海風が、厚ぼったい雲を引きずるように吹きすさぶ。
昼下がりのさんさんと照り付ける太陽が隠れた今、海沿いの丘に集結したアローラ産のナッシーたちは、日光の当たる場所を求めて移動を始めている。鈍重な足取りで一歩、また一歩と進むたびに長く伸びきった首が揺れ、頭上の葉っぱがざわめく。
彼らがどこかへ去ってしまった後、この場に残るのは見るのも虚しい灰色に染まった海岸の景色のみだ。何があるかと聞かれれば、思い出すこともはばかられる過去の汚点が一つだけ、ポツンと放置されている。
スーパー・メガやす。その跡地。
島の禁忌を侵したがために破壊された、いわくつきの施設に近寄る人間はめったにいない。皆、アローラに伝わる
おかげでメガやすの跡地は、撤去されることもなく見捨てられたまま。潮風に晒され、外壁がボロボロになった今では、ゴーストポケモンたちが住み着く心霊スポットになり果てている。
そんな廃墟の前に、ゆらりと佇む少年の影が一つ。
白い長髪を風になびかせ、崩れ落ちた扉の向こうに広がる真っ暗な店内をじっと見据えていた。
そこかしこに漂う、カビと埃の入り混じった匂いに多少顔をしかめながらも、さっさと内部へ乗り込んでやろうという顔つきである。
入口からしばし中の様子を窺った後、彼は迷わず足を踏み出した。
「何してるの?」
と、その時だった。不意に背後から声を掛けられて少年は静かに振り返る。
廃墟の近くに積まれた瓦礫の山の影に隠れて、つぎはぎだらけの服を着た小柄な少女がこちらを見つめていた。
「何だ貴様は」
少年は鋭く目を細めて少女を睨む。
「ここ、メガやすの跡地だよ? 勝手に入ったら危ないよ」
「……その言葉、そっくりそのままテメェに返すぜ。小娘がこんな場所で何してやがる?」
「む、子ども扱いしないで! アセロラ、こう見えてもキャプテンなの‼」
少女が得意気に胸を張ると、頭上で結わえられた髪の毛がぴょこんと跳ねた。
「なんだと……?」
聞き捨てならない言葉に、少年は片眉を吊り上げ少女の顔を仰視する。
キャプテン。それはアローラに伝わる『島巡り』の試練を突破した中でも、選りすぐりの猛者に与えられる称号だ。まさか外見に若干幼さの残る少女が勤めているとは思いもよらなかったが、彼女の髪留めは由緒正しき島巡りを突破した『証』そのものであった。
「どう? 少しは見直したでしょ! それで、お兄さんの方こそ何しに来たの? もしかして島巡りのトレーナーさんかな?」
口元を猫のように緩ませ、アセロラは少年の顔を覗き見た。近寄りがたい雰囲気を纏う相手に、まるで物怖じする気配もない。
少年は軽く舌を打つ。この手のタイプは面倒くせぇ、とでも言いたげな表情で、頭を掻きながら答えた。
「ケッ、あいにくオレ様は島の住人じゃないんでね。島巡りなんざ興味はねぇよ」
「あれ? 観光客さんだったの? じゃあ、なおさらここには近寄らない方がいいよ! 真っ暗なのをいいことに、ゴーストポケモンたちがうろついてるんだもん! アセロラがいればまだ安全だけど」
「ゴーストポケモン? ……なるほどな」
少年はようやく合点がいった様子で、瞳をギラリと光らせた。
「貴様がゴースト使いのキャプテンか、長いこと探したぜ」
「探した? アセロラを?」
不思議そうに小首を傾げるアセロラ。少年は「そうだ」と頷き黒コートの裾を払うと、腰のベルトからモンスターボールを引き抜き構えた。
「単純なことさ。オレ様は貴様にデュエルを申し込みに来たのよ!」
「えーっ! バトルを⁉」
「クク……オレ様はオカルトデッキの使い手なんでね。ゴーストタイプのポケモンを使う貴様とは、一度手合わせしてみてぇと思ってたのさ」
わざとらしく述べてから、ニヤリと口角を吊り上げる。何か裏がありそうな雰囲気こそあれど、その挑戦的な表情は、キャプテンの自負を持つアセロラの興味を惹くには十分だった。
「……へぇ、オカルトがテーマなんて面白そう! いいよ、その勝負受けてあげる!」
アセロラは二つ返事で了承すると、瓦礫の陰から飛び出してモンスターボールを取り出した。
「ルールは4vs4のダブルバトルだ、いいな!」
「オッケー! 古代のプリンセス、アセロラちゃん! 準備完了‼」
「「バトル‼」」
暗雲はいつしか空をすっぽりと覆い尽くしていた。
潮風が怪しげに吹く廃墟の傍で、バトル開始の掛け声が轟く。
「オレ様の先攻! モンスターを二体召喚だ‼」
最初に宣言した少年の方だった。二個のボールを一気に投げれば、迸る閃光の中より彼のポケモンたちが姿を現す。
▽??? は ミミッキュ と ミカルゲ を繰り出した‼
あのピカチュウに似たフォルムで立つばけのかわポケモンのミミッキュと、妙な石ころの割れ目から顔を覗かせるふういんポケモンのミカルゲ。どちらもゴーストタイプを持つ二体は、筆舌に尽くしがたい独特な鳴き声と共にフィールドへ降り立った。
「先攻に攻撃は許されていない……! オレ様はこれでターンを終了するぜ!」
「アセロラのターンだね! みんな、いっくよー‼」
▽アセロラ は フワライド と ダダリン を繰り出した‼
「フワラララ……」
「ダ……ダダ……‼」
アセロラの頭上には、ふわりと浮き上がったききゅうポケモン・フワライドが。そして手前側には、海底の沈む錨の如き風貌のダダリンが出現する。当然どちらもゴーストポケモン。アセロラが得意とするタイプである。
「すごいすごい! フィールドがゴーストタイプで埋め尽くされちゃうなんて、滅多にない光景だよね! 何だかワクワクしてきちゃう‼」
「ククク……随分と余裕そうじゃねぇか。だが、これは闇のゲームだ……! 一瞬の油断が命取りになるぜ‼」
「もちろん、わかってるよー!」
強力なワザや特殊能力を持つゴーストタイプのポケモンは弱点も特殊だ。同じゴーストのワザで大ダメージを受けてしまう。
それゆえにゴーストタイプ同士のバトルは、相手の行動を読み合う心理戦の側面も強い。
大好きなゴーストポケモンを前にして、楽しそうに体を揺らすアセロラも、そのことは重々承知している。
「まずはフワライドで攻撃! ミミッキュに『シャドーボール』‼」
「フワァ!」
明るい掛け声が飛び、フワライドが力を溜めれば、頭上に集う闇の力が漆黒のエネルギー弾となって解き放たれた。
ゴーストタイプの主力ワザ、『シャドーボール』は不規則な軌道を描いてミミッキュに襲い掛かり、ぼろ布のような体に怨念を思い切りぶちまける。
▽フワライド の シャドーボール‼
▽効果は抜群だ‼
「グギュ……」
出だしから強烈な一撃をもらい、後方へ倒れ込むミミッキュ。しかし弱点を突いたにも関わらず、あまり手応えを感じられない反応だ。
ピカチュウの頭部に見える部分がコテッと倒れただけで、すぐさま戦線へ復帰してみせた。
「ククク……先制攻撃は無駄だ! ミミッキュは僅かなライフコストと引き換えに、戦闘ダメージを一度だけ無効にできる‼」
【ミミッキュ の ばけのかわ】
▽ばけのかわ が 身代わりになった‼
「カカッ……‼」
不気味な笑い声が上がり、ぼろ布に空いた二つの穴から真の眼がキラリと光る。これぞミミッキュの十八番。どんな攻撃だろうといなしてしまう、凶悪極まりない特性である。
だが、対するアセロラに焦りの色はなかった。
「流石ミミッキュ! 『ばけのかわ』は丈夫だね‼」
その場でくるりと回転しながらミミッキュを称賛しつつも、口元を緩ませて自身の程を見せつける。
「けれど、二回目は耐えきれないよ‼ ダダリン‼」
「ダダン‼」
「『アンカーショット』‼」
フワライドに代わって前に進み出たダダリンの錨が勢いよく伸びて、空中で華麗な弧を描いた。風を切って唸る錨は一瞬のうちにミミッキュの懐をバッチリ捉える。
「このワザのタイプは鋼! ダダリンの特性『はがねつかい』とのコンボで、威力もパワーアップするよ‼」
「なに……!」
「やっちゃえ、ダダリン‼」
「ダダァン‼」
▽ダダリン の アンカーショット‼
真横から薙ぎ払われたド級の錨が、布切れを纏う胴体部分に直撃した。
▽効果は抜群だ‼
フルスイングでかっ飛ばされたミミッキュは、メガやすの廃墟を囲むひび割れた塀に叩きつけられ、轟音を鳴らしながらそれと共に崩れ落ちた。白煙が立ち昇る残骸の中、文字通りぼろ雑巾のようになって薄く地面に伸びてしまう。
▽ミミッキュ は 倒れた‼
「チッ……!」
「ミミッキュは特性もワザも強力な子だからね。悪いけど、真っ先に狙わせてもらったよ‼」
ワザを無効化した上で立ち回れるミミッキュを残しておくわけにはいかない。そう判断して取った連撃はひとまず成功を収めた。アセロラは少しばかり安堵の吐息をこぼすと、すぐに瞳をキリリと輝かせて少年の出方を見守った。
「……まぁいいさ! こんなモンスターごとき、いくら倒してくれたって構わねぇぜ!」
ミミッキュを戻した少年は「ククク」と喉を鳴らて、フィールドに立つもう一体のポケモンに目を向けた。
「だが、この礼は貴様にもきっちり返してもらわねぇとな……! いくぜ、ミカルゲでダダリンを攻撃‼」
高らかな攻撃宣言が下され、ミカルゲの目と思わしき箇所が妖しく光る。石から漏れ出た霊体の渦が激しく回転し、怨嗟の声を轟かせながらダダリン目掛けて襲いかかった。
「『イカサマ』発動‼
▽ミカルゲ の イカサマ‼
かなめ石より這い出た邪悪な怨霊の攻撃はダダリンの体を一直線に貫き、その体力を一気に削り取る。
ズウンと鈍い音が響いたかと思えば、本体の舵輪と共に浮遊する錨が、まるで力尽きたかのように落下する。
▽効果は抜群だ‼
「ダ……ダ……」
「だ、ダダリン⁉」
アセロラが慌てて呼びかけるも、その声は届かず。ダダリンは砂浜に錨を突き立てたまま、舵輪部分をガクリと地面へ投げ出し、沈黙してしまった。
▽ダダリン は 倒れた‼
「そんな、一撃で……⁉」
「ククク……これが『イカサマ』の効果だぜ‼」
少年は不敵に笑いながら告げた。
「このワザは、攻撃対象となったモンスターの攻撃力を自身の攻撃力として利用できる! つまり、テメェのダダリンにとっては最も有効なワザってわけだ……‼」
「むむむ……一筋縄ではいかないみたい! このターンは痛み分けかぁ……」
「痛み分けだと? クク……そいつはどうかな? 貴様は既に、オレ様の罠に嵌っているんだぜ‼」
「え……⁉」
「見てみな、貴様のフワライドを‼」
そう促されて視線を移した、アセロラの目が驚きに満ち溢れた。
空中を漂うフワライドの側頭部辺りに、何やら見慣れない、紫色のオーラを纏った半透明の杭が突き刺さっていたのだ。しかも、その杭は次第に体の奥へ奥へと食い込み始めていき、フワライドの表情を苦痛に歪ませている。
▽フワライド は呪われている‼
「これは『のろい』の症状……⁉ いつの間に‼」
「貴様の総攻撃を受ける前に発動させておいたのさ‼ いくら囮にしたって、ミミッキュをタダで倒されるほどオレ様は甘くないぜ‼」
少年はこれ見よがしにミミッキュのボールを掲げて煽った。
「呪われし杭は貴様のモンスターを蝕み、毎ターン、最大ライフの4分の1のダメージを与え続ける! フワライドもそう長くは持たないぜ! クククク……‼」
「むむむ……! アセロラちゃん、ちょっぴりお口あんぐり‼」
アセロラは口をぽっかり開けつつも、しかし少年の戦術を素直に称賛する。
「お兄さん、不思議なトレーナーさんだね! バトルに手慣れてるこの感じ! ちょっと荒っぽいところはあるけど、楽しい勝負だよ‼」
「……そうかよ」
だが、そのセリフを聞いた少年は小さく舌を打った。
先程からずっと、おおらかな性格が垣間見えるアセロラの言動。それが気にくわないといった具合で顔をしかめている。
(チッ、なまじゴースト使いなだけあって、肝っ玉まで座ってやがる。生半可なことじゃ驚きもしねぇか)
胸中でぼやきながら、最奥でゆらゆらと揺れている少女の呑気な顔をもう一度睨む。
ウラウラ島のキャプテンの一人にして、ゴーストZを持つ小娘、アセロラ。
わざわざ彼女を探してまで勝負を望んだのには理由があり、手合わせの希望など所詮その場限りの出任せにすぎない。
すべては、とある計画を実行に移すためだ。
(……まぁいいさ。どの道、あんまりうかうかもしてられねぇんだからな。さっさとオカルトデッキの餌食にしてやるまでよ……‼)
モンスターボールを持ち換えた少年の口元が吊り上がり、意地の悪い期待から思わず邪悪な笑い声がくつくつと零れた。その時だった。
「……ならいいぜ。そんなにオレ様とのゲームが楽しいって言うならよ……!」
彼の胸元が小さくも禍々しい光を宿したかと思えば、特徴的なリングがその光の中心から浮かび上がって形を成した。
丸い外輪の内側に位置する、三角形の中心に象られたウィジャト眼。輪にぶら下がった鋭利なトゲ。見るものを思わず不安にさせる異様な形状が目を引く。
「これから貴様には、オカルトデッキの真の恐ろしさをたっぷり味わわせてやるぜ……‼」
それは決して、
古の王朝時代から墓守の一族の手によって受け継がれてきた、神秘の力を持つ『千年アイテム』が一つ。最も危険と名高い『千年
そのリングに宿っていた邪悪な意志は、何の因果か次元すら超えて、今アローラの大地を踏みしめている。
「さぁ! 闇のゲームの続きといくぜ‼」
千年リングに宿りし邪悪な意志を持つ少年――闇のバクラは、今一度不敵に笑いながら、声高に宣言するのだった。
バクラ、遂に参戦‼
海馬同様、使用ポケモンは基本的に原作使用カードをモチーフに決めています。
ただバクラの場合はデュエルの回数が少ないんで、マイナーカードが紛れ込んでしまう分にはご容赦ください。