「行けっ、フタチマル!」
怒り心頭のヒュウに呼応して、彼のボールからフタチマルが飛び出す。
主人の闘志に同調し、臨戦態勢に入るフタチマル。勇ましい咆哮が轟き渡る中、プラズマ団の下っ端もモンスターボールを手に構える。
「生意気なガキだ! かましてやれヤブクロン!」
そして互いに繰り出した二体が空中で激突した。先手を取ったのはヒュウである。
「『シェルブレード』だッ‼」
「フタッ‼」
▽フタチマルのシェルブレード‼
好戦的な笑みを浮かべたまま、フタチマルは切れ味抜群の一閃でヤブクロンを斬りつける。
『シェルブレード』の一撃によろめくヤブクロンだが耐久力はそれなりに高い。すかさず反撃とばかりに毒ガスを噴射し、フタチマルを怯ませた。
▽ヤブクロン の どくどく 攻撃‼
▽フタチマル は猛毒を浴びた‼
「なっ、猛毒……?」
「かかったな! 猛毒状態のポケモンは毎ターンの終わりにダメージを受けるんだよ!」
ほくそ笑みながら説明する下っ端。その言葉通りにフタチマルの足がよろめいた。猛毒によるスリップ・ダメージだ。
▽フタチマル は毒のダメージを受けた‼
「猛毒のダメージはターンを重ねるごとに増すのさ、じわじわとな‼」
「チッ、初っ端からセコい手使ってきやがる……だがよ‼」
舌打ちするヒュウは負けじと声を張り上げてみせる。
「そんな小細工は通用しねぇぜッ! フタチマル、もう一回『シェルブレード』だ‼」
戦意を漲らせ指示を出す。主人の熱意に応えるように、猛毒の痛みをものともせずフタチマルは駆けた。
▽フタチマル の シェルブレード‼
「フタッ!!」
自前の貝殻による渾身の一振りは今度こそヤブクロンを仰け反らせ、その体を崩させる。二度目の攻撃には耐えられまいと踏んだヒュウの予想通りだ。
例え状態異常に蝕まれようと、毒が本格的に回る前に倒せばいい。そう結論付けるには相応しい理想的な瞬殺である。
▽ヤブクロン は 倒れた‼
「どうよこの自慢のワザ! オレのフタチマルをなめんじゃねぇぜ‼」
「ふん、それなりにできるらしいな。あーあ、負けちまった負けちまった……」
快哉を叫ぶヒュウ。しかし下っ端は敗北してなお下卑た笑いを浮かべながら、余裕たっぷりに言い放つ。
「だがよぉ、俺の仲間はまだまだたくさんいるんだよな。猛毒くらったそのフタチマルで、果たして何ターン耐えられるかな?」
下っ端がパチンと指を鳴らせば、付近のプラズマ団員たちが逃げ道を塞ぐようにヒュウの周りを囲み出した。片手に余るほどの数で、皆モンスターボールを構えている。確かに、このまま連戦ともなればフタチマルの体力は持たない。それどころか多勢に無勢で一気に押し切られる危険性すらある。
「……最初からそれが狙いかよ。つくづく卑怯な連中だぜ」
「何とでも言いな! こっちは仕事で来てんだよ‼」
「ま、負ける気はねぇけどなッ‼」
口元を獰猛に歪めるヒュウは一旦フタチマルを戻し、新たなボールへ手をかけた。
「頼むぜ新戦力――ヒヒダルマ‼」
「ヒヒィィィィィィ!!!!」
▽ヒュウ は ヒヒダルマ を繰り出した‼
飛び出しざまに野太い咆哮を轟かせる様子は、まるで試合開始を宣言するゴングのごとし。剥き出しの闘志をこれでもかとばかりに見せつけ周囲の敵を威圧する。
「おお、ヒヒダルマか……!」
「こりゃすげぇ。ただのガキと思ったら、なかなか使えそうなポケモン持ってやがる……!」
ヒヒダルマの気迫に一瞬たじろぎながらも、下っ端たちは薄気味悪く目を光らせていた。とてもポケモンを前にした表情ではない、まるで道具を値踏みするかのように冷徹な眼差しである。
その歪な視線を目の当たりにしたヒュウは改めて悟った。
(こいつら、ポケモンを何だと思ってやがる……‼)
怒りが沸々と湧き上がり、握りしめたボールに力がこもる。ポケモンを道具扱いするプラズマ団など断じて許せるわけがない。
ヒュウはヒヒダルマに目配せすると、大きく息を吸い込んで叫んだ。
「やるぞヒヒダルマ‼ こいつら全員、オレたちがぶっ飛ばしてやるッ!!」
「ヒィィィィィダァァァァァッ!!!!」
「ハッ、やれるもんならやってみな!」
宣戦布告を一蹴し下っ端たちが一斉にモンスターボールを投げ放つ。
同時にヒヒダルマもまた拳を唸らせ、血気盛んに敵陣へと飛び込んだ。
〇●〇●〇
「ヒュウ、どこ行っちゃったのよ……‼」
遊園地のゲート手前に群がる野次馬の隙間から頭を覗かせ、必死にヒュウの姿を捜しながら、メイは焦燥に身を焦がしていた。
プラズマ団が占拠した遊園地付近の道路は、避難して来た人々と対応に追われる警察でごった返している。一刻も早く探しに行きたいのだが、入り口は既にバリケードで封鎖されており、とても乗り込める雰囲気ではない。
(あの時、すぐに追いつけていたら……‼)
唇を噛むメイの脳裏に蘇るのは先刻の光景。一人で駆け出したヒュウを止めようとしたものの、傾れるように逃げ惑っていた人々の波に阻まれ、結局見失ってしまったのだ。
ヒュウがプラズマ団を憎む理由をメイはよく知っている。だからこそ心配でならないのだ。ざっと確認しただけでも十数人余りがいたのに、単身突っ込むなんてあまりにも無謀すぎる。
遊園地内の様子を覗くことは出来ないが、既に遠くの方では爆音に煙が上がっていた。きっと激しい戦いが繰り広げられているに違いない。
加勢も叶わず、遠くから無事を祈ることしかできない現状に、メイは歯痒さを感じずにいられなかった。
「このままじゃ……でも、どうしよう……」
「おや、メイ君じゃないか!」
途方に暮れていたその時、聞きなれた声が耳に入った。振り返ると、そこには人混みをかき分けながらやってくるハンサムと海馬の姿が見えた。
「ハンサムさん、それに海馬くん!」
「何をしているんだい? ここは封鎖されているから危険だ、早く離れた方がいい」
「それが、ヒュウが中でプラズマ団と戦っていて……!」
「なんだって……?」
メイの言葉にハンサムの眉根が寄り、海馬は「ふん」と感心したように腕を組む。
「大した度胸だ。囮程度の役はできたか」
「今はよせ、海馬君。由々しき事態だよこれは」
口の減らない海馬を諫めつつ、ハンサムは険しい表情でメイを見返した。
「ヒュウ君が中にいるのか……参ったな。どうしてこう君たちは、プラズマ団と縁があるんだ」
「とにかく、早く助けに行かないと!」
「わかっているよ。だが我々には遊園地に入る手段がない。封鎖された入り口は見張りが立っているし、強引に押し通れば混乱を助長するだけだ」
「うぅ……」
慎重派のハンサムはメイの言葉に頷きながらも、行動には移れないでいる。
しかし呻くメイも、事の深刻さは重々承知の上だが、それでも焦りを抑えられない。今すぐにでもプラズマ団員たちを倒してヒュウを助け出しに行きたいのだ。
そんな彼女に思いもかけない助け舟を出したのは、意外にも海馬であった。
「何をくだらんことで嘆いている、ハンサム。さっさと殲滅すれば事は収まるだろうが」
「いや、しかし無理やり突入するのは……」
「貴様は国際警察、頼めば無理が通る身ではないか」
「それでも、中にはプラズマ団がいるんだぞ? 真っ向から戦いを挑むのは危険すぎる……!」
「フ……この期に及んで面白い事を言う。今行かねば、間違いなくあの馬鹿は死ぬぞ」
「ハンサムさん、私からもお願いします!」
意地悪く笑う海馬の横で、メイも深々と頭を下げる。
「ヒュウは大切な友達なんです! もしものことがあったら……‼」
「うっ……」
流石のハンサムも、メイに懇願されては無碍にできず。苦い顔で唸った末、ようやく観念したように重いため息を吐いた。
「……わかった、私が責任を持とう。少し待っていなさい」
〇●〇●〇
「これでトドメだ! ハトーボーとヒヒダルマで同時攻撃ッ‼」
ヒュウの号令と同時に、二体のポケモンが自慢のワザを打ち放った。『つばめがえし』と『フレアドライブ』の連撃が猛然とプラズマ団員のポケモンを薙ぎ払う。
「ぐっ……ゴルバット‼」
団員の誰かが悲鳴にも似た声で叫ぶがもう遅い。こうもりポケモンのゴルバットはあえなく地に沈み、戦闘不能に陥った。
「こいつまだやれるのか!」
「道具の体力はもう少ねぇはずだってのに……!」
「おい、誰かさっさと押し切れよ!」
「ケッ、どうしたプラズマ団! また一勝取らせてもらったぜッ‼」
予想以上の奮闘ぶりに動揺するプラズマ団を煽るため、威勢よく吼えるヒュウ。しかしその口とは裏腹に、彼の顔色はそこまで良いものではない。
隙を見計らってボール越しにフタチマルの様子を伺う。長引く戦闘によって猛毒に蝕まれ、もう戦線には出られそうになかった。まだまだやる気のヒヒダルマにしても、大ワザの反動ダメージが重なり、少々息を荒げつつある。
持ち前の度胸と根性で連勝できているが、やはり多勢に無勢。まだ下っ端たちは控えており、このままでは体力の限界が近づいてくるばかりだ。
それでもヒュウは、不安を表情に出すまいと懸命に声を張り上げる。
「さぁ、次の相手は誰だ! 速攻でぶっ倒す‼」
プラズマ団は全員倒す。固く誓った決意を胸に、この身朽ち果てるまで戦ってやろうと、ボールを持ち直した。その時だった。
「……ならば私と戦え」
背後から聞こえたのは、低く唸るような男の声。
「ッ……‼」
弾かれるように振り返るヒュウ。その視線の先には、他の下っ端とは明らかに異なる出で立ちの男が悠然と佇んでいた。
痩せ細ったしなやかな体躯に虚ろな瞳、無表情極まりない顔。黒い装束は忍者のようで、足音も立てずゆるりとこちらへにじり寄って来る。
「なんだ、お前……ただの下っ端じゃないな……⁉」
ヒュウは咄嗟に身構えるが、猫背の男はそれを意に介さず。淡々と言葉を発した。
「私はダーク。ダークトリニティの、ダーク」
「ダーク……トリニティ……?」
聞き慣れない単語に首を傾げる。がしかし、周囲の下っ端たちはその男を見るなり、慌てて背筋を正すと口々に、
「ダークトリニティ様、何故ここまで⁉」
「我々の援軍に来てくださったのか……?」
などと驚愕の声を上げていた。彼らにとっても予想外の参戦であったらしい。
その反応を耳に入れながら、ヒュウはまじまじと目の前の男――ダークを凝視する。
「お前が下っ端どもをけしかけたのか……!」
「……いかにも」
ダークは小さく頷いた。他の団員たちとは比べ物にならない威圧感。ごくりと唾を飲むヒュウだが、ここで押し負けるわけにはいかない。
「なら、話は早いぜ! お前を倒して、そのダークなんちゃらってのもぶっ潰す!!」
「威勢がいいな。……蛮勇と呼ぶべきか」
言うや否や、ダークは腰のモンスターボールを手に取った。そして、
「ゆけ、レパルダス」
ボールを放り投げポケモンを呼び出す。現れたのはしなやかな体躯と鋭い爪牙を持つ猫のようなポケモンだ。
▽ダーク は レパルダス を繰り出した‼
「ニャーオ!」
「……レパルダスか」
ゴロゴロと喉を鳴らすレパルダスを見て、ヒュウは苦々しく顔を背ける。
「そいつのツラ見てるとつまんねぇ記憶を思い出すぜ」
「……興味深いな」
「まぁいい、早いとこ終わらせてやる! ハトーボー‼」
「クルッポー‼」
▽ハトーボー の つばめがえし‼
まずは様子見にと体力が多めに残るハトーボーを繰り出し、そのまま攻撃を宣言した。
指示を受けたハトーボーは鳴き声もそこそこに翼を大きく羽ばたかせ、上空からレパルダスへ狙いを定める。
素早い身のこなしで旋回しつつ隙を突く形で急降下し、その翼で敵を打たんと突撃する。
だが、その翼がレパルダスに届く寸前。
「甘い」
ダークがそう呟くと、レパルダスは目にも止まらぬ速さで飛び上がり、ハトーボーの突撃をひらりと躱した。
「なにっ!?」
「ニャッ!」
あまりの反射神経に驚くヒュウだが、それだけではない。レパルダスはその俊敏さを以て瞬く間に空中のハトーボーへ肉薄し、鋭い爪を振りかざしたのだ。
▽レパルダス の ふいうち‼
相手が攻撃ワザを出した場合のみ発動する先制ワザ、『ふいうち』。並みの威力でも、既に激戦で体力を削られていたハトーボーからすればひとたまりもなく、その一撃で地面に墜落。あえなく戦闘不能に追い込まれてしまう。
「くっ……戻れハトーボー!」
ヒュウが冷や汗を流す中、ダークは無機質な口調で言う。
「この程度か」
「……まだだ! いってくれヒヒダルマ‼」
「ヒィィィッ!!」
まだまだ闘志は衰えず、ヒュウの勇ましい号令と共にヒヒダルマが躍り出た。蓄積ダメージもなんのその。巨体から漲るオーラを身にまといレパルダスを睨み付ける。
「その意気や良し。……が、無駄だな」
彼の闘志を嘲笑うかのように、ダークは高く手を上げた。
それを合図にレパルダスは跳躍し、ヒヒダルマの頭上へ飛び上がると、そのまま身体を回転させながら、再び鉤爪で斬りつける。
▽レパルダス の つじぎり‼
「ルニャアアア‼」
「ヒィッ⁉」
咄嗟に腕で防御するヒヒダルマだが、その程度では勢いを殺しきれず。そのまま地面に叩きつけられてしまう。
「ガハッ……!!!」
▽急所に当たった‼
『つじぎり』は急所に当たりやすい特殊なワザだ。ウィークポイントを突いた際の破壊力は絶大で、ヒヒダルマをあっという間に瀕死へ追いやった。
「ヒヒダルマッ……‼」
「まだやるか?」
虫の息のヒヒダルマを一瞥して、ダークは淡々と問いかける。
「くっ……‼」
ヒュウは悔しさを堪えつつ最後のボールに手を伸ばす。しかし、残る手持ちは猛毒に冒されたフタチマルのみだ。
繰り出したところで勝ち目はない。素早さもワザの威力も、レパルダスの方が洗練されている。どんなワザを繰り出しても、おそらくは――
(……ダメだ! オレは勝たなくちゃならねぇんだッ‼)
それでも諦めきれず、震える手でボールを構えようとした、正にその時であった。
「ゲノセクト! 『テクノバスター』‼」
突如として響いた攻撃宣言。たちまち発射された眩いレーザーの光が周囲の視線を釘付けにした。
地面に炸裂した『テクノバスター』はけたたましい轟音を上げて爆発し、衝撃波が近くで観戦していた下っ端数人を吹っ飛ばす。
「なっ、なんだぁ⁉」
「新手かっ⁉」
突然の出来事に狼狽するプラズマ団たち。ヒュウは立ち昇る白煙の奥に立つ人影を見て目を剥いた。
「……海馬!」
「ふん、まだ息があったか。つくづく悪運が強いヤツだ」
「くっ……!」
いの一番に乱入した海馬はヒュウには目もくれず鼻を鳴らした。そして、彼の向かい側に見覚えのない猫背の男が立っていると知ると、すぐさま興味の対象を移す。
「ところで、見ない顔だな。貴様が首謀者か?」
「…………」
ダークは押し黙り、ずいと海馬を見つめている。その不気味さに海馬は眉を潜めるも、思い当たる節があるのか「フッ」と笑みをこぼした。
「なるほど。あからさまな恰好で想像はできる。おおかた諜報員とかで、オレの行動を探っていたのではないか?」
海馬の推測にダークは僅かに目を開きつつも、抑揚のない声で答える。
「……よくわかったな」
「オレの勘は鋭いのでね。この程度ならお見通しというわけだ。……まぁ、尻尾を掴むまでに少々時間はかかったがな」
「そうか」
ダークは短く答えると、レパルダスをボールに戻し、近くであたふたする下っ端たちへ告げた。
「お前たち。役目は終わりだ」
「……え?」
「もう逃げられない」
言い終えた時、遠くからサイレンの音が鳴り響いた。ようやくバリケードを越えて、警察隊が追い付いてきたようだ。
「なっ……! サツ……⁉」
「他の者は逃げている。小童一人に構っていたのが運の尽きだ」
あっさり見放された下っ端たちはその場にへたり込み、がっくり項垂れてしまう。どうやら戦意喪失したらしい。
そんな彼らを尻目に、ダークは海馬とヒュウへ向き直ると、至って冷静に言う。
「こいつらは用済みだ。好きに逮捕しろ」
「随分な言い草だが、貴様はどうする。まさか逃げられるとでも?」
「……その通り」
海馬の問に返すが早いか、ダークの姿が瞬時に消えた。
誇張ではない。その黒い影は残像のように、二人の視界から跡形もなく消え去ってしまったのだ。
「……なッ⁉」
「消えただと……?」
超人的な秘術に唖然とする二人。だが、どこを見渡してもダークの姿は見当たらない。
現場に残されたのは、捨てられたプラズマ団の他には二人だけ。
「こいつは、世にも面倒な相手がいたものだ。オレの監視もできるわけだな」
新たな刺客を目の当たりにして、妙に納得したように頷く海馬と、そして――
「逃げられたか……クソッ……‼」
怒りと悔しさにこぶしを握り締め、一人俯くヒュウであった。
ダークトリニティ。これと言った個性のなさが魅力の彼らですが、三人とも全く同じだと流石に描写がしづらいので、少しだけ喋り方に変化を付けるつもりです。悪しからず。