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【残りの手持ち】
海馬:3
メイ:3
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(まずいぜ! 初っ端から海馬の有利じゃないか……‼)
場所は変わって観客席。最前列に陣取るヒュウは眉根を寄せた。
開幕早々、一撃で深手を負ったゾロアークの、苦痛に肩を抑える姿が痛々しく目に映る。対するリザードンは未だ平然としており、このままいけば再び『かえんほうしゃ』を食らうのは必至だ。
ダメージレースでは圧倒的に不利な状況と知る彼の心は、周囲の盛り上がりとは裏腹に、徐々に焦りを募らせていた。
「くっ……きばれよ、メイ! あっさり負けたら承知しないぜッ‼」
送る声援にも熱が入る。既に汗ばんだ拳をぎゅっと握りしめ、食い入るようにステージを見つめていると、
「おや、随分と熱くなっておられますね?」
ふと隣の席から穏やかな声がかけられた。
驚いて振り向けば、そこには白衣を着込んだ奇妙な髪型の男が腰かけている。
「誰だ? あんた……」
「フフ、失礼。驚かせてしまいましたか」
男はそう言って軽く会釈を返した。その仕草は温厚ながらどこか異質で、ミステリアスな印象さえ感じさせる。だが、どこか見覚えのあるその姿に、ヒュウはなおも警戒しつつ恐る恐る口を開いた。
「いや、思い出したぞ。確か準決勝で海馬と闘ってた、アクロマとかいう……」
「ご名答。お見知りおきいただいて光栄です、ヒュウさん」
「……なぜオレの名を?」
「アナタと同じく準決勝の試合を観戦させていただきましてね。それよりも――」
その風変わりな男――アクロマは眼鏡を押し上げると、にこやかな笑みをこぼす。
「現在のバトルをどう見ますか? アナタの友人は、かなり苦戦を強いられているようですが」
「何だよいきなり……そりゃ、確かにメイのゾロアークは手痛い攻撃を受けたけどよ。まだ勝負は始まったばかりさ!」
「ほう」
「きっとアイツなら、奇抜な戦略を用意してるハズだぜ! オレはそれを信じるだけだ……‼」
半ば自分にも言い聞かせるかのような口調で、力強く断言したヒュウ。
その答えを聞いたアクロマは「ふむ」と一呼吸置いてから、再び視線をステージへ向ける。
「……なるほど。では、わたくしも心して観戦させていただきましょうか。」
そっと呟いて、値踏みでもするように目を細めながらバトルの趨勢を見守るのだった。
♢♢♢
(……さて、早いとこ策を練らないとね)
仲間の窮状を目の当たりにして、メイは冷静に考えを巡らせる。
戦意を滾らせ相手を睨みながらも、片膝をついて体力も少ないゾロアーク。次の攻撃は確実に受けきれまい。
「フフ……もう怖気づいたか? サレンダーするなら今のうちだ」
「リザァ‼」
視線の先で猛々しく吠えるリザードン。その更に向こうでは、相変わらず高圧的な笑みを湛えて海馬がこちらを見据えている。
「誰が降参なんて……! ちょうど作戦考えてたとこ‼」
「ふん、ならばさっさとターンを進めるがいい! どの道リザードンに屈することになろうがな‼」
「リザアァァァァ……‼」
リザードンが両翼を広げれば、見る間に灼熱のオーラが全身を包み込んだ。その圧力たるや周囲の空気がびりびりと震えるほどで、圧倒的なパワーを予感させる。
おそらく先ほどのように攻撃しても押し切れはしまい。海馬の言う通り、そのまま返り討ちに遭うのがオチだ。
(……なら、ここはこのワザしかない!)
「ゾロアーク、準備はいい?」
「ゾロァ‼」
威勢のいい返事に頷きで返すと、メイは右手を掲げて宣言する。
「オッケー、頼んだよ‼ 『おきみやげ』発動‼」
刹那、地面に両手をついたゾロアークの毛並みが鋭く逆立ったかと思えば、ゆらりと。
ぎらついた双眸の輝きとともに、赤みがかった毛先から陽炎のようなオーラが立ち昇る。それは次第に形を成して、ゾロアークと瓜二つの幻影を浮かび上がらせた。
「ロァ……」
幻影が具体化した直後、本体のゾロアークが深い息をついて倒れ込む。最後の力を出し切ったのか、瞼を閉じて突っ伏し脱力。すると瞳の輝きは頭上を漂う幻影に宿り、より生々しい存在感を醸し出して、立ちはだかる敵を恨めしげに睨む。
▽ゾロアーク は倒れた‼
自ら瀕死となった相手へ、海馬は狐疑の目を向けた。
「何をする気だ?」
「フフ……『おきみやげ』は残りの体力全てと引き換えに使える、とっておきのワザ! 代償が重い分、その効果は強力でね! 相手の攻撃と特攻をそれぞれ二段階ずつダウンさせる‼」
「なに⁉」
「いくよ……‼ 幻影発射‼」
ロァァァァァァァァ――――
どこからともなく聞こえる怒りの咆哮。幻影はリザードンに狙いを定め、彼我の間合いを一瞬にして駆け抜け、懐に飛び込んで漆黒の霧を炸裂させた。
たちどころに充満する濃霧が巨体を包み込む。ダメージこそないようだが、不吉な予兆に苛まれたリザードンの体は委縮し、その挙動も明確に鈍る。
「リ、リザァ……」
▽リザードン の 攻撃 と 特攻 ががくっと下がった‼
『赤コーナーのゾロアーク、置き土産を残してダウンです!! 果たして戦況は変えられるのか――ッ!!?』
「よし、これでリザードンの攻め手は封じられたも同然‼」
「く……」
「さらに私は二番手のポケモンを出す! 行って、ムーランド‼」
メイは戦闘不能のゾロアークを戻すと、すかさずモンスターボールを持ち換え、勢いよく投げ放った。
▽メイ は ムーランド を繰り出した‼
「バウ‼」
軽やかな開閉音を背に飛び出したムーランドが勇ましく吠える。今しがた倒れた仲間の仇を討たんと息巻いているようだ。いつも以上に険しい目つきでリザードンを射抜いた。
【ムーランド の いかく】
▽リザードン の 攻撃 が下がった‼
「これでターン終了‼ さぁ、ここからは反撃といかせてもらうよ‼」
「バウワン‼」
「ふん……くだらん真似をする」
威勢よく啖呵を切るメイと、それに呼応するムーランド。
海馬は忌々しそうに鼻を鳴らした。
「自らのライフを糧に攻撃力を下げる戦略は褒めてやる。だが、所詮それも1ターンを凌ぐだけの時間稼ぎに過ぎん。交換さえしてしまえば、リザードンの攻撃力は元に戻るのだからな……‼」
▽海馬 は リザードン を引っ込めた‼
コートの裾を払ってボールを掴み、弱ったリザードンを手元に戻す。
ステージの様子を一瞥してから別のボールに手を掛け、真ん中のスイッチを素早く押せば、
「オレのターン‼ リザードンに代わってマタドガスを攻撃表示で召喚する‼」
「「マタドガ~ス‼」」
▽海馬 は マタドガス を繰り出した‼
新たに呼びだされたマタドガスが満面の笑みを見せつけながらステージに降り立つ。
相変わらず何を考えているかわからない顔だが、今は相手の攻撃を受け止める気概も十分とばかりに、ふわふわ宙を浮いている。
「どうだ? これならば貴様の残した置き土産とやらも無意味‼」
「……そうでもないよ‼」
薄ら笑う海馬に恐れる様子は微塵もない。メイの表情は変わらず自信に満ち溢れていた。
「この瞬間、ゾロアークのバトンは受け継がれた‼ 無駄にはしないよ‼ ムーランド、『ふるいたてる』‼」
「なに……⁉」
▽ムーランド は ふるいたてる を使った‼
指示を受けたムーランドは全身の毛を奮い立たせて己を鼓舞する。精神を研ぎ澄ませたその顔立ちも精悍に引き締まり、肉体も一回り大きくなったような錯覚を覚えた。
▽ムーランド の 攻撃 と 特攻 が上がった‼
『赤コーナー、このタイミングでステータスをアップさせた――ッ!!』
「小癪な……‼」
「フフ……これでマタドガスとも対等に渡り合える! 楽しませてもらうよ、海馬くん‼」
♢♢♢
「アナタの御友人は、なかなかの策士みたいですね」
観客席のアクロマは、メイの奮闘ぶりに感心したような笑みをこぼす。
「『おきみやげ』はリザードンの交代を促すための布石……‼ 安全なターンを確保しステータスアップを図るとはね」
「当然さ! アイツはどんな状況でも活路を見出す‼」
隣に座るヒュウも鼻をさすって自慢げに胸を張った。
「攻撃力さえアップできれば、海馬のパワーにも対抗できるぜ‼ ムーランドは守りも固いからな、攻守ともに完璧な布陣が築かれたわけだ‼」
「ええ。……しかし、そう上手くいけば良いのですが」
「なんだって?」
「フフフ……! ともかく今は、彼女の闘いぶりを見るとしましょう……‼」
意味深な言葉を残したアクロマは、それきり口をつぐむとバトルの成り行きに意識を集中させた。
♢♢♢
「いくよ、ムーランド! マタドガスに攻撃‼」
「バウッ‼」
戦闘態勢に入ったムーランドが四肢を屈めて力を蓄える。やがて溜め込んだエネルギーを爆発させれば、弾丸のような速度で一直線にマタドガスへと突っ込んでいった。
▽ムーランド の おんがえし‼
ドゴオッ、と鈍い衝撃音が響く。
渾身の一撃はマタドガスに深くめり込み、ムーランドが引き戻されると同時に、その軽い体を反動で大きく跳ね飛ばした。
『強烈なワザがヒット!! これにはマタドガスも堪えたか――――ッッ!!!!』
派手な攻撃にギャラリーが沸き立つ。重いダメージを受けたマタドガスは、若干ふらつきながらも姿勢を正して定位置に戻った。やはりニンマリとした笑顔は絶やさず、それが若干不気味ではあったが。
ともかく、このターンでの手応えは十分。メイは拳を握ってガッツポーズを取る。
(いいダメージ‼ この調子ならいける‼)
「ふん、その程度でいい気になるなよ、メイ‼」
しかしながら。あくまで海馬は動じない。
至って涼しげな表情のまま、口元には冷笑すら浮かべて言い放った。
「言ったはずだぞ、オレの布陣は揺るぎないものだとな‼ 装備した『ゴツゴツメット』の効果により、貴様のモンスターはダメージを受ける‼」
▽ムーランド は ゴツゴツメット でダメージを受けた‼
「更に――先んじて仕掛けた
「「マタドガ~ス‼」」
海馬の指示に呼応してマタドガスが動く。中空を漂いながら大きく口を開き、濁った灰色のガスを噴出。自身とムーランドの体を包んでミキサーのような渦を巻き起こす。
▽マタドガス の いたみわけ‼
「なっ、このワザは……‼」
「フハハハハ――今更気づいてももう遅い‼ 『いたみわけ』の効果により互いの
(しまった……‼)
▽お互いの体力を分かち合った‼
螺旋状のガスがさっぱり消えた後、再び姿を見せたムーランドの息は目に見えて上がっていた。一方のマタドガスは幾らか体力を取り戻したようで、主人同様余裕そうな面立ちで浮遊している。
「ふん、ワン公ごときが大したダメージを与えてくれたものだ! しかし、オレの戦術に何ら影響はない‼ かえって礼を言いたいくらいさ‼」
「マズい……‼」
安易に攻めるのは軽率だったか。むしろ大ダメージを与えたことで、『いたみわけ』の効果がことさら強力に作用してしまったらしい。それに『ゴツゴツメット』も合わさって、予想以上のダメージを返されてしまったことになる。
せっかくリザードンを退けたというのに、これでは――
(いや、落ち着こう。まだ手はある!)
メイは頭を振って弱気な考えを振り払った。
確かに状況は芳しくない。闇雲に攻撃しても無意味だ。じわじわと体力を削られてしまえば、せっかく生み出したチャンスも水泡に帰すだろう。『いたみわけ』の効果は厄介そのもの。相性も最悪と言っていい。
だが、そんなわかりきった弱点があるからこそ。彼女はまだ一抹の希望を見出すことができた。
(マタドガスは耐久力が高い代わりに攻撃の選択肢が少ないポケモン! ムーランドの体力を削ろうと思ったら、『いたみわけ』を連続させるしかない! これでも攻撃力は上がっているから、尚の事……!)
「ここは一呼吸置く意味で……! ムーランド、もう一度『ふるいたてる』‼」
「バウ‼」
▽ムーランド は ふるいたてる を使った‼
姿勢を低くして四肢を踏ん張るムーランドの体から、再度力が漲り始める。肉体の輪郭はより大きく、より強靭に。
▽ムーランド の 攻撃 と 特攻 が上がった‼
(よし、攻撃力は二段階アップ‼ これなら――)
これなら確実に次のターンで仕留められる、と。
奮い立つムーランドを前に確信を得たメイが、思わず顔を綻ばせた、その時。
「……やはり甘いな、メイ」
ふと発された海馬の呟きは低く。それでいてよく響いた。
「攻撃を放棄して取った貴様の選択。一見正しいように見えるが、それはとんだ過ちだ……‼」
「え……?」
思わず視線を上げたメイの瞳に、これ見よがしな海馬の笑みが映り込む。
愉悦に唇を歪ませ、蒼い眼を大きく開きながら自信たっぷりに告げた。
「このターンまでにオレのモンスターを仕留めきれなかったのは、貴様にとって致命的と言えよう‼ マタドガスの攻撃をまともにくらうこととなるのだからな‼」
「マタドガスの攻撃……⁉ だけど互いのHPが同じ今、『いたみわけ』の効果は不発に終わるハズ……‼」
「舐めるな! マタドガスの効果はそれだけではない‼ 貴様のモンスターを、その戦略もろとも破壊しつくすワザがここにある‼」
海馬が人差し指を突き立て声高に宣言した、その瞬間。
マタドガスが眩い閃光を放って膨張したかと思うと――
「『だいばくはつ』‼」
「「マタドガァ~ス……‼」」
▽マタドガス の だいばくはつ‼
天地もひっくり返らんほどの大爆発がステージを襲った。
爆風の衝撃が、爆炎の余波が。観客席にまで届くほどの凄まじい大音響、そして舞い上がる粉塵と共に、見る者の視界を真っ白く塗りつぶしながら観客席にまで到達。スタジアムのあちこちで悲鳴とどよめきの声が飛び交う。
「フハハハハハハ!! 粉砕・玉砕・ 大喝采――――ッ!!!!」
「うわあぁぁぁぁぁっっ!!?」
至近距離から爆風を浴びたメイも身を屈めて顔を覆った。危うく吹き飛ばされかけながらも、何とか踏みとどまって目を凝らす。
特設ステージには黒ずんだ煙が立ち昇り、もはや焦土と化していた。爆散した張本人たるマタドガスは当然影も形もない。ただ爆心地の地面が大きく抉れており、絶大な威力をまざまざと体現していた。
『な、ななな何ということだ――ッ!!? 自爆ワザッ!! マタドガス、その身を犠牲に爆発四散――――ッッ!!!!』
「……ムーランド‼」
騒然とした実況の合間を縫ってメイの声が響く。
黒煙の切れ間を必死に見渡せば、ステージの中央辺りでムーランドがぐったり這いつくばっていた。断末魔すら上げる間もなく力尽きたらしい。自慢の毛並みを煤に汚して、四肢を投げ出したままぴくりとも動かない。
▽マタドガス は倒れた‼
▽ムーランド は倒れた‼
「ワハハハハハ、これこそが『だいばくはつ』の効力さ‼」
呆然と立ち尽くすメイへ追い打ちをかけるように、海馬の高笑いが会場の空気を震撼させる。
「貴様が長期戦を想定するのは読んでいた! だが……そんなプロレスに付き合う義理などない! ワン公の体力を根こそぎ奪えるのなら、マタドガスの自爆など安いものだ‼」
「くっ……!」
(強い……!まったく隙が見つからない……‼)
焦るメイの頬に冷や汗がつたった。胸中でいよいよ濃くなる暗雲が平常心をかき乱す。
「その様子では、もう打つ手もなさそうだな」
何も言い返せないでいると、海馬は愉悦混じりの哄笑を上げた。
こちらの心中を見透かしたように冷たい視線を投げ掛け、瞳を勝利の色に染めながら続ける。
「フフ……とうとう追い詰めたぞ、メイ! 己の敗北を、とくとその身で味わうがいい‼」