遊☆戯☆王 ポケットモンスターズ   作:木之下ジャンクション

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ストーリーが長くなってきたので、章分けをしました。
とりあえず一章、ここにて一区切りです。


33.ビジョン

 

 決戦が終わった直後のロビーは、スタジアムの熱気が嘘のように静まり返っていた。

 未だ興奮冷めやらぬ観客のほとんどは、向こうへ残っているのだろう。さっさと引き上げてきて正解だった。グズグズした結果人混みに揉まれるのは御免被る。

 

 アタッシェケースを片手に海馬は一人、黙々と会場の出口へ足を向かわせていた。

 

(……まったく、つまらん決闘(デュエル)をしたものだ)

 

 胸中で忌々しげに呟く。

 以前より格段に増したデッキパワーと、完全無欠のタクティクスを手に、もはや負ける要素など微塵もないと臨んだ決闘(デュエル)だったのだが。最後の最後でまさか逆転を許そうとは。

 

「ふん」

 

 再びハラワタが煮えくり返ってきたところで、海馬は一息に思考を切り替えた。

 二度も受けた屈辱に怒気なら幾らでも込み上げてくるが、感情に囚われたまま、立ち止まっているわけにはいかない。重要なのは過去に嘗めた辛酸を糧に、これから何を成していくかだ。

 

(まだオレには、足りないモノがあるということだ。パズルのピースのように……‼)

 

 そう捉え直した時、彼の脳は既に唯一の答えを導き出していた。

 

 

(『ブルーアイズ』……‼)

 

 

 もっとも単純にして自然な結論。今の海馬に欠けた一番重要となるピース。

 思い返せば、元いた世界で死闘を潜り抜けていた時も、常にそのカードが傍にいた。

 

 『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)』。

 それはただのモンスターにあらず、海馬の象徴にして史上最強の切り札だ。

 

 

(やはり、お前を召喚しない決闘(デュエル)などが、オレの決闘(デュエル)とは認められまい……‼)

 

 拳を握り締める海馬の顔が僅かに曇る。

 別世界独自の方法とは言え、『青眼(ブルーアイズ)』不在で闘い抜いた決闘(デュエル)は久しく新鮮だった。だがそれだけに、普段から主力として最大限の信頼を置き続けてきたが故の、喪失感を覚えたこともまた事実。育て上げた現在の()()()たちが魅せた活躍に不満はないが、やはりデッキの中心にはあの勝利をもたらす青き龍があって然るべきなのだ――

 

 

 

「あ、こんなところにいた」

 

 

 

 ふと。背後から聞き慣れた声がした。

 もはや振り返るまでもなくわかる。メイの声だ。

 

「すぐにどっか行っちゃうから、心配したんだよ。もう帰っちゃったのかなって」

「ふん、なかなかの推理だ」

 

 通路の途中で立ち止まりつつも顔までは見せず、海馬は背中越しに返す。

 

「貴様の読み通りにオレは発つ、旅の遅れを巻き返すためにな。貴様はさっさとスタジアムにでも戻るがいい」

「なんでさ?」

「優勝者がセレモニーに出ぬ道理はないだろう」

「あら、自分がその立場なら絶対バックレるくせに」

 

 メイはくすくすと笑いながらも、どこか寂し気な声色で続けた。

 

「だけど、もう行っちゃうの? せっかく久しぶりのバトルもできたのに……」

「何度も言うが、貴様らと馴れ合うつもりはない。それに、いつまでも道草を食っているわけにはいかないのだ。オレにはオレの用がある」

「……前話してたレシラム探しのこと?」

「そうだ」

 

 短く肯定する海馬は後背からでも、どこか遠い場所を見つめているように思えた。

 今すぐにでも出立したそうな装いに、メイが言葉を詰まらせていると、海馬は「ふん」と鼻を鳴らし、

 

 

「PWTが終わった今、もうここに残る道理はない。オレは先に旅立たせてもらう」

 

 無下に言い残して、さっさと歩みを再開させようとした時。

 

 

 

「ちょっと、海馬くん――」

 

「待ちな、海馬‼ あとメイ‼」

 

 

 

 咄嗟に呼び止めようとしたメイを遮るように、別の声が通路に響く。

 

 

「ヒュウ……!」

「まったくお前ら、何処ほっつき歩いてんだよ。特にメイ、優勝したやつがいなきゃ大会も終われないから、探しに来てやったぜッ!」

 

 

 受付のゲートを乗り越えロビーへ現れたのは、他ならぬトゲトゲ髪のヒュウだった。

 ここまで急いで来たと見えて、若干息を切らしている彼は、傍のメイと今にも歩き去ろうとしている海馬を眺め、不思議そうに首を傾げた。

 

「……って、何してんだ? 遠目で見かけた時には話でもしてんのかと思ったけど、違うのか?」

「そのつもりで来たんだよ、私も。ただ、そしたら海馬くんが何も言わずにどっか行こうとするもんだから……」

「ああ、そういうことかよ」

 

 メイから事の経緯を聞いたヒュウは全てを察したように、だが少し面倒くさそうに頭を掻いて、奥に立つ海馬へ呼び掛けた。

 

「おい海馬! 少し待ってやれよ。何も無言で去ることはないだろ」

「貴様に命令される筋合いはない」

「へっ、相変わらず強情なやつだぜ。けど、メイはお前に話があるんだとよ!」

 

 そこでヒュウはニヤリと口端を上げ、海馬から何か言い返される前に、メイの背中をトンと軽く押し出した。

 

「ちょっ、ヒュウ……⁉」

「いいから、さっさと済ませてこいッ!」

 

 急に押されてよろめくメイ。驚きの表情でヒュウを見たが、呆れ気味に笑う彼の表情に諭されたらしく、こくんと小さく頷いてから改めて海馬に向き直る。

 そうして、意を決したように口を開いた。

 

 

「……ありがとう、海馬くん。あそこまで楽しいバトル、初めてだった」

 

 

 感謝の言葉と共に微笑む。丸い瞳を輝かせ、心から楽しそうに。

 

 

「だから、また相手してほしいな。海馬くんが目的を果たしてから、お互いに今より強くなった時。もっと楽しいバトルができると思うから……‼」

 

 

「……よかろう」

 

 ため息混じりに吐き捨てた海馬が、少しの間を開けてようやく振り返った。

 見開かれた両目は未だ鋭く、高圧的な態度も何ら変わってはいないが。それでも無下に追い払う真似はせず、正面に立つ少女の顔をしかと見据える。

 

 怯まず視線を受け止める彼女からは、これまでに対峙してきたどの敵とも異なる、一線を画した雰囲気が僅かに感じられた。それは決闘(デュエル)に己の信念や理想を掲げた者ではない。この少女はむしろ、決闘(デュエル)そのものに純粋な喜びを見出しているのだ。

 

 文字通り真逆のスタンス。勝利に拘る海馬にとっては気に食わないことこの上ない。

 しかし、だからこそ。

 

「貴様とはいずれ決着を付けてやる。……だが、勘違いはするな。貴様に借りを作ったままでは、オレのプライドが許さん。それだけだ」

 

 冷淡に言い切りつつも、その申し出を承諾した。

 あくまで馴れ合うつもりはないと釘を刺し、牽制した上ではあるが。メイにはそれで十分だったろう。

 

「……うん、ありがとう‼」

 

 と、先ほどよりも華やいだ笑顔を見せている。本当に単純なやつだ。

 

「ふん……‼」

 

 海馬は少々呆れた様子で鼻を鳴らしたが、それ以上は何も言わず再び正面を振り向いた。

 今度はメイも止めない。代わりに最後まで見送ろうと佇む。その隣には、いつの間にかヒュウが来ていた。

 

「ヒュウも、ありがとね」

「ま、今回だけはな。それより、アイツもう行っちまうぜ」

「おっと……!」

 

 素っ気なくヒュウに促されたメイは一歩踏み出し、去り際の海馬へ呼び掛ける。

 

 

「また会おうね、海馬くん‼」

 

 

 海馬はもう振り返らなかった。

 メイたちの言葉を背に、ただ前だけを見つめてPWTを後にした。

 

 

 

 

 

〇●〇●〇

 

 

 

 

 

 会場から出た途端、薫り高い海風がコートの裾をはためかせた。

 夕刻の波止場はすっかり日が傾き、朱色に染まる海が夕陽の煌めきをよりいっそう際立たせている。まるで絵に描いたような黄昏の景色の中では、ゴテゴテのネオンで彩られたPWTのドームも、どこか褪せて見えるような気さえしてくる。

 ぽつぽつと点灯し始めた街灯に沿って少し歩を進めれば、何処からともなく聞こえてくる潮騒の音。寄せては返す波の感触が靴裏を伝ってくるようで、闘い終えた後の体にも心地良い。

 

 

「おや、お疲れ様ですね!」

 

 

 桟橋付近でしばらく波の音に身を任せていると、ふと聞き覚えのある声が掛かった。

 目だけで見やれば、そこではタブレット端末を片手にアクロマが朗らかな笑みを浮かべている。

 

「……貴様か。何の用だ」

 

 現在最も顔を見たくないほどには面倒な人物との遭遇に、海馬はやや不機嫌そうに返した。

 

「いえいえ、たまたま通りがかっただけです。ところで先ほどの決勝戦、拝見しましたよ! 互いにポケモンの力を引き出し合った、実に見応えのある勝負でしたね‼」

「それは侮辱か?」

「まさか!」

 

 皮肉を交えて返した言葉に、しかしアクロマは間髪入れずに手を広げ、大袈裟に否定してみせる。

 

「わたくしは純粋に感動したのです! このPWTでは様々な勝負を記録しましたが……! アナタのものは特に、今後の研究においても重要な資料となり得るでしょう!」

「ふん、勝手にしろ。そんなくだらん話をするために来たのか?」

「いえ、実はもう一つ。アナタにも共有したい新たな疑問がありましてね……‼」

 

 と、そこでアクロマは意味深に言葉を切り、眼鏡のフチを光らせた。待ってましたと言わんばかりの素早い手つきでタブレットを操作し、液晶画面を海馬へと突き付ける。 

 映っていたのは、ちょうど決勝戦での最終局面。海馬にとっては苦々しい、ゲノセクトの『ニトロチャージ』を返されるシーンだ。

 

「これは……!」

「はい。お気に障るかもしれませんが、決勝において一気に形成逆転した瞬間を記録させていただきました。というのも、これがわたくしにとってはたいへん興味深いデータでしてね」

 

 海馬を極度に怒らせないよう彼なりに気を配りながら、アクロマは続けた。

 

「わたくしが思うに、この時点までアナタとメイさんの間には大きな力の差がありました。ポケモンのパワーも、戦略も……、そう易々とはひっくり返せないくらいの差が、です。しかし、彼女は見事それを突破してみせた。これは何故か? ここ一番の場面においては、パワーや戦術をも上回る要素があるのかと――」

「馬鹿馬鹿しい。……では、オレの運が悪かったとでも言うのか?」

 

 アクロマの熱の入った弁を、海馬は声を荒げて一蹴する。

 

「オレ自身が招いた敗北について、今更弁明するつもりはない。馬鹿にするつもりならとっとと失せろ」

「いえいえ、断じてそのような話がしたいのではありません。ただ、彼女の闘い方を見て感じただけですよ。時折無茶な戦術を取ったとしても、ポケモンが最大限のパフォーマンスを発揮するあのメカニズム。今後の研究課題になるかと――」

「くだらん……! 非ィ現実的だ……‼」

 

 苛立ちを露わに吐き捨てる海馬を見て、アクロマも口を噤んだ。これ以上話しても議論が進展しないと判断したか、はたまた本人にも確証がないので続けようもがかったか。その真意は定かでないが。

 最後にアクロマは海馬の目をジッと見据え、彼らしい生真面目な口調で告げた。

 

「――ともかくです。人間とポケモン、異なる種族が闘いの中で交わる以上、両者の間には勝敗と密接に関わる"何か"が存在するのかもしれません」

「モンスターの力と、決闘者(デュエリスト)のタクティクス以外に求められるものがあるというのか? 馬鹿な……‼」

「もっとも、わたくしとてまだ半信半疑ですがね。しかし、そうですね。こういう話も残っていますよ。イッシュ地方の伝説のポケモンを手にした者は、皆彼らに認められた素質ある人物だったとか。フフ、この研究課題は、もしかしたらアナタの方が必要としているのかもしれませんね……‼」

「……待て、レシラムだと?」

 

 刹那、海馬の眉がピクリと動いた。

 長々と語られる中で、不意にアクロマの口から出た言葉。それをみすみす聞き逃すはずもなく、

 

 

「今、レシラムと……! 『青眼(ブルーアイズ)』の名を口にしたか⁉ 貴様は――」

 

 

 海馬はまるで弩にでも弾かれたような反応速度で顔を上げ、直ちにアクロマを問いただすべく詰め寄ろうとして。――すぐに気が付いた。

 今の今まで真横に立っていたはずのアクロマの姿が、影も形もなく消え失せていることを。

 

「なに……⁉」

 

 狐に包まれたような現象に、海馬は愕然として周囲を見まわす。

 だが、人気もまばらな桟橋には、自分以外誰の姿も見当たらない。最初から誰もいなかったのではないかと錯覚するほど、あの奇妙な科学者は忽然と姿を消してしまっていた。

 

(幻か、ソリッドビジョンのようなものか? いや、奴は確かにそこにいた。オレが見逃すはずはない……!)

 

 呆然とその場に立ち竦んでいると、遠くから汽笛の音が聞こえて来た。

 ふと見やれば、波止場の向こうで、今にも出航しそうな帆船のタラップが引き上げられている最中だった。しかし、どうにもきな臭いという直感が駆け巡る。

 帆船にしては妙にハイテク感の目立つ、船体の青白いラインに見覚えがあったからだ。あれは確か、前にハンサムから渡された資料に記載されていた無登録の船舶――

 

(プラズマ団の本拠地、プラズマフリゲート……‼ だが、何故ここに……⁉)

 

 不可解かつ唐突な、目まぐるしい展開に開いた口も塞がらない。

 状況の整理もままならない中、帆船は岸を離れて海原へと進む。やがて視界から完全に消えるまで、海馬はただ指をくわえて見ているしかなかった。

 

「やつは、何を企んでいる……?」

 

 釈然としない面持ちで呟いても、当然答えは返ってこない。桟橋に打ち寄せる波の音だけが虚しく反復し続けている。

 その単調な響きはかえって海馬の鼓動を煽り、更なる闘いの鳴動を予感させた。

 

(……まぁいい、敵はいずれにしろ現れるもの。その時に叩き潰せばいい。今はオレ自身のロードを突き進む方が先だ……‼)

 

 いつしか頭上には一番星が瞬き、夜の訪れを告げていた。

 余計な逡巡を振り切るように、海馬も踵を返して歩き出す。

 向かう先はヤーコンロード。イッシュの地下に掘られた洞窟だ。

 

 

「待っていろ、『青眼(ブルーアイズ)』……!!」

 

 

 強い信念を言葉にして、己がロードを貫くためなら、地下にも颯爽と降り立ちひたすら前進する。

 そんな海馬の前途多難な旅は、まだまだ続く。

 続くったら、続く。

 

 




第一章 海馬、イッシュに立つ 完

海馬の旅は続きますが、次回から数話だけ、幕間を挟みます。
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