遊☆戯☆王 ポケットモンスターズ   作:木之下ジャンクション

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47.凍える世界

 

 過去と未来が絡み合う街、ソウリュウシティ。

 歴史を重んじる人々の手により、この街には昔ながらの景観が多く遺されている。磨き抜かれた石英の建物は、長い歴史の中でソウリュウ独自の文化を育み、またその美しい街並みは住民のみならず、訪れる旅のトレーナーたちをも魅了してきた。

 

 ――だが。そんなソウリュウシティの美観は今や見る影もない。

 

 街全体が絶対零度の冷気によって氷漬けになっていた。白壁は青一色に染まり、屋根には氷柱が垂れ下がる。そこらで茂る草木のみならず、噴水から吹き上がる水までもが皆、一様に静止して、まるで時が止まってしまったかのよう。

 

 プラズマフリゲートから撃ち落された氷の巨弾。

 冷酷無比な襲撃によって変わり果てたソウリュウシティの惨状であった。

 

「派手にやられたものだな」

「……うん。アイリス寒いの苦手だし、本当にもう、最悪だよ……」

 

 少女アイリスに導かれて、海馬が街へ降り立ったのは、ずっと空を覆っていた憂鬱な雲が少しばかり晴れた頃だ。

 差し込む日光を浴びても全く暖さを感じさせない、極寒の空気。そして、弾丸の衝撃で形成されたと思しき氷塊の数々。氷に支配されたシティの、幻想的だがあまりにも異様な光景を目の当たりにして、二人はしばし言葉を詰まらせる。

 

「ザァァ‼」

 

 沈黙が続く中、背後のリザードンが吠えた。

 近場の氷塊を指差し、鼻息を荒げている。横で寒さに顔をしかめるボーマンダと違って、ケガまでしているというのに、何やら自信ありげな様子だ。

 

「ふん、確かにシンプルだが妙案だな」

 

 海馬はそこで、()()()の考えを汲み取ったか、早速リザードンに命令を出す。

 

「貴様の炎で氷を溶かせ、リザードン‼」

「リザァァァ‼」

 

 意気揚々と灼熱の炎を吐き出すリザードン。ただの氷など炎タイプの敵ではない。『かえんほうしゃ』で端から全て焼き溶かす算段だった。

 しかし、奇妙なことに。

 

「……リザ⁉」

 

 炎を浴びせ続けても、氷塊が溶ける気配は一向にない。

 分厚い氷は淡い蒸気すら発生させず、リザードンの業火を跳ね除けてしまったではないか。

 

「あれ、どうしたんだろ? 溶けないよ……?」

「ボマァァァ‼‼」

 

 首を傾げるアイリス。見かねたボーマンダが息を吸い込み、『だいもんじ』で援護する。

『かえんほうしゃ』とはかけ離れた威力の爆炎は、氷を穿ち、瞬く間に破壊するかと思われたが――熱量を上げてなお、ビクともせず。

 それどころか、背筋が凍るほどの冷気を放出して、何事もなかったかのように鎮座し続けている。

 

「これは……!」

「うそ⁉ ボーマンダでもダメなの⁉」

「……もういい。そのくらいにしておけ」

 

 彼らの最大出力でも不可能な今、何をやっても氷を溶かすのは無理だろうと、そう海馬は判断した。

 それでも意地を張って殴りかかろうとするリザードンだったが、鋭い声で制止されると、不承不承ながらも「リザ……」と鳴いて、大人しく振り上げた拳を引っ込めた。

 

「ボーマンダも無理しないで! 寒いのは苦手なのに、ありがとう。ボールの中で休んでて!」

 

 アイリスも、海馬に続いて相棒を労い、モンスターボールのスイッチを入れる。ボーマンダも、リザードンほどでないにしろ未練がましい目を氷塊に向けていたが、主人に促されてボールの中へ戻って行った。

 

「でも、何でだろ? 溶けない上に傷一つ付かないなんて……」

「ただの氷ではないようだな。特殊な技術で造られたか。あるいは、それ以上の力を持つモンスターの能力によるものか」

「うーん……。アイリス、そんなことができるポケモンなんて聞いたことないよ」

「………」

 

 首を傾げるアイリスの横で、黙って氷の塊を見定める海馬。

 全てが凍りついた世界の情景は、上空から漠然と見た時よりも遥かに惨い。

 

(プラズマ団の最終兵器。ここまでのパワーを秘めているとはな……)

 

 鳥肌ものの冷気と底知れぬプラズマ団の狂気。それらを肌身で実感しながら胸中で呟く。

 自分以外の存在に対して基本的に無関心を貫く海馬でも、この惨状を前にしては流石に思うところがあった。

 ましてや、それが後々、自分と対峙するであろう存在の仕業とあっては、尚更。

 

 

「戻ったか……!」

 

 

 にわかに、物々しい声が耳に届く。

 振り返ると、そこには白鬚を蓄えた老爺の姿が。

 

「おじーちゃん!」

 

 海馬が反応するより早く、アイリスが手を振る。老人はそんな彼女の様子に、焦燥と安堵の入り混じった吐息をこぼすと、徐にこちらへ歩み寄ってくる。

 遠目に見ても堂々たる風格を感じさせる老人は、齢七十は超えているだろうか。しかし、その肉体は筋骨隆々として、老いを全く感じさせない。

 

「この非常時に突然街を離れるとは……無茶が過ぎるぞ」

「だけど、おじーちゃんのソウリュウシティがこんなことになったんだもん! アイリスも放っておけなくて」

「お前の気持ちはわかる。だが、一人で突っ走ってどうにかなる問題ではないだろう。無謀な真似をして、年寄りを心配させるものではない」

「それは……。うぅ……ごめんなさい」

 

 厳しくも正当な物言いに顔を伏せ、縮こまるアイリス。老爺はやれやれとでも言った具合に、また一つ息をこぼして小さく呟く。

 

「まぁよい。今はお前が無事に帰って来ただけで十分だ」

 

 そこで言葉を区切り、今度は彼女の隣に佇む、見知らぬトレーナーへ目を向けた。

 老爺の眼差しは龍のように尖鋭で、眼力の強さは海馬のそれと遜色なさそうに思える。凍り付いた空間に少しばかりの緊張が走る中、彼はまじまじと海馬の顏を観察しながら、問うた。

 

「……ところで、アイリス。その者は?」

「あ、このおにーちゃんはね! 空でフリージオの群れに襲われてたところをアイリスが助けたの! 名前は、えっと……」

「海馬瀬人だ」

 

 口ごもったアイリスに先んじて、海馬がぶっきらぼうに名乗ると、老人は眉を吊り上げる。ささやかに驚いたような反応を示した。

 

「ほう、君が例の……!」

「オレのことを知っているのか。貴様は何者だ?」

「申し遅れた。私がソウリュウシティの市長にしてジムリーダーの、シャガである。君のことは、同じジムリーダーのヤーコンから……色々と聞かされる機会があったのでな」

 

 そう語るシャガは海馬の鋭い視線を平然と受け止めながら、「うむう」と喉を鳴らし、続けた。

 

「確かに意志の強そうな若者だ。レシラムを追い求めイッシュを駆けまわっていると、噂に聞くだけのことはある」

「えっ、おにーちゃん、レシラムを探してるの⁉」

 

 シャガの言葉に、アイリスが好奇心に目を輝かせて海馬を見上げた。

 

「アイリスも知ってるよ! すっごく強くて綺麗な伝説のドラゴンポケモン!」

「これ、アイリス。話を遮るのはやめなさい」

 

 無邪気なアイリスをたしなめるシャガに、海馬は何か引っかかった様子で「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「奴から何を聞かされたのかは知らんが、その口ぶりだと、何か知っているようだな。伝説の白龍について……‼」

「もちろん、知っているとも。私の一族は、代々その伝承を受け継いできたのだから」

 

 シャガは敬虔な瞳で海馬を一瞥すると、「付いて来たまえ」と踵を返した。

 

「君とは話したいことがある、私の家まで案内しよう。……それでいいかな?」

「………」

「そーしよ! おじーちゃんの家ならあったかいし、リザードンも回復できるよ‼」

「リザ‼」

 

 沈黙する海馬を、背後からアイリスとリザードンが急かした。

 

「……まぁ、いいだろう」

 

 相対する者を見通すだけでなく、自身を値踏みするかのような視線が、若干気になるものの。

 この提案を断る理由がない今、海馬は大人しくシャガの付いて行くことに決めた。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆☆

 

 

 

 

「わぁい、あったかーい‼」

 

 シャガの邸宅は、市長の肩書きに相応しい敷地の広さを誇っていた。

 堅牢な石造りの塀。その奥に広がる厳かな屋敷は、歴史を感じさせる格調高さに満ちており、庭の手入れもさぞ行き届いていることだろう。

 もっとも、現在はそれら全てが氷河に覆われて悲惨なことにはなっているのだが。暖房管理の行き届いた屋内は暖かく、冷え切った体を癒すには打って付けの場所と言えた。

 

「むさくるしい部屋だがくつろいでくれたまえ。アイリス、お前はリザードンの手当てをしてあげなさい」

「はーい!」

 

 シャガの指示に元気よく返事したアイリスは、リザードンを広いリビングまで案内し、薬箱を片手に治療を始めた。

 

「……うん、そこまで傷は酷くないみたい。キズぐすりを使って、少し休めばすぐに良くなると思うよ!」

 

 慣れた手つきでリザードンを寝かし、手にしたスプレーを凍傷した皮膚に吹きかける。薬は傷口に染みたようで、リザードンはいささか顔をしかめて鳴いた。

 

「リザァ」

「大丈夫。もうちょっとで終わるから、我慢だよ~」

 

 先ほどもそうだったがアイリスが優しく声を掛ければ、荒くれ者のリザードンも抵抗することもなく素直に言うことを訊くのだから、不思議なものである。

 

 

「彼女が気になるかね?」

 

 

 両手にカップを持って現れたシャガが、湯だった紅茶を差し出しながら訪ねる。

 

「いや」

 

 即答して、自分のカップに口をつける海馬。それでもシャガは、対面のソファに腰を下ろすと、遠目にアイリスの様子を眺めながら言った。

 

「あの子は、ああ見えてもイッシュポケモンリーグのチャンピオンでな。ポケモンと心を通わせることに長けている」

「……チャンピオン?」

「イッシュ地方でもトップクラスのポケモントレーナーということだ」

 

 シャガは咳ばらいを挟み続ける。

 

「純粋で、優しく、そして強い。多少無茶しすぎる一面もあるが、立派な子だよ。私の誇りの一つだ……」

「………」

 

 感慨に浸り顎髭を撫でるシャガの言葉を、海馬は眉一つ動かさずに聞きながらアイリスを眺めた。

 

 

「……ふん」

 

 

 無邪気な少女と勇ましい翼竜が織りなす、何とも言えないのほほんとした空気。

 それが目に余ったからだろうか。海馬は何とも言えない様子で鼻を鳴らし、そのままドカリと椅子に腰を下ろす。

 シャガに出された紅茶を一口啜ると、その香りを楽しむでもなくカップをテーブルに置いて、さっさと本題を切り出した。

 

「それで、話とは何だ」

 

 一方のシャガは、海馬の無愛想な言動に顔色を変えることもなく、「そうだな」と呟いて言った。

 

「君はどこまで知っている? レシラムについて……そしてイッシュに伝わる英雄の伝説について……」

「このオレを試そうとしているのか?」

「ただの個人的な興味だ」

 

 シャガは海馬の威圧的な眼をものともしていない。

 

「私は、レシラムを探す君がどのようなトレーナーなのかを知りたい。そのためにも、まずは君の知っていることを教えてほしいのだ」

 

 こちらを探るような言葉に、海馬はその鋭い眼をさらに細めて腕を組む。

 

青眼(ブルーアイズ)――もといレシラムの話は、その道中で嫌というほど耳にした。……眉唾物の建国神話だの、真実が云々と語る話だのをな。だが、あいにくオレはカビの生えた噂話の類に一切興味はない」

「あくまでも自分の眼に映る『真実』を求めるということか」

「大層な表現も不要だ」

 

 海馬は「ふん」とつまらなそうに鼻を鳴らして、訊く。

 

「それで? 貴様はオレに何を語るつもりでいる?」

「うむ。君はイッシュに伝わる第三の伝説ポケモンを知っているかね?」

「第三の伝説だと……?」

 

 突如発せられた聴き馴染みのない言葉。

 訝しむ海馬に、シャガは重々しく頷いてみせた。

「うむ。君が知っての通り、イッシュには英雄に付き従った、伝説のドラゴンたちが存在している」

 

 理想を司る黒竜――ゼクロム。

 真実を司る白竜――レシラム。

 

「しかし、これはあまり知られていないことなのだが――イッシュにはレシラムとゼクロムに関係する、もう一体のドラゴンが存在するのだ」

「それが、第三の伝説というわけか。……して、その名は何だ?」

「虚無を司る灰色の龍――キュレムだ」

 

(虚無の龍、キュレム……‼)

 

「アイリス、知ってるよ!」

 

 そこで一旦話を区切り、ティーカップを口元に運ぶシャガに代わってアイリスが続ける。

 

「物凄いパワーを秘めた最強のドラゴンで、絶対零度を自在に操るって!」

 

(絶対零度……!)

 

「……まさか!」

 

 海馬は、氷に閉ざされた窓から薄っすら見える銀世界を睨んだ。

 

(あの、リザードンの炎ですら溶かせぬ氷は、もしや……)

 

「うむ。可能性は高いだろうな」

「……‼」

 

 海馬の思考を見透かすように、シャガは首を縦に振った。

 

「ソウリュウシティを襲った氷は普通の氷と訳が違う。私も壊そうと試みたが、オノノクスの一撃を持ってしても傷一つ付かなかった。あの硬度は並大抵のものではない」

「おじいちゃんでも壊せなかったの⁉」

 

 キズぐすりを使う手を止めたアイリスが驚愕に目を見開く。

 シャガは「ああ」とだけ答えて、さらに語る。

 

「だが……それも伝説の名を冠するキュレムの冷気ならば可能かもしれない。もっとも、誇り高き英雄の器が意図的に悪意を振りまくとも思えぬ。おおかた裏でキュレムを操る者がいるのだろうな」

「でも! キュレムは幻の究極のドラゴンなんでしょ⁉ そんなポケモンを操れる人なんているのかな……?」

「プラズマ団だ」

 

 そこで海馬は拳を握りしめつつ、吐き捨てるように言った。

 

「オレは青眼(ブルーアイズ)の手掛かりを得るため、連中の行方も追っている。そこで遭遇したのだ。奴らの飛行船が地上へ氷塊を放つ、決定的な瞬間にな」

「……! ってことは、空でフリージオの群れに襲われてたのも……」

「キュレムは氷ポケモンの頂点。十中八九、キュレムの冷気によって強化され、いいように操られていたのだろう」

「くっ……‼」

 

 憤激に顔を歪ませ、激しく歯嚙みする海馬。

 遂にそのベールが剥されたプラズマ団の()()()()――キュレムの持つ桁外れの能力。その一端にすら為す術もなかった己の無力さが、彼の怒りを一層強く掻き立てる。

 常に最強を自負する自分ほどの決闘者(決闘者)が片手間にやられるなど、一度たりともあっていいはずがない事なのだ。

 海馬は屈辱に燃える双眸で、キッとシャガを睨み、感情の赴くまま強引に話を戻した。

 

「答えろ、シャガ‼ そのキュレムというモンスターとは何だ‼ オレの青眼(ブルーアイズ)と何の関係がある⁉」

 

 その剣幕は、アイリスが言葉を失うほど鬼気迫るものだった。

 烈火の如き勢いで問い詰められたシャガは、しかし、一切動じることなく、澄んだ瞳で海馬の目を見つめ返す。

 

「……よかろう。長くなるが、心して聞いてほしい」

 

 張り詰めた空気の中、リビングルームには老人の語る声だけが静かに響き始めた。

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

 真実と理想。それぞれを司るレシラムとゼクロムは、元は一匹のドラゴンポケモンとして君臨していた。

 英雄の前にのみ姿を現し、力を貸すという。

 

 そのドラゴンポケモンは、とある双子の英雄を手助けし、イッシュに新たな国を造った。

 だが、双子は真実と理想をそれぞれ追い求め、正しい方を決めるべく、国を2分して対立し始めた……。

 

 困ったのは伝説のドラゴンポケモンだ。

 

 その立場ゆえ、認めた英雄には付き従わなくてはならない。

 だが、どちらか一方にのみ肩入れすることもできない。

 

 その時だ。

 

 葛藤の末、ドラゴンポケモンは白と黒の二匹に別れた。

 自分の使命を果たすため選んだ策だ。

 

 そして、後には虚の器だけが残された──

 

 

 

♢♢♢

 

 

 

「それがキュレムか……」

「うむ。古い言い伝えだが、私はそう考えている。キュレムとは一匹のポケモンが遺した抜け殻だったのではないか? とな」

青眼(ブルーアイズ)の融合モンスター……‼」

 

 この世界で度々感じてきた決闘(デュエル)との奇妙な一致点が、またひとつ増えた瞬間である。

 話を聞き終わるや否や海馬は、全身の血管を駆け巡るアドレナリンの存在を認知して、「ククク……」と喉を低く鳴らした。

 

「にわかに信じがたい話だが、面白い。素材に黒竜(ブラック・ドラゴン)が含まれているのはいささか癪だが、その点以外は完璧(パーフェクト)! このオレに相応しいモンスターではないか。……下衆どもの手に堕ちてさえいなければな」

 

 久々にみせる至高の表情。とはいえ、現状は敵の手中に収まっているも同然。笑みも長くは続かず、またいつもの仏頂面に戻ってしまう。

 

 

「でも、不思議だよね」

 

 

 ふと話に割って入ったアイリスが、小首を傾げて言った。

 

「キュレムがすごいポケモンだってことはわかったけど、抜け殻って言うのは何だか……。その、さいきょーのドラゴンポケモンっぽくない気もするよ?」

「同感だ」

 

 珍しく海馬が他人の意見に賛同する。

 

「いかにキュレムが強靱な冷気を操れたとて、力の大半を失った出涸らし程度の存在で連中が満足するとは思えん。それにプラズマ団は、二年前に行方をくらましたNと青眼(ブルーアイズ)を捜索しているとも聞く。その青眼(ブルーアイズ)とキュレムに深い因縁ががある以上、奴らには真の目的があるとも考えられる……!」

「真の目的、か」

「心当たりでもあるのか?」

 

 海馬に睨まれたシャガの顏が、そこで初めて険しいものに変わった。豊かな顎髭を撫でつつ天井を仰ぎ、しばらく考えを巡らせる。

 やがて、彼は覚悟を決めたような吐息と同時に一言、「うむう」と頷き、今まで以上に真剣な眼差しを海馬へと向けた。

 

「これを話すべきか迷ったが、これも何かの縁だ。真実を追い求める君に敬意を表し、私の知る全てを話すことにしよう」

「ふん、そこまで勿体ぶらなくていい。話したいことがあるならさっさと話せ」

「わかった。……では端的に言おう。我が家に代々伝わる宝のことだ」

「宝だと?」

 

 妙な単語の登場で、海馬の眉が訝し気に歪んだ。

 

「何だそれは?」

「『遺伝子の楔』という代物だ。イッシュ考古学の権威、アララギ博士の調べでは、リュウラセンの塔と同じ時代の成分が計測できたらしい。キュレムとレシラム、ゼクロムが一匹のポケモンから別れたという説を裏付ける、重要な証拠でもある」

「……今更考古学の話などは求めていない。肝心なのはその効力だ。教えろ、その楔には、どんな力が秘められている?」

「それは私にもわからぬ」

 

 シャガは意外なほどきっぱりと言い切った。

 言い切った上で、厳かな口調はそのままに、自身が知り得る情報のみを淡々と綴る。

 

「先代から言われたことはただ一つ。人目に付かぬソウリュウジムの奥で大切に保管しろと……それだけだった」

「ならばゴミだ」

 

 進展がないと見るや海馬は椅子から立ち上がり、苛立ち露わな声で一蹴した。

 

「倉庫で保管されているだけの宝に何の価値がある? 文字通りの持ち腐れだな。……これ以上は時間の無駄だ。埃にまみれた昔話など……‼」

 

 

「そうでしょうか?」

 

 

 いきり立って、リザードンに「行くぞ」と合図を送ろうとした、その直前に。

 

「私はいいお話が聞けたので、満足ですよ」

 

 喉奥から発されたような、どこか空虚で不気味な声が耳朶を打った。

 

(この気配……‼)

 

「……‼」

 

 全員が、咄嗟に声の方へ体を向ける。

 いつの間にやらリビングの中に何者かが潜んでいた。

 色素の抜け落ちた白髪に、光の宿らない虚ろな瞳。人と言うよりは幽鬼に近い風貌の男である。

 

「貴様は……‼」

「久しいですね、海馬瀬人」

 

 海馬が正体を言い当てるより早く、男は恭しく一礼する。そして、冷たい視線で彼をねめつけた。

 

「……まだ生きていたとは驚きですが」

「ふん、オレを殺すなら決闘(デュエル)で殺せと言ったはずだ。もっとも、獅子から逃げ出したネズミには一生不可能だろうがな」

 

 一緒即発の空気が漂う。面妖な黒装束の侵入者――プラズマ団ダークは、どんよりした憎悪の感情を漂わせ、海馬と対峙している。

 その異様な空気にあてられたアイリスが息を呑んでリザードンの側にくっつく。一方のシャガは、遅れて椅子から腰を上げ、一段と険しい表情で両者の間に割り込んだ。

 

「お前は二年前、Nの城で見た……‼ ダークトリニティだな‼」

「これはシャガ殿。……どうですか? 街を襲った氷の弾は……」

 

 シャガの言葉を遮り、侵入者はわざとらしく笑う。

 

「あなた方の想像通り……これらはプラズマ団の技術で生み出した特殊な氷。()()を捕らえている限り、決して溶ける事はない……」

「やはり貴様ら、キュレムを……‼」

「……アイスブレイクはもう充分。速やかに用件をお伝えします」

 

 単調ながらもせせら笑うような声色で、会話を続ける気など微塵もない。

 深い隈をこしらえた眼の奥を真っ黒な悪意で満たし、ダークは低い声で命じるように告げた。

 

 

「シャガ殿。あなたの持つ秘宝……遺伝子の楔とやらを頂きに参った……‼」

 

 





ソウリュウシティはホワイト2のイメージで書いてます。
BWはソフトによって、一部マップが一変するのが面白い……!
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