バトル描写は可能な限り、じっくり書いていきたいものです。
『こっ、これは予想外の展開ッ!! これまでの試合運びをひっくり返す、鮮やかなカウンターが炸裂――――ッ!!!!』
(くッ……まさかそんなことが……‼)
ギャラリーの喝采よりワンテンポ遅れた実況が響く壇上で、ヒュウは激しく動揺していた。いま目の前で起きた事象は到底一息に飲み込めるものではない。
それは試合の成り行きを見る海馬も同じ。いつの間にか険しくなっていた表情を更に歪め、重々しく呟く。
「何が起こった? やつのルカリオが入れ替わったというのか……?」
「フフ……あれはゾロアークが得意とする『イリュージョン』ですよ!」
困惑していると、隣に座るアクロマが嬉々として解説を挟んだ。
「きっと控えのルカリオに化けて出てきたのでしょう! 『あくのはどう』で思ったよりダメージが入るわけですよ……‼」
「姿を偽るだと? 姑息な手を……」
「ええ。しかし、変身は一度でもダメージを受ければ解けてしまう! ピーキーな特性の力を引き出した見事な戦略ですね‼」
最初に見せた『カウンター』と『あくのはどう』は、能力値も異なるルカリオに見せかけるための巧妙なカモフラージュ。
ゾロアークの特性とワザをフル活用してヒュウを騙しきったメイは、定石通りに動きたい彼の心理を逆手に、一撃必殺のカウンターパンチを食らわせたのだ。『おいかぜ』コンボが完成する、すんでのところで――
「……ふん、随分待たせたが、ようやく勝負を付けに来たか」
「フフフ……! 確かに、今の攻撃で彼の精神は大きく揺さぶられているでしょうね! 突然の作戦変更でペースを乱された今、立ち直れるかどうか……‼」
♢♢♢
(クソッ、メイのやつ……‼ 最初から罠を張っていたなんてな……‼)
目を回したダイケンキをボールに戻し、ヒュウは苦虫を噛み潰したような顔で歯ぎしりする。ここ一番で発揮されるメイの勝負強さを痛感した。
だが、ヒュウの戦意はまだ衰えてはいない。ここまで手玉に取られっぱなしで、みすみす敗北するわけにもいかない。その証左と言わんばかりに、ボールを握る腕に力が籠る。
「……やるな、メイ‼ オレを騙しきるとは褒めてやるぜッ‼ ……でも、オレだって負けちゃいねぇ‼ まだまだ奥の手はあるんだからな‼」
「ええ、そうみたいね……!」
メイはニカッと笑い返して答えると、一瞬の沈黙を経て再び表情を引き締める。
「いいよ、その気持ちをポケモンと一緒にぶつけてきて! 全部受け止めてみせるからさ‼」
「……へっ、見てろよ‼ オレにはまだ切り札が残ってるんだからなッ‼」
売り言葉に買い言葉。ヒュウはそう威勢よく返すと、意を決したようにモンスターボールを構えた。
(つっても、まずはあのゾロアークを倒してからだ‼)
「もう一度頼むぜ、ケンホロウ‼」
「ホロロウ‼」
▽ヒュウ は ケンホロウ を繰り出した‼
「『とんぼがえり』‼」
▽ケンホロウ の とんぼがえり‼
休む間もなくステージに舞い戻ったケンホロウは、正体を明かしたゾロアークを鷹のような形相で睨みつけると、翼をたたんで急加速。低空飛行しつつゾロアークに迫っていき、そのまま鉤爪の付いた脚を振り上げアクロバティックに蹴りつける。
(……速い!)
吹きすさぶ『おいかぜ』も受けて、ケンホロウのスピードは普段とは比べ物にならない。ゾロアークの反応も間に合わず、健脚は彼の懐を捉えた。
「ゾロァッ……‼」
▽効果は抜群だ‼
蹴り飛ばされて宙を舞ったゾロアークは、ドサリと鈍い音を立ててステージに墜落。二度目の攻撃を耐えられるほどの体力はない。そのまま地面に突っ伏して倒れた。
▽ゾロアーク は倒れた‼
『スマッシュヒット‼ 怒りの『とんぼがえり』でゾロアークダウン‼」
(よし、まずは一体!)
心の中で小さくガッツポーズを決めるヒュウ。しかし、まだ気を抜くわけにはいかない。メイの手持ちはあと二体、どちらも体力は満タンだ。
(オレの手持ちで万全なのは、残った切札だけだからな……! こっからは慎重にいかせてもらうぜ‼)
▽ケンホロウ は ヒュウ のもとへ戻っていく‼
「よくやった、ケンホロウ! 戻っていてくれ‼」
Uターンするケンホロウをボールへ戻し、仕切り直しと言わんばかりに額の汗を拭う。そして最後のポケモンを繰り出すべく、ヒュウはベルトのモンスターボールを空中に放った。
「頼むぞ! お前の出番だぜッ‼」
ヒュウがそう叫ぶと同時に、ボールが開いて赤い光が迸る。
▽ヒュウ は ヒヒダルマ を繰り出した‼
「ヒヒダァァァァァァァァァ!!!!」
勇ましい雄叫びと共に地面を力強く叩いてヒヒダルマが登場した。炎の眉毛をに逆立てファイティングポーズを決める姿は、いつにも増して気合が入っている。観客席も大いに沸いた。
『出た――ッ!! 青コーナー、ここでヒヒダルマを送り込む―――ッ!!!!』
「ヒヒダルマ……! やっぱり来たわね‼」
ヒヒダルマの登場にはメイも身構え、ぎゅっと拳を握りしめた。対峙するだけで肌に伝わる凄まじい熱気と威圧感、炎を宿したパンチが誇る圧倒的なパワーは、メイも十二分に知るところだ。
(フフ……! 最後は真っ向からぶつかり合うつもりね! 望むところだよ……‼)
♢♢♢
「いよいよ登場しましたか最後の一体……ヒヒダルマ‼」
好戦的なヒヒダルマにギャラリーが歓声を上げる中、客席から身を乗り出したアクロマは、興味深そうに眼鏡を押し上げる。
「あのポケモンはパワーとスピードに長けています! これは見応えのある勝負になりそうですね!!」
「ふん、どうだかな」
戦況を愉快そうに語るアクロマとは対照的に、海馬はつまらなそうに鼻を鳴らす。
「あのモンスターは攻撃力こそ高いが致命的なデメリット効果を持つ。
「ほう、そんな効果を持つ特性が?」
「ああ。やつはその効果すら理解していなかった素人……! やはり、勝負は決まったも同然よ」
「フフフ……そうなるでしょうか……!」
だが、アクロマは挑発的な海馬の言葉に首を傾げる。ステージの端に立つヒュウを眺めながら、眼鏡のフチを怪しく光らせ微笑んだ。
「どうなるかは彼の采配次第でしょう! わたくしは楽しみですがね……!」
♢♢♢
一方のステージ上では、ヒヒダルマを挟んだ睨み合いが続いている。
「メイ、お前の場にはポケモンがいないぜ! 次の相手を見せてくれよ!」
「おっと、そうだったね……いくよ‼」
メイは胸の前でモンスターボールを構えると、それを天井に向けて放り投げた。
「おいで、ムーランド‼」
弧を描いたボールから光が迸り、中から飛び出したのはかんろくポケモンのムーランド。立派な白いひげを蓄えた老犬といった出で立ちで、登場するなり低い唸り声を上げ相手のヒヒダルマを威嚇する。
【ムーランド の いかく】
▽ヒヒダルマ の 攻撃力が下がった‼
『赤コーナー、ムーランドを繰り出すッ!! 早速特性が発動だッ!!』
「ムーランドか……!!」
威圧されたヒヒダルマは表情こそ変えていないが、内心では委縮しているはず。ヒュウは軽く舌打ちして、ムーランドに目を凝らした。
(なるほどな! オレの手持ちは把握済み、しっかり対策してきたわけだ)
「フフ……それだけじゃないよ‼」
彼の心を先読みしたように、メイはニヤリと笑ってムーランドに指示を出す。
「ムーランド! 続けて『つぶらなひとみ』‼」
「バウ‼」
ムーランドはひと鳴きすると、先程とは打って変わって愛らしくなった瞳をうるうると潤ませ、ヒヒダルマをじっと覗き込んだ。
▽ムーランド の つぶらなひとみ‼
「ヒ、ヒィ……!?」
その豹変ぶりに思わずたじろぐヒヒダルマ。ヒュウも一瞬ドキッとしたが、すぐに気を取り直して彼の様子を窺った。
▽ヒヒダルマ の 攻撃力 が下がった‼
「ッ……先制ワザか! また攻撃を下げてくる……‼」
「フフ、 可愛い顔で戦意も少しはダウンしたかしら? ヒヒダルマは危なっかしいから、注意しないと‼」
「相変わらず周到だよ、お前は! だが――」
ヒュウはヒヒダルマに目配せして頷き合い、ニッと口角を上げた。
「甘いぜ‼ ヒヒダルマ、『みがわり』だッ‼」
「……え⁉」
「ヒヒイ!!」
▽ヒヒダルマ の みがわり‼
聞き慣れないワザ名に驚いた直後、ヒヒダルマが一声吼えると、その身体が発光、どこからともなく得体の知れない身代わり人形が両者の間に展開された。普段は猛烈に剛腕をぶん回すだけのゴリラが身代わりの後ろに隠れるなんて、異様とすら思える光景だ。
▽ヒヒダルマ の身代わりが現れた‼
『なんとヒヒダルマ、ここで『みがわり』を展開ッ!! 自らの体力を糧に
(『みがわり』? また妙なワザ……一体何を狙っているの……⁉)
メイが困惑していると、ヒュウはここぞとばかりに胸を張った。
「へへっ、この程度で驚くのは早いぜ! さぁ攻撃してきなッ……‼」
「む……」
(ヒヒダルマは攻撃力が最大の持ち味のはず……! それなのに守備に徹するなんて、今度は一体何のコンボを……⁉)
じっと考え込んでいる間に、いつしか吹き荒れていた『おいかぜ』が止んでいることに気付く。このバトルが始まってからというもの、ヒュウの新戦術には驚かされてばかりだった。
また何か仕掛けてくるに違いない。メイは神経を研ぎ澄ませて次なる一手に身構えつつも、ひとまずは攻撃の指示を飛ばすことに決めた。
(確かに『みがわり』は残すと厄介……! なんだかヒュウに乗せられてるみたいでいい気はしないけど、ここはあれを壊しとかないと‼)
「行ってムーランド、攻撃‼」
「バウッ!」
▽ムーランド の おんがえし‼
勢いよく地を蹴り飛び上がったムーランドは、ヒヒダルマ目掛けて一直線に突進する。その大柄な身体からは想像もつかないような素早い動きで身代わり人形を粉砕した。
▽ヒヒダルマ の身代わりは消えてしまった……
「よし、身代わり撃破‼」
「甘いぜ! 壊されたらもう一回使うだけだ‼」
▽ヒヒダルマ の みがわり‼
▽ヒヒダルマ の身代わりが現れた‼
喜ぶ間もなく、ヒュウのかけ声に合わせて再び身代わり人形がステージ上に現れた。体力の代償も顧みずに連発される『みがわり』に、メイはいよいよ困惑を顕わにする。
「くっ、また身代わり人形……! 何個設置するつもり? 守ってばっかりじゃ、いたずらに体力を減らすだけじゃない!」
「いや、これでいいのさ……‼」
だが指摘を受けてなお、ヒュウは余裕そうな笑みを浮かべたまま。
身代わり人形の後ろに控えるヒヒダルマの様子を確認すると、人差し指を突き上げ高らかに宣言した。
「いくぜヒヒダルマ‼ フォルムチェンジだ‼」
「………‼」
刹那、ヒヒダルマがまばゆい光に包まれる。
あまりの眩しさにメイはたまらずぎゅっと目を瞑り、ヒュウも腕で光を遮って視界を塞いだ。そして光が収まったところで再び瞼を開ければ、そこには――
「へへへ……!」
「なッ……!!」
【ヒヒダルマ の ダルマモード】
いつか見たはずの懐かしい姿。体を丸めて地蔵のように固まった、ヒヒダルマのもう一つの形態が身代わり人形の後ろで同じようなポーズを決めていた。
「これは……‼」
「お前も知ってるだろ? ヒヒダルマのダルマモード! あん時は何も知らなかったがよ……」
体力が半分以下になったヒヒダルマが強制的に変身するもう一つの姿、ダルマモード。
かつては辛くも主人を敗北に導いてしまった、忌まわしきフォルムチェンジ。
しかし、今は違う。
「こいつがオレの最後の切り札! その真価ってやつを、これからたっぷり見せつけてやるぜッ‼」
自らダルマモードのヒヒダルマを従えたヒュウは、信頼を寄せる口振りでそう言い放つのだった。