「……お見事!」
バトル終了後。ドリュウズを戻したヤーコンは、満足そうにも、悔しそうにも見える表情を浮かべていた。
「あの状況から、よく勝ち筋を見つけたものだ。してやられた気分だな」
「つまらん世辞はいい」
「リザ‼」
素直に賛辞を受けない海馬だが、傍らのリザードはお堅い主人とは違い、目を輝かせてとても誇らしげだ。
そんなリザードの、主人とは対照的だが見所のある反応に、ヤーコンの口角も自然と持ち上がる。
「フン! いい顔をするポケモンだ。ワシとのバトルはさぞ経験になったらしいな」
「経験だと?」
海馬が訊き返すと、ヤーコンは「うむ」と微笑み頷いた。
「喜ぶがいい。お前さんのそいつは確実に強くなっている。大会前に一戦できてよかったな」
「どういう意味だ」
「なんだ、トレーナーのくせにわからんのか? 実力のわりに疎い男だ……」
ヤーコンは一度言葉を区切り、それからリザードを指してこう告げる。
「見てみろ、そいつの様子を」
「なに……?」
訝しむ海馬は足元を見下ろすと、仁王立ちするリザードの様子をつぶさに観察する
闘志を剝き出しにした強気な姿勢や、勝利の余韻で燃え盛る尻尾の炎は、一見しただけではなんの変哲もない。
しかし、彼はそこでふと、リザードの様相に普段との差異を感じて瞬きした。
▽……おや⁉ リザードの様子が……‼
赤い体表が仄かに発光し始めている。その輝きは間違いない、以前も目にした成長の兆しだ。
そう理解した瞬間、リザードは高らかに咆哮すると眩い光に包まれ、みるみるうちに姿形を変えていく――
▽リザード は リザードン に進化した‼
やがて光が収まった時。そこに立っていたのは、もはや二足歩行のトカゲポケモンではなく、堂々たる体躯を持つドラゴンの姿であった。
より力強さを増した顔つきと、派手に燃え盛る尻尾の業火。新たに得た雄大な翼を広げ、王者の如き貫禄をこれでもかと見せつける。
「進化だと……! ヒトカゲの最終進化形態か‼」
それは、かつてテレビで目にした時とは違う、間近で見るがゆえに感じる大迫力の光景。
海馬はリザードの変化に思わず心を震わせると、その熱を冷ますように大きく息を吐いた。
「……ふん、まぁいいだろう。ようやくオレの
「リザァァァ‼」
そんな主人を振り返ってリザードンは、より一層喜ばしそうに咆哮で応える。まるで海馬のポケモンであることを誇りに思うかのように。
「フン! リザードンにもなれば、ワシのステージで見劣りすることもないだろうよ」
同じく進化を見届けたヤーコンも、大口を開けてご満悦の表情だ。
大会の運営として、参加者のポケモンが強くなるに越したことはない。観客たちが求めているのは腕自慢のトレーナーたちが織りなす熱戦なのだから。リザードンともなればインパクトは折り紙付き、大会を盛り上げるには格好のカードだ。
「気に入ったぞ海馬。お前さんのポケモンには期待が出来そうだ!」
「言われるまでもない。このまま貴様の大会とやらにも出場させてもらうぞ」
「無論だ、存分に暴れてくれ。早速会場まで案内するが……その前に、少し待ってくれ」
ヤーコンはそう口にすると、懐から何かを取り出し海馬へ差し出す。艶やかな光沢を纏う細長いバッジであった。
「何だこれは」
「ホドモエジムから勝者に与えられるクエイクバッジだ。せっかくだから受け取っておけ」
「……オレの旅には必要ない。遠慮しておこう。何せ――」
「リザァ‼」
――ジムバッジなど渡されても、リーグに挑戦する気など微塵も無いので意味がない。
そう言いかけた海馬だが、背後のリザードンが黒煙を巻き上げながら吠えた。
「一体どうした」と視線を送れば、鋭い爪でバッジを指して不満げな表情だ。あれが相当お気に召したらしい。
「ほら、いいから貰っときな!」
「くっ……仕方あるまい」
バトルで活躍した忠実な
ずれた断層を象るバッジを掲げてやれば、リザードンはそれを矯めつ眇めつ眺め、喜ばし気に炎を一吹きしてみせる。
と、まさにそのタイミングで。
祝福を上げるリザードンに便乗して、海馬の腰元から、まだ体力を残したポケモンが勝手に飛び出してきたのだが――
「「ドガ~ス‼」」
「……なに⁉」
そのポケモンを見た海馬が驚いたのも無理はない。
いきなり再登場したドガース――だったはずのそいつは図体をでかくし、ふざけた表情のまま頭数だけ増やして、盛んに煙を上げているではないか。
ー ー ー ー ー
マタドガス
どくガスポケモン
ドガースの進化形。
ゴミの中に含まれている毒ガス、バイ菌、ほこりを吸収して生きている。
ー ー ー ー ー
「……リザァ⁉」
「まさか貴様まで……進化したのか……?」
「「マタドガ~ス」」
デュエルディスクが映す図鑑データを横目に問いかけると、マタドガスは肯定するように二つの頭で一鳴き。進化しても気だるげな声だ。
確かに、敵を倒さずとも戦場に出て生き残っている時点で経験値は入るのだが――まさか同時に進化するとは誰が予想しただろう。呆気にとられる海馬はもちろん、傍らのリザードンすら炎を吐き止め素っ頓狂な声を上げている。
ジムバッジ獲得の余韻が台無しになった珍妙な場で、愉快気なのはヤーコンだけだ。腰を仰け反らせ、聞いたこともない豪快な笑い声を響かせる。
「ハハハハハ‼ 実に面白いやつらだ‼ 進化のタイミングが揃うとはな‼」
一人と一匹の困惑をよそに、ひとしきり笑い終えたヤーコンは、なおも「ククク……」と声を零して、
「いや、すまん。……だが、これはいい。大会がますます楽しみになってきたぞ!」
「……ならばさっさと案内しろ」
「うむ、そうしよう! お前たち、ワシに付いて来い……ククク……‼」
「…………」
冷静に考えて喜ばしいはずなのだが、何とも締まらないこの空気には閉口せざるを得まい。
海馬は無言で唇を引き結ぶと、進化したての二体をモンスターボールに戻し、ヤーコンの後を追って地下のフィールドを後にした。
〇●〇●〇
ホドモエの南に建設された新世代のバトル施設――『
そこはかつて、冷凍コンテナの資材置き場として利用されていた殺風景な埠頭であった。だが再開発された現在となっては、その機能はとうに失われているらしい。
ゲートを潜った先にある、艶やかなタイルと錆び一つない電灯が彩る近未来的なデザインの道路を進めば、やがて見えてくるのは数々の光にライトアップされた豪華なドーム。この巨大な建物こそがPWTの目玉らしい。「集え! 腕自慢たちよ‼」という雄弁な宣伝文句が、電光掲示板にもでかでかと映し出されている。
「どうだ! 立派な建物だろ! PWTの会場だぞ! ホレボレするだろ」
ヤーコンが自慢げに紹介する通り、その規模は圧巻の一言に尽きる。さしもの海馬も感嘆の息を漏らすほどだ。
「……悪くはない。しかし貴様も派手好きだな」
「フン! ゆくゆくは世界中からトレーナーやらジムリーダーやらを集める予定なのだ。このくらいが丁度いいさ」
ヤーコンは鼻を鳴らしてドームを仰ぎ見る。その双眸には大会への野心が渦巻いており、彼がこの大会にかける意気込みの強さを窺わせた。
「もっともワシとしては、もう少し装飾を凝りたかったがね……!」
「不要だろう。度が過ぎれば人足も離れかねん」
「……それもそうだな。今の外装で客が来るなら十分だ」
会場周辺には既に大勢の観客が詰め掛け、特にドームの眼下では黒山の人だかりが形成されている。チケット片手に目を光らせる人々の期待も相当高まっていると見えて、ヤーコンは満足そうに頷いた。
「さて、長話が過ぎたな。ぼちぼち受付を済ませたいところだが、遅いな……」
「どうした?」
海馬が尋ねると、ヤーコンは金色の腕時計をちらりと覗き、
「いや、お前さんと同じく大会に出るやつらがいてな。合流しようと思って予め連絡を付けていたんだが――」
そう呟いて頭をかいた時である。
ひしめく雑踏の中から、聞き覚えのある声が二人の耳に飛び込んで来た。
「……あ、いたぜ!ヤーコンさん‼」
「む、うわさをすればやっと来たか」
「すみません、お待たせしました!」
人混みを割いて現れたのは、これまた名に見覚えのある男女が二人。
今更説明も不要だろう。ヒオウギコンビのメイとヒュウだ。
「……やはりか」
彼らの顔を認めるなり、海馬は溜め息を吐いて眉間を指で摘まんだ。
ヤーコンに自分の情報を流されている時点で、この邂逅は予想できたこと。特別驚くようなことではないし、それは対するメイも同じようだ。
彼女は、海馬の反応を大して気に留めるでもなく、にこやかに手を振ってみせる。
「あら海馬くん、久しぶりだね! あなたもPWTに出るの?」
「ふん、どこかのお喋りにつまらぬことを吹き込まれたのでな」
「へぇ~……それは災難だったね。まぁでも、再会できたならラッキーじゃない!」
「ぬけぬけと……」
嫌味をものともせず、笑みさえ浮かべて受け流せる、持ち前の腕白加減が腹立たしいことこの上ない。
舌打ちした海馬はヤーコンに訊いた。
「こいつらか? その、PWTに出場するという連中は」
「そうとも。二人とも実力の高いトレーナーだったからな。出場者の枠に入れさせてもらったのだ」
「フフ、こんな素敵な場所でバトルできるなんてね! ありがとうございます!」
「いやぁ、ジムリーダーから直々に誘われて、鼻が高いぜ!」
ヤーコンから太鼓判を押されて和気あいあいと盛り上がる二人。それを前にした海馬は「ふん」と鼻を鳴らして、煽るような視線をヒュウへ向けた。
「メイはともかく、貴様まで呼ばれているとはな。この大会の基準がわからん」
「お前はやっぱり嫌なヤツだな。開口一番言ってくれるぜ……!」
ヒュウは海馬の態度に面喰らうも、負けじと胸をたたいて応戦する。
「ま、いいさ! オレだって前戦った時より強くなってるんだ‼ おい海馬、あんまり舐めてると、いざ当たった時に足元すくわれるぜッ‼」
「……ほう、口先だけは達者になったものだ。オレに負けてベソをかいていたくせにな」
「今のうちに言ってろ! 覚悟しとけよ、ぜってーぶっ倒してやるからなッ!」
もはやお決まりの光景。ゴングも鳴らぬうちから売り言葉に買い言葉なやり取りを繰り広げる二人だったが、当然の如くメイが黙ってはいない。すかさず間に割り込むと、呆れつつも慣れた手つきで言い争いに歯止めをかけた。
「もう、決着ならバトルでつけなよ二人とも! それよりも受付! もうすぐトーナメント始まっちゃう‼ ……ですよね、ヤーコンさん?」
「フン! 元気のいいやつらだが、そうさな。メイの言う通りだ。パパッと受付を済ませてこい!」
ヤーコンは快活に笑い、拳で二人の背中をたたいて急がせる。ずっと不機嫌な海馬はともかくとして、ヒュウの方は痛そうに顔をしかめていた。
「いてて……! わかったよ、エントリーだろ!」
「そうだ、早いとこカウンターまで行ってくれ。ワシだって仕事があるからな」
「ああ、この続きは持ち越しだ! 海馬も、メイも、当たったら純粋に勝負しようぜ‼」
促されたヒュウは言い残して、一足先に駆け出して行った。このせっかちさも相変わらずだ。
「あっ! 待ってよ、私も行く‼」
残されたメイも慌てて後を追おうとするが、その直前に踏みとどまり、くるりと海馬の方へ向き直った。
「……あ、そうだ海馬くん」
「なんだ?」
「参加するからには優勝を狙うからね。もし当たったら、その時はよろしく!」
「ふん、強がれるのも今のうちだ。せいぜい覚悟を決めておくことだな……!」
「フフ……言うと思った‼」
あくまで高慢な海馬の挑発を、むしろ嬉しそうに受け止めるメイ。
「それじゃ!」と短くピースして、今度こそドームへ走り去っていく。
そんな二人の会話を聞いていたヤーコンは、一人楽しそうに喉を鳴らしていた。
「フン! お前さんも、気の合う友人がいるもんだな?」
「……どこがだ、くだらん」
海馬はそんな彼の軽口を一刀に伏すと、ブーツの踵を鳴らして歩き始める。
自分の前でメイが口にした、優勝宣言を脳裏に思い浮かべながら、観客の群れを縫って、受付のカウンターへと歩を進めていく。
(ふん、メイよ。オレは初戦で突き付けられた敗北を決して忘れはしない。このPWTの舞台において、貴様に味わわされた屈辱は三乗にして返してくれる……‼)
最初はいやいや参加するはずの大会だったのだが。
メイと再会した海馬の瞳にはいつしか、この上なく好戦的な闘気がギラギラと宿り始めていた。
〇●〇●〇
ドームの観客席は、最前列から最後列まで余すことなく埋め尽くされた観客が、試合開始を今か今かと待ちわびている。
手に汗握る戦いへの憧憬、そして大会という非日常感は熱狂するギャラリーを殊更強く煽り立て、会場のボルテージは開始前から最高潮だ。
そんな熱気に満たされた特設ステージの上で、いよいよ大会が幕を開ける――
『ご来場の皆様、長らくお待たせしました! これよりPWT初となる大型大会――ホドモエトーナメントが開催されます!!』
フツン照明が落とされた広大なドームを揺するアナウンスに、観客席がドッと沸き立つ。
『早くもドームの熱気はダイマックス! すぐさま試合へと移りたいところですが、まずは簡単に、本大会のルール説明をさせて頂きましょう!! 解説席のヤーコンさん、どうぞお願いいたします!!』
『フン! オレさまの出番か、よかろう‼』
実況の声に当てられたヤーコンはいつもの調子で鼻を鳴らすが、半ばノリノリな声色でマイクを握って立ち上がる。
『今回のホドモエトーナメント、ルールは何でもオーケーな、手持ち三体のシングルバトルだ‼ 八人参加のトーナメントで、三回勝てば優勝だぞ‼ 以上‼』
『ヤーコンさん、ありがとうございました!! ……それではルールも解説し終えたところで、皆様お待ちかねの試合に移っていきましょうッ!!」
止まぬ期待の歓声に、ステージの上を荒れ狂う色とりどりの照明、エフェクトが光る最奥のモニター。
それらが醸し出す雰囲気を何倍にも引き立てるように、実況はひと際声を張り上げる。
『ホドモエトーナメント、今ここに開幕ッ―――!!!!』
まさにその瞬間、会場にはけたたましい歓声が響き渡った。
旅の途中で大会が開かれるのは、ポケモンでも遊戯王でも、結構定番の流れですよね。
何やかんやで海馬の手持ちも揃いまして、これからしばらくバトル回が続きます。張り切っていきましょう。