ゲートを潜り抜けた先には砂嵐が吹き荒れていた。砂埃はただ視界を遮るだけでなく、やって来たトレーナーたちの肌を容赦なく痛めつける。
「これがリゾートか。まったく大した景観だな」
舞い上がる砂塵を真正面から受け、皮肉交じりに笑う海馬。
見渡す限り続く果てしない砂の世界。なだらかな丘陵と所々に露出した岩肌くらいしか目につくものはない。
観光客には人気らしいが、リゾートと呼ぶには厳しい荒涼とした大地。それこそがヒウンの北西部に位置する砂漠、リゾートデザートである。
アクロマに言われて立ち寄ってみたはいいものの、まさかここまで酷い環境だったとは。
思いがけない光景にしばし立ち尽くしていると、遅れてゲートを通過してきた二人組の声が響く。
「うへぇ……凄い天候! 靴の中までじゃりじゃりだよ」
「ヒウンを出て真っ先に向かうのがここか。とんだ物好きだな」
衣服にこびり付いた砂を払うメイに、髪をおさえて顔をしかめるヒュウ。
ヒウンの噴水広場で再会し、頼んでもいないのに勝手に同行してきた彼らを胡乱な目つきで見やり、海馬は呆れた声で呟いた。
「物好きは貴様らの方だ。なぜオレについて来る」
「私たちもヒウンは出る予定だったし。それに、出会っておいてさようならっていうのも寂しいじゃない?」
「……ふん、勝手にしろ」
これ見よがしに鼻を鳴らして、海馬は一人歩き出す。
その冷淡な態度にヒュウが舌打ちする横で、メイはにこやかに微笑んでいた。
「よくあんなのに付いて行く気になるよな、お前」
「素直じゃないだけで悪い人ではないし。それに、ちょっと気にならない?」
「あれの何が気になるって?」
「海馬くんの旅の目的だよ。カントーから遥々来てるみたいだけど、何してるんだろ?」
「……さぁな。オレは正直どうでもいいけど」
ヒュウはそう吐き捨てると、面倒くさそうに後ろ頭を掻く。
メイが行くと言い出したから渋々くっついてきたものの、やはり気乗りのしない案件だ。何なら少しムカッ腹さえ立っている。何故かは自分でもわからないが。
「もう、ヒュウも頑固なんだから。……まぁいいや。とにかく行くよ!」
煮え切らないヒュウの顔を見たメイは、慣れた様子で彼の腕を取ると、そのままぐいっと引きずるようにして進む。
「おい、引っ張るなよッ!」
「こうでもしないと動いてくれないじゃん。さっさと歩かないと、海馬くんもどっか行っちゃうし!」
「わかった、オレは自分で歩くから! これ以上は袖が伸びるッ‼」
強引な幼なじみに文句を垂れながらも、結局は自分から振りほどけないヒュウなのである。
〇●〇●〇
リゾートデザートの大地は無駄に広い。元より砂と岩場しかないエリアだが、その足場の悪さも影響して、徒歩での移動は骨が折れる。
きめ細かい砂地が足を飲み込むように沈むため、必然的に歩みも鈍重にならざるを得ない。また降り止むことのない海風は砂を撒き上げて視界を遮り、容赦なく体力を奪っていく。
旅慣れていない者ならおそらく十分と経たず嫌気が差すであろう悪路である。こんな砂漠が人気の観光地というのだからたまげたものだが、時たま見かける旅行者と思しきトレーナーは皆、当たり前のように装備を整えたバックパッカーたちである。
「う~ん、これならせめて『ぼうじんゴーグル』くらい買っとけばよかったな……」
吹きすさぶ砂塵に目をしばたかせながら、サンバイザーを目深に被り直すメイ。
「喚くな。せめて静かに付いてこい。そこにいるヤツのようにな」
先頭を突き進む海馬は、少し遅れて歩くヒュウを鼻息混じりに顎で指し示す。
「……何だよ。なんか言いたげだな」
「ふん、砂に埋もれて干からびたくなければ遅れぬことだな。足手まといは必要ない」
「チッ、ほんとにお前は……!」
ただでさえ歩きにくい土地なのに、嫌味ったらしい口振りで煽られては怒りも込みあがるというもので。
ヒュウは小さく毒づきながらも足を振り上げ、意地でもペースを上げようとする。
「もう、喧嘩は止めなって言ってるのに」
躍起になるヒュウを横目にぼやいた声は、砂風に呑まれて虚しく消えた。
やはりとことん相性の悪い二人だ。この機に少しは……などとこっそり期待を寄せていたが、最初から無理な話だったのかもしれない。
僅かな責任感と諦念が絡み合う中でメイはため息をつき、遠くの景色でも眺めようと顔を上げる。
「……あれ」
その時。砂煙の向こうに映る影に、彼女はふと目を留めた。
「ねぇ、あそこ」
「どうした?」
「なんか……あんなところに建物、なのかな? とにかく変なものが見えるよ」
振り向いた海馬をよそに、メイは手を額にかざして目を凝らす。
彼女が指差した数メートルほど先。砂塵のカーテンが僅かに切り裂かれたその隙間からは、確かに自然の岩とは違う、スタイリッシュな物体が薄っすらと見える。
「一体なんだ……?」
「よし、行ってみよう!」
既に興味津々のメイは、二人に有無を言わせる間もなく駆け出した。
「おい、メイ!」
「落ち着きのないやつだ……!」
海馬とヒュウもすぐさまメイの後を追った。
砂を蹴立てて小走りに進むと、徐々に視界も開けてきて、その物体全容が明らかになる。
「なんだ、これは?」
それを目にした途端。海馬はじっと目を細めた。
砂漠の果てに佇む奇妙なオブジェクト。綺麗に形作られたフォルムは、どう見ても人の手によって彫られた石像のそれであった。
「ポケモンの石像……ちょっとヒヒダルマっぽいかな?」
石像のすぐ側まで駆け寄ったメイは、しげしげとその姿を眺める。
えんじょうポケモンのヒヒダルマ。その名の通り血気盛んなサルのポケモンだが、石像の見た目はそれに酷似していた。もっともヒヒダルマの通常の姿勢とは異なり、この石像はじっと座り込むようなポーズを取っているが。
「そういえば、昔テレビで見たことあるよ。古代の城の周辺にあるヒヒダルマの石像の話。何個か確認されてるみたいだけど……」
「ふむ、城か。見当たらんな」
メイの話もそこそこに、海馬は周囲を見渡した。
このヒヒダルマ像の他にも、似たような石像は周辺にいくらか見受けられる。しかし肝心の古代の城は、それらしき影すら全く見当たらない。
「おかしいなぁ、テレビで見た限りではこの辺にあるはずなんだけど」
「場所が違うんじゃないか? こんな像、リゾートデザートならどこでもありそうだぜ」
「いや、ここで間違いないだろう」
首を捻る二人の横で、海馬は地面の盛り上がった個所に目を付けると、おもむろにしゃがみ込んでその砂を払いのける。すると砂に埋もれていた石碑が露出し、そこに刻まれた文字が露わになった。
「古代の城、イッシュ建国の地……か。なるほど、随分と落ちぶれたものよ」
「そういえばニュースになってたっけ。ここ数年で城の風化が急速に進んでるって」
石碑に刻まれた言葉を読み上げ口元を歪める海馬のを見て、メイは思い出したように口を開いた。
かつてはイッシュの中心として栄華を誇り、現在は観光地となっている古代の城だが、絶えず吹き荒れるリゾートデザートの砂嵐のせいでその状態は悪化の一途を辿っている。この二年ほどで西の塔は完全に没し、ここ東の城の跡地さえも砂中へ埋まりつつある……というのが現状だった。
その話を聞いたヒュウはわざとらしく肩を竦めながら海馬に語りかける。
「時の流れっても残酷だな。……もうその入り口すら見当たらないぜ。仕方ねぇよ海馬、ここは諦めるしか――」
「黙れ。なぜ諦める必要がある?」
「え? いやお前、メイも言ったろ。古代の城はもう――」
そう言いかけてふと、海馬が鋭い視線を足元へ向けながら、何やら探りを入れている事に気が付く。
「埋まった入り口など、この手で掘り返せばいいだけの話だ」
呟いて、海馬はコートの裾を捲るとモンスターボールを一つ掴み取り、天高く投げ放った。
「ゲノム!」
電子音が入り混じったような咆哮が響き渡り、上空から繰り出された鋼の体が地上へと降り立つ。その衝撃で砂煙を上げながら現れたのは、鋼鉄の外装を持つ海馬の新たな主力モンスターことゲノセクトであった。
「おい、そのポケモンは……⁉」
見たこともない新たなポケモンに驚くヒュウには目もくれず、海馬は手を振り上げ高らかに命令を下した。
「ゲノセクトよ! 砂中に埋もれた遺跡を見つけ出せ!」
「ゲノッ‼」
任せろと言わんばかりの鳴き声を上げてゲノセクトは、眼光を赤色に輝かせながら地面を睨み始めた。
「なにしてるの?」
「地中熱を探知させている。これで内部の空間を割り当て、こいつに掘り起こさせる……!」
ゲノセクトは戦闘用に改造された究極の兵器であると聞かされている。ならば、せめて熱感知の機能くらい備えていてもおかしくはないと、そう踏んでの登用であった。
どうやらその読みは間違っていなかったようで、ゲノセクトは鋭く目を光らせながら、隈なく地表を探索していく。
「よくやるぜ。そんなこと……」
もはや執念とさえ呼べる海馬の探求心を前に呆れた声を漏らすヒュウ。
何か声をかけようとメイの方を見やるも、彼女は彼女で興味深そうにゲノセクトの動きに見入っている。こっちも待つしかなさそうだ。
「はぁ、掘り起こせたら教えてくれ。オレはその辺で休憩してる」
言い置いて、石像の前にどっかりと腰を下ろした。
疲れた足を投げ出し、体を石像に預けて休息を取る――まさにその直後である。
ひんやりしていた背中の感触が不意に燃え上がるように熱くなって、ヒュウは咄嗟に飛び跳ねた。
「熱ッ‼ ……な、何だこりゃあ⁉」
慌てて振り返ると、石像が鎮座したまま揺れていた。
決して地震などではない。まるで意志を持つように震え出したその石像は、やがて降り積もる砂を撒き散らしながら、その目にカッと眩い光を宿らせる。
「マジかよ……‼」
「ヒヒヤァァァァァァァァァ!!!!」
いつしか石像は、雄叫びを上げる一体のポケモンへと変貌を遂げていた。
正真正銘、野生のヒヒダルマが炎の眉毛を逆立てこちらを睨み上げている。
「えっ、石像が動いた⁉」
「見つけたか……‼」
目を白黒させるヒュウの後ろで、メイの驚きと海馬の歓喜の声が交錯する。
ヒヒダルマを前に一体何事かと一瞥すれば、近くのゲノセクトは遂に地中の熱源を突き止めたようで、アラームのような独特な音を発している。
「いや、喜んでる場合じゃないって‼」
迫るピンチもそっちのけで喜び勇む海馬へ、メイはたまらず叫んだ。
「それよりもあのヒヒダルマ! どうにかしないと――うわっ⁉」
「ヒィィヤァァァァ!!!!」
突如として振り上げられたヒヒダルマの拳が、猿叫と共に地面へ叩きつけられる。
威嚇のつもりだろうがその威力は計り知れず、その衝撃が砂塵を巻き上げてメイたちを襲う。
▽ヒヒダルマ の アームハンマー‼
「わわわ、もう攻撃してきたっ!」
「面倒ばかり起こすやつだ……おい、ヒュウ‼」
ようやくヒヒダルマに視線を向けた海馬は、手前で身構えるヒュウに檄を飛ばした。
「貴様自身の蒔いたタネだ、しばらく足止めをしておけ!」
「と、当然だ! 言われなくたってやってやるぜッ‼ いってくれハトーボー‼」
「クルッポー‼」
▽ヒュウ は ハトーボー を繰り出した‼
ヒュウもすぐさまポケモンを繰り出し戦闘態勢に入った。ヒヒダルマの敵意も目の前のハト―ボーに向き、バチバチと火花を散らしながら相対する。
海馬はその様子にひとまず「よし」と頷き、今度はすぐ隣にいるメイに言った。
「これで時間は稼げた。……構えろ、メイ」
「もちろん!」
「違う。受け身を取れるように身構えておけ」
加勢のタイミングを伺うメイを制止して淡々と告げる。
「我々はこれから古代の城へと足を踏み入れる……‼」
「え、それって――」
メイの返事を待たずして、海馬はゲノセクトに指示を出していた。
「『テクノバスター』‼」
「ゲノォォォォ!!!」
ひと際大きな稼働音を上げ、ゲノセクトが背中の砲台を足元の地面に向けた次の瞬間。空気をも震わせながら放たれる一閃の光線が、大地を深く穿ち爆散させた。
▽ゲノセクト の テクノバスター‼
刹那、撃ち抜かれた衝動により崩落した地表が流砂となって、周辺の砂地もろとも大きく陥没していく。その波はメイと海馬、そしてゲノセクトの足をもすくい……やがて大きな地響きと共に、彼らの体を呑み込んでいった。
「わあぁぁぁぁっっ!!?」
「ワハハハハハ!!! いざ、城へ向けて爆進‼」
「ゲノムッ‼」
悲鳴と高笑いがこだまし、次第に地中の奥底へと消えてゆく。
「なっ、メイッ……⁉」
轟音を聞きつけたヒュウが遅れて振り返った時には、もうメイたちの姿はなく、新たに生み出された流砂が、砂嵐の中で静かに波打っているのみだった。
〇●〇●〇
「……聞いたかい?」
時を同じくして、古代の城の地下一階。
天井から突然鳴り響いた轟音を耳にして、一人の青年が傍らのポケモンに尋ねた。
「――‼」
「ああ、ボクもそう思う」
「――――‼」
「そうだね、多分物好きな人たちだ。……どうだろう、少し覗いてみるというのは? うん、ちょっと気になるしね」
二年前ならいざ知らず。
ふと好奇心を沸かせた緑髪の青年は、特徴的な声で鳴く相棒と小声で会話を繰り広げながら、こっそりと聞き耳を立て奥の部屋を伺った。
イッシュ地方では遥か昔に栄えたという王国の話がちょいちょい出てくるんですが、この辺もいつかポケモンレジェンズで明かされたりするんでしょうか。楽しみですね。