遊☆戯☆王 ポケットモンスターズ   作:木之下ジャンクション

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4.イッシュ地方と「王」の影

 

 あれから数時間後。

 道なき道を突き進み、クチバシティへ辿り着く頃には夕暮れ時となっていた。

 

 鬱蒼としたトキワの森を抜け、地中深く掘り進められたディグダの穴を脱した海馬が最初に目にしたのは、解放的な雰囲気の波止場。そして淡い黄金の残照に包まれた船舶の数々である。

 

「ふん、ようやく日の目を見られたか」

 

 コートの土汚れを叩き落としながら、自嘲気味に笑う海馬。

 これまでろくに陽の当たらないコースを選択していただけに、街の景色はことさら眩しく映って見える。

 普段観光には全く興味を示さない彼も、この時ばかりは見事な夕焼けを眺望しながら、しばし時を忘れて立ちつくしていた。

 

「さて……そろそろ向かうとするか」

 

 やがて日輪が水平線の彼方に沈むと、夕空は徐々に深い紺色へと染まっていく。

 付近の時計塔を一瞥した海馬は、気を取り直して目的地へと足を向けた。

 時刻はもう夜の始まりを告げている。最終便には間に合わなければならない。

 

 

 クチバシティは海に面した交易の要所として知られる、国際色豊かな港街だ。

 大小様々な船舶が停泊する埠頭には色とりどりのコンテナが積み上げられ、貿易拠点としての繁栄を物語っている。

 当然ながら観光客の出入りも活発で、大勢が行き交う日中のポート・ターミナルの盛況ぶりはかなりのものだ。

 

 とはいえ今は夕刻過ぎ。往来の人影がまばらになれば、港は一転閑散とした雰囲気に包まれる。

 主要客船のスケジュールがあらかた終わった後のターミナルは、深海に沈む船のような寂しさを湛えていた。

 

 

「……イッシュ地方行きの船は、まだあるか? 早い便を手配してもらいたい」

 

 人けのないフロントに響く、ぶっきらぼうな海馬の問いかけ。

 若い受付係は「少々お待ち下さい」と一言添えてから、手元のキーボードを叩き始めた。

 

「イッシュ地方ですね、どの港をご希望でしょうか?」

「どこでも構わん」

「はい?」

「急ぎだ、イッシュ地方そのものに用がある。早く着くならどこに着こうが問題ない」

 

 思わず疑問の言葉を投げかけた受付係に対し、間髪入れずに答える海馬。

 受付係は一瞬、呆気に取られたような表情を浮かべたが、すぐに業務へと意識を戻した。

 

「わ、わかりました。一番早い便ですと、30分後に出航するタチワキシティ行きをご案内できますが……よろしいのですか? 朝までお待ちいただければ、大都会ヒウンシティへの直行便も……」

「構わん。そのタチワキで手配しろ」

「あ、はい。承知致しました」

 

 気圧された様子で受付係は頷き、そそくさと乗船手続きを再開させる。

 ほどなくして海馬に乗船券を手渡すと、奥のゲートを指差し手短に促すのだった。

 

「3番ゲートへお進みください。まもなく出航です」

 

 

 

 

 

〇●〇●〇

 

 

 

 

 

 定期船は汽笛を鳴らし、ゆっくりと埠頭から滑り出た。

 クチバシティの艶やかな夜景が徐々に遠ざかり、星空輝く濃紺の大海原へと向かっていく。

 

「日が昇る頃にはタチワキの港に着くそうだ。貴様は休息でも取っておくんだな」

 

 手狭な個室に案内された海馬は、ボールから出したヒトカゲにそう告げた。

 主人の言葉を受けたヒトカゲは備え付けのベッドに飛び乗ると、燃え盛る尻尾を器用にもたげて丸くなる。

 長距離移動が堪えたのだろう。とろんとした瞳は今にも閉じてしまいそうだ。

 

「ヒトヒト?」

「いや、オレは到着後のプランを立てる。新天地での主力は当面貴様が担うのだ。いつでも戦えるようにしておけ、いいな」

「……カゲ」

 

 ヒトカゲはこくりと頷いて瞼を閉じると、瞬く間に深い寝息を立て始めた。

 その様子を見届けた海馬は傍らの椅子に腰かけると、より険しい表情でポケモン図鑑を起動する。

 

(ブルーアイズ……)

 

 液晶画面に表示されるのはレシラムのデータ。図鑑を手に入れてから一番最初に確認し、道中何度も読み込んできたページだ。その内容は全て暗唱できるほど完璧に刻み込まれている。

 

 

 しかし、それでもなおわからない致命的な情報が一つ、彼の頭を悩ませ続けていた。

 

 

 — — — — — — — 

    【全国図鑑】

  レシラム 生息地不明

 — — — — — — — 

 

 

 ――伝説のポケモンゆえ、そう目にすることもできん存在じゃがな。

 

 

 オーキドの言葉が脳裏に蘇る。

 誇り高き伝説の称号は伊達ではないということか。しかし、何一つ手掛かりが掴めないとは……

 

(一体どこに君臨しているというのだ、お前は……!)

 

 募る苛立ちに奥歯を嚙みしめ、海馬は図鑑を懐にしまう。最初からイッシュ地方を駆けずり回ってでも探し出す意気込みであったが、改めて情報ゼロという現実に直面すると、やはり途方もない感覚に襲われるというものだ。

 だが、この程度で諦めるほど彼の闘志は脆くない。その身体には熱く燃え滾る決闘者の血をたぎらせ、変わらぬ強い想いを糧に、今一度拳を握りしめる。

 

(オレは今まで、どんな困難を前にしても己の力で道を切り開いてきた……それは今回とて同じことだ! 待っていろブルーアイズ、お前は必ずこのオレが見つけてやる!)

 

 胸中で自らを鼓舞すると、海馬はふと席を立ち、船窓の外に視線を移す。水平線の彼方まで広がる海面は星灯りを映して仄かに輝き、クチバシティの夜景とはまた違った趣を感じさせる。日の出までは大分時間がありそうだ。

 このまま寝てもよいのだが、先程闘志を奮い立たせたばかりで、あまり瞼を閉じる気にもなれない。

 

(……夜風で気を静めるとするか)

 

 ベッドで眠りこけるヒトカゲを起こさぬよう、そっと部屋を抜け出した海馬は、穏やかな船の揺れを味わいつつ甲板へと歩を進めた。

 

 

 

 

 

〇●〇●〇

 

 

 

 

 

 波は静かだ。舳先に立つと夜風が優しく頬を撫でる。かすかな潮の香りも心地よい。

 澄んだ夜空には満月も浮かび、彼方を飛行するキャモメの群れを淡く照らしていた。また波間にはスターミーが浮かび上がり、星々と交信でもしているのか、中央のコアを怪しげに点滅させている。一見美しいが、何とも形容しがたい光景だ。

 

「ふん、流石はデタラメじみた異世界。どいつもこいつもデタラメなフォルムだ」

 

 呆れ気味に呟いて、海馬は欄干に手をのせた。

 この時点で旅は驚きの連続だ。ヒトカゲのような小さなポケモンでさえ、その生態は常識の範疇を超えている。そんな存在が次から次へと現れるのだから、恐らく自分ほどの力を有する決闘者でなければ、この境遇にはとても耐えられなかったに違いない。

 

(……考えるまでもなかったな。ブルーアイズは、必ず俺の手中におさまる)

 

 そう確固たる自信を持って、海馬は不敵な笑みをこぼし――即座に目を尖らせた。

 

 

「フフ……どうやら船にはネズミが紛れ込んでいたようだな?」

 

 

 背後に感じた僅かな気配。

 海馬が鋭い眼差しを物陰に向ければ、周囲には一瞬ばかりの緊張が走る。

 だが、すぐに観念したかのように、その気配の主はゆっくりと月明かりに姿を現した。

 

 

「……どうやら、気付かれてしまったようだね」

 

 

 今一つぱっとしない、トレンチコートに身を包む中年の男だった。

ㅤ正体を看破されたわりには堂々とした佇まいで、顎に手を当てこちらを眺める様は、あたかも海馬を品定めしているかのようだ。

 その態度が気に食わず、海馬は一段と睨みを効かせて詰問する。

 

「無謀にもこのオレを監視しようとは、まったく見下げ果てた輩だな。一体何の用がある? さっさと答えろ、さもなくば……」

「いやいや、失敬! コソコソつけてしまってすまなかったね。だが、私は決して怪しいものじゃないんだ」

「ふざけた事を抜かすな! 影からオレを伺う貴様の、どこがまともだというのだ?」

「うむ、それを言われると弱いな。……仕方ない、お詫びと言っては何だが、君には素性を明かすとしよう!」

 

 あまりの剣幕に男は肩をすくめると、コートの襟を正して再び海馬に向き直った。おもむろに取り出した手帳に輝く、金色の記章をしかと見せつけながら、声高々に告げる。

 

 

「私は世界を股にかける国際警察のメンバー! 皆からは"ハンサム"と呼ばれているよ!」

 

 

「ハンサム……! 国際警察の……ハンサムだとぉぉ……?」

「ああ。あまり素性を明かすのはよくないんだが――」

「クク……ククク……! ハハハハハハ‼ ワハハハハハハ‼‼」

 

 海馬はそこで、ハンサムと名乗る男の言葉を遮り、大声で笑い出した。呆気に取られて言葉を詰まらせた彼をよそにひとしきり高笑いを続けた後、なじるように言い放つ。

 

「フフ……ハンサム、貴様が何処まで自惚れたコードネームをつけようと自由だ。オレは一切興味などない。だが……オレを監視するようなら話は別だ! 一介の国際警察ごときが、いったいオレに何の用だ!」

「確かに君を疑ったことは謝るよ、すまなかった!」

 

ㅤ真摯に謝罪の言葉を述べつつ、ハンサムは「だが」と弁明する。

 

「君を勘ぐってしまったのは良くない警察の癖と言うか……今追っている事件の主犯と関係性があるのではと思ってしまってね」

「事件だと?」

 

 その言葉に、海馬の眉がピクリと動いた。

 

「……話せ。イッシュ地方に向かう身として、貴様のその話には興味がある」

「え? う、うむ。しかし……」

 

 突然の申し出に口を濁すハンサムだったが、真横では海馬が依然として鋭い眼光を向けている。その有無を言わせぬ雰囲気に圧され、彼は渋々口を開いた。

 

「仕方ない、話すよ。これには、かの有名な大事件が絡んでいるんだけど……」

 

 

 

 ことの発端は二年前。プラズマ団と呼ばれる組織がイッシュ地方の征服を図り、暗躍したことに始まる。

 荒唐無稽に思われたこの計画は、首謀者・ゲーチスが率いる七賢人と、彼らが崇める「王」の手により巧みに進行された。彼らは「ポケモンの解放」を謳い、人々が自らポケモンを手放すように仕向けることで、ポケモンの独占を図ったのだ。

 更にプラズマ団は、自らと「王」の正当性を誇示するために裏で悪事を重ね続け、その過激な行動は遂にイッシュポケモンリーグの地中深くから巨大な城壁を建造・出現させるまでに至った。

 

 もっとも彼らの計画はその最終段階で、名も無き一人のトレーナーの活躍により崩壊。首謀者・ゲーチスの逮捕で組織は解散に追い込まれ、イッシュは再び平和を取り戻したのだが……

 

 

 

「少し前、ゲーチスが脱獄したとの情報が入った」

 

 ハンサムはことさら神妙な面持ちで、力強く言った。

 

「だから私は、そのゲーチスの行方を追っているんだ!」

「ふん、随分と暇な連中だな、国際警察というのも。野望も潰えた負け犬風情など、放っておいても問題はあるまい」

「そうはいかないさ。解散したとはいえ、プラズマ団の残党勢力は残っているからね。それにこの事件は、ゲーチス以上に厄介な問題も抱えているんだ……」

 

 強引に内情を訊いてきたわりに、イマイチ関心の薄い海馬に何か物言いたげな眼差しを向けつつ、ハンサムは小声で続けた。

 

「一度逮捕されたゲーチスと違って、奴らの『王』は未だ行方不明なんだ。これが組織に帰還した日には……!」

「くだらんな」

 

 海馬は舌打ち混じりに吐き捨てる。

 

「所詮は祭り上げの操り人形、『王』と呼ぶのもおこがましい。尻尾を撒いて逃げた雑魚など捨てておけ」

「なかなかストイックだな君は。……だが、やはりそれを野放しにするわけにもいかないんだよ。そいつには『王』と呼ばれる所以がある。それもイッシュに眠りし伝説のポケモンを従えた実績が――」

 

 

 

「なに⁉」

 

 

 

 刹那、凄まじい熱を帯びた怒声が爆発する。

 あまりの声量に震える耳元を抑えたハンサムが、恐る恐る彼を見やれば、そこにはまるで牙を剥く獣のごとき剣幕で拳をじりじり震わせる修羅の形相があった。逆鱗の炎を宿す蒼き眼は、瞬き一つで射殺さんとばかりに見開き、しかとハンサムを見据えている。

 

「レシラム――つまりはブルーアイズか……! その『王』とやらは、ブルーアイズを傍らに侍らせていたというのか……?」

「あ、ああ」

 

 ハンサムは、あまりの急変ぶりに気圧されながらも小刻みに頷いた。

 

 「レシラムの封印を解いた『王』は、その足でポケモンリーグを制覇し、英雄としてプラズマ団の正当性を主張したと聞いているが」

「ッ…………‼」

 

 声にもならない戦慄きが、唸り声のように口端から漏れる。

 計り知れないほどの怒りと屈辱はアドレナリンとなって全身を駆け巡り、彼の血液を沸騰させていた。

 

 

 己が信じる誇り高きブルーアイズが、どこの馬の骨ともわからぬ馬鹿げた『王』ごときの手に堕ち、ましてや賊の悪事に利用されていたとは……

 

 

「許さん……絶対に許さんぞ‼」

 

 

 欄干に拳を叩きつけ、海馬は叫ぶ。暗澹とした洋上に、彼の憤怒を代弁する鈍い音がこだました。

 

「ふざけた『王』とやらには、このオレが直接引導を渡してくれる! ……ハンサム‼」

「な、何だい?」

 

 まさか呼ばれるとは思っていなかったのだろう。横で呆然と突っ立っていたハンサムだが、姿勢を正すと慌しく返答する。

 海馬は、そんな彼を一瞥すると、熱のこもった口調で告げた。

 

「貴様の捜査に、オレも一枚噛んでやる! 光栄に思うがいい!」

「なに、君が捜査に? いやしかし、一般トレーナーは流石に……」

 

 唐突な申し出に言葉を濁すハンサム。当然の反応である。民間人が独断で警察業務に介入できるわけもない。

 しかし相手は、どこまでも常識の通用しないカードの貴公子こと海馬瀬人である。

 彼はハンサムの逡巡など意にも介さず、むしろ語気を荒げて言い放った。

 

「舐めるな! 路地裏のネズミに臆するこのオレではない‼ それに、どの道結末は変わらんさ……プラズマ団は、俺がこの手で、倒す‼」

「いや、うむ……」

 

 煮え切らない様子で腕を組み、ハンサムは渋面を浮かべた。

 当然、外部の人間を巻き込むなど言語道断、認められるはずもない行為。

 

 そう熟知しているはずだった彼なのだが。

 

 正面から名乗りを挙げるこのトレーナーは、その瞳に燃え盛る炎まで宿し、並々ならぬ覚悟を秘めているではないか。

 加えて、こちらに有無を言わせぬような超然とした態度。仮に拒否したところで勝手に事を起こしかねない、その勇ましさの裏に……特別隠そうともしていない、圧倒的な危険性。

 それらを目の当たりにさせられては、流石のハンサムも弱ってしまい。

 

 暫しの沈黙を経て、ハンサムはため息交じりに呟く。

 

「……仕方ない。今回ばかりの特例だ」

 

 暴君の圧に押されて、どうやら諦めが付いたらしい。

 改めて海馬に向き直ると、真剣な面持ちで告げた。

 

「君の熱意に免じて、捜査協力を願い受けよう! ただし、無茶な真似だけはしないでくれ」

「案ずるな。オレはヘマなど決して犯さん」

 

 傲慢不遜に鼻を鳴らし、海馬は再び水平線の彼方を見つめ直す。なんとも一筋縄ではいかない協力者のようだ。

 まるで先の読めない彼の言動に苦笑いを浮かべつつ、ハンサムはふと思い出したように訊いた。

 

「ところで、まだ君の名を……いや、コードネームを聞いていなかったね?」

「コードネームだと? ふん、あいにくだが、名を偽る気はさらさらないな」

 

 そう不敵に笑って、海馬はぶっきらぼうに答える。

 

 

「……海馬瀬人。この名を覚えておくがいい」

 

 

 船は変わらず、深夜の大海を穏やかに航行し続ける。

 だが海馬の心は、水面下で渦を巻くスクリューのように激しさを増していった。

 

 

 そして翌朝――彼らは満を持して、イッシュ地方の大地に降り立つ。

 

 




4~7世代の作品には毎回登場していたハンサムさん。
XYクリア後のイベントが大好きで、当時はずっとミアレシティを走り回っていました。
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