(くっ……このオレがポケモンセンターに出戻りとは……!)
メイとのバトルを終えた海馬は、不機嫌そうに草むらをかき分け、ポケモンセンターへ足を進めていた。
相方のヒトカゲは先の激闘に敗れたために、ボールの中で伸びている。さっさと回復させてやらねば、今後の旅もままならない。
(おのれ、あの小娘――メイといったか……!)
荒ぶる感情の矛先はもちろんあの少女。勝利の余韻を噛み締めて笑う、その涼し気な顔を思い出して、海馬は更に苛立ちを募らせる。
確かに、メイの戦略は見事だった。パワーで上回るヒトカゲの猛攻を、道具とワザの効果を駆使して凌ぎ、戦況を逆転してみせたのだから。
そこまでは流石の海馬も認めざるを得ない。
しかし、だからこそ。海馬は己の至らなさを痛感するのだ。
これほどまでに屈辱的な敗北を味わわされたのは、久々の出来事であった。
(いずれ奴は、必ずこの手で叩き潰してくれる! プラズマ団と共に──)
煮え滾る怒りが決意に変わる。海馬は固く拳を握りしめ、鋭い眼光を前方に向け直し──ふと。
「ム……?」
迫る異変を感じ取り、ふと足をとめた。
そして、思わず身構えた直後。
「ドガ~~ス」
突然草むらの中から飛び出してきた、一匹のポケモンと相対する。
▽野生の ドガース が現れた‼
まるで風船のような球体が、にやけ面で浮かんでいた。だらしなく開かれた口の真下にはドクロマークがあり、明らかに毒々しい体色だ。
これだけでも異様な姿なのに、表面の噴気孔からは濁ったガスを絶えず噴出させており、何とも言えない悪臭をまき散らしている。
「な、なんだ……このひと際ふざけたモンスターは?」
鼻を突く臭いに顔をしかめて、海馬は呆れ果てたような口調で呟いた。
何も考えていなさそうな、気の抜けきった阿呆の顔。吹き出すガスの異臭こそ酷いが、真面目に怒る気にもなれず、手で追い払おうと試みる。
「気に入らん、とっとと消えろ。目障りだ」
「ドガ~~ス」
「……もう一度言うぞ。とっとと消えろ」
「ドガ~~ス?」
「――――ッッ‼」
しかし警告虚しく、ドガースは能天気な声で鳴きながら宙を舞うばかり。その身体がのらりくらりと揺れ動くたびに、不快なガスも漂う方向を変えて広がる。
その掴みどころのない態度に、とうとう海馬の堪忍袋の緒が切れた。
「ええい、ならば貴様の身をもって思い知らせてやるわ‼」
海馬は啖呵を切るなり、ベルトに装着されたボールへ手を伸ばす。
だがヒトカゲは既に戦闘不能で戦えず、その事を直前に思い返したことで、彼の行き場の無い怒りは遂に頂点へと達してしまった。
「おのれ……ッ‼」
こうなってしまえば、この身一つでどうにかするしかない。
海馬はコートのポケットをまさぐり、指先に触れたものを素早く掴むと勢いのままに、ドガースへ向けて投げつける。
そんな怒りに身を任せて投げられた道具――新品のモンスターボールは、狙い通りドガースの眉間にクリーンヒット。
「ドガ?」
呑気な声を上げたのも束の間、ドガースは光の粒子に包まれて、ボールの中へと吸い込まれていく。
そして数回ボールを揺らした後に大人しくなり――ポン、と捕獲完了の音が鳴った。
▽海馬 は ドガース を捕まえた‼
「な……!」
ボールの電子音で我に返った海馬は、ふと目の前の状況に絶句した。
ドガースはいつの間にか消え失せており、その場所にはモンスターボールが転がっているではないか。
(くっ……このオレとした事がまさか、こんな間抜け面のモンスターを捕獲してしまうとは……‼)
激情に囚われてしまったことを悔やむが、時すでに遅し。海馬は忌々しそうにモンスターボールを拾い上げる。
不思議な技術のおかげか、悪臭は周囲に充満していた分も含めて、綺麗さっぱり消え去っていた。
(……毒ガスを放つモンスターか。使えるかはわからんが……捕らえてしまった以上は仕方あるまい)
海馬はそう自分に言い聞かせ、ドガース入りのボールをしまった。
完全に成り行きでのゲットのため、腑に落ちない部分は当然あるが。しかし、この際どうでも良いと割り切った。
そんなことよりも、彼には一刻も早く向かわねばならない場所があるのだから。
「兎にも角にも、ヒトカゲを回復させねば話にならん」
低く呟いて、海馬は再びポケモンセンターへと急ぐのであった。
〇●〇●〇
「はい、お預かりしたポケモンたちは元気になりましたよ! またのお越しをお待ちしております!」
二十分後。返却されたボールを受け取り、海馬は再びポケモンセンターを後にした。
ヒトカゲはすっかり元気を取り戻して、ボールを微かに揺らしている。
だが、前よりも幾分か大人しく思えるのは、やはりバトルの結果を本人なりに気にしているせいだろうか。
「……いつまでも敗北を引きずるな。グズめ」
ボール越しに発破をかけて、ベルトに装着しなおす。
その横には新たなしもべ、ドガース入りのボールがぶら下がっている。
(まったく、我ながら要らん寄り道をしたものよ)
時刻は既に昼さがり。この曇り空では時間間隔も鈍ってしまうが、付近の設備時計を見やればわかる。
メイとの決闘に、ドガースゲット。すべて偶然とはいうものの、早朝イッシュに降り立ってから、えらく時間を食ってしまった。
(そろそろ本筋に戻らねば……!)
忘れるなかれ、当初の目的は青眼の入手と、それに伴うプラズマ団の殲滅だ。
こんな場所でいつまでも立ち止まっているわけにはいくまい。
海馬はそう気を引き締め直し、とりあえず市街地へ繰り出そうと歩き出す。
──と、数歩進んだところで、海馬の足が止まった。
ふと聞き馴染みのない音がする。出所を探れば、左腕に巻かれたライブキャスターが、着信の報せを発している。
ハンサムからの連絡だ。海馬は即座にライブキャスターを起動する。
「なんだ?」
『ああ、海馬君、私だ! ちょっといいかな、緊急事態だ!』
応答直後、間髪入れずに忙しない声を響かせるハンサム。
次いで画面に映し出された彼の表情は、妙に切迫した様子で口元を引き締めており、また額からは汗がにじみ出ている。
嫌な予感を覚えながらも、海馬は話を促した。
「どうした。手短に話せ」
『それが……ついさっき、プラズマ団の目撃報告があったんだ!」
「なに‼」
プラズマ団。その単語を耳にした瞬間、海馬の目つきが鋭くなる。
彼は語気を強めて、逆にハンサムを問い詰めた。
「教えろ、その場所はどこだ?」
『うむ、幸運なことに、私たちのいる場所からかなり近くてね。目撃場所は、私のいるサンギ牧場。とはいえ既に逃げ出したようだが……君のいるタチワキシティに潜んでいる可能性も高い!』
「なに! プラズマ団がこの街に……⁉」
『あくまで可能性の話だけどね。だが、引き続き捜査を頼むよ。怪しい人物を見かけたらすぐに報告してくれ……いいね?」
「当然! 何処に隠れようが、ネズミは俺の手で捕らえてくれる‼」
『いや、まずは私に知らせてくれ!』
ハンサムは、そう早口で捲し立てつつも、海馬の身を案じて念押しを忘れない。
時折顔色を窺っていたが、彼の表情が徐々に殺気立っていくことを察したためか、人差し指を立てて入念に警告する。
『情報では、目撃された団員は三人組だったらしい。発見したら、尾行しつつ私まで報告して欲しい。いくら君と言えど、単身では――』
プツン、と。
ハンサムが言い終わらないうちに、海馬は通信を終わらせた。
「フフ……プラズマ団め、とうとう俺の前に尻尾を曝け出したか‼」
それさえ知れればもう充分。
まるで獲物を追い詰めた猟犬のような笑みをたたえて、海馬はコートを翻す。
そして付近の適当な路地に狙いを定めると、薄暗い影に閉ざされた、よりディープな空間に向かって、躊躇うことなく進んでいった。
〇●〇●〇
遠くから、激しいロックのリズムが微かに聞こえてくる。
次いでボーカルのシャウトに、湧き立つ反響まで――ゲリラライブでも始まったのだろうか。
海馬は小うるさい音漏れを聞き流しつつ、堂々とした足取りで一人裏路地を歩く。
元から陽の当たりにくいタチワキシティ。それが裏通りともなれば、日中でも黄昏時のような暗さで、どこかじめっとした空気が漂っている。
配管はコンクリートの壁を蛇のようにつたい、隙間から漏れ出た滴が、ぽたりと垂れては地面で弾ける。
そんな陰鬱な道だというに、海馬の歩みには一切の迷いが感じられない。
屋根からチョロネコが見下ろす角を横切り、階段を下りて人気のない水路沿いの道へ。
停泊している、年季の入った貨物船を横目に進むと、やがて赤錆びた橋の高架下に辿り着く。
よりいっそうの闇に閉ざされた、その不穏な場所に――海馬は足を止めると、ニヤリと口元を歪めた。
「フフ……警察風情には理解るまい。だが、俺の勘は鋭くてね……」
誰にともなく、そんな言葉を呟いて。
海馬はカッと目を開くと、正面の暗闇を指差し高らかに告げた。
「そこに貴様らがいるのはお見通しだ! 姿を表せ、ネズミども‼」
「………」
「……………‼」
すると、海馬の呼びかけに答えるようにして。
高架下の暗闇が蠢き、徐々にその姿を現す。
「……チッ、さっきからロクな目に合わねぇぜ」
「つけられていたとはな。けどよ、誰なんだコイツは?」
そう言いながら出てきたのは、見るからに怪しい二人の男たち。
いずれも黒いコスチュームに身を包み、帽子を目深に被って、口元をマスクで覆っている。不審者そのものの格好だ。
予想だにしない追っ手の存在に、二人は顔を見合わせながら訝しむ。
「ぱっと見サツには見えないよな? いや、一般人にも見ないけど」
「知らねぇよ。でも俺達の後をツケて来てんだ。絶対ロクな奴じゃあねぇ」
「それはそうだな。……おい、お前!」
男の一人が、海馬に向かって指をさした。
「わざわざ出向いてきてくれたようだが、あいにくこっちは忙しいんだ!」
「そうよ俺達、泣く子も黙るプラズマ団のメンバー! 舐めてると痛い目合わすぜ!」
威勢よく啖呵を切る二人組の手には、固くモンスターボールが握られていた。
「ほう、雑魚がよく吠えたものだ。身の程知らずの負け犬のくせにな‼」
しかし海馬は、彼らの威嚇を歯牙にもかけず、煽るような眼で嘲笑う。
その態度が、短気なプラズマ団員たちの精神を真っ向から逆撫でする。
「この野郎……! 俺達を馬鹿にした罪は重いぞ‼」
「クソ生意気なその面に、プラズマ団の恐怖を刻み込んでくれるぜ‼」
「フフ……ならばやってみせるがいい‼」
▽プラズマ団たち は ミネズミ と チョロネコ を繰り出した‼
▽海馬 は ヒトカゲ と ドガース を繰り出した‼
怒りを剥きだしにする二人と、尊大な笑みを崩さぬ海馬。
両者は一斉にボールを投げ、互いのポケモンを繰り出した。
「ふん、奴らに力の差を見せつけてやれ! ヒトカゲで攻撃‼」
「カゲェ‼」
▽ヒトカゲ の ひのこ‼
突如勃発する。プラズマ団とのダブルバトル。
海馬が即座に指示を出すと、ヒトカゲは先陣を切ってフィールドを駆け、その大きく開けた口から燃え盛る火球を次々に吐き出す。
「グギャッ……‼」
火球の礫は正面のミネズミ目がけて猛スピードでカッ飛び、着弾。
爆発で立ち上る黒煙と共にミネズミを吹き飛ばし、一撃でノックアウトしてしまう。
▽ミネズミ は倒れた‼
「なっ……俺の道具が一撃で⁉」
「フハハハハ‼ 所詮はネズミ、大した能もなかったな」
「ヒート、カゲカゲ‼」
驚愕に目を丸くするプラズマ団員たち。それを見やり、海馬とヒトカゲはこぞって高笑い。
特にヒトカゲの方は主人の真似も板につき、絶好調といわんばかりの強気モードだ。
その気迫に押され、焦る団員たちは一歩後ずさり。
「クソッ、なら隣のアホ面から片づけてやる‼」
しかし、負けじと叫んで今度は、もう一人の団員がチョロネコをけしかける。
チョロネコは俊敏なステップでドガースに接近すると、その鋭利なツメを突き立てた。
▽チョロネコ の ひっかく 攻撃‼
「ドガ~?」
しかし、対するドガースは至って呑気にかまえていた。振り下ろされた一撃を易々と受け止め、何事もなかったかのように間の抜けた声を上げる。
意外な守備力に目を丸くするチョロネコだったが、それだけでは終わらない。
後ろに三歩下がった途端、強烈な眩暈に襲われたように、細い足がふらつき始めた。
「なんだ、どうしたチョロネコ⁉」
「フフ……そいつには既に
海馬は満足そうに鼻を鳴らす。
「『スモッグ』の追加効果により、貴様のモンスターは毒を浴びる!」
「なっ、毒だと……‼」
▽チョロネコ は毒のダメージを受けている。
毒状態のポケモンは毎ターンダメージを受け続け、やがて戦闘不能に陥ってしまう。
攻撃力では叶わず、ダメージすら通せず。追い詰められて狼狽えるしかないプラズマ団員たち。
それでも海馬は、目の前の敵に一切容赦などしなかった。
「俺のターン‼」
己の力を誇示するかのように轟く一声。
彼は、ここが幕引きとばかりに畳みかける。
「ワハハハハハ‼ ヒトカゲよ、奴らにトドメを刺せ‼」
「ヒートッッ‼」
再び放たれた"ひのこ"の攻撃を対処する術は、チョロネコにも、そして主人のプラズマ団員にもなかった。
毒に冒され弱った身体を襲う火球。叫ぶ間もなく目を回して、チョロネコは足から崩れ落ちる。
▽チョロネコ は倒れた‼
「俺達の道具を、こんなあっさりと……⁉」
「嘘だろ……‼」
いっそ蹂躙とでも呼ぶべき、あまりにも一方的な試合運び。
瞬く間に倒されたポケモンたちを前に、最初の威勢は何処へやら。プラズマ団員たちの声は動揺に震えている。
「ふん、随分と呆気なかったが、これで済むとは思わんことだ」
逃げ腰で後退る彼らを、じわじわと壁際まで追い詰めながら、海馬は尊大な態度で言い放った。
「貴様らには聞きたいことが山のようにあってな。いい機会だ、洗いざらい吐かせてくれる……‼」
ついでに新戦力ゲットです。
これからも増える社長の手持ち、ぜひとも予想してみてください。
【死のデッキ破壊ウイルス】(マタドガス)
モンスターではありませんが、海馬が愛用する「ウイルスカード」の代表格。
青眼推しが目立つものの、凶悪な罠やウイルスで相手を嵌める戦術も社長の得意分野ですね。
タチワキ周辺で手に入る&数々の変化ワザを習得できるマタドガスが選ばれました。
カードの性能通り、相手への妨害が主な役割となるでしょう。