遊☆戯☆王 ポケットモンスターズ   作:木之下ジャンクション

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46.結晶の襲撃‼

 

 果てしない雲の狭間を、リザードンが風を切って突き進む。その背に跨る海馬は、ふと神妙な面持ちで後方を振り返った。

 今しがた脱出したばかりのリュウラセンの塔は、既に遥か後方で豆粒のように小さくなっている。オマケに分厚い雲に視界を遮られるのでほとんど状況を窺えないのだが、ざっくりとした見立てでは、乗り込む前と変わらぬ様子で湖の端にまどろんでいるようであった。

 

「ふん、流石に上空まで追っては来れんか」

 

 ひとまず危機を脱したことを確認し、海馬はいくらか肩の力を抜いた。

 と言っても、完全に気を休められたわけではない。塔頂で繰り広げた死闘の余韻は色濃く残り、依然としてアドレナリンが滾り続けている状態だ。

 

(ダークトリニティ……。まったく、プラズマ団の手先に相応しい下手物どもよ)

 

 薄汚い刺客の顏を思い返して心の中で毒づく、そんな主人の心中を悟ったのか、リザードンはチラリと目を向けると、気遣うように一声鳴いた。

 

「リザァ?」

「ふん、案ずるな。奴らには、いずれ身の程をわからせてやるつもりだ」

 

 海馬は、そこで言葉を区切って濁る雲を眺めた。

 

「……それより。先に片づけねばならん問題がある」

 

 厭わしそうに呟き、鼻を鳴らす。

 

(リュウラセンの塔で見たビジョンは確かに真実だ。青眼(ブルーアイズ)はやはりオレを導いている。だが、あの閃きを信じるなら今は――)

 

 レシラムにまつわる記憶の断片(ピース)

 その中でも、ひと際強烈に焼き付いた映像が再び脳裏を過る。

 

(ゲーチス。……Nよりもまず、奴を先に倒すべきか)

 

 これまで、レシラムを連れたNを追ってがむしゃらに突き進んできた海馬であるが、ここに来て歯牙にもかけなかったゲーチスの存在が、彼の思考に楔のように突き刺さっていた。

 青眼(ブルーアイズ)のカードが魅せた光景に、先刻のダークトリニティの襲撃も相まって、その疑惑は確信に変わっている。

 

(ダークトリニティの発言からして、ゲーチスがNと青眼(ブルーアイズ)を欲していることは明白。……何が目的かは知らんが、つまらん騒ぎを起こすに決まっている)

 

 海馬の心に怒りがふつふつと湧き上がった。

 ゲーチスは、仮にも一度はレシラムを利用し、イッシュの支配を達成しかけたという男である。

 もっとも海馬がこの世界に来た時点では、その計画も頓挫していたため、さほど気にも留めなかったが。再びレシラムを狙うとなれば黙っていられない。

 

(誇り高き青眼(ブルーアイズ)の名を穢れた野望のために利用するなど言語道断。Nもろとも奴の手中に落ちることなど、あってはならない……)

 

 薄い唇を真一文字に結んで憤る、海馬の瞳に火が灯る。

 やはり、プラズマ団との直接対決は避けられないらしい。

 いよいよここまで来たかとの感慨を抱き、無意識に「ふん」と鼻を鳴らした。

 

 

 ――と、その時。

 

 

 ふと、飛行するリザードンがピクリと反応し、何かを察知した様子で首をもたげた。

 

「どうした?」

 

 不穏な空気を察した海馬が尋ねた瞬間、視界がぐわりと斜めに傾く。リザードンが突如、急降下を始めたからだ。

 声を上げる間もなく、海馬はリザードンの背にしがみつく。

 頬を掠める強風に思わず眼を細めると、いきなり視界が大きく開けて、淡い大地の風景が眼下に広がった。

 

(何だ……⁉)

 

 海馬は、アクロバティックに落下するリザードンに振り落とされぬよう、必死にしがみ付きながら声を掛けようとするが、刹那。

 上空から唸る轟音が、海馬の耳に突き刺さった。地響きにも似た重々しい反響と、周囲の空気を凍てつかせるような寒気が妙な胸騒ぎを掻き立てる。

 咄嗟に見上げれば、何か巨大な塊のようなものが、灰がかった雲を突き破って飛来してくるではないか。

 

「あれは……氷塊⁉」

 

 頬を伝う汗が、巨塊の発する青白い光に照らされ、冷たくなびく。

 凍り付く寸前のそれを手早く拭って、海馬は叫んだ。

 

 

「くっ、避けろ‼」

「ザアァァッ‼」

 

 

 吠えるリザードンは翼を畳んで落下速度を速めると、その勢いを最大限利用して、迫る氷塊にぶつかる直前、ぶわりと上方へ舞い上がった。

 海馬の背筋に文字通りの悪寒が走る。間一髪で回避した巨大な氷塊は、冷気を放出したまま遥か下へと落下していく。

 

 直後に聞こえてきたのは、ズゥゥゥゥン、と空気を震わすほどの轟音。少し遅れて、一気に上空まで立ち込める凄まじい寒波――。

 

 

 海馬は態勢を立て直しながらも、目を凝らして眼下の景色を探る。

 そして、言葉を失った。

 

 

「こ、これは……‼」

 

 

 着弾地点は街だった……らしい。

 というのも、その一帯がまるで絵の具でも撒き散らされたかのように青白く染まっており、すぐに判別できなかったのだ。

 落下した氷塊は街を破壊するのではなく、あろうことか建物や木々を呑み込み、丸ごと氷漬けにしてしまっていた。

 にわかには信じがたい光景に海馬は目を疑うも、地上から漂う冷気が無情にも現実を突きつける。街一つをたちまち銀世界に変えた、規格外の威力が伝わってくる。

 

「リ、リザ……」

「馬鹿な……‼」

 

 

 惨くも圧巻の光景だった。

 流石のリザードンも狼狽えている。人並外れたパワーを持つポケモンですら慄くとは異常だ。

 黙っていると風が吹いて、再び地上の空気を巻き上げながら、海馬のコートをはためかせる。骨身にこたえる冷気にふと、以前地底遺跡で闘ったレジアイスの姿を思い出したが、海馬はすぐに首を振った。

 

(いや、こんな芸当はあのモンスターですら不可能だ……。たったの一撃で一つの街を凍らせるとは、それこそ……)

 

 

 例の言葉を想起して、海馬がごくりと唾を呑んだ時。

 

 

 コォォォォォォォォォ―――と。

 冷たい空気を切り裂くような、甲高い騒音が雲間から響き渡った。

 同時に巻き起こった突風が、今度は斜め上の方向より海馬を襲い、リザードンをよろめかせる。

 咄嗟にバランスを取りつつ上空へ視線を戻せば、そこには分厚い雲を払い除けて降下する、これまた巨大な影が一つ。

 

「……‼」

 

 途端、海馬の眉が吊り上がる。

 白い帆を揚げた巨大な戦艦。

 横を掠めるようにして飛来した、その見覚えのある外観に、海馬は嫌悪感を滲ませて呟いた。

 

「プラズマフリゲート……‼ ということは、奴らの仕業か……‼」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

『主砲の発射が完了。無事ターゲットへ着弾しました』

『エネルギー炉も異常なし。正常に作動しております』

『ソウリュウシティの全面凍結を確認。テスト結果は良好です』

 

「フフ……よろしい。問題はなさそうですね。では、予定通りにフリゲートを進めなさい」

 

『かしこまりました。……あれ?』

 

「……おや。まだ何ありましたか?」

 

『ああ、いえ、大したことではないのですが……、付近の飛行物体をレーダーが捕捉しました』

『空を飛んで移動中のトレーナーのようですが、これは厄介かもしれません。今の試撃を見られたかも……』

 

「……ああ、このトレーナーですか。ダークトリニティからの報告もありましたね」

 

『いかがなさいますか? 排除しますか?』

 

「そうですね。ワタクシとしてはどうでもいい相手ですが……丁度いい機会だ。エネルギー炉の更なる力を存分に利用して遊んでやりなさい……フフフ……‼」

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 新星プラズマ団の本拠地――プラズマフリゲート。

 ハンサムよりその名を聞かされ、海馬も一度は遠目で目撃した、神出鬼没の巨大戦艦。

 

(しかし、まさかジェット機構まで備えていたとは……)

 

 通りで目撃情報こそあれ、全く尻尾を掴めなかったわけだ。

 帆船が宙に浮かぶという常識を覆す光景には、流石の海馬も舌を巻いた。

 

 だが、いつまでも感心しているわけにはいかない。

 

「リザッ!」

「……当然だ。ここで連中を見逃す気はさらさらない。甲板へ向かえ、乗り込むぞ‼」

「ザアァァ‼」

 

 急かすリザードンへ頷き返すと、オレンジ色の翼が力強く唸る。

 氷漬けの街を背に、大きな弧を描いてリザードンは上昇し、ゆったり飛行するフリゲートの帆先まで到達。そのまま甲板への着艦を試みる。

 

 

 だが、降下の指示を出そうとした直前。海馬の視界の端で何かが動いた。

 

 

▽フリージオ の れいとうビーム‼

 

 

「なに⁉」

 

 シュピン、という音とともに、青白い光線がリザードンの傍を通り抜ける。

 振り向くと、そこには雪の結晶めいた六角形の物体が浮遊していた。人工物のような氷のボディから一瞬、新手のドローンを連想したが、違うようだ。

 デュエルディスクに搭載したポケモン図鑑が、即座にその正体を暴く。

 

 

ー ー ー ー ー

 

フリージオ

けっしょうポケモン

 

氷の結晶でできた鎖を使い獲物を絡め取りマイナス100度に凍らせる。

 

ー ー ー ー ー

 

 

「くっ、氷のモンスター……‼ フリゲートの生物兵器か‼」

 

 冷気を放ち、結晶の奥で仄かに目を輝かせる異形のポケモン。

 その数は一体だけではない。遅れて船底の方から飛来した数十体あまりの個体がリザードンを取り囲み、下部から伸びる氷の鎖をたなびかせる。

 よく訓練された動きから明確な殺気を感じたことで、海馬はすぐさま指示を飛ばした。

 

「蹴散らせ、リザードン‼」

「ザァァッ!!」

 

▽リザードン の かえんほうしゃ‼

 

 一息に吐かれた炎が、大群のうちの一体を包み込んだ。高熱にあてられたフリージオの体からは水蒸気が立ち昇り、悲鳴にも似た甲高い音を発して溶かされていく。

 敵のタイプがわかりやすくて助かった。弱点の炎から逃れようともがくフリージオの隙を逃さず、海馬は乱れた陣形の一点を指差す。

 

「急げ‼ 全速前進だ‼」

 

 リザードンの動きは素早かった。

 フリージオの群れが四方八方から放つ『れいとうビーム』の雨を掻い潜ると、今しがた炎を浴びせたばかりのフリージオを突き飛ばして進む。敵方には一切目もくれずに真っすぐ飛行し、そのまま包囲網を突破した。

 ダメージが重なったフリージオはいよいよ白煙を昇らせて墜落したが、他の群れはやられた仲間など見向きもせず。シャンシャンと不気味な音を奏でてリザードンを追撃し始める。

 ある一体は直線的に、ある一体は曲線的に。またある一体は、それらの動きを不規則に織り交ぜ複雑な軌道を描きながら、再び標的を取り囲もうとしているようであった。

 

▽フリージオ の こおりのつぶて‼

 

 今度は、小さな飛礫が雨のように襲いかかる。

 マシンガンのごとき速度で降り注ぐ氷を、リザードンはどうにか躱していくが、全てを完璧にいなせるわけではない。鋭い礫が翼を掠める度に呻き声が漏れる。

 

「ええい、反撃しろ! リザードン‼」

 

 顏に降りかかる氷の飛沫を避けながら、海馬は反撃の指示を出した。

 ぐるりと旋回したリザードンの口から再び『かえんほうしゃ』が迸り、背後に迫ったフリージオの一体を焼き払う。業火に煽られたフリージオはたまらず仰け反り、後続の群れと派手にぶつかって次々に地上へ落下する、が。

 

 

「リザッ……」

 

 

 横から揺さぶられるような衝撃に、足下がぐらりと揺れる。

 危うくバランスを崩しかけた海馬は咄嗟に翼を掴むも、指が触れた瞬間。身の毛がよだつほどの冷たさに腕の力が抜けそうになった。

 

(なに‼)

 

 見れば、雄大なオレンジの右翼が徐々にその色を薄め、霜に覆われているではないか。

 苦痛に悶えながらも必死に羽ばたくリザードンの頭上を、フリージオが嘲笑うかのように飛び交い、冷気を振りまいた。

 

(『れいとうビーム』の不意打ちか‼)

 

「おのれぇぇぇぇぇ……‼」

「リ、リザァァァ……」

 

 戦慄く主人の下でリザードンは『かえんほうしゃ』を連発。しかし、凍傷を負った翼ではバランスを制御できず、照準は明後日の方向に逸れてしまう。

 思うように反撃が叶わない中、フリージオの集団は着実にリザードンとの距離を縮めていき、やがて。

 

 

「ジジジジ」「ジ」「ジジジ……‼」

 

 

 先の包囲網よりも分厚く、隙間を詰めた障壁となってリザードンを取り囲んだ。

 

「く……!」

 

 無数の結晶が構成する檻の隙間から、雲間に消え行くプラズマフリゲートが垣間見える。海馬は恨めしげに船尾を見つめて唸るも、この状況下ではどうすることもできない。

 フリージオたちは、シャンシャンという涼やかな音色を奏でながら、こちらの出方を窺っていた。既に限界を迎え、徐々に高度を下げつつあるリザードンに追従して降下し、じわじわと迫る。機械染みた執念深さは尋常ではない。

 その光景に思わず背筋を震わせた海馬は、そこで改めて、氷の体から放たれる冷たい空気を感じ取った。

 

 

(冷気……‼)

 

 

 数多のフリージオが集結したことにより、海馬の周囲はまるで冷凍コンテナのような空間が出来上がっていた。

 リザードンが堪えるのも当然だろう。凍える寒風にあてられ続けて平気な生物の方が少ない。それは海馬とて同じ。時折、フリージオの表面から零れ落ちる霜が、じわじわと肌を白く染めてゆく。

 

 

(急激な気温の低下。そして、北上するプラズマフリゲート……‼)

 

 

 海馬は、以前通話したハンサムの言葉を思い出していた。

 

(なるほど、奴の話は真実か。確かにフリゲートの法則と合致している。だが……)

 

 周囲をひしめくフリージオたちを睨んで一呼吸。僅かに白くなった呼気を確かめ、海馬は「やはり」と首を振る。

 

(こんな雪の結晶体どもが、そこまでの気温を操れるとは到底思えん。何か別の要因があるはずだ。それこそ)

 

 リュウラセンの塔でその身に受けた、冷酷無比の極低温――

 

 

(……なるほどな)

 

 

 遥か下に広がる氷漬けの街を見下ろし、納得する。

 プラズマ団の()()()()。その恐るべき力の正体が、今ようやく海馬の知るところとなった。

 

「だが……‼」

 

 もはや手遅れだ。フリージオたちは既に、攻撃態勢を整えている。

 冷凍エネルギーを充填した体がギラリと輝き、数重にもなる個体が『れいとうビーム』の一斉射撃を開始する。

 

 

 その寸前だった。

 

 

 

「『だいもんじ』‼」

 

 

 

 花火のような爆音が空を震わせた。

 次いで、嵐の如き威力の熱風が、周囲のフリージオたちを吹き飛ばす。

 

「くっ……⁉」

「ザァァァ‼?」

 

 視界を遮るフリージオの群。足下から迸る閃光と凄まじい熱波に、海馬はたまらず腕で顔を覆った。

 嵐の中で驚愕に満ちたリザードンの叫び声が耳に入る。自身の巨体を容易く持ち上げんとする勢いの風に抗い、どうにか旋回して事なきを得たようだが。

 腕を退けた海馬の前には、熱風の直撃を受けたフリージオの大群が次々と溶かされ、落下していく光景が広がっていた。

 

 

「きみ、大丈夫だった⁉」

 

 

 呆然とする海馬とリザードンの横へ、大柄な一体の翼竜が飛来する。

 反射的に身構える海馬。しかし、その背に乗っていた小柄な影を見て、半ば困惑しつつも腕を下ろした。

 

「ビックリしたよ! フリージオたちがズバババーって、襲い掛かろうとしてたんだもん! いったい何があったの? あなたのリザードンもケガしちゃってるし!」

 

 

 溌溂とした幼げな声。いかつい翼竜の背からひょっこり顔を覗かせたのは、年端もいかぬ褐色肌の少女であった。

 腰下まで伸びたボリュームのある紫色の髪を強風になびかせ、吹き飛ばされぬよう己の体を支えながら、くりくりと緋色の瞳を瞬かせている。凶暴なフリージオたちを一撃でのしたトレーナーとは到底思えない姿に、海馬はいささか拍子を抜かれた。

 

「……お前は?」

「あ、いけない。先に自己紹介はしなさいって、いつもおじーちゃんに言われてたんだった」

 

 少女は思い出したように呟くと、改めて海馬の顔を見つめた。

 

「あたし、アイリス! この子はボーマンダで、アイリスのお友達の一人なの」

「ボマァァ……」

 

 アイリスに頭を撫でられた翼竜が、どこか誇らしげに鳴く。こちらは大柄な見た目通りのパワーを持っていると見ていいだろう。しかし少女同様、自分たちに敵対心を向けているわけではないようで、その声は穏やかに感じられる。

 名乗られた海馬は「そうか」と短く返し、ひとまず警戒を解いた。

 

「とりあえず礼は言っておく。窮地を脱せたのは事実だ」

「うん、どういたしまして! リザードンも大丈夫?」

「当然だ。こいつは()()()()程度で根を上げるモンスターではない」

「リザ‼」

「そっか……頑張ったんだね! でも、結構消耗してるみたい。後で回復させてあげなくっちゃ」

 

 海馬に続いて鼻息荒く吠えるリザードン。アイリスは身を乗り出すと、その小さな手をそっとリザードンの鼻先に添えて優しく撫でる。

 人懐っこいリザードンは、アイリスに撫でられるまま気持ちよさげに目を細めていた。

 

「……ふん、じゃれ合いなら後にしろ」

 

 寒風吹きすさぶ大空で展開される微笑ましい光景。それを鼻息とともに一蹴しつつ、海馬は改めてアイリスに尋ねる。

 

「アイリスと言ったな。お前は何をしにここへ来た? 用がなければ、こんな悪天候の日に飛び立たんはずだ」

「あ、そうだった! あのね!」

 

 リザードンとの触れ合いに夢中になっていたアイリスは、慌てて姿勢を戻すと海馬に向かって言った。

 

「アイリス、空飛ぶ船を止めに来たの!」

「なに?」

 

 目をそばめる海馬。アイリスは身振り手振りを交えながら、懸命に言葉を紡ぐ。

 

「さっき、おじーちゃんのとこにいたら、空に変な船が見えて……! そしたら、おっきな音‼ ソウリュウシティが凍り付いちゃったの‼ それで、テレビでも大騒ぎなってるのを見てたら居てもたってもいられなくなって、ここまで飛んできたんだよ‼」

「……それでオレたちを見つけた、と?」

「そうだよ。流石にほっとけなかったもん」

「ふん、それで敵を逃がすとはな。……まぁいい」

 

 海馬はアイリスから視線を外すと、再度、無惨に塗り潰された青白い大地を眺めた。

 

(あれが、そのソウリュウシティか)

 

 氷の巨塊が墜ちた街と、目の前の少女を交互に見比べる。

 そのうち、何か胸の奥にふつふつと込み上げるような感情を覚え、海馬は重々しく口を開いた。

 

「……お前の目的はわかった。だが、一足遅かったな。お前の言う飛行船は、今しがた雲の中に消えたばかりだ」

「ええっ! ほんとに?」

「ああ。オレも訳あってあの船を追っていたが……手先のモンスターによって妨害され、近づけなかったからな。今頃はどこか遠くへ逃げおおせているだろうよ」

「そんなぁ……」

 

 話を聞いていたアイリスが目に見えて落胆する。トレーナーとしては相当の実力を秘めているのだろうが、この辺りの感性はまだ子どもというべきか。ボーマンダも心配そうに彼女の顔を顧みている。

 

「とにかく、そういうわけだ。これ以上こんな場所にいても埒が明かん。……あの街にポケモンセンターはあるか?」

 

 上空から凍り付いた街を仰視し続けていると、目がチカチカしてそのうち雪やけになりそうだ。

 海馬は忌々しそうに眼を細め、白い息を吐きながら、アイリスに言う。

 

「オレとしてもフリゲートは追いたいが、今は手持ちの回復が先だ」

「あっ……うん、そうだよね!」

 

 さっき宥めたリザードンのことを思い出して、アイリスがぴょこんと身を起こした。

 

「フリージオに襲われたばかりだもん、ひとまず休まなくっちゃ。アイリスが今から案内してあげる」

「どこへ」

「おじーちゃんの家だよ。 ソウリュウシティにはポケモンセンターもあるけど……今は、ちょっと入れるかどうかわかんないから……」

 

 無邪気に言いつつも、遅れてソウリュウシティの惨状を目の当たりにした少女の口調は緊張に震えている。

 海馬は、そんな彼女の子供らしい表情を横目で眺めつつ、頷いた。

 

「屋根と壁さえあればオレはどこでも構わん。さっさと案内しろ」

「もちろん! こっちだよ、ボーマンダの後に付いて来て‼」

「マンダァ……‼」

 

 アイリスが言うのと同時に、ボーマンダは扇状の翼をはためかせて鳴いた。

 ゆっくりと高度を下げていく一人と一体の様子を見ながら、海馬はふと、自分を乗せるリザードンに問うた。

 

「当然だが、地上まで飛べるな?」

「ザァド‼」

「ならいい。奴らに続け」

 

 かなりの傷を追ってなお、にっと口角を上げて強がるリザードン。まるでグライダーのように滑らかな軌道をなぞって、ボーマンダの後を追う。

 その背中の上で、徐々に冷たくなっていく大気の感覚を確かめながら。

 

 

(下手物どもめ……)

 

 

 海馬は一人静かに、プラズマ団への憎悪を募らせていた。

 





皆さんの好きな海馬のシーンはどこでしょう?
私は、原作DEATH-T編でゲストの子供たちに笑顔で接してるあの場面が地味に好きです。
社長も子供の前ではあんな顔で笑うんだなぁ、って……。
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