遊☆戯☆王 ポケットモンスターズ   作:木之下ジャンクション

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24.ジェノサイド・ウイルス

 

 

『歪んでいます……おかしい……!! なにかが……時空が……コロシアムの……!!!!』

 

 

 突如フィールドを包んだ謎の空間。周囲に浮かび上がる幾何学模様が、まるで時間の流れが遅くなったかのように、ゆっくりと波打ちながら動いている。

 あまりにも現実感の無い不可思議な光景に海馬は一瞬、己の正気を疑った。異常を感じるのは視界だけに留まらない。場外で叫ぶ実況の声すら滅茶苦茶な響きに聞こえてくるのだ。ただの妨害工作にしては、あまりにも規模が大きすぎる。

 

▽タブンネ は時空をゆがめた‼

 

「貴様、何が狙いだ……?」

「ふふ、すぐに分かりますよ」

 

 ステージの向こうで微笑むジョーイ。その裏に潜む真意は測りかねるが、十中八九よからぬことを企んでいるに違いない。

 そう確信した海馬は警戒しつつも、冷静に思考を巡らせる。

 

(……張り巡らされたこのフィールドを見るに、やつが何らかの布石を敷いているのは確実か。しかし――)

 

「ふん」と鼻を鳴らす彼の目には、不思議な空間に戸惑いながらも強気に敵を威嚇するリザードンがいた。

 

(速度は依然こちらのモンスターの方が上。先手さえ取れれば、やつの後続にも対応はできる。……ならば‼)

 

「モンスターへ攻撃しろ、リザードン‼」

「リザァ‼」

 

 ひとまずは様子見、と。海馬はタブンネを指差し攻撃を命じた。

 リザードンも威勢よく咆哮を上げ、必殺の『かえんほうしゃ』を放とうと口を大きく開けるが――

 

 

「む……?」

 

 

 ふとリザードンに違和感を覚えて目を細める。攻撃を宣言してからリザードンが取った動作、それが妙にぎこちない。口内で燻ったまま、一向に吐き出される気配がない火炎。ワザを使う瞬間だけ急に時の流れが緩やかになったように感じる。決して気の迷いや錯覚のせいではないはずだ。

 

(なぜ攻撃しない、リザードン……⁉)

 

「ふふ、今のうちよタブンネ‼」

「タブンネ~」

 

 海馬がリザードンの異変に戸惑っている間、ジョーイはこれまた怪しい笑みを浮かべて、パートナーに呼びかける。

 奇妙なことにタブンネは、まるで時空の歪みの影響を受けることなく、普段通りの表情で指を振り始めた。

 

▽タブンネ は ねがいごと をした‼

 

(くっ……やつの方が先に動いただと……‼)

 

 タブンネの足元がキラキラと跳ねる美しいオーラに輝く一方、遅れを取る海馬は困惑に顔をしかめてリザードンの方を見やるが、その時。

 

「――リザァ‼」

「なに……⁉」

 

▽リザードン の かえんほうしゃ‼

 

 ほとんどその場で硬直していたリザードンが急に覚醒し、溜め込んでいた『かえんほうしゃ』を放出した。スローモーションな予備動作から一転、凄まじい威力の火炎がタブンネに襲い掛かり、ピンクの体を焔色(えんしょく)に染め上げる。

 こんがり焼き焦がされたタブンネはもう耐えきれず、煤を一吐き、大の字に倒れて戦闘不能に陥った。

 

(……リザードンが強制的に後手へ回されただと。もしや、このワザの効果は……?)

 

 

『戦闘不能……タブンネ……ッ!! 続いている……しかしトリックルームは……――ッ!!!!』

 

 

▽タブンネ は倒れた‼

 

「ふふ、タブンネまで倒してしまうなんて。もう後がないですね」

「……とぼけるな」

「あら、なんのことでしょうか?」

 

 白々しくタブンネを戻すジョーイへ冷たい視線を投げかけつつ、海馬は忌々し気に舌打ちする。

 

「ふん、否定しようが無駄だぞ。『トリックルーム』にはモンスターの行動順を逆転させる効果があるようだな? 道理でリザードンが動かんわけだ……!」

「……ご名答。いい推察をするじゃない」

 

 海馬の鋭い指摘を、ジョーイは否定することなく素直に認めた。その口元の笑みも消えないままで。

 

「この『トリックルーム』はあと3ターンの間、私の重量級モンスターをサポートし続けるわ。貴方はついて来れるかしらね?

「見くびるな。貴様のモンスターは残り一体、対するオレは三体……! この差を覆すのは不可能だ」

「ふふ、その強がりがいつまで続くか見ものね。それじゃあ仕掛けさせてもらうわよ……‼」

 

 自身のほどを誇示するジョーイはボールを掴み、軽やかな投擲で最後のモンスターを呼び出す。

 

「診察も大詰め! 後は頼んだわよ、カビゴン‼」

 

▽ジョーイ は カビゴン を繰り出した‼

 

 

「――ゴォォォォォォン……‼」

 

 

 ズシン、という地鳴りがスタジアムにこだまする。海馬の前に立ち塞がったのは、奥のジョーイが見えなくなるほどの巨大な壁――ではなく、圧倒的な質量を有したジャイアント。狭いステージでだらしなく寝そべっていたそいつは、ジョーイの掛け声でのっそりと起きあがり、いかにも鈍そうなやる気のない面をこちらへ覗かせた。

 いねむりポケモン・カビゴン。食事と睡眠だけが生きがいの、心優しき森の巨漢である。

 

『カビゴン……最後のポケモンは……――ッ!! 実力はいかに……顔のポケモンのようですが……最後にしては締まらない……――ッ!!?」

 

「ふん、カビゴンだと? 何のモンスターが来るかと期待したが、そんなうすらデブに何ができる?」

「言ってくれるじゃない。じゃあご期待通り、見せてあげるわ! これがカビゴンの得意ワザ――『はらだいこ』よ‼」

「ゴォォン……」

 

▽カビゴン の はらだいこ‼

 

 挑発にも怯まず言い返し、ワザを選択するジョーイ。その指示を聞いたカビゴンは、でっぷり肥えたまん丸い腹をさらに膨らませ、鼓を打つように両手でポコポコと叩き始めた。次第に激しくなるリズム、力強さを増す手の動きに、気だるげなカビゴンのテンションがぐんぐん上がっていくのが分かる。

 そうして、みなぎる闘気をついに限界まで高めた瞬間――

 

 

「――ゴォォォォォォォォォォン!!!!」

 

 

 野太い雄叫びを轟かせたカビゴンは、腕を突き上げ一気に覚醒。相変わらず目は閉じたままだが、大きく膨れ上がった巨体が纏う覇気たるや凄まじく、対峙したリザードンも思わず息を呑むほどの緊張感がスタジアム中に広がった。

 

▽カビゴン は体力を削ってパワー全開‼

 

「リザッ……⁉」

「なに! やつの攻撃力が跳ね上がった⁉」

「『はらだいこ』はポケモンの体力を半分にすることで、攻撃を最大まで引き上げるのよ‼ ……さらに‼」

 

 ジョーイが続けて叫べば、カビゴンはどこからともなく木の実を取り出して齧り付く。芯まで余すことなく平らげると、満足そうに腹を撫でた。

 

▽カビゴン は オボンのみ で体力を回復した‼

 

「あの装備アイテムは、LP(ライフポイント)回復の木の実か……‼」

「ふふ、これでカビゴンの調子は万全よ! 疲れた体にオボンの甘みがよく効くわ‼」

「く……‼」

 

『はらだいこ』と『オボンのみ』を組み合わせたお手本のようなコンボには喉を鳴らすしかない。

 カビゴンの体力は満タンと言わずとも、その高い耐久力によって並程度の攻撃なら耐え切れる程度には余裕があるだろう。しかも攻撃力はMAX数値。この1ターンで名実ともに完全無欠の恐るべき城塞へと変貌してしまった。

 

(やつの狙いはこのモンスターを最速で強化すること! そのためにリザードンの隙を突いて『トリックルーム』を発動したワケか……! 唯一足かせとなる鈍足を補うために‼)

 

「ふふ……この最強カビゴン、貴方は突破できるかしら?」

「……だが、木の実の効果は一度きり! 体力を削ればいいだけの話よ‼」

「リザァ‼」

 

 海馬の視線を受けたリザードンは、その鋭い眼差しをさらに研ぎ澄ませて照準を定める。

 もはや堅牢な要塞を相手に反動など気にしてはいられない。繰り出すはダメージ重視の必殺ワザだ。

 

 

「ドォォォン!!!!」

 

 

▽リザードン の ブラストバーン‼

 

 

 解き放たれた二度目の灼熱弾は瞬く間にカビゴンへ迫り、即着弾。またもや大規模な爆発を轟かせ、焦げ臭い爆風がスタジアムに吹き荒れるが――

 

 

「――ゴォォォォォン……!!!!」 

「リザッ⁉」

「なんだと……‼」

 

 

 火の粉を払い眼を開いた海馬たちの前には、衝撃的な光景が広がっていた。

 炎タイプ最強の破壊力を誇る『ブラストバーン』を浴びてなお、カビゴンは微動だにしていない。まるで何事もなかったかのように腹を撫でながら、のっそりとその場に佇み続けていたのである。

 

「ケホッ、コホッ……! ふふ、そんな攻撃効かないわよ‼」

 

 ジョーイは舞い上がる黒煙に咳込みつつも得意気に笑って見せる。

 

「カビゴンの『あついしぼう』は抜群の耐熱性を持っているの! 要するに、ただのおデブじゃないってこと」

「なに! こいつは炎属性に耐性まで持っているのか……‼」

 

 持ち前のタフネスを増強する特性。これではリザードンといえど分が悪い。

 これだけでも鉄壁のカビゴンを相手に手の打ちようがない海馬だが、さらに状況は悪化の一途を辿っていく。

 

「そして、このターンでダメージを受けてもへっちゃらよ。私のタブンネは場に『ねがいごと』を残しているから……‼」

「なんだと……⁉」

 

 聞き覚えのある言葉を訝しんだ直後。カビゴンの足元が輝き始め、イルミネーションのような光が巨体を優しく包み込む。その煌びやかなオーラはカビゴンの傷をたちまち癒して、僅かに減った体力さえ元通りにしてしまった。

 

▽タブンネ のねがいごとが叶った‼

 

 

『コンボ成立……赤コーナーまたしても……!! 体力回復……”ねがいごと”で……!!』

 

 

「……時間差でLP(ライフポイント)を回復するとは。なるほど、ここまでが貴様の算段か……!」

「そうですよ。この手際の良さ、我ながら惚れ惚れするわね。……さてと」

 

 全ての準備を整えて上機嫌なジョーイは、自分が育て上げたカビゴンの後ろ姿を満足そうに眺めると、やがて対戦相手に向き直る。

 海馬とリザードンを見据える瞳は勝利を確信してか、余裕に満ちていた。

 

「カビゴンがパワーアップを成し遂げた以上、もう貴方たちに勝ち目はないわ。諦めて降参したら?」

「ふん」

 

 彼女の煽り文句に海馬は鼻を鳴らして返し、リザードンの方を見遣った。視線に気付いたリザードンは一瞬だけこちらを見て小さく頷く。戦意喪失など微塵もない様子で、猛々しい火焔の瞳を潔く輝かせながら。

 

「フ……くだらんことを言う。何を勘違いしているかは知らんが、決闘(デュエル)の結果なら既に決まっているよ」

「うふふ、そうですね。これまでの診断結果によれば、このバトルはカビゴンの圧勝で終わる‼」

「ゴォォォォン……!!!!」

 

 ジョーイが言い放てば、カビゴンは待ってましたとばかりに吠え、はち切れんばかりの巨体を戦場に躍らせる。

 重すぎる一歩が地面を踏み鳴らす度に、スタジアムは地震の如く揺れるようだ。『トリックルーム』の影響を受けて身のこなしも軽く、驚異的な速度で間合いを詰めてくる。

 

 

▽カビゴン の のしかかり‼

 

 

 刹那、山岳のような巨体が空中へ飛び上がると、勢いを付けてリザードンに覆いかぶさった。

 圧倒的な質量から繰り出されるその威力は凄まじく、リザードンの体はあっという間に潰れてしまう。衝撃でステージの床に亀裂が走り、付近の観客たちが悲鳴とも歓声ともつかぬ声を上げる。

 

「リザ……ガッ……」

 

▽リザードン は倒れた‼

 

 真上から落下された時点でリザードンは気を失っていた。そのまま踏み潰されてぺしゃんこになってしまう前に、手早くモンスターボールへ戻してやる。

 

(確かにこの馬鹿力、まともに受けては勝ち目はない)

 

 ボールを懐に仕舞い、ふとカビゴンを見やれば、両腕をブンブンと振り回して準備運動の真っ最中。リザードンを容易く吹っ飛ばした一撃を、もう一度お見舞いしてやろうと息巻いている。『はらだいこ』で己を鼓舞した影響だろうか、いやに好戦的なやつだ。

 

「ふふ、見たでしょう今の攻撃! このカビゴンに死角はないわ!」

「……それはどうかな。どんなデッキにも弱点は眠っているものだ」

 

 海馬は冷静に呟くと、残されたボールの一つに手を掛け、素早くフィールドに放り投げる。

 

▽海馬 は ゲノセクト を繰り出した‼

 

「ゲノ……ゲシャシャ……‼」

 

 ボールから飛び出したゲノセクトは、電子音が目立つ甲高い鳴き声を上げてステージに着地した。多少よろめいているのは先ほど受けた麻痺のせいだ。

 

【ゲノセクト の ダウンロード】

▽ゲノセクト の 攻撃が上がった‼

 

「またその子? 頑なに最後のモンスターを出しませんね。……もっとも、今出したところでカビゴンに倒されてしまうけれど」

「ふん、オレが適当にモンスターを召喚していると思っているなら、勘違いもいいところだな」

「ええ、わかっていますよ。貴方の作戦はね」

 

 ジョーイは機動力が落ちたゲノセクトを見て「ふふ」と笑う。

 

「麻痺状態のポケモンは素早さが半減し、まだ『トリックルーム』の効果も残っている……! 今のゲノセクトならカビゴンに対抗できるかもしれないというお考えでしょう?」

「…………」

「でも、そう上手くはいかないわ! カビゴンの素早さは、麻痺状態のゲノセクトより遅いの‼」

「ゴォォン……‼」

 

 腐ってもゲノセクトは高速アタッカー。対するカビゴンは元から鈍足な重量級。麻痺でも埋まらない差が両者の間にはあるのだ。

 ジョーイが言う通り、このターンで先制したのもやはりカビゴンの方だった。相撲の()()を踏むように地面をドゴンと踏み鳴らせば、たちまちステージの床が激しく揺らぎ、振動がエネルギーとなってゲノセクトのアーマーを穿つ。

 

▽カビゴン の じしん‼

 

 地面から突き上げるような振動に襲われ、ゲノセクトの体が宙に浮かぶ。やがて地震が収まる頃には、ゲノセクトは眼の光を失いスクラップと化していた。

 

▽ゲノセクト は倒れた‼

 

 

『二人抜き……カビゴン驚異の……――ッ!! 勢いは圧巻の一言……どうやっても止まらない……――ッ!!!!」

 

「…………」

「ふふ、これで貴方の手持ちは残り一体。次がラストターンになるわね?」

 

 観客の注目は専らカビゴンのパフォーマンスに釘付けだ。ギャラリーの熱気すら味方に付けたジョーイはもはや勝ったも同然。自負するように微笑んで海馬に語り掛ける。

 

「最後のポケモンを出すか、いっそ潔く降参するか……! 私としてはこれ以上貴方のポケモンが傷つくのは見たくないけど、どうしますか?」

 

 目の前には強化済みの最強カビゴン。手持ちは一体。傍から見れば絶望的ともいえるこの状況で。

 海馬は腕を組んで少々考え込むような素振りを見せる、が――

 

 

 

 

「フ……やはりこの決闘(デュエル)、オレの勝利に揺るぎはないな……‼」

 

 

 

 

 顔を上げてジョーイに向き直った時。不敵に笑う彼の瞳に宿っていたのは、自身の勝利を確信する一筋の光。

 その超然と澄ました態度に唖然とするジョーイを前に、海馬は淡々と告げる。

 

「今のゲノセクトはただの囮だ。貴様の張り巡らせた『トリックルーム』はこのターン、その効力を失い消滅するからな……‼」

 

 カビゴンの攻撃が終わった後。歪み切った空間は徐々にその存在が希薄になり、ステージは元の姿を取り戻しつつあった。色彩が移ろぐにつれて、落ち着いたカビゴンはどっぷり地面に座り込み、逆にぼんやりとしか聞こえなかった実況の声がクリアな響きを伴って耳に飛び込んでくる。

 いつしか視界ははっきりとし、天井からライトの照明が真っすぐに降り注ぐ本来のフィールドが、両者の周りに蘇っていた。

 

▽時空の歪みが元に戻った‼

 

 

『おおっと、ここでスタジアムの時空が戻りました!! 綺麗さっぱり消滅です!!』

 

 

「ふん、これで貴様のモンスターに先手を取られることはなくなったな」

「それはそうですが。……まさかカビゴンを倒すだなんて、本気で言っているんですか?」

「当然だ」

 

 カビゴンをエースたらしめた『トリックルーム』の効果が切れても、上がった能力値と万全の体力はそのままだ。並みの守備力では攻撃を凌げず、並みの攻撃力では一撃で倒せず。

 八方塞がりであることは海馬も重々承知しているはずだが、それでも彼は顔を歪ませ楽しそうに笑っている。

 

 

 

「フフ……世にも恐ろしいコンボを見せてやる……‼」

 

 

 

 海馬は最後のボールに手をかけ、それを天高く放り投げた。

 上空で回転するモンスターボール。その中から飛び出したのは双頭の紫バルーン。妙なテンションでガスを撒き散らしながら、ふわりふわりと降下するマタドガスの姿だ。

 

 

『青コーナーの三体目はマタドガス!! 自慢の防御で受け切れるか――ッ!!?』

 

 

「「マ~タドガ~ス‼」」」

「マタドガスですって……⁉」

 

 決して弱いポケモンではないが、自信満々で繰り出してきたにしては攻撃力が低すぎる。それに守備力も――今のカビゴンの『のしかかり』なんてとてもじゃないが耐えきれるわけがない。普通ならこの時点で諦めたっていいくらいの戦力差であるはず。

 

「フフ……!」

 

 しかし、海馬の表情に陰りはない。マタドガスを繰り出した彼の眼光はより鋭さを増して、どこか異常さを孕んでいるようにすら思えるほどだ。

 その意図が全く読めず、波に乗り続けていたジョーイもしばしの間、沈黙を余儀なくされた。

 

「……貴方、その子で何をするつもりかしら?」

「ふん、オレのマタドガスは見ての通り攻撃表示だ! まさか怖気づいたのではあるまいな……?」

「まさか! ……いいでしょう、ここで決着を付けてあげます! いくのよ、カビゴン‼」

「ゴンゴンゴン……!!」

 

 ジョーイの檄に呼応してカビゴンは巨体を揺すり、拳を握って臨戦態勢に入る。素早さは落ち込んでしまっているとはいえ、やはり威圧感は段違いだ。

 のっしのっしとフィールドを踏み鳴らし、腕を振るってじりじりとマタドガスに迫る。

 

「ゴオオオォ……!!」

 

 猛々しい暴獣の雄叫びが会場を轟轟震わせる。やがてあと数歩で攻撃が届く距離まで詰め寄られた、その時だ。

 

 

「……ここだ‼ マタドガスの効果発動‼」

「「マタドガ~ス‼」」

 

 

▽マタドガスのクリアスモッグ‼

 

 

 海馬が号令をかけると、マタドガスは腹の袋から強烈なスモッグを放出。たちまちカビゴンを包んで牽制を図る。

 だが、カビゴンは全く怯む様子もない。すかさず拳を振り上げると、マタドガスの大きい方の頭を目がけて力任せに叩きつけた。

 

「そんなスモッグ程度で止められるカビゴンじゃないわよ‼ そのまま倒してしまいなさい‼」

「ゴォォン……!!」

 

▽カビゴン の のしかかり‼

 

 濃い霧に覆われたカビゴンの特大プレスはマタドガスに直撃し、スモッグの渦中から鈍い音が反響する。

 やはり『トリックルーム』が切れても無双状態のカビゴンに、観客はおろかジョーイまでもが一撃必殺を信じて疑わない。

 

「効く効く……! カビゴンの『のしかかり』は最大威力、どんなモンスターだって一撃なのよ‼」

 

 だが、海場は「ふん」と鼻を鳴らすと一言。

 

 

「……それはどうかな?」

「え……?」

 

 

 その台詞を聞くが早いか、ジョーイは眼をしばたかせて呆然とする。

『のしかかり』の余波で紫の霧が吹き飛んだ戦場。そこに立っていたのは――

 

「ゴォ……!?」

「「マタドガ~ス」」

 

 あれほど猛威を振るった鉄拳をその身に受けてなお、大したダメージもなく呑気しているマタドガス。そして、自慢の一撃が受け流されたことに動揺を隠せずあたふたとするカビゴンの二体。

 

「なっ……カビゴンの『のしかかり』が効いていない……⁉」

 

 今までとはまるで異なる結果に言葉を失うジョーイを見て、海馬は「ふん」ともう一度鼻を鳴らす。

 

「オレは先に、マタドガスの『クリアスモッグ』を発動していた。これで能力変化はリセット。貴様の馬鹿力も元通りだな……!」

 

▽カビゴン の能力変化が元に戻った‼

 

「能力リセットですって……!」

「フフ……さらに、だ! オレのマタドガスに装備させた『ゴツゴツメット』の効果発動‼」

「なっ……‼」

 

 驚いてマタドガスを注視すれば、片方の頭がヘルメットを器用に乗っけているではないか。それもただのヘルメットではない、表面に岩のような突起が無数に生えた、凶器とも呼べる代物だ。

 

「ゴォォ……‼」

 

 カビゴンが腹部を抑え呻いている。おそらく『のしかかり』を放った時、あのヘルメットに手を打ち付けてしまったのだろう。脂肪に覆われた腕であっても、突起が食い込めば激痛が走るに違いない。マタドガスへの直接攻撃は、自身もダメージを受ける諸刃の剣になってしまった。

 

▽カビゴン は ゴツゴツメット でダメージを受けた‼

 

「まさかそんなものまで……‼」

「いや、まだだ……! 貴様は既に地獄の罠にかかっている‼」

 

 海馬は怯むカビゴンに構うことなく、容赦ない追撃を命じる。

 

 

「この俺のターン、マタドガス第二の特殊能力を発動する‼」

 

 

▽マタドガス の どくどく 攻撃‼

 

 マタドガスがバルーン上の袋を膨らませて、口からどす黒い霧を噴射した。その霧はカビゴンを追跡するように漂うと、顔の周辺にまとわりつく。するとハリのある巨体はたちまち薄紫色に変色し、即効性の猛毒がカビゴンに回り始めた。

 

▽カビゴン は猛毒を浴びた‼

 

「今度は毒……⁉ くっ……カビゴン‼」

「ゴ……ゴォン……!!」

 

 猛毒状態は通常の毒より遥かに協力で、ターン毎に増加するダメージがポケモンの体を蝕み続ける。カビゴンは苦悶の表情で膝をつき、それでもなお立ち上がらんとするが、毒に侵された体は思うように動かない。

 

「マズいわね、このままじゃ……‼ カビゴン、頑張って攻撃よ‼」

「ゴォ……!!」

 

 この状態から抜け出すには、早くマタドガスを倒すよりほかに方法はない。

 どうにか姿勢を立て直したカビゴンは体に鞭打ち、マタドガスに殴りかかる。

 

▽カビゴン の のしかかり‼

 

「「ドガッガガガ~ス」」

「ゴ、ゴォォ……‼」

 

 だが、マタドガスは多少よろけたものの依然としてピンピンしたまま。対するカビゴンは次々にダメージが蓄積し、限界が来るのもそう遠くはなさそうだ。

 

▽カビゴン は ゴツゴツメット でダメージを受けた‼

▽カビゴン は猛毒のダメージを受けた‼

 

 

『な、なんと恐ろしいコンボ……!! カビゴンの快進撃を止めるのみならず、猛毒とゴツゴツメットで全ての攻撃を封じてしまった――ッ!!!! 』

 

 

 観客はおろか、実況すら慄く恐怖の決闘。スタジアムの中心で高らかに笑う海馬の声が、一段と激しく響き渡る。

 

「ハハハハハ……ワハハハハハハハハハ!!!! これこそがマタドガスの――死のデッキ破壊ウイルスの真髄だ!! 戦略もろとも、貴様のポケモンを破壊しつくす!!!!」

「「マタドガ~ス‼」」

「くっ……でも、まだ‼ 次の攻撃さえ通ればまだ……‼」

「フフフ……今度こそ貴様に勝ち目など無いさ……‼」

 

 それでも試合を捨てようとしないジョーイへ、海馬は諫めるように言い聞かせた。

 

「貴様が何をしようと、『いたみわけ』で互いのLP(ライフポイント)を調節し、『まもる』で毒のダメージを稼いでくれる‼ フフフ……もう逃げ回ることなどできんぞ……‼」

「くっ……うう……‼」

 

 もはや、どう足掻いても対抗できそうにない。先ほどまでの快進撃から一転、ジョーイは奥歯を噛みしめその場で立ち尽くすしかなかった。

 こうしている間にも、カビゴンの猛毒状態は悪化し続けている。今こそ戦えてはいるものの、直に体力の限界が来てしまうのは、目にも見えて明らかだ。それに毒だけではない。攻撃すれば『ゴツゴツメット』のダメージまでくらってしまい、もはや迂闊に攻められない状況なのだ。

 

 

(このままいたずらにターンを費やしても、マタドガスを押し切れる確証はない。その間、カビゴンが無意味に傷いてしまうなら……)

 

 

「ゴ、ゴン……!」

「くっ……少し惜しいけど、仕方ないわ……!」

 

 

 猛毒に苦しむパートナーの姿を見かねたジョーイは、諦めたように息をつき、カビゴンをモンスターボールに戻した。

 

 

 ――サレンダー。バトル中にポケモンを戻す行為は降参を意味する。

 

 

「……降参よ。これ以上バトルが長引いてカビゴンが傷つくのは、ジョーイとして見ていられませんから」

 

 そう言ってジョーイは、真っすぐな瞳で海馬を見つめた。勝利への渇望よりもポケモンの身を案じるジョーイとしての誇りが、自ら敗北を認めたのだ。

 

「ふん、そうか……」

 

 サレンダー宣言を受けた海馬は一言、「賢明な判断だな」と呟き、潔くマタドガスをボールに戻す。彼としても長引いた決闘(デュエル)だ。早く終わるに越したことはない。

 

 

 『……き、決まりましたッ!! マタドガス怒涛の連撃が決め手となり、今ここに決着がついた――ッ!!!! 勝者は青コーナー・海馬瀬人――ッ!!!!』

 

 

 サレンダーが認められた瞬間、実況アナウンスがすかさず勝者宣言を行う。会場は大番狂わせに大熱狂で、歓声と拍手がステージの上に降り注ぐ。

 まだ第一試合だというのに、気が早い連中だ。海馬はギャラリーの喧噪を気にも留めず、ただ黙ってフィールドから立ち去ろうとするが、そんな彼の背中をふとジョーイが呼び止める。

 

「ありがとう、海馬さん。いい勝負だったわね。最後の戦術にはかなり驚かされましたけど」

「あれがオレの決闘(デュエル)スタイルだ。文句ならば受け付けんぞ」

「ふふ、まさか文句なんて言うものですか。でも、またお相手できるなら、その時は勝たせてもらいますよ。ポケモンの健康を守るジョーイの誇りにかけてね」

 

 試合中纏っていた覇気も抜け落ち、今は穏やかに笑うジョーイを見て、海馬は「ふん」とその身を翻す。

 

「……精々その誇りとやらを磨いておくんだな」

 

 背中越しにそう告げて、一人つかつかとスタジアムを後にするのだった。

 

 

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