
▽リザード の ひのこ‼
リザードが放つ灼熱の『ひのこ』はヒトカゲの頃とは比べ物にならない火力でフシデを襲い、その体を焼き尽くして地に沈めてしまう。
▽効果は抜群だ‼
▽フシデ は倒れた‼
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
苛烈な攻撃の余波は後方のリーダー格にまで及び、残った戦意も一瞬のうちに刈り取って、そのまま床に転がした。
あまりにも一方的な決着。高まるボルテージに絶好調な海馬とリザードのコンビを止められる者など、この空間には存在しないだろう。
対象の敗北に残された下っ端たちは士気を失い、ただ弱音を吐いて離脱を図るしかなかった。
「なんだコイツ強いぞ⁉ 聞いてた話と全然違うじゃないか!」
「奪ったポケモンも全然使えないじゃないの!」
「クソッ、ここは俺たちだけで引き上げるぞ‼」
まるでミネズミのような逃げ足だが、海馬もわざわざ追って捕まえるつもりはない。元から取るに足らない相手と無視して、仰向けに倒れているリーダー格の下っ端を睨み付ける。
しかし、そいつもそいつで既に気絶してしまっていた。転んだ拍子に頭でも打ったのかもしれないが、どうにも根性のないやつらだと呆れて小さく息を吐く。
「狙われる身も悪くはないが、こうも張り合いがないとつまらん。さて、どうしたものか……」
敵将を討ちとり、あれこれ聞きだしてやろうという算段も、相手が目を回しているうちは叶いそうにない。
かと言ってこのまま待つのも退屈なだけで、程度の低い下っ端のためにわざわざハンサムを呼ぶ気にもなれず、途端に手持無沙汰となってしまった。
「リザ?」
軽く目を閉じ思案する海馬の顔を見上げて、リザードが鳴いた。進化によって体格はごつくなったものの、従順な性格にそこまで変化はないようだ。
確実に強くなった『しもべ』に目を向けた海馬は、「ふん」と鼻を鳴らして独り言ちる。
「……まぁいい、少なくとも収穫はあった。不埒なネズミも餌にはなるか。お前もよくやった方だ」
そうしてリザードをボールへ戻すと、再び息をついて天を仰ぐ。この辺りが潮時だろう。
コートを華麗に翻す海馬は、倒れ伏す下っ端たちには目もくれず、悠然としたした足取りでその場を立ち去ろうとした。その瞬間。
「そこのアナタ‼」
ロビーを包んだ静寂を、思い切り蹴破る大声が聞こえた。僅かな隙を突いた一声に驚かされて、海馬は反射的に振り返る。
白衣を着こんだ見知らぬ男が、まるで少年のように純粋な笑みを浮かべて、奥のエレベーターから現れたのだった。
金髪のオールバックに、頭の周りをグルリと回転する、重力無用の青い髪。何とも形容し難い髪型の、一目で「怪しい」と直感してしまう人物だ。
「先ほどの戦いを拝見させていただきましたが、プラズマ団相手にパートナーのポケモンの力を引き出した見事な戦いぶりでしたね!」
そう熱く語る男は、興奮した顔つきで海馬を一心に見つめながら、ずかずかとこちらへ歩み寄ってくる。
「いい! いい! 素晴らしくいい‼ そして、面白い‼ なるほどです……‼」
「……なんだ貴様は」
思わぬ人物の登場に戸惑いながらも、海馬は毅然とした態度で男へ応じた。
右手にはリザードが入ったボールを握りしめ、いつでも戦闘に移れる構えである。
しかし、そんな海馬の態度を気にするでもなく、男は慇懃無礼な笑みを浮かべて腰を折った。
「いや、失敬! わたくしはアクロマ。物好きな科学者です」
簡潔に述べた白衣の男――アクロマは眼鏡をクイッっと押し上げ、好奇心に満ち溢れた双眸を輝かせながら、さらに続けた。
「先にお伝えさせていただきます。わたくし、アナタにとても興味があるのです……‼」
ヒトカゲも無事、リザードへと進化を遂げました。
モチーフに近づくまであと少し!