本当にただタイトルの通りです。
OVER ZONE STORY1 沈黙の楽園:Aで描かれなかった、ピナとドロシーのシカの解体作業を自分なりの解釈で書いたものになります。
解体については付け焼き刃知識なので、細かい点にはご容赦ください……。
幾度の襲撃で廃墟となりかけている通信基地。
音沙汰のないアークからの連絡。
未来の見えない暗い道に、背後から着実に迫る絶望。
そして、そんな暗闇の中に、スノーホワイトがもたらしてくれた希望。
食料、道具、そして探索ルート。
私たちの第一の目標は生存。
未来は見えない。でも、そう定めた結果、歩くべき道が見え始めてきた。
「では、行ってまいります」
「留守は頼んだぞ」
探索に出掛けるスノーホワイト、紅蓮、ラプンツェルを見送り、その場に私とピナと大きな袋が残された。
「……ピナ」
「えっ?」
「シカの下処理が出来ると言っていましたよね。やってみましょうか」
「あっ、はい」
ピナがいそいそと袋からシカを取り出し、それを背負う。
「私も持ちましょうか?」
「いえ、大丈夫です!」
こうして前足を掴んで背負うと安定するんですよ、と得意げに話すピナに後ろからついていく。
その手慣れた姿に、食料の供給という生存の要を担う頼もしさ感じさせてくれる。
「ここでやりましょう。川が近いので血の処理も楽ですし」
ピナが定めた解体場所に持ち運んだシカをそっと置く。
近づくと、獣臭がふわりと私の鼻をついた。
横倒しにされたシカの胸には、矢が深々と突き刺さっていた。スノーホワイトはこんな器用に狩りが出来るのですね……。
「ピナ、下処理とは具体的に何をするのでしょう?」
シカの巨体を目の前に、質問を投げかけた。
「簡単に言えば、血抜きをして、内臓を取り出して、皮を剥いで、最後に肉を切り出します」
「結構工程が多いのですね」
「丁寧に作業すればするほど、美味しいお肉が食べられますから。頑張りましょう!身体の構造を理解すれば、それほど難しくありません。ドロシー様にも出来ますよ」
「そう、ですか」
正直あまりしたいとは思いませんが……。
「それでは始めましょうか」
そう言うと、ピナは懐から小型のナイフを取り出した。
「そんな小さなナイフでするんですか?」
およそ刃渡10cm。これから処理をする獲物の体格とあまりに差のあるサイズだった。
「はい。細かな作業が多いので、むしろこれくらいが丁度良いです。あ、もしかして紅蓮様の刀みたいなものでズバズバ切っていくのだと思ってましたか?」
「うっ」
図星だったので、何とも言い返すことができなかった。
そんな姿が面白かったのか、ピナは肩を震わせて小さく笑っていた。
「意地悪しないでください。知識がないんですから」
「そうですね、失礼しました。ではせっかくなので、解説しながらやりますね!」
そうしてピナを講師に、シカの解体作業が始まった。
「死んでいるので、動脈を切ってもあまり血が流れないかもしれません。んー……そうですね」
思案しながらピナは、先ほど袋を縛っていたロープを拾い上げた。
それをシカの後ろ足に結びつける。
「吊るしながら、血を流しましょう。ドロシー様、そこにある桶を取ってください」
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。では、あの飛び出た鉄骨に吊るしますので、頭の下にそれを置いて、そのあとナイフでここを深く切ってください」
「はい。……はい?」
はい、とナイフが手渡される。
シカの首の付け根あたりを指差したピナの意図に、一瞬理解が追いつかなかった。
「私がやるんですか?!」
「はい、ロープが短いから血が抜けるまでずっと持ってなきゃいけないので」
きっとピナなりの配慮で、比較的楽な方をとの提案だったのでしょうが……。私としては全力で重労働に勤しみたい気分です。
「…………」
ナイフを握ると、なぜか身体の奥底から抵抗感が溢れてくる。
なぜ銃でラプチャーを屠ることが出来て、小さなナイフで死んだ鹿を傷つけようとしているこの手が震えているのか。私は自分が理解できなかった。
でも、そんな情けない姿を表に出すことはできない。特にピナの前ではなおさら……。
「……分かりました。ここですね」
震えを隠すよう手に力を入れ、ピナが指した位置を指で触る。毛皮の奥のグニュリとした肉の感触と、生命の残り香のような仄かな生暖かさを指に感じた。
「ふぅ……」
一呼吸置いて、ナイフの刃を首筋に当てる。スッと、それを横に滑らせる。
しかし、皮が硬いのか、はたまた私の入れた力が弱いのか、表皮に傷を残しただけ。
ピナの視線を横目に感じ、今度は意識して力を入れて首を切る。
手応えと同時に、肉の筋を切り裂く生々しい感触に全身の肌が粟立つ。
そして私の付けた首の裂け目から、堰を切ったように鮮血が溢れ出てた。
「ピナ! こ、これで良いですか?!」
「はい、大丈夫です。あとは血を出し切るまで少し待ちましょう」
至って平静なピナ。経験者なのだから当たり前なのだけれども……。
そんな姿を見ていると、いまだに激しく心臓を鳴らしている私は、なんて情けないのかと思わされてしまう。
こんな姿は、いけません……。
「ピナ、ちょっと手に血がついてしまったので洗ってきますね」
ピナの返事を待たずに、そそくさと立ち上がり逃げるように洗い場へ向かう。
まずはこの動悸を落ち着けなければ……。
呼吸を整え、ピナに見せられるいつもの自分に戻ったことを確認して、元の場所に帰る。
血抜きもだいぶ進み、器の中にはたっぷりの血が溜まっていた。
流れる血も、ポタリポタリと雫が垂れる程度になっていた。
「それでは解体していきましょう! ドロシー様、頭の方から前脚を掴んで動かないように固定していただけますか?」
「分かりました……。こうでしょうか」
背中とは違い、白い毛に覆われたお腹を見下ろしながら骨張った脚を掴む。
先ほど感じた温かさはなくなっていた。
「はい、大丈夫です。ではまず、喉のところから切ってきいます」
ピナは、シカの喉にある突起に刃を当てる。
「ここからズズズっと、肛門の上まで皮を切っていきます。内臓に傷をつけないことがポイントです」
「深く切ってはダメなのですか?」
「はい、内臓を傷つけてしまうと内容物で肉が汚れてしまいます。便や尿が掛かった肉なんて食べたくないですよね?」
「う……」
想像しただけで吐き気が……。
「なので、内臓を傷つけないように綺麗に取り除いてあげるんです」
ピナはナイフの刃先を喉に刺し、そのまま胸の下まで刃を入れてゆく。
皮が裂けて、血に濡れた白い骨が覗いた。
「…………」
生き物の身体の中には骨がある。そんな当たり前の事実を生唾と一緒に飲み込む。
途端、ふっ、と先日見たテントの死体が脳裏を掠め、胃の中で嫌悪感がふつふつと沸き始めた。
「ここまでは肋骨があるので大丈夫ですが、ここから下は胃と腸なので慎重に切っていきます」
そこからピナは、切り口に指を入れ皮を浮かして慎重に切り進めて始めた。
ボコリと膨らんだシカの腹が徐々に裂かれてゆく。
そしてあるところまで切り進めたところで、裂け目から生臭い匂いと共に何が腹の中から覗く。
灰色をした浮き袋のような物体が、シカの身体から溢れ出る異様な光景に眩暈がし始めた。
「ぅ……ピナ、それは……」
「これは胃です」
胃……。胃ってピンク色してないんですね……。
「そして内臓を傷つけないように慎重に進めて……はい、肛門まで切れました」
一仕事終えた風に笑顔を浮かべるピナ。
その下では、身体をパックリと切り開かれ、灰色の内臓が露出する鹿の亡骸。ピナはそれ指差しながら、ここが腸で、膀胱がここ、と私のために解説をしてくれた。
「膀胱と尿道は外に出しておいた方がいいです。尿が肉にかかる心配なくなりますので」
「なる、ほど……」
生き物なのだから、排泄物があるのは当たり前のこと。
でも、その当たり前のことを、今やっと本当の意味で理解させられた自分がいる。
動物も人間も中身はこんなにも汚くて、醜い……。
「……っ」
またテントのアレを思い出しそうになり、喉に一瞬酸っぱさを感じた。
それを強引に胃の中へ押し戻す。
はぁ、今後肉を食べることに抵抗感が生まれてしまいそうです……。
「では内臓を取り出してしまいましょう。まず胸骨を開きます。ちょっと力を入れますので、強めに押さえててください」
ピナが鹿に跨り、ナイフを鹿の胸に突き立てる。
ゴリゴリと、およそ生き物から出てはいけない音を立てながら骨を割って行く。
「こういう時ニケは腕力があるので便利ですね」
「まぁ、あまり起こり得ない使い道だとは思いますが……」
きっと私がこのようなことをする機会はないでしょう。というか、無理です……。
そうして割った骨に指を突き立て、両開きの戸を開けるように、胸骨をバキンと開く。
骨の下からは、イメージ通りのピンク色の内臓が顕になった。
「これが肺、その下に心臓があります。見てみますか?」
「い、いえ、結構ですっ。早いところ終わらせてしまいましょう」
骨を割る音が耳に残って離れない。
テカテカと滑り光る内臓が脳裏に焼き付く。
この目で見るもの、聞くもの全てに対して生まれる拒否感に、冷や汗が止まらなくなる。
「えっと、ドロシー様大丈夫ですか? 少し顔色が……」
「っ、気にするほどのことではありません。ちょっと疲れているだけですよ。さぁ、続けましょう」
「分かりました。では、内臓を取り出しましょう。首のところから食道と気道をナイフで……」
ゾブリと、ピナがナイフを切り開いた喉元に腕ごと潜り込ませ、慣れた手で頭部と内臓を繋ぐ管を切り離して行く。
グチュグチュと音を立てながら、まるで生きているかのように内臓がブルブルと揺れている。
「はい、これで取れましたっ」
ブチュッ、という音ともに頭部との管に支えられていた内臓が、その支えを失う。
支えを失った臓物は、そのまま地面にこぼれ落ちてゆき……。
テントの中で見た、ドロドロの死体と重なった。
「ご、ごめんなさいピナ! ちょっとお手洗いに行きますねっ」
ピナを残し、込み上げる胃液を必死に抑えながら逃げるように走る。
「うぅっ!!」
ぉぇ、ぅ、ぉ゛、ぅぇ……、ゲホッ、ゲホッ!!
はぁ……はぁ……。
私の胃液が地面を汚す。
胃液が喉を焼く痛み、胃が締め付けられる苦しみ、どうしようもなく情けない自分。
汚れた地面に雫が一滴だけ落ちた。
ひっくり返る胃を落ち着かせ、急いでピナのところに戻る。
ピナの顔が少し曇っていた。
あぁ、さすがに気付きますよね……。
「ピナ、あの……」
何と続けるのが正解なのか分からない。
取り繕うべきなのか。
情けない姿を見せたことを謝るべきなのか。
言葉が、続かない。
「…………続けますか、ドロシー様」
でも答えは、ピナがくれた。
ピナが求める、私のあるべき姿を。
すぅ……はぁ……。
「もちろんです。続けましょう」
「はい♪ あとは皮を剥いで、肉を切り分けて終わりです。頑張りましょう!」
ピナの励ましと共に、残りの作業を進めて行く。
私は、ずっとピナの憧れであり続けたい。
そしてピナも、きっとそんな私を分かってくれている。
不器用な私がゴッデスのリーダーであり続けられるよう、躓いても倒れないように、いつでも前を向かせてくれる、ピナは私の翼。
彼女は私たちみたいに大型のラプチャー相手に戦うことはできない。
でも、彼女がいたから、彼女の強い意志と揺れない憧れがあったからこそ今の私たちがあり、人類の平和が保たれている。
私の中では、とっくに彼女もゴッデスだった。
でもきっと……そんなことを今のピナに言っても、冗談としか受け取らないでしょうね。
だからアークを守り切り、人類に迎えられるその時。
私たちの横に並んでもらうことしましょう。
勝利の女神として、ゴッデスとして。