遊☆戯☆王 ポケットモンスターズ   作:木之下ジャンクション

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43.再会

 

 湿った風が頬を撫でると、微かに水草の臭いがした。

 ぬかるんだ湿地に点々と張った水面には背の高い草が生い茂り、時折吹く風によって波打つ様が見る者の心を和ませる。

 湿原に囲まれたなだらかな丘陵の上には、昔ながらの風車や小ぢんまりとした民家が点在し、まさに絵に描いたような田舎町の風景が広がっている。

 

 セッカシティ。ネジ山と湿地帯の狭間に位置する、風光明媚な陸の孤島。

 さほど近代化も進んでおらず、古風で牧歌的な雰囲気漂うこの土地に、海馬は足を踏み入れているのだが――

 

 

「ふん、大して見所もない街よ」

 

 

 元より平穏な街の気質とは真反対な性格の男である。

 のどかな空気を味わったのは、洞窟から抜け出た際にした深呼吸くらい。後はのどかな自然など一顧だにせず、ずんずんと足を進めて、その日はポケモンセンターに一泊した。

 そうして翌日の早朝。手持ちのポケモン共々体力満タンの状態で宿を出た彼は現在、ポケモンセンター横の高台から改めて景色を眺め直している。

 視界いっぱいに広がる湿原の奥、街から離れた湖のほとりには、細長くも立派な塔が屹立していた。

 

(あれがリュウラセンの塔か……‼)

 

 遠目でも分かる、古めかしい石造り。

 天を衝くほどに高く伸び立ったそれこそ、海馬が目指す次の目的地に他ならない。

 イッシュ地方の伝説のドラゴンたちと深い関わりを持つというリュウラセンの塔。二年前にはNとかいうプラズマ団の『王』が、実際に塔の天辺でレシラムを目覚めさせたとも語られる。

 その数々の伝承や目撃談に秘められた僅かばかりの可能性を求めて、遥々ここまでやって来たのだ。

 

(どこの馬の骨ともわからん『王』とやらが、一体どうやって青眼(ブルーアイズ)を従えたのか? そのトリックは謎だが、このオレに不可能はない)

 

 自信たっぷりに腕を組み、塔を値踏みするように睨めつける。

 すると、ベルトにぶら下がったモンスターボールが小刻みに揺れた。左から数えて四つ目にあたる、新たに追加されたばかりのボールだ。

 その中には、ヤーコンロードの地下遺跡で手に入れた伝説のポケモン・レジギガスが収められている。

 かつて『青眼の白龍(ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン)』に勝るとも劣らないほどの信頼を向けていた神のカード――『オベリスクの巨神兵』。その面影を持つレアポケモンが手持ちに加わったことで、海馬の士気は今や天井知らずの高まりを見せている。

 レジギガスが凄まじい攻撃力を有していることは、地下遺跡での一幕から既に確認済みだ。そのパワーを持ってして敵わぬ相手など地上には存在しないだろう。

 

「フフ……いよいよ青眼(ブルーアイズ)を手に入れる時も近いか……‼」

 

 意気込みを新たに薄く笑った時。左腕から聞き覚えのある音が鳴った。

 決闘盤(デュエルディスク)の横に並んで装着されたライブキャスター、それが久々に着信音を奏でている。

 海馬の知る限り、これを用いて連絡を寄越す相手は一人だけだ。

 

「何だ?」

『おお、海馬君! 私さ! 国際警察のハンサムだ‼』

 

 端末の通話ボタンを押した途端に響く、忙しない声。

 画面に映し出されたコート姿の男は予想通り、国際警察のエージェントことハンサムだった。

 レシラムに関わるとされる組織・プラズマ団を追って、かなり一方的な形ではあるが、海馬とは協力関係にある。

 

「ふん、やはり貴様か」

『いやはや、こうして話すのはライモンシティ以来だね! 元気にしていたかい? それと、君の友人たちも――』

「世間話をするつもりなら、オレは今すぐ通話を切るぞ。要件があるならさっさと話せ」

『……うん、変わりなさそうで安心したよ』

 

 無碍な態度に苦笑しつつも、さらりと受け流すハンサム。

 すっかり慣れきっているようで、手短に本題を切り出した。

 

『あれから本部に戻って色々捜査を進めていたんだが……『プラズマフリゲート』のことは覚えているかい?』

「ああ、貴様が報告していた帆船か。オレもホドモエシティで目にした。……それで、何か尻尾でも掴んだのか?」

『いや……残念ながら、そこまでは。だけど、調べていくに連れ、あの船の目撃場所に一定の法則があることがわかった!』

「ほう?」

 

 有益そうな情報に、海馬の眉根がピクリと上がる。

 

『フリゲートが目撃された時刻と、その報告が寄せられた地域の気温。これらを照らし合わせると、プラズマフリゲートが出没した地域の気温は、不自然なくらい急激に低下していたんだ‼』

「気温の低下だと?」

『そうさ! そして目撃情報を順番に並べていくと、最近になってフリゲートが北上していることに気付いたんだよ! 以前は挙動なんて定まってすらなかったのに……‼』

 

 ハンサムの声色に熱が籠っていく。

 間違いなく、捜査が思わぬ方向へと進展しているためだ。

 

「なるほど。プラズマ団の奴ら、何か重要なものを掴んだか」

 

 あまりにも見え透いた理由に海馬も溜息を吐いた。相変わらず単純な連中だと、そう心の中で毒づく。

 とはいえ今の段階では、その()()()()()が何なのかまではわからない。だが少なくとも、自分にとって喜ばしいものではないとは推測できた。

 過去に一度瓦解した組織など興味はないが、レシラムを追う過程で再三、対立してきたのも事実。

 下手に力を付けられては厄介だ。それに今更雑魚の相手などしたくもない。

 

「弱いネズミほど、調子づくとしつこく絡んでくると聞くが、くだらん。性懲りの無い連中めが……」

『くれぐれも危険な真似はしないでくれよ。多分、言っても無駄だろうけど……』

 

 面倒くさそうに呟く海馬の顏を見て、形式的な忠告を付け加えるハンサム。

 もちろんそれが十中八九、いや、十発十中無駄骨に終わるだろうことは明確だったが、それでも言わずにはいられないのが彼の性分である。

 

『……とりあえず、いま伝えられる情報は以上だ。また機会があれば落ち合おう。ところで私は、さっきフキヨセの空港に着いたから、再びイッシュでフリゲートを探すよ‼』

「いいだろう」

『海馬君も気を付けてくれ! じゃあ、また‼』

 

 画面の向こうのハンサムが手を振るのと同時に、海馬は通信を切った。

 思いがけない連絡にしては有意義な情報だった。しかし、その一方でプラズマ団との因縁もまだまだ続きそうな気配が漂う。

 やはりレシラムを追う上では切っても切り離せない連中なのだろう。いずれ、決着を付ける時も来るのだろうが――

 

 

(……まぁいい。その時は、実力の差を徹底的にわからせてやるまでだ……‼)

 

 

 その程度なら些細なことだと、そう言わんばかりの表情で。

 海馬は再び街の北側へと足を向けた。

 

 

 

 

 

〇●〇●〇

 

 

 

 

 

『イッシュ地方の歴史――それは遥か数千年の昔、古の建国神話まで遡るという。

 一説によればイッシュ地方は双子の英雄によって創られたとされている。

 彼らには伝説の竜が付き従い、それぞれが求める「理想」と「真実」の象徴として君臨した。

 ここは、その英雄と伝説の竜が出会った地とも語られる、イッシュ地方最古の建造物である。』

 

 

 ――と、石碑には古風な字体が刻まれている。

 長年風雨にさらされて掠れた荒削りの岩壁。波うつ湖の際に悠然と聳えるリュウラセンの塔は、その伝承に相応しい風格を纏っている。

 どことなく物哀しさを感じるのは、湖面から吹き付ける冷たい北風のせいか。今朝の空は雲一つなく晴れ渡っているのに、この一帯だけ妙に肌寒い。

 そのせいか、街の近くにある名所だというのに観光客の姿はほとんどなかった。閑散とした塔の周辺ではざわざわと、木々の枝葉が擦れる音ばかりが響いている。

 

 まるで塔の周辺だけ時が止まっているかのように錯覚してしまうほどの、ある種の神秘的とも思える雰囲気。

 だが、そこには一点だけ、何かただならぬ事が起こったと思える痕跡が残されていた。

 

(これは入り口か? ……いや、違う)

 

 岸から掛けられた現代的なタラップの先、塔の正面部分にあたる壁に、直径二メートルほどの大穴がぽっかりと空いている。

 一見、内部への入り口に見えるが、どうも最初からそのような作りになっていたわけではなさそうだ。その証拠に穴の形は歪で、周辺の壁には亀裂も走っている。

 

(恐らく、爆薬を用いて無理やりこじ開けたな……)

 

 いつ崩れても不思議ではない遺跡を相手に、大胆な手法を使う連中がいるものだと呆れる。

 そんな強硬手段に打って出るポンコツどもなど、()()()()以外存在し得まい。

 

 

「プラズマ団か……」

「その通りだ」

 

 

 海馬が呟いたその時、背後から透き通った声が答えた。

 即座に振り向き、そこにいた人物を直視した海馬の眉間に皺が寄る。

 

「久しぶり、かな? 前にも少し会ったよね」

 

 風になびく緑の長髪。深く引き込まれそうな瞳。

 端正な顔立ちがらも儚げで、どこか捉えどころのない雰囲気を纏う青年には、確かに見覚えがあった。

 

「貴様は確か……ハルモニアとか言ったな」

「覚えていてくれて嬉しいよ」

 

 頷いて、青年は薄く微笑んだ。

 この男とは以前、一度だけ顔を合わせたことがある。やはりレシラムを追って古代の城へ乗り込んだ時だ。そこでは、どこか異形めいた彼の雰囲気を警戒して、深く接触することもなかったが――

 

「ふん」

 

 再び相まみえた今でも、この青年に対する印象は変わらなかった。心のうちまで見通さんとばかりに海馬を直視する不思議な眼に、ぎこちなさを感じる微笑。一見爽やかな佇まいにも関わらず、面と向かっていると、胸中がざわつくような感覚を覚える。しかし、あくまで彼の姿勢には、こちらに対する悪意や敵意といったものは全く感じられないのだから奇妙だった。

 

「この塔に近づく度に待ったが入る。こいつは偶然かな……フフ……‼」

 

 海馬は、そんな謎めいた青年にわざと皮肉めいた笑みを零し、塔の壁に開けられた大穴を指で示した。

 

「お次は何だ? 塔の天辺で、プラズマ団と鉢合わせになるとでも?」

「二年前ならそうなっていたかもね」

 

 そう口にし、天高く連なるリュウラセンの塔の頂上を見上げる青年。

 朝日の眩しさに目を細めつつ、彼は浸るような口調で言った。

 

「そう、二年前さ。この塔で一人の男と一匹のポケモンが向き合った。その男は世界を変えようと、真実を追い求めていた……」

「そのモンスターが伝説の竜ことレシラム――すなわち青眼(ブルーアイズ)ということか?」

 

 話の続きを察して海馬が口を開く。青年は無言でゆっくりと頷いた。

 

「ああ。……そして、レシラムを目覚めさせたのがプラズマ団の『王』だ。君も知っているね?」

「ふん、Nとか言っていたな。ホドモエの残党どもは」

 

 大層な呼び名が多いやつだ、と吐き捨て、海馬は青年を横目で見やる。

 さりげなくベルトのモンスターボールに手を掛け、警戒を解かぬよう注意しながら訊いた。

 

「ところで奴らは、そのNが旅に出たとものたまっていたがな……」

「やめてくれないか。ボクはポケモンバトルができないんだから……。ほら、ボールだって持ってないしね」

 

 さらっと手を広げて、素手であることをアピールする青年。

 こちらの行動を先読みしていたらしい。牽制はまるで意味を成さず、海馬は思わず舌打ちしそうになった。

 

(……あの時同様、食えない奴だ)

 

 超然とした振る舞いに内心毒づき、青年から視線を外す。

 この手の電波めいた人間と話しているとどうにも調子が狂う。余計な気苦労で時間を浪費したくないのが本音だ。

 掴みかけたボールから手を放して、再度睨みを利かせる。払った腕によって微かに捲れたコートの裾が、風にはためく。

 

「そういえば、キミの方はポケモンバトルをするんだよね」

 

 ちら、と視線を下に向けて青年が尋ねた。

 揺れるコートの隙間から僅かに除いたモンスターボールに、何やら興味を抱いたようだ。

 

「それがどうした」

「ちょっと思い出したんだ。……確か、ホドモエシティで大会に出ていただろう? 旅の途中でボクも偶然、決勝戦の中継を見たんだよ」

「………」

 

 いつかのPWT(ポケモン・ワールド・トーナメント)のことだろう。

 海馬が押し黙っていると、青年は記憶を掘り起こすように目を伏せた。

 

「あの決勝戦は見応えがあった。互いが死力を尽くした激闘……。ポケモンとトレーナーが、まさにひとつとなった瞬間だった……。そこには、ボクの求めるモノが詰まっていたんだ」

 

 湖畔の木々をざわめかせながら、そよ風が二人の間を吹き抜ける。

 胡乱げな目をした海馬を他所に、青年はその風を肌で感じ取るように、心地良さそうに瞼を細めた。

 

 

「……キミにも何か特別な力があるのかな?」

 

 

 唐突ながらも純粋な響きを孕んだ問いで、青年は尋ねる。

 海馬はかすかに目を見開いたが、特に動揺はしなかった。

 

「フ……特別な力だと? くだらん。仮にそんなものがあったとして、オレには何の関係もない」

「でも、キミは今、こうしてレシラムとの距離を縮めようとしている。伝説の足跡を追って……」

「それが何だ。オレはこれまで、オレ自身の力で道を切り開いてきたのだ。そのやり方は変わらん。あくまでも自らの手で青眼(ブルーアイズ)を従えてみせる。当然のことだ」

 

 青年を軽く一蹴し、視線を塔に戻す海馬。

 一刻も早くレシラムを追いたい彼に、これ以上会話を受け付ける気はなかった。もはや青年の顔を見ることすらせず、ぶっきらぼうに言い放つ。

 

「ふん、無意味な問答だったな。オレは先を急ぐ。もう何も構うな」

 

 そうして歩き出そうとした海馬へ、青年は難しそうな表情をしながら、なおも言葉を投げかけた。

 

「最後に一つだけ聞かせてくれ。キミは何故、レシラムを追っているんだい?」

「決まっている」

 

 僅かに足を止めた海馬が、背を向けたまま答える。

 

 

「『青眼(ブルーアイズ)』はオレの誇り……‼ それがこの世界にも存在するなら、入手を望むのは当然のことだ」

 

 

 北風が塔の壁の前で強く吹き抜けた。

 ぶわりと唸る風が海馬の体を煽る。だが、決然とした青い瞳はリュウラセンの塔の頂上を見据えて離さない。

 彼の強靱な意志は、この不思議な世界に迷い込み、旅に出たあの日から、何一つとして変わってなどいなかった。

 ただ、決して消えることのない熱き決闘者(デュエリスト)の魂によって、ひたすらにロードを進んでいる。彼にとってはそれだけのこと。

 

「そうか……」

 

 多少は納得したような、それでもあまり腑に落ちていないような、曖昧な返事がかえってくる。

 流石の青年も、それ以上は何も言えなかったようだ。大それたことをスパリと言い切る海馬の勢いに気圧されたか、単純に突飛過ぎて理解が及ばなかったか……その詳細は定かではないが。とにかく、青年はそれ以上の追及をやめた。

 吹きすさぶ風に帽子のつばを抑えながら、青年は海馬の背中を複雑そうな面持ちで見やって、

 

 

「少しだが、キミと話せて良かったよ。……また会おう、海馬くん」

 

 

 と、最後にそれだけ言い残し、塔とは反対方向の森へと姿を消した。

 

「……ふん」

 

 海馬もまた、その青年を一瞥すらせずに、迷いなく塔に向かって歩み出した。

 岸から掛けられたタラップを、カツンカツンと足早に踏みしめる途中、正面に壁に開いた大穴から、内部の空気が流れてくる。

 湿っぽく苔むした岩の薫り、年季の入った埃の匂いと、それらに混じって微かに感じる竜の息吹。

 

 どうやら間違いはなさそうだ。

 海馬は引き締まった口元をにやりと緩め、勇まし気に塔の内部へと乗り込んでいった。

 

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