「……アクロマだと? 科学者にまで目を付けられる謂れは、ないはずだが?」
予期せぬ科学者――アクロマの登場は、それだけで海馬の警戒心を煽った。
得体の知れない相手からのアプローチなど、決して気はしないもの。海馬は意識的に低い声を発しながら、右手で握りしめたボールをいつでも投げられるようにするのだが。
「まぁ、そう仰らず! ずっと観察し続けていたことは謝罪しますが……! 先ほども申し上げた通り、アナタはわたくしの興味を惹く、たいへん貴重な存在なのですよ‼」
当のアクロマは、お構いなしにと詰め寄るばかり。滔々と語る彼の瞳はピュアに輝き、海馬を捉えて離そうともしない。
まるで自分が、実験用のネズミかハエとして見られているかのように感じてしまう、不愉快極まりない眼差しである。
その身に余る屈辱に耐えかねて、とうとう海馬はアクロマを鋭く睨みつけた。
「……貴様の目的を話せ。オレを見張って、何をするつもりでいた?」
「おや、まだお話していませんでしたっけ?」
「何も聞かされていない。答えによってはただでは済まさんぞ」
「これまた失礼。では、さっそく説明いたしましょう!」
海馬の静かな剣幕も軽く受け流して、マイペースに「コホン」と咳払いするアクロマ。こめかみに手を当てて少し間隔をあけると、やがて真摯な表情を携えて口を開いた。
「わたくしの研究テーマはズバリ、『ポケモンの力は何によって引き出されるか?』」
「モンスターの力だと……?」
訝し気に眉を顰める海馬へ、「そうです!」と返してアクロマは続けた。
「ポケモンの力を引き出すのは――それも最大限に引き出すのはどういった手段なのか⁉ わたくしは、その鍵となるものを求め研究を続けているのです!」
「……御大層なテーマだが、オレから言わせれば、そんなものは既に決まっている」
「と、言いますと?」
「他ならぬ決闘者の技能が全てだ。いかに強力なモンスターを寄せ集めようと、それを使いこなせるだけのタクティクスがなければ意味がない。覇者への道はいつ何時も、己が力によって切り開くものだ……このオレのようにな」
そう冗談めかして、軽く笑ってみせる海馬。
だがアクロマに、その類の冗談が通じたかどうか。彼はしばらく顎に手を当てて一言「ふむ」と呟いたかと思うと、
「なるほど、実にアナタらしい! シンプルですが奥深い、私好みの答えです‼」
眼鏡の奥の瞳を見開き、さらに熱っぽく喋り始めたので、どうやら大真面目に受け取ってしまったらしい。
これには流石の海馬も沈黙せざるを得ず、その間もアクロマの熱弁は続く。
「――しかし、長年研究を重ねてきた私でも、まだ確実な方法の発見には至っていないのですよ! トレーナーが持つ技能や戦略により引き出されるポケモンの強さは、確かに素晴らしいものです。……が、それだけでは足りない! 限界を突破しうる方法がまだ何かあるはずだと‼ わたくしはその、究極の答えをずっと追い求めて――」
「もう結構。説明なら無用だ」
海馬はうんざりした表情でアクロマの言葉を遮った。
「貴様の熱意は見上げたものだが、オレはそんな研究に興味など無い。これ以上ベラベラ話すなら、学会にでも行ってやれ。オレは今すぐ帰らせてもらうぞ……!」
冷淡にあしらい、話は終わりだとばかりに踵を返す。
つかつかと早歩きで去ろうとする海馬の背中を、しかしアクロマは落ち着いた声で引き留めた。
「まぁ、お待ちを。では前置きはこのくらいにして、いよいよ本題に入ると致しましょうか」
「しつこいやつだ。今更何を持ち掛けようが、オレの気を惹くものなどあるまい?」
「では申しましょう。ここにアナタが興味を示すかもしれない、とびきりのレア・ポケモンがいるとしたら、どうでしょう?」
「……なに?」
意味ありげな言葉に立ち止まる海馬。
振り返って訝し気な視線を向けると、アクロマは不敵な笑みを浮かべたまま、
「ご覧ください」
そう一言だけ呟き、懐からモンスターボールを取り出して放り投げた。
咄嗟に身構える海馬を余所に、放物線を描いて放たれたボールは空中で開くと、眩い閃光とともに一体のポケモンを解き放つ。
地面に舞い降りたそいつは関節を規則的に駆動させて直立し、薄暗いロビーの中、徐々にシルエットを現わしていくのだが。
「な、なんだこのモンスターは……⁉」
その全体像が明らかになった時、海馬は思わず息を呑んだ。
外見は二足歩行の昆虫族モンスターといった具合だが、鋭角なラインで縁取られたボディはまるで機械のよう。加えて、背中には特徴的な大砲が一門備え付けられており、おおよそ生物とは程遠い異質な存在感を放っている。
いっそ戦闘兵器とでも説明された方が納得のいくフォルムであった。
「こせいだいポケモン、ゲノセクトです」
「ゲノム……!」
淡々とした口調で解説するアクロマに促されて、ゲノセクトと呼ばれたそのポケモンは電子音が混ざったような独特の鳴き声を発した。
「三億年前に生息していた古代の虫ポケモン。その化石を最高の科学力で復元した……いわば幻のポケモンなのです」
「幻だと?」
「ええ。疑わしければ、試しにポケモン図鑑をかざしてみなさい。きっと認識しませんから」
言われて海馬は左腕のデュエルディスクに目を落とす。周囲のポケモンを感知するはずのセンサーは沈黙したまま、ゲノセクトに一切反応を示さない。
「どうやら嘘ではないようだ。しかし、それほどの希少な存在をなぜオレに見せる?」
「言ったでしょう? わたくしはアナタに興味を抱いている、と。このゲノセクトはその証というわけです」
「……わかるように説明しろ」
「では、単刀直入に申し上げましょう。このゲノセクトを預かっていただけないでしょうか?」
アクロマのその一言に、海馬はピクリと眉を動かした。
「なに……?」
「ご心配なく。好きに使っていただいて構いません。その代わり、わたくしはデータを取らせていただきますが」
「……要は被験者になれということか」
「それは言い方が悪いですよ。別に、アナタをパモ扱いしようとしているわけではありません」
疑惑に満ちた海馬の反応を楽しそうに眺めながら、アクロマはレンズの奥の目を細めて言う。
「確かに主目的は私の研究にありますが、しかしアナタはその見返りに、無敵のレア・ポケモンを手に入れられるわけです。悪くない話だと思いますが……」
「無敵のレア・モンスターねぇ」
海馬は半信半疑に呟き、ゲノセクトと視線を合わせた。
無機質な赤い眼が光を湛えてこちらを見据えている。多少生物らしい表情は浮かべているように思えるが、やはり違和感の拭えぬ機械じみた風貌だ。
ふと、虫の知らせとでもいうべき勘が働いて、アクロマの方へ向き直る。
「……アクロマ。このゲノセクトとやらは、確か三億年前に存在したと言ったな?」
「ええ。当時は最強のハンターとして君臨していたようです」
「ならば矛盾するではないか? いにしえの存在とは思えぬこの姿は……」
「改造されたのですよ。化石から復元する際にね」
それが恐らく、とんでもない発言であることは想像に難くない。
しかしアクロマは、何食わぬ顔で平然と言ってのける。
「現代に蘇ったゲノセクトは『史上最強のポケモン』をコンセプトに改造を施され、このような姿になりました。……もっとも色々あってプロジェクトは中止されたようですが、紆余曲折を経て、今はわたくしが所有しているというわけです」
「ククク……なるほど」
頷く海馬の口角が挑発的に上がる。
どうやら想像以上に裏があるものとみえて、ゲノセクトを囲む二人の間には一瞬の緊張が走った。
「極めて非合法な臭いのする話だが……貴様も裏社会の人間か?」
「フフフ……そこまでは、お互い踏み込まないでおきましょう。アナタはゲノセクトをゲットし、わたくしは戦闘データをゲットする……! 互いに利のある関係に留めませんか?」
アクロマの瞳は純粋そのものだが、それ以上の狂気を孕んでぎらぎらと輝いている。まさに筋金入りの研究者だ。
「この兵器とも呼べるポケモンをアナタが育てると、どのような強さが引き出されるのか? わたくしはそれを知りたいのです!」
「………」
今まで以上に熱意のこもった言い回しで手を突き出す。
海馬はしばしの間、アクロマの真意を推し量るように沈黙していたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「……いいだろう、不利益を被る話ではないようだ。乗ってやろうではないか」
「協力感謝いたします……‼」
了承を得た瞬間、アクロマはにんまり笑ってゲノセクトを戻すと、そのボールを海馬へ優しく投げ渡す。
すかさずキャッチした海馬の手には、ゲノセクトに秘められたパワーがボール越しに伝わってくるようだった。その感触に海馬の口元が自然と緩む。
「フフフ……確かに受け取ったぞ、アクロマ。だが、くれぐれもこの選択を後悔しないことだな」
「まさか、後悔などするものですか。研究のためにはどんなアプローチも厭わない……それこそが、わたくしアクロマのモットーですから」
「ふん! せいぜい励むことだな」
そう言い残して海馬はくるりと背を向ける。
アクロマはにこやかな顔で彼を見送ろうとして、ふと思い出したように呼び止めた。
「ああそうだ。最後に一つ、お伝えしておきたいことが」
「……なんだ?」
「ここヒウンシティからそう遠くない距離に位置するリゾートデザート。観光地ですが、そこには古代の城という遺跡があります。もし迷われたら、そこへ行かれるとよいでしょう。きっとお役に立つはずです」
顎に手を当てるアクロマは、何か考え込むように虚空を見上げた。そうして再び視線を海馬に戻すと、意味深長な笑みを浮かべながら、
「ひょっとしたら、アナタが求めるものへ通ずるヒントが隠されているかもしれませんよ?」
「……ふん」
海馬は怪訝な目つきで鼻を鳴らし、今度こそ振り返ることなくロビーから立ち去っていった。
〇●〇●〇
時を同じくして。ヒウンシティの中心部、噴水踊るセントラルエリア。
「なぁ、メイ。そろそろ機嫌直してくれよ……」
参ったように頭を掻くヒュウのか細い声が、虚しく雑踏にかき消された。
彼の側にはベンチに腰掛けるメイの姿がある。しかし天真爛漫ないつもの彼女といった風には見えず、これ見よがしに足まで組んで、ツンとそっぽを向いていた。
「悪かったよ。置いてっちまったのは反省してるから……なぁ、頼むよ」
「いつも同じこと言うじゃない」
何度も同じことを経験しているメイは、ヒュウをじろりと睨みつける。
普段は優しい幼なじみだが、プラズマ団が絡むと周りが見えなくなる節があり、いつも振り回されてばかりだ。
今回もタチワキで置いてけぼりをくらってしまった。無事に再開できたのはいいが、少しくらい怒ってやらねば、腹の虫も収まらない。
「ヒュウが真剣なのは知ってるけどさ、付き合わされるこっちも大変なんだからね!」
「わかってるって。すまん」
「……ホントに反省してるんでしょうね?」
「そりゃもちろん。これからは気を付けるからさッ」
「なら、お詫び」
おもむろに手を出して唇を尖らせるメイを見て、ヒュウは肩を落とし「わかったよ」と呟いた。
つい先ほど買ったばかりのヒウン名物、ヒウンアイスを取り出してメイに差し出す。
「これ、さっき買ったんだ。食ってくれよ」
「ん、許す!」
受け取ったアイスを即頬張りながら、メイはにっこりと微笑んだ。
これがいつもの流れである。何かしらお詫びを用意して謝れば、大抵のことは許してもらえるのであった。
「うん、美味しい~!ヒュウも気が利くじゃない」
「それはどうも……ったく、調子いいんだからよ」
「何か言った?」
「いや、何も」
もぐもぐと幸せそうにアイスを頬張るメイを眺め、ヒュウもようやく安堵の溜息を漏らす。
何はともあれ機嫌を直してくれたようでよかった。今更余計なことを言うのは控えておこう。
そんなことを思いながら、話題を変えようとヒュウは顔を上げた。
「……それよりさ、取れたのかよ? ヒウンジムのビートルバッジ」
「もちろん! 超激戦だったけど、みんなが頑張ってくれたから!」
「そっか……そりゃあいいことだな。お前もポケモンは大事にしてやれよ」
ベルトに装着したモンスターボールに触れながら、ふと浸るように語るヒュウ。
その様子を見つめてメイは、ニコリと優しく微笑んでみせる。
「もちろん。かけがえのないパートナーだから――って、あれ」
ふと。メイは噴水前の通りを行き交う人々の流れの中に、見覚えのある姿を認めて口をつぐんだ。
「ヒュウ、あれ見て」
「……どうした?」
「あそこだよ、ほら。噴水の前にいるの、海馬くんじゃない?」
指を差すメイにつられて視線を動かすと、そこには確かに海馬瀬人の姿があった。
独特な形状の白コートを風になびかせながら、悠然とセントラルエリアを闊歩している。
「なんだ、よりによってあいつか……」
海馬の顔を見た途端、ヒュウは顔をしかめて呟いた。
考えうる限り最悪な出会いを果たしたことで、どうにも好きになれない相手だ。
「ヒウンに到着してから見てなかったんだよね。どっか行くのかな?」
「さぁな。オレは興味ないけど……」
「せっかくだし声かけてみない? あの足取り、多分私たちのルートと同じだし!」
「……は? おい、ちょっと待てよ!」
横で微笑むメイにとっては、友達に相当する関係らしいのが厄介なところで。
ヒュウが止める間もなく、メイはアイスを平らげ海馬の方へと駆け寄って行ってしまった。
「おーい、海馬くん!」
声を弾ませながら手を大きく振る、至極活発な幼なじみ。
その後姿を遠巻きに眺め、首の後ろを摩っていたヒュウだったが、やがて、
「……仕方ねぇ」
観念したように肩を竦めると、二人に合流すべく重い腰を上げるのだった。
【X-ヘッドキャノン】(ゲノセクト)
XYZシリーズの1つ。単体でも優秀な機械族の通常モンスター。
せっかくなのでゲノセクトを抜擢してみました。幻のポケモンですが、プラズマ団絡みの設定があるため案外ちょうどいいかもしれません。
メカニカルな外見の、高い攻撃力を持つレアモンスター。社長が好みそうな雰囲気です。
【追記】
投稿日ちょうどにXYZシリーズのリメイクが発表されてビックリ。
やっぱカッコイイんですよこいつら。