ポケモンのミニゲームだと、USUMのマンタインサーフが好きでした。
「スピードのバトルだと……?」
思いがけない台詞を耳にしたダークが眉を顰める。
海馬は、爆走するゲノセクトの上でどっしり構えながら「そうだ」と答えた。
「貴様はここで叩き潰す。そして、オレのロードへ迂闊に足を踏み入れたことを、後悔させてやる‼」
「………」
(この男は……何を言っているのだ……?)
ダークはまるで意味が分からず困惑した。
威風堂々としているが、海馬のコートは身を突き刺すほどの強風に、バサバサと音を立てている。人間離れしたダークの脚力に追いついているのだから当然。時速だって優に100kmは超えているはずだ。
こんな過酷な環境で、あまつさえポケモンに乗りながらバトルなどできるわけがない。
「……お前、正気か?」
「恐ろしいのか?」
問いかけるも一方通行。
海馬は嘲笑するのみだった。
「その足で散々人を弄んでおきながら、いざ追いつかれると狼狽えるとは。実に滑稽なことだな」
「……貴様。先ほどから誰に向かって……」
「ふん、言い返したくば
鋭い気迫を放つのに合わせ、ゲノセクトがスピードを上げる。遂には加速する風に乗ってダークを追い抜いた。
ただ追跡するだけでは飽き足らぬと、そう謂わんばかりの挑発行為である。
会話の違和感を掻き消すレベルで傲慢不遜な海馬の態度。それにあてられたダークの表情は、一気に険しさを増した。
「良いだろう。……いずれは貴様も始末せねばならん相手」
眼前の任務と怨敵の抹殺を天秤にかけた彼は、すぐさま後者を選んだ。
「後悔……するなよ……」
気だるげな眼を吊り上げ、全力で駆ける。
肉がないにも関わらず、ダークの超人的な健脚は凍った道路を強く踏みしめ、滑る素振りなど少しも見せない。極力まで空気抵抗を減らした忍者の如きランニングフォームを駆使して、あっという間にゲノセクトの横へ並んでみせた。
「ふん、少しは骨のある奴だな」
「……伊達にゲーチス様に仕えていない。この私にスピードで挑んだのは間違いだったな。この程度、ウォーミングアップに過ぎぬ……」
「ならば体感するがいい‼ 真のスピードの
そう言うと海馬は、右手を高く掲げて叫んだ。
「ルールは海馬ライディングルール‼ コースはこのソウリュウシティだ‼」
「ライディング・バトル・アクセラレーション‼」
始まる、前代未聞の疾走バトル。
我先にと海馬はポケモンを呼び出す。
「まずは貴様だ‼ リザードン‼」
「リザァ‼」
▽海馬 は リザードン を繰り出した‼
主人の頭上を守るように飛行していたリザードンが力強く吠えた。
やがて大きな翼を豪快に羽ばたかせながら、ゲノセクトの横に降下してきたところで、海馬は改めてダークに語り掛けた。
「ライディングルールの形式はシングルバトル! 参加資格を持つのは、己の速度に追いつけるモンスターだ‼ オレの手持ちは二体‼」
「本当に……ポケモンに乗ったままバトルをするのか。ふざけた男め……」
「つべこべ言うな‼ さっさと貴様も召喚するモンスターを選べ‼」
「……私の手持ちも同じく二体。先発はこいつだ」
ダークが持つモンスターボールから飛び出たのは、漆黒の残像。
▽ダーク は マニューラ を繰り出した‼
「ニューラッ‼」
その正体は”かぎづめポケモン”のマニューラだった。とても人間の目では負えないほどの瞬発力を有しているのだろう。軽やかに着地するや否や、ダークと共に凍った道路をひた走る。
指先の鋭い鍵爪や目つきの鋭さから、彼が以前に繰り出したキリキザンを彷彿とさせるが、あのポケモンとはまた違った
「……こいつの素早さはリザードンより遥かに上。この時点で私が断然有利のようなもの」
「フフ……どうかな?ここからがライディングルールの真髄だ!」
素早さの高いポケモンを出して悦に浸るダークなどお構い無し。
涼し気に笑う海馬はデュエルディスクを起動すると、ソウリュウシティのマップをソリッドビジョンに投影してみせる。
「この街の外周には四箇所のコーナーが存在する。それを先に通過した者が、ターンの先攻権を得る!」
「攻撃順がポケモンの素早さで決まらない、ということか……」
一見トンチキなルールと思わせられたが、提示されたものはシンプルなスピード勝負らしい。
(……愚か者め。この私に真っ向から速度で上回ろうとは)
己の技量を疑わぬダークは内心罵りつつも、海馬の提示したルールを受け入れた。
「面白い……ゆくぞ!」
そう頷き、普段はまるで見せない闘争心溢れる表情を前面に押し出して走る。
傍に控えるマニューラ共々強靭な脚力をこれでもかとばかりに見せつけて、徐々に海馬を追い越そうと迫った。
だが、海馬が駆るのポケモンは一味違う。人間を超えた人間を更に上回る、究極の戦闘兵器である。
「最初から小競り合いなど不要! 加速しろ、ゲノセクト!」
「ゲシャシャ!!」
ゲノセクト自体も、ライドマシンとして使われることに異論はないらしい。得意げにターボをひとつ吹かせば、ゲノセクトのスピードが一気に上昇。必死にくらいつくダークを軽々と引き離してみせた。
「く……‼」
「先手を取るのはオレだ‼ 貴様ではない‼」
「……させるか。マニューラ……‼」
▽マニューラ の ねこだまし‼
――パァンッッ。
スピードの世界に突如として打ち鳴らされた掌底。
残像すら見えぬほどの速度で繰り出された一打に、リザードンの動きが止まる。
▽リザードン は 怯んで動けなかった‼
「なに……⁉」
海馬は目を見開いた。一瞬とは言え首を仰け反らせたリザードンが進路を塞いだことで、ゲノセクトも急ブレーキをせざるを得ない。
たちまち落ちるゲノセクトの速度。その隙を見計らってダークたちは海馬の脇を潜り抜けると、そのままトップスピードで前線に躍り出た。
「『ねこだまし』は最初のターンのみ、相手を確定で怯ませる……」
駆け抜けざまのダークが振り返ることなく告げる。
「先制ワザなら、コーナー奪取も関係あるまい」
「下劣な……‼」
「フ……馬鹿め。そこで失速しているがいい……‼」
目じりを釣り上げる海馬へ、下卑た視線を返したダークは、マニューラと共に意気揚々と第一コーナーを通過した。
「……確か、これで先手を取れるのだったな? 容易いルールだ……」
嘲るように喉を鳴らし、虚ろな瞳で彼の遥か後方を飛ぶリザードンを捕捉。すぐさまマニューラをけしかける。
「セカンドターンも頂いていく。……やれ‼」
「ニュラッ‼」
瞬時に方向転換したマニューラは、その研ぎ澄まされた爪を構えるや否やコースを逆走し、リザードン目掛けて肉薄した。
▽マニューラ の はたきおとす‼
しなやかな腕から強烈な打撃が繰り出される。咄嗟にガードしたリザードンだが、ワザの勢いを完全に殺すことはできず減速してしまう。
「……ッ‼」
忌々し気に舌を打つ海馬は、その瞬間、反射的に首を捻った。
攻撃を受けると同時にリザードンの懐から弾き飛ばされた黄色い果実――『オボンのみ』。
それは海馬の首元を掠めて飛び、何らかの氷像にぶち当たって破裂した。飛び散った果汁が冷気の中で凍り付く。
▽マニューラ は リザードン の オボンのみ をはたきおとした!
「……追加効果か」
「その通り」
攻撃の反動を利用して華麗に脇へ舞い戻ったマニューラを見やり、先頭を走るダークは得意気に語った。
「『はたきおとす』は攻撃対象となったポケモンの持つ道具を破壊して、威力を上げる特殊なワザだ……。もう『オボンのみ』は使えない」
「装備破壊のワザか……‼」
「フ……次はお前のターンだ。せいぜいあがけ」
コースを駆ける、彼らの自信は揺るぎない。
不意打ちがあったとはいえ、海馬自慢のポケモンたちを軽く翻弄し、突き放さんとする。
これが影で暗躍するダークトリニティの、真のバトルスタイルなのか。手慣れたやり方に実力の一端が垣間見える。
――と、いうよりも。
現在のダークは、己の本気を堂々と見せつけ、全力を持って海馬を潰す気でいるようだった。
「海馬瀬人。……どの道、貴様は私には勝てない。先攻は私が取り続け、貴様は敗北のゴールへと行き着く……‼ フフ……フ……‼」
わざとらしく嘲り、か細い腕を大きく広げてみせる。
まるで、マラソンランナーが華々しくゴールテープを切るように。更なる屈辱と速度の差を、怨敵へ植え付けてやろうとするかのように。
軽やかな足取りで次のコーナーまで駆け抜けようとした。
「……む?」
「マニュァ?」
だが、剥き出しの肩に、ふと冷たい空気の流れを感じた時。
遥か後方より急速に迫る、凄まじいプレッシャーがダークとマニューラを襲った。
(殺気……‼)
何事かと振り返った彼らの視界に飛び込んできたもの。
それは、先制の『ねこだまし』で失速していたはずの海馬と、その
主人を筆頭に、皆が不敵な笑みを浮かべ追い上げてくる。その信じがたい光景を見たダークの口元が歪む。
「馬鹿な。大差を付けられていたはずのお前たちが、何故……?」
「フフフ……! リザードンの『おいかぜ』の効果を発動していた‼ これにより4ターンの間、素早さは二倍にアップする‼」
「なんだと。素早さが……倍……⁉」
「それだけではない! この効果は、オレの場のモンスター全てに適用される‼」
あっという間にダークの真横まで追いつくと、海馬は畳みかけるようにゲノセクトの速度を上げながら、続けた。
「よって、
「なんだと……!?」
「ニュラ!?」
驚愕に目を見開いたダークたちは、爆走する海馬とゲノセクトを目の当たりにして、思わず呼吸を乱してしまう。
(……速い!!)
焦りを覚えたのも束の間。
「ワハハハハ!!!! 大いなる風に導かれた、我が
「ザァァァァァド!!!!」
海馬の高笑いを合図に、リザードンが雄大な翼を羽ばたかせて空気の流れを操る。そうして生み出した加速する風に乗っかって、ゲノセクト共々急加速。
瞬く間に抜き去られたダークの耳には、これ見よがしにと笑う海馬の声がこだました。
「ふん、所詮貴様らには、オレの後塵を拝する姿がお似合いだ!! のろまな弱者どもよ!!」
「ッ……!!」
「第二コーナーへ向け、爆進‼」
「ゲシャシャシャ!!」
追い風を味方に付けたゲノセクトのスピードは圧巻の一言に尽きる。
一方のダークたちも敵意を剥き出しに、あらん限りの力で駆け抜けるのだが、一向に追いつける気がしない。ただ、周囲の景色がひたすらに流れていくだけ。
そのうち段々と、前方を突き進む海馬の背中が小さくなっていく。
距離を狭めるどころか、徐々に引き離されつつあることに気が付き、更なる焦燥感に襲われる。
「これが……奴のスピードか……‼」
「フハハハハ‼ いくぞ、オレのターン‼」
険しい顔で唸るダークを尻目に、海馬は颯爽と第二コーナーを通過した。
☆☆☆☆
その頃。ソウリュウシティの西側。
氷弾の着弾地点から大分離れた場所だったが、ここも今では一面が氷河に覆われている。
その光景には、根を張るカビの菌糸のような不気味さがあった。
ここは普段、街の入り口のひとつとして、人やポケモンの往来が盛んなゲートが設置されていた。
しかし、皆が避難した今となっては誰も寄り付かず、ただ北風の音が微かに聞こえるだけとなっている。
「何なの、これ……?」
閑散とした土地に迷い込んだ少女は、小さなくしゃみをひとつして、呟いた。
カジュアルな服装の彼女には耐え難い極寒の世界である。ゲートを抜けた瞬間から吐く息は白み、鳥肌が治まらない。
「流石に引き返すべきだ」と、理性もそう告げている。
しかし、戻ろうとした少女はそこで、思わず足を止めてしまう。
何気なく目を向けた先に、黒い影の存在を認めたからだ。
(……!? あの人は、確か……)
道の隅でぽつねんと佇む不穏なシルエット。
少女はその正体を知っていた。以前、友人に聞かされていたのだ。
プラズマ団の下っ端とは一線を画す強敵――
「私に何か用でも?」
不意に声がかかり、少女は心臓が飛び出るかと思った。
彼女が反応するよりも早く、その影――ダークトリニティの一人は、音もなく背後に忍び寄ってきた。
「わわっ……‼」
少女が目を丸くして飛び退くと、ダークは追うでもなく首を傾げながら「はて」と呟いた。
「……見覚えのない顔。だが、あなたは私を見て顔色を変えた……。妙なことだ」
「みょ、妙って……あなたの方がよっぽど妙だよ! いきなり何なの⁉」
「決まっているでしょう。あなたから明確な敵意を感じたので反応したまでです」
「敵意なんて……‼」
「その右手でモンスターボールを取ろうとしているでしょう?」
ダークは静かに指摘する。
確かに、焦る少女の腕は肩掛けカバンの中に突っ込まれていた。
もっと言えば、その手でしっかりとモンスターボールを掴んでいる。外から見えることはないが、ダークは気配だけでそれを感じ取ったというのか。
噂以上に得体の知れない存在らしい。少女は冷や汗を流し、白い息を吐いた。
「……あなた、プラズマ団のダークトリニティでしょ。
もはや誤魔化せなくなった今、覚悟を決めて正面から立ち向かう。
「ここで何をしてるの? ……まさか、この銀世界もあなたたちの仕業じゃないでしょうね?」
「察しがいいですね」
ダークは「やれやれ」といった素振りでわざとらしく肩を竦めた。
その態度や淀んだ眼の色こそ淡々としていて変わりない。しかし、声色だけは心底嫌そうな調子で続ける。
「……やはり、不審に思って正解でしたか。これ以上敵が増えるのは厄介だ。どちらも、さっさと片を付けねば……」
(敵……?)
戦闘耐性に入るダークを前に、少女の眉が動いた。
この凍り付いた街の中で一体何が起きているのかはさっぱりわからないが。
他にもダークトリニティが敵と認めるトレーナーがいるのか。
そう考えた矢先。
「フハハハハ‼ いくぞ、オレのターン‼」
聞き馴染みのある高らかな笑い声が背中越しに聞こえる。
そこで少女は、事態をほぼほぼ把握した。
「……じゃあ、私も頑張らなくちゃね」
苦笑交じりにモンスターボールを取り出し、構える。
「いくよ、プラズマ団‼ 私ともバトルしてもらうんだからっ‼」
未知の強敵を前にしながらも、その少女――メイの表情は明るく、勝気な笑みを浮かべていた。