遊☆戯☆王 ポケットモンスターズ   作:木之下ジャンクション

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18.誓い

 

「戻れ、リザード‼」

「くっ……オレの負けか……‼」

 

 バトルの終了と共にリザードをボールへ戻す海馬を前に、ヒュウは悔しさを滲ませる。

 深まる紫苑の夕闇に合わせ街灯の灯りがぽつりぽつりと点き始めている。その仄かな光の影に隠れて、彼の表情を窺い知ることは出来ない。

 

「ヒュウ……」

 

 メイも掛ける言葉が見つからず、名前を呼ぶので精一杯。

 たった数ターンのバトルではあったけれど、ヒュウにとっては全力を尽くして挑んだ戦いだったはず。それだけに、一から十まで食らい付いてもなお敵わなかったという結果は耐え難いものに違いない。

 その心情を慮るメイだったが――

 

「ふん、意気込んでいたくせにその程度か」

 

 海馬はそう一蹴し、つまらなそうにコートの裾を靡かせた。

 

「いじらしいスポ根精神でゲノセクトを仕留めたまでは褒めてやる。だが、やはり貴様は度し難いポンコツ決闘者よ。戦術も持たず、ただがむしゃらに攻撃を仕掛けるばかりのお粗末な決闘で、よくプラズマ団を相手取る気でいれたものだ」

「く……‼」

 

 辛辣な物言いに、キッと海馬を睨み返すヒュウ。だが、彼が反論を飛ばすよりも早く、我慢できなくなったメイが割り込むようにして躍り出た。

 

「待ってよ‼ そんな言い方しなくたって……」

「いや、いいんだ、メイ」

 

 頬を膨らませるメイを、ヒュウは首を横に振って押し止める。そして再度海馬を睨むと、落ち着き払った声で言った。

 

「確かにお前の言う通りだ。今のままじゃ、オレは奴らに勝てない」

「ほう」

 

 否定もせず受け入れたことを意外に思い、海馬は肩眉を上げてヒュウを見返した。キレのある彼の三白眼は依然として感情を顕わに燃えているが、しかしそこには、何かを決意したかのような色が新しく宿っている。

 

「ならばどうする。尻尾を撒いてとっとと消えるか?」

「まさか! オレはもっと強くなってやる‼ そして、必ずプラズマ団を倒す‼ この自慢のポケモンたちでなッ‼」

 

 度重なる挑発も跳ねのけ、拳を固めてガッツポーズで叫ぶヒュウ。その声音は魂の奥底から絞り出された彼の並々ならぬ覚悟そのものだ。

 遠巻きに心配するメイも一瞬放心してしまうほどの気迫であったが、それを聞いた海馬は「ふん」と鼻を鳴らし、ほとほと呆れたように笑った。

 

(どこの世界にもいるものだ、このタイプの馬鹿は……‼)

 

 二度の敗戦を味わってもなお食い下がらんともがく意地。愚直なまでのひたむきさは見ていてうんざりするほどであったが――

 

「……ふん、好きにするがいい」

 

 だからこそ、海馬はあえて突き放すように告げてやった。

 

「どの道雑魚は死ぬだけだ。盾になるならまだマシか」

「そう言ってられるのも今のうちだ‼ 海馬、お前も絶対ぶっ倒してやるからなッ‼」

「ふん、やれるものならやってみるがいい」

「ああ! 首を洗って待ってろ‼」

 

 そう啖呵を切ったヒュウはメイに向き直ると、申し訳なさそうな顔で頭を掻き、

 

「……応援してくれたのに、あんなバトルになっちまって悪かったな。けど、おかげで立ち直れたぜ」

「フフ、役に立てたならよかったよ」

「ああ。それでだな、えっと……せっかく合流出来た直後なんだけど、その……」

「もう修行したくなったんでしょ? いいよ、応援してるから」

 

 言い淀むヒュウに微笑みかけるメイ。とっくに心は読めており、彼女もその想いを咎める気はさらさらない。

 ポケモントレーナーにも譲れぬ誇りや信念があるものだ。今まで焦り続けていたヒュウが自ら修行を積みたいと頼んだなら、快く送り出すに決まっている。それが最大の応援だと知っているから。

 

「……ありがとよ」

 

 笑顔で鼓舞されたヒュウは、少し照れ臭そうに顔を背けながら、しかし自信に満ちた表情で走り出す。

 

「次会う時は今の倍以上の力で挑んでやるぜ! じゃあなッ‼」

 

 元気に言い残して去って行く、その逞しい背中が遠ざかり完全に見えなくなってから、海馬はぽつりと呟いた。

 

「騒がしいやつめ」

「そうだね。でも、ヒュウらしいでしょ?」

「ふん、早死にするのも時間の問題だろうよ」

 

 腕を組み苦言を呈す海馬だが、彼の眼にはどこか愉快気な色が滲んでいた。

 

 

 ――と、一段落が付いたその時。

 

 

「おーい海馬君、メイ君‼」

 

 

 静まり返ったこの場には合わない、そそっかしい声が響く。二人が同時に振り向けば、入れ替わるようにして走って来たのはハンサムであった。事件の後処理が終わったばかりなのか、大量の付箋やらメモ書きがはみ出た手帳を脇に挟み込んでいる。

 

「あら、ハンサムさん!」

「随分と遅かったな」

「いやはや、思ったよりも仕事が多くてね。それより、さっきゲートの方へ走っていくヒュウ君の姿が見えたんだが……何かあったのかい?」

「えっと、ヒュウは修行に行ったんですよ」

 

 メイはかいつまんで事情を説明した。ダークなるプラズマ団の上級戦闘員とのバトル、立て続けに勃発した海馬との決闘。そして、覚悟を胸に一人先立ちしていったことを。

 その話を神妙な面持ちで聞き終えたハンサムは、何か言いたげに口を開きかけては閉じていたが、悩んだ末に「ふぅ」と一呼吸置いてから言った。

 

「やはりか。今日こそは止めようとしていたんだが、うむ……! 彼はプラズマ団に余程の執念があるのかな」

「……ええ、まぁ」

 

 曖昧な相づちを打つメイの表情にふと影が差した。その変化にハンサムは首を傾げ、何か勘付いたように尋ねる。

 

「もしかして、メイ君。何か知っていたりするのかい?」

「あ……。ええと、まぁその……」

 

 ここで話しても良いかと迷っているのだろう。メイはちらと隣の海馬を覗き見る。さほど興味も無さそうに腕を組み、観覧車を眺めていることを確認すると、やがて躊躇いがちに口を開いた。

 

「ヒュウはプラズマ団に、妹さんのポケモンを奪われたことがあるんです」

 

 

 

 それは5年前、ヒュウの妹が祖父にチョロネコをプレゼントされた時のこと。

 チョロネコは祖父が探し出した特別な個体だっただけにプラズマ団の目を引いてしまい、ある日彼らに強奪されることとなってしまう。

 幼きヒュウは必死に立ち向かおうとしたが、所詮当時は無力な子供。そのため何もできなかったことを悔い、未だに憎しみの炎を宿しているのだ。

 

 

 

「――だから、ヒュウはずっと妹さんのチョロネコを取り戻そうと、旅を続けているんです」

「……なるほど」

 

 話を振ったハンサムも迂闊だったと思うほど。ヒュウの背負う過去の重さに戸惑い、それきり言葉が継げなくなってしまう。

 だが、少しの沈黙を経て顔を上げたメイは「でもね」と続けた。

 

「きっとヒュウなら大丈夫ですよ。気合なら誰にも負けませんし。それに、私も海馬くんもいますし」

「オレが頼られる筋合いはないな」

「もう、こんな時ぐらい素直に『うん』って言ってほしいんだけど?」

「馬鹿言え、ヤツの事情など興味はない。あの身の程知らずが戯言をほざくなら、放っておけばいい話だ」

「……素直じゃないんだから」

 

 つれない海馬の発言にやれやれと手を上げつつも、メイはすぐさま微笑を浮かべ、青く澄んだ眼差しをハンサムに向けた。

 

「それでも、ヒュウならきっと大丈夫です」

 

 その言葉は、自分に言い聞かせているようにも思えたが。

 何だかんだで人情味に溢れるハンサムの首を縦に振らせるだけの力があった。

 

「……わかった。だが、くれぐれも注意を払って欲しい。君たちはとっくにプラズマ団に目を付けられているからね。特に、海馬君だが――」

「ふん、何度も同じことを繰り返すな」

 

 警告ついでに指摘された海馬は、聞き飽きたとばかりに鼻を鳴らす。

 

「ポンコツ決闘者のヒュウは知らんが、メイは少なくとも自分の身一つくらいなら守れるだろう。無論、このオレには造作もないがな」

「フフフ……!」

 

 その言い分が面白くて、思わず笑みを漏らしてしまうメイ。本当に、この海馬という男は気難しくて素直じゃない。しかし、そんなトレーナーも極限までの遠回しにではあるが、他人を評価することもあるようだ。

 

「だといいんだが……やはり心配性でね」

「アハハ、でもハンサムさんのいいところですよ」

 

 気遣うように笑うメイを見て、ハンサムは「やれやれ」と肩を竦めながらも言った。

 

「まぁ、なんだ。ともかく今日はここまでにしよう。もう遅いし、襲撃のあった日の夜だ。宿に戻ってゆっくり体を休めたまえ」

「そうですね。ヒュウも行っちゃったし、私もそろそろ戻ろうかな」

 

 すっかり夜の帳が下りた遊園地は復旧作業に追われて灯りが乏しい。オレンジ色の街灯のみが、夜風に靡く髪の毛を淡く包み込んでいる。

 

「じゃあまた会いましょ、海馬くん。今度はバトルもできたらいいね!」

 

 メイはにこやかに海馬へ笑いかけると、手を振ってその場を後にした。

 つかつかと遠ざかる足音が次第に聞こえなくなる頃合いで、ハンサムは暗闇を眺め一人感心したように独り言ちる。

 

「……まったく、大した子たちだ」

 

 初対面の時は、ごくごく普通の若者たちだと思っていたのだが。爽やかな表情の裏には信念を抱えて、ポケモンと共に旅を続けているのだろう。

 

「立派だよ、本当に」

 

そう呟いてから、ハンサムは海馬に向き直る。

 

「……で、君はどこに行くんだ?」

「連中と同じく宿に落ち着く事にしよう。貴様はどうせ残業だろうからな」

「おっと、その前にひとつだけ」

 

 ぶっきらぼうに答えて立ち去ろうとする海馬の背中をハンサムが呼び止めた。

 

「海馬くん。別れる前に、君に言いたいことがあるんだが」

「……やめろ、貴様の忠告なら聞き飽きたわ」

「いや、違う。あの子たちのことさ」

 

 真剣味を帯びた声色に、海馬が呆れたように振り向く。

 

「君の実力自体は私も高く買っている。もし今後何かあったら……その時はあの二人をよろしく頼むよ」

「ふん、何を言い出すかと思えば……」

 

 深いため息をついた海馬は眉をひそめてハンサムを一瞥すると、

 

「余計な心配をするくらいなら、本部とやらから増援でも呼んで来い」

 

 そう吐き捨て、今度こそ夜闇へ消えていった。

 

 

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