「着いたよ、バトルコート! さっき作業員さんに教えてもらったんだ」
昼下がりのコンビナート。黙々と白煙を上げ続ける工場群の一角。
メイに案内された先は、錆びれた鉄塔の側。草むらに囲まれた小さなバトルコートであった。
「……よくもまぁ、意気揚々と誘えたものだな」
別に期待していたわけではないが、予想以上のみすぼらしさだ。海馬は拍子抜けした面持ちでコートを眺めた。
アスファルトもろくに舗装されておらず、コンビナート勤務の作業員がたまの暇つぶしに使う程度といったところか。重機の稼働音が響く今の時刻では他に人気もない。
「あ~……見栄えは悪いけど大丈夫」
頭を掻いて苦笑いするメイ。
「多分バトルに支障はないよ。私もここでバトルしてたから」
「………」
「もっときれいな場所の方が良かった?」
「いや、構わん。さっさと始めるぞ」
そう言って海馬は、自らコートの端まで歩いて配置についた。手持ちのヒトカゲも、テクテクと後についてくる。
ㅤ途中、チラリとメイを伺ってみれば、既に彼女もコートの反対側でスタンバイしていた。挑戦的な眼差しでモンスターボールを構えている。
(ふん、ああ見えて決闘者の端くれか……)
いざメイと対峙して初めて、海馬は覚えのある雰囲気を感じ取った。
瞳の奥底で燃える確かな闘志。決してお遊び気分ではない。そうでなければ、いくら近場でもこんなに物寂しい場所を決闘の舞台には選ばない。
海馬は「ふん」と鼻を鳴らし、改めてメイを見据えた。
「で? ルールはどうするつもりだ」
「もちろん、ルールはシングルバトル! ポケモンの数は――海馬くん、手持ち今何体?」
「コイツだけだ」
海馬は足元のヒトカゲを指さした。準備万端と言わんばかりに、尻尾の炎を揺らしている。
「オーケー、1体だね。じゃ、私はこの子でいかせてもらうよ!」
笑顔で頷き、メイはモンスターボールを投げた。
「おいで、リオル‼」
眩い閃光と共に出現したのは、青い体毛と尻尾を靡かせる小柄なポケモン、リオル。中空から静かに着地するなり、海馬に視線を合わせてきた。
威嚇もせず、まるでこちらの強さを推し量っているかのような目つき。ヒトカゲと然程変わらぬ大きさのくせに、生意気な態度をとるやつだ。
「それが貴様のモンスターか」
「可愛いでしょ? 自慢の子なんだ!」
「ふん、オレが言えた立場でもないが、緊張感のないデュエルよ」
コートに出そろったポケモンたちを見比べて、海馬は自嘲気味に笑う。
「このフィールドも――まるでペットの博覧会だ」
「あら、言ってくれるじゃない! でも小さくたってこの子たち、すごいパワーの持ち主だからね。海馬君も知ってるでしょ?」
「ぼちぼちな」
軽口もそこそこに、海馬は顎でヒトカゲに合図を送った。
貴様の力を示してみせろ、と煽るように。
「カゲカゲ!」
主人の意を汲めたようで、ヒトカゲは威勢よくコートに躍り出た。
その勇ましい様子を見て、メイも微笑みながらリオルの背中を押す。
「よし! アナタも行ってきて!」
「オルッ」
リオルも威勢よく飛び出し、両者、互いに睨み合う。
「「バトル‼」」
そうして声高に叫ばれる開戦の合図。今まさに、決戦の火蓋は切って落とされた。
「先攻はもらうぞ! 奴に"ひのこ"を浴びせてやれ‼」
「ヒートッ!!」
先に動いたのは素早さで優るヒトカゲの方だ。指示を受けた直後、リオル目がけて小さな火球を連続して吐き出す。
▽ヒトカゲ の ひのこ‼
「リオッ……!」
ただの『ひのこ』といえども侮れない火力で、着弾地点が轟音とともに爆ぜる。火球の直撃をくらったリオルも堪らず後ずさるが、平気な顔で巻き上がる砂煙を払い除け、すぐさま応戦の構えを取る。
まだ序の口と言わんばかりの相棒に、メイも微笑みを隠さない。
「いきなり派手にやってくれるじゃない! 今度はこっちの番、 "いわくだき"で反撃よ‼」
「オルッ‼」
ワザの指示を出されるや否や、リオルが地を蹴り、ヒトカゲに向かって一直線に飛びかかった。
すかさず防御せんと短い腕を交差させるヒトカゲ。しかし、間合いに入った瞬間、眼前のリオルが突然姿を消す。
先んじて行動を読んでいたかのように、リオルはしなやかな身のこなしで、ヒトカゲの背後へと回っていたのである。
微弱な波動を感知し、身に迫る危機を察知する
▽リオル の いわくだき 攻撃‼
「カギャッ……‼」
体勢を整える暇もなく、リオル渾身の一撃が叩き込まれた。
小さな体躯からは想像もつかないパワーに、不意を突かれたヒトカゲも堪らず苦悶の表情を浮かべる――のだが。
「フフ……!」
「……ッ! リオル、離れて!」
バトルコートの奥に佇む海馬の、不敵な笑みを目の当たりにして。メイの指示が届くよりも先に、リオルはヒトカゲから飛びのいていた。
きっと波紋で感じ取ったのだろう。そう思ってヒトカゲに視線を戻せば、さっきのダメージなどないかのように、主人を真似て強気に腕組みしているではないか。
「うそ、あんまり効いてない……?」
「当然だ。この程度のじゃれ合いで根を上げるようなら、俺のデッキには入らんからな」
最初の攻防を見て図ったか、海馬の口角が僅かに上がった。自身に満ち溢れた両目をカッと開き、尊大な態度をもって、メイを静かに挑発している。
そこから放たれる強者のオーラに一瞬、メイは気圧されそうになったが、頭を振って気を持ち直す。
「くっ……確かに威力は低いけど! 『いわくだき』には追加効果があるよ‼」
負けじと声を張り上げ、メイは海馬に言い放った。
「ワザを受けたポケモンの防御はダウンする! ――つまり次の攻撃では、もっと大きなダメージを与えられるってこと‼」
▽ヒトカゲ の 防御 が下がった!
「ほう、多少は戦略があるらしい。だが、果たしてそれが間に合うかな……!」
守備力を下げられたようだが、そもそもヒトカゲは大したダメージもなく平然としているのだ。
海馬は「ふん」と余裕綽々、高らかに攻撃を宣言する。
「敵を蹴散らせ! 『ひのこ』で攻撃だ‼」
「頑張ってリオル! もう一回『いわくだき』‼」
「カゲーッ‼」
「オルッ‼」
▽ヒトカゲ の ひのこ‼
▽リオル は いわくだき 攻撃‼
今度は両者の指示が同時に出揃い、ほぼ同タイミングで攻撃が仕掛けられた。
高速で迫りくるリオルに対して、再び『ひのこ』の火炎を浴びせるヒトカゲ。激しい火の粉にその身を焦がされながらも、リオルは怯まず突進、どうにか拳を叩き込む。
ドゴン、と重みのある打撃音。やはり防御ダウンの影響は大きい。最初よりもダメージを受けたとみえて、ヒトカゲは若干フラついた。
▽ヒトカゲ の 防御 が 下がった!
「さっきより効いてる! いいよ、リオル‼」
(チッ、小癪な真似を……だが!)
軽い舌打ちの後、海馬は攻撃を終えたリオルに視線を向け直す。
すると、何やら確信めいた様子を漂わせて言い放った。
「甘いわ! 喜ぶ前に貴様のモンスターを見直すがいい‼」
海馬の指差す先――ヒトカゲから距離を取ったリオルは、その鋭い表情こそ崩してはいないものの、明らかに体力を消耗していた。
おそらく敵に弱みを見せまいと頑張っているのだろう。だが、既に呼吸は荒く、足を微かに震わせている。それを見過ごす海馬ではない。
「なっ……リオル……!」
「ふん、どうやら勝負あったようだな」
動揺するメイを前に、海馬は勝利を確信した。
「サレンダーするなら今のうち……! もはや貴様には、どうすることもできまい?」
よもやここまでと腕を組み直し、得意げに口元を歪ませる。
――が、しかし。
「それはどうかしら?」
「……なに?」
ふと呟かれた一言に、海馬は思わず眉をひそめた。
見れば、メイは全く怯んだ素振りもなく。むしろこの状況を待ち望んでいたかのような、いたずらっぽい笑みをたたえているではないか。
「バトルは――最後まで何が起こるかわからない‼」
「リオーッッ‼」
メイが声高に叫んだ刹那、リオルが天を仰いで咆哮する。
空元気のはったりか? と。
一瞬そう判断しかけた海馬だったが、すぐに眼前の異変を感じて言葉を詰まらせた。
つい先程まで弱り切っていたはずのリオル。それが再び元気を取り戻したかのように、力強く立ち直していたのだ。
見る限り、決して空元気などではない。その赤い眼は、猛々しい闘気と活力を滾らせ、じっくりこちらを見据えている。
(馬鹿な、体力が回復しただと⁉)
疑問に感じたのも束の間。海馬はリオルの傍らに転がる、茶色い器のようなものの存在に気が付いた。
中身は既にない。だが、何かトロリとした液体がふちから垂れている。
(何かを接種したのか? オレが、ヤツから目を離した隙に……!)
予想外の展開に今までの余裕が一変。歯すら軋ませる海馬の心中を鋭く見抜いたかのように、メイはにやりと笑ってみせた。
「これが『きのみジュース』の効果だよ! 予めリオルに持たせておいたんだ!」
「なに、装備だと……!」
「そうだよ! ジュースを飲んでリオルは回復! これでまだ戦えるっ!」
「オルオル!」
ポケモンは一体につき、通常一つの道具を持たせることができる。
大半の道具はポケモンが扱えない人工物であったり、意味のない自然物であったりするのだが……中にはバトル中に効力を発揮する、特殊な効力を有した道具や木の実が存在する。
『きのみジュース』は、その特殊な道具の一つ。持たせたポケモンのHPが半減した際に一度だけ、自力でHPを回復できるという代物だ。
「おのれ、小癪な真似を……!」
思わぬ奇策に憤る海馬。
力と速さで勝るヒトカゲが一方的に攻め立てていた戦況は一変。隠された道具の効果で、両者の体力差は一瞬でひっくり返されてしまった。
しかも二度の『いわくだき』により、ヒトカゲの守備力は大幅に下げられている。
「くっ……だが! まだ決着がついたワケではないぞ‼」
海馬は一段と声を荒げ、ヒトカゲに指示を飛ばした。
「攻撃しろ! ヒトカゲ‼」
「カゲェ‼」
▽ヒトカゲ の ひのこ‼
「迎え撃って、リオル‼」
「オル‼」
▽リオル の いわくだき 攻撃‼
両者はほぼ同時にワザを繰り出した。
放たれる火球の礫と、空を切る拳の鉄槌とが交錯し、盛大に爆ぜる。
その衝撃を受けて、バトルコートは再び、舞い上がる砂塵の渦に包まれた。
「く……!」
吹きすさぶ爆風をものともせず、海馬は目を細めてヒトカゲの行方を追った。
おそらく勝負はついたはずだ。死闘を征したのは、果たしてどちらか。
「オル……!」
「なに……⁉」
やがて白煙が引き、露わになった視界の先で。立っていたのはリオルだった。
"ひのこ"の猛攻に身体を焦がし、肩で息をしながらも、その両足はしっかりとコートを踏みしめている。
対するヒトカゲは――リオルに打ち込まれた鉄拳に耐えかねて、とうとう地面に倒れ伏していた。
▽ヒトカゲ は 倒れた‼
「……やった! 勝てたよリオル‼」
少し遅れてバトルの結果を知ったメイの表情がパアッと華やぎ、明るい声を上げる。
それを聞いて緊張を解いたのか、リオルは笑顔で振り返り、嬉しそうに主人のもとへと駆け寄った。
「リオ! リオッ!」
「アハハ、ありがとう! 凄い活躍だったよ~!」
無邪気にとびついてきたリオルを抱きしめて、優しく撫でてやりながら、勝利の喜びを分かち合う。
そんな和やかムードに包まれるメイたちであったのだが。
「バカな……!」
一方の海馬は激しいショックを隠しきれず、呆然とその場に立ち尽くしていた。
(このオレが破れただと? たかが小娘ごときに……‼)
絶対的な勝利を覆されて、残った屈辱に身体を打ち震わせる。目の前の光景がいまだに信じられず、ただ唖然とするしかない。
だが、彼の荒れ狂う心中など露知らず。そのうちリオルをボールに戻したメイは、コートの端で佇む海馬のもとへと歩み寄った。
「海馬くんも、ありがと! すっごく楽しいバトルだった!」
「………」
目の前で爽やかに笑うメイを、鋭い瞳で見つめる。返す言葉も出なかった。
海馬は戦闘不能のヒトカゲを戻すと、こみ上げる感情にぎゅっと拳を握りしめ、静かに背を向け去ろうとする。
「海馬くん? どうしたの……?」
戸惑うメイには目もくれず、海馬は背中越しに告げた。
「……オレを倒したことは褒めてやる。だが、俺は敗北の枷を付けられたまま、おめおめと引き下がる男ではない」
「え……?」
「この借りは、いずれ返させてもらう。首を洗って待っておくがいい!」
「えっと、それはつまり――またバトルしてくれるってこと?」
困惑に目をしばたかせるメイだったが、そう解釈するなり途端に笑顔を取り戻す。
よりいっそうの喜びを顕わに、海馬の背中へ語りかけた。
「もちろん、いつでも受けて立つよ! もっと楽しいバトルにしよう!」
「ふん、その余裕も長くは持たせんぞ……!」
そう吐き捨てて、海馬はコートを後にした。
一人残されたメイは海馬の後姿を見送りながら、手にしたモンスターボールを優しく握りしめる。
「海馬君、か……。面白い人だったね、リオル」
『リオッ』
「うん、私たちだって負けてられないよ。もっともっと強くなろ!」
ボールの中の相棒に微笑みかけると、メイもやがて歩き始める。
今だ残るバトルの余韻を噛みしめながら、新たな出会いをその胸に秘めて。
彼女の瞳はタチワキの覆う分厚い雲にも負けぬほど、澄み切った光に満ち溢れていた。
第三話の時点で軽くやりましたが、ポケモンバトルはゲーム基準で行う予定です。
その方がデュエル感も出せると思うのでね。