つい見落としがちなので、誤字報告とても助かっております。ありがとうございます。
砂煙が立ち込める地上では、暴れ狂うヒヒダルマの猛攻にヒュウが悪戦苦闘している。
「ヒィダァァァァァァ!!!!」
▽ヒヒダルマ の フレアドライブ‼
火焔を纏うヒヒダルマの突進をもろに受けたハト―ボーはいともたやすく撃墜され、焦がされた体が力なく地面に転がった。
▽ハトーボー は倒れた‼
「クソッ、冗談じゃねぇパワーだ……‼」
ヒュウは苦々しく唸りハトーボーを戻すと、猛り狂うヒヒダルマを憎らしげに睨み付ける。
高い攻撃力と素早さを誇るヒヒダルマは、覚えるワザまで強力そのものだ。いの一番に見せつけてきた『アームハンマー』、そして今放ったばかりの『フレアドライブ』は、それぞれが屈指の破壊力を誇る、かくとうタイプとほのおタイプの大ワザである。到底、並みのポケモンが耐えられる攻撃ではない。
「だが、まだだ……オレには仲間がいるぜ! いってくれッ‼」
▽ヒュウ は フタチマル を繰り出した‼
しかし、まだ勝負はこれからだとばかりにヒュウは息巻く。間髪入れずに二番手のフタチマルを繰り出し、攻撃を宣言する。
「先制攻撃だ!『アクアジェット』‼」
「フタァ‼」
▽フタチマル の アクアジェット‼
「ヒヒヒヒィィィィ!!!!」
▽ヒヒダルマ の あばれる 攻撃‼
水飛沫を上げて地を駆けるフタチマルに、ヒヒダルマの剛腕が襲い掛かる。
目にも止まらぬワザの応酬。その熾烈なぶつかり合いに熱砂は吹き荒び、彼方まで地響きを轟かせた。
〇●〇●〇
「うぅ……ここは……?」
メイが次に目を開いた時、そこは見慣れぬ場所であった。
乾いた砂埃の立ち込める薄暗い部屋。無数の亀裂が走る石造りの壁。一部崩落した天井からは白い砂粒が、まるでサンドグラスのようにパラパラと零れ落ちている。
それに気付いたメイは、頭上を仰いで確信した。流砂に呑まれて落ちて来たこの空間はおそらく――
(古代の城……なのかな? 暗くてよくわかんないけど)
体に降り積もった砂を払い除けて目を凝らす。
ふと妙な気配を感じて横を向けば、隣には物言わぬ赤色の眼光が二つ、暗闇の中にぼんやり浮かび、こちらをじいと見下ろしていた。
「うわ、わわわわッッ⁉」
「落ち着け。そいつは敵ではない」
反射的に飛び退き、思わず悲鳴を上げるメイに、聞きなれた海馬の冷静な声が降りかかる。指摘を受けて見直すとそれは、赤く発光するゲノセクトの双眸であった。
「海馬くんに、ゲノセクト……。もう、びっくりさせないで!」
「いつまでも寝ている貴様の方に問題がある」
「あんな無茶苦茶されたら誰だって気絶するよ……」
未だバクバクと早鐘を打つ胸を撫で下ろし、メイはようやく冷静になる。よろよろと身を起こしながら改めて海馬に問いかけた。
「ところで、ちゃんと城には着けたんだよね?」
「ふん、当然だ。……見ろ」
得意げに鼻を鳴らす海馬が手真似で指示すると、ゲノセクトは光る眼をヘッドライトの要領で、付近の壁に照射する。
その光に釣られて視線を上げたメイは、そこで初めて遺跡の全貌を目の当たりにした。
照らし出されたのは、壁面いっぱいを彩る古代の壁画。城の崩落により欠損も見られ、色落ちも激しいが、それでもなお余りあるほどの壮大さと神秘性を際立たせている。
「これは、壁画……?」
「それだけではない」
海馬が指差した先には、存在感を放つ白き竜の絵が克明に記されてある。
その姿はイッシュ地方に住む者であれば、誰でも一目でわかる伝説のポケモン――
「レシラム……!」
「その通り。そして、オレはそのモンスターを探している」
「えっ」
唐突に告げられた言葉に驚いたメイは、壁画から目を離して海馬の顔に目を向ける。
彼は鼻息混じりにメイを一瞥するとやがて恨めしそうに話し始めた。
「二年前、イッシュ地方で目撃されたという伝説の『青眼の白龍』。貴様らがレシラムと呼ぶそのドラゴンを求め、オレはここまでやって来た」
「レシラムをどうして?」
「それが宿命、というのもあるが……雪辱を晴らすためでもある」
海馬はそう呟くと、拳を強く握り込んだ。
「『青眼』はオレが最も信頼する最強のモンスター。その誇り高き姿が悪事に利用され、侮辱されたことは断じて許せん……‼ 最も腹立たしいのは事の顛末だが、それは貴様の方が記憶に新しいだろう」
「……プラズマ団の『王』を名乗ってた人だよね。確か行方不明になったっていう」
「そうだ。その『青眼』と行動を共にした『王』の行方を探っている。……もっとも、プラズマ団の下っ端であっても消息は掴めていないようだがな」
そこで言葉を区切ると、海馬は再び壁画の竜に向き直る。
「この城を知った理由は他にあるが、わざわざ訪れたのはオレの勘が働いたからだ」
「勘?」
「プラズマ団の『王』の所在は未だにわからん。しかし、かつて『王』と自称していたほどの男だ。『青眼』の伝説が残るこの城を訪れていても不思議ではあるまい? ……我ながらとんだロマンチストだが、可能性がある限りは確かめておかねばならん」
「なるほど、そういうものなのかな?」
解ったような解らないような、何とも言い難い曖昧な返事。きょとんと話を聞いていたメイは誤魔化すように部屋全体を見回した。
「……とはいえ殺風景だよねこの部屋。壁画以外は何もないし。いくら『王』でも、こんな場所に来るのかな?」
「常人ならばまず来るまい。だが、決してまともではない相手だ。一体何をしでかすかわからん」
「う~ん、なかなか説得力あるかも」
メイが軽く失笑してしまったのは、城に突入するまでの一連の流れを思い出してしまったからだ。
確かに伝説のポケモンを従えるほどの人物なら、常識に当てはめるのは間違っている。
そういう結論に至り一人納得していたのだが、海馬にとってはあまり面白い反応ではなかったようで、仏頂面がより一層険しくなった。
「ふん」と鼻を鳴らして、話題を変えるように部屋の奥へと視線を移す。
「あれを見ろ、メイ」
海馬が顎で指した先には別室へと続く入口がある。向こうに広がる空間は闇に閉ざされ、その全容を窺い知ることは出来ないが。
「奥の部屋……! まだ全部が埋もれてるわけじゃないんだね」
「ふん、となれば行くしかあるまい」
にやりと微笑んで歩き出そうとする海馬に、メイが疑問を投げかけた。
「でもいいの? この壁画見なくて」
「捨てておけ。城の証明になれば、後はただの絵にすぎん」
「そうかな、結構重要そうだけど……」
過去の遺物そのものには一切興味を示さない姿勢に口をすぼめるメイ。
海馬はお構いなしにゲノセクトを呼びつけ、照明を壁画から、真っ暗な奥の部屋へ向けさせると。
「いや、彼の言う通りさ。壁画に答えは書いていないよ」
不意に投げかけられた声。
眩い光を浴びて部屋から現れた人影に、二人の視線は釘付けになる。
長い緑髪に帽子を被る青年。彼はゆっくりと海馬に歩み寄り、その顔をまじまじと見つめながら、
「ここは古代の城。眠っているのは過去の神話と壁画だけ。眺める分には取っても興味深いけどね」
「ツ……⁉」
海馬は息を呑み、咄嗟に腰元へ手を伸ばす。そんな威嚇に対して青年は軽く微笑み返すと、「ああ、すまない」と手を振った。
「安心してくれ、敵意はないよ。ポケモンだって持って来てないんだ、今は」
「どの口がほざく。いきなり現れて貴様、何者だ?」
「……えっと、ボクの名はハルモニア。ただの旅行者だよ」
「旅行者だと?」
その青年――ハルモニアが名乗った時、僅かに目が泳いだことに感づいた海馬は眉を顰めながら訊いた。
「ふん、ただの旅人風情がこんな場所にいると思うか? ただでさえ、地中に埋もれた遺跡のはず。どうやって侵入した?」
「安全な別口を見つけただけさ。この城の壁画は面白いからね……! ほら、このレシラムなんか美しいじゃないか。キミたちもこれを見に来たんじゃないのかい?」
壁画を指差し話を逸らすハルモニア。その振る舞いは怪しさもさることながら、それ以上の何かを秘めているように思えてならない。
無反応で睨み付けていると、見かねたメイが割り込んできた。
「ハルモニアさんはレシラムに詳しいんですか?」
「それなりにね。だからわかるんだ。キミが求める伝説のドラゴンの手掛かりは、忘れ去られたいにしえの記憶には存在していない。もっと別の場所にあるんだとね」
「……随分と早口で喋るやつだ」
「フフ、前にも言われたよ」
海馬に指摘されたハルモニアはバツが悪そうに笑うと、壁画の竜を見上げて続ける。
「レシラムは、自身を従えるにトレーナーを自らの眼で見極める。悪に手を染めず、ひたむきに真実を求める英雄の出現を待っている。過去を探っても答えは出ないさ、別をあたった方がいい」
「…………」
「海馬くん、聞いてた?」
「……うむ」
呆然とハルモニアを眺める海馬に首をかしげるメイ。しかしこの間も彼は、半歩下がって警戒を強めながら、相手の出方を伺っていた。
決して彼の話が気に入らなかったとか、そういう程度の低い理由ではない。彼の意見は一理あると認めてすらいる。
その上で、海馬はハルモニアが持つ、微妙な違和感をうすうす感じ取っていた。
一見穏やかな顔をした美青年。しかし、その純朴な瞳は常に目の前の海馬たちではなく、もっと遠くを見据えているように感じる。
そう悟った瞬間、ある種の人間離れしたようなオーラが海馬を包み込み、猜疑心をグイッと引き上げさせたのだ。
(この男、何か異様なものを秘めている。ひとまず警戒しておくに越したことはあるまい)
この場で踏み込むこともできるが、しかし得策ではないだろう。海馬はそう判断した。
「まぁ、いいだろう。今回は貴様の意見を聞き入れてやる」
あっさり譲歩されたことでハルモニアは少し驚いたようだ。
「……意外にも素直なんだね」
「貴様とはいずれどこかで会う気がした。それだけだ」
そう言い残して海馬は、逸る気持ちを抑えつつメイを見やると、一言「行くぞ」と告げて背を向ける。
「え、もう行くの? 奥の部屋は――」
「手掛かりならもう得られた。いつまでも狭苦しい地下にいるのは好かん、さっさと地上へ出るぞ」
「地上に出るって……どうやって? 私たち流砂から入って来たんだよ?」
「ならば穴を掘れば済むだろう! オレはゲノセクトとリザードを使う! 貴様も何かモンスターを召喚しろ‼」
「そんな無茶な。もう、しょうがないなぁ……‼」
相変わらずの調子で勇む海馬と、今回はずっと振り回されっぱなしのメイ。
彼らのやり取りを遠巻きに眺めていたハルモニアだが、やがてゲノセクトの視線が海馬に向いたタイミングを見計らい、こっそり奥の部屋へと退避した。
「………?」
「ああ、戻ったよ。大丈夫だ」
上手く逃げおおせた彼は、相棒のポケモンに出迎えられて安堵の息を吐く。
もう少しで存在がばれ、とんだ面倒事に発展してしまうところだったが、どうにか隠し通すことができた。
しかし、まさか今になって再び相棒を狙う者が出てくるとは。あの男は一体──
「また会う気がする、か。面白いことを言う人だ」
「……?」
「うん、キミも思ったより人気者みたいだね」
「…………」
「冗談さ、冗談」
くすくす笑って帽子を被り直すと、やがてハルモニアは静かに相棒へ語りかける。
「僕たちも行こうか、レシラム。ここにもう用はないから」
〇●〇●〇
一方、再び地上では。
「…………」
「な、何がどうなってるんだ……⁉」
夕刻に差し掛かり、ますます勢いを増す砂嵐に覆われたフィールドで、呆然と立ち尽くすヒュウ。
彼の目の前では大人しくなったヒヒダルマが、再び石像のように身を固めてじっと座り込んでいる。
何より奇妙なのは、決してヒュウがこの野生ポケモンを追い詰め、どうにか打ち倒したわけではないということだ。
あの時、『アクアジェット』と『あばれる』攻撃がぶつかり合った時。
ヒュウのフタチマルは懐まで潜り込みダメージを与えることに成功したが、そのまま押し切るまでにはいかず、あえなく反撃を受けて返り討ちに遭ってしまっていた。
情けない話だが、彼のフタチマルは手持ちの中ではエースも同然。他に控えのポケモンもおらず、ヒュウには反撃の目などない、絶体絶命の状況だったはずなのだ。
だが、どうだ。攻撃を終えたヒヒダルマは急に動かなくなり、再び石像のようにただじっとその場に佇み始めたではないか。
全く理解が追いつかず、しかし逃げ出すわけにもいかず、ヒュウはただその状況を見つめる他ない。
そう思って、ずっと石像を見つめていたのだが――
(こいつ、全然動かねぇ。……もしかして、倒れちまったのか⁉)
待てど暮らせどヒヒダルマは一向に動く気配を見せず。業を煮やしたヒュウが、試しにモンスターボールを投げて見ると。
「………」
▽ヒュウ は ヒヒダルマ をゲットした‼
「マジかよ……」
驚くべきことにボールはすんなりとヒヒダルマにヒットし、そのまま吸い込まれるように中へ収まってしまった。
さっきまで激戦を繰り広げていたのは何だったのか。拍子抜けしてしまうほどアッサリとした結末に、流石のヒュウも暫く困惑するほかない。
ヒヒダルマが入ったボールを手に取り、ぼんやり頭を掻いていると、
「ゲノム‼」
「リザァ‼」
「リオッ‼」
雄叫びとともに近くの地面が隆起し、飛び出て来たのは三匹のポケモン。そして、二人のトレーナーたち。
「やっと出れた……!もう、全身砂まみれだよ~!」
「文句を言うな。付いてきたのは貴様の方だ」
「そうだけどさ! やっぱり他の方法とかあったんじゃないかなぁ、全体的に‼」
髪に付いた砂を落として憤るメイに、涼しげな顔で受け流す海馬。
そんな二人を見たヒュウは、目を点にして呟いた。
「……なにやってんだ、お前ら」
「あ、ヒュウ! もう聞いてよ、海馬くんてば酷いんだから! 地下から穴掘って脱出しようとするし……って、あれ?」
メイはヒュウに駆け寄る手前で、何か思い出したように目をパチパチさせて、
「そういえばヒヒダルマは? すごい強そうだったけど、倒せたの?」
「……え? あ、ああ! 何ならこうしてゲットしたぜ‼」
聞かれて少しドキッとしたが、捕まえたのは紛れもない真実である。
そう思い直したヒュウは証拠とばかりにボールを高々と掲げてみせると、メイの表情が明るくなった。
「おお~凄いじゃんヒュウ‼」
「いやぁ、見せてやりたかったぜ。最後の信じられねぇ逆転劇って言うかなんて言うか……」
「ふん、どうせ貴様のことだ。まぐれだろう」
「うるさい! まぐれだろうと勝ちは勝ちだぜ!」
野次を入れる海馬に言い返しつつ、ヒュウは誇らしげにボールを見せつける。
「どうだよ海馬! 少しはオレの実力もわかったろ?」
「ふん、貴様の顔を見ればわかるわ。勝った理由すら理解できていまい?」
「なっ……お前ホント嫌なヤツだなぁ‼」
「あぁ、また始まった……」
それなりの冒険を共にしてなお、結局最後はいがみ合いになるヒュウと海馬。
匙を投げるメイの横で、両者の言い合いはしばらく続くのであった。