思えば、生前は異性と積極的な関わりを持ったことがなかったような気がする。
別に免疫がないというわけではない。学生時代は委員とかの仕事で会話するのはもちろん、軽い雑談程度ならば問題なく行えていた。が、それまでのこと。やはりメインでつるむのは男であった。そもそもクラスの中ではなんとなく男女の間に見えない仕切りのようなものができていることが大半で、今の時代の男なんてそんなもんであろう。そして当然ながら、彼女などというものはいたことがない。そうだったから女心が分からないのか、はたまたその逆か。まあ、どうでもよいことだ。どちらにせよ今の状況はそれ以前な問題な気がする。
見れば、少女は完全に警戒態勢に入ってしまったようだ。今いる場所から動かずに周りを見回しており、その実内心では怯えているように見える。
彼女が最初に来た時は俺の大声と独り言のダブルパンチに驚き、一目散に逃げ帰った。どういう理由で戻ってきたかは知らんが、見るに相当の勇気が必要だったに違いない。さらにはダメ元で虚空に呼びかけまでしている。そこで少女に襲い来る俺のクソみたいなロールプレイ。……なんか、少しかわいそうに思えてきたわ。
「ああ、そんなに怯えないでくれ。別に取って食おうというわけではない」
とはいえ、他にどういう体でしゃべりかければ良いのかわからないので、このスタンスを続行する他ないのではあるが。それにしても、我ながらよくここまでうさんくさく振る舞えるものだ。ほれ見ろ、明らかに警戒心が強まっている。俺は別にそこまで悪くないとはいえ、ここまでの反応をされると中々くるものがある。
そういえば誰かが言っていた。こういうときは共通の話題を見つけると良いって。教科書通りにやってもコミュニケーションがうまくいくとは限らないが、今はなにがなんでもやらなきゃいけないのもまた事実だ。目をそらさず、少女に向き合って会話を続ける。
「ああ、見覚えがあると思ったよ。よく見たら、君はあのときの……」
「……あのとき?」
そういって少女は考え込む動作をした。
よし、これで時間を稼げる。嘘をつき続けるのは信じられないぐらいエネルギー食うし、辛いわ。ちなみに普通に脳内で独り言をこぼしまくっているが、全部そこらへんの草どもに向けているので少女には届いていないはずだ。こっちとしては別に聞かれて困るもんじゃないが、向こうが嫌がっちゃいけないしね。あ、顔上げた。
「あのとき、って5日前に私がここに来たとき……?」
「具体的な日数は覚えていないが、おそらく。君は今と似た格好をしていたような気がする」
「……あのとき、私に”おーい”って呼びかけきたのは、あなただったんですか?」
「それに関しては、驚かせて申し訳なく思っているよ」
さて、どうだ。
うさんくさいのは百も承知。自分としては頑張ったが、振り返ってみると詐欺師みたいな喋り方をしていたかもしれん。が、今更どうしようもない。ここで信じてもらえれば異世界人との交流をもてる。そうでないなら植物満喫ライフ再開。別にこの娘と交流できなくても死ぬわけじゃないが、そろそろユウとふたりっきりは耐え難くなってきた。
少女は顔を上げた。
「決めました。あなたを信じます」
凛とした顔で、そう言い放つ少女。
そっちに俺いないけどね。女の子の左えらをこんなに凝視したことないわ。
「もしあなたの話を信じるとするならば、私が探していたのはあなたということになります」
構わず少女は続ける。なんというか表情が一変したような気がする。
「あなたは、あなた様は賢人様でしょうか?」
「いや誰」
やっべ、素で返しちゃった。
いやでもセーフっぽい。ちょっとマズイかとも思ったが、彼女も彼女でさっきの質問を即答で否定されたのがショックなのか疑問符を浮かべて硬直している。割と宇宙猫に見えるわ。
てか、マジで誰だよ賢人。知らんもん、そんなん。いきなりトンチキなこと言われりゃボロも出るわ。
「賢人様、ではない?」
「違う」
「いやでも、私賢人様が旅立たれてから何度もお参りに来てて。昔お話してくださったオ、オボン?、で帰ってきてくださったのかと思ったのですが」
「申し訳ないけど、違うものは違う」
よく見ると、少女はユウの石碑に向かって話しかけていた。と、いうことはこの石碑だと思ってたものは、賢人様とやらのお墓だったらしい。人の墓に取り憑くなんて、なんてやつだ。当人がいないので好き勝手言えるぞ。いないのがわるい。それにしてもこの娘と賢人は相当仲が良かったのか。こんな山奥までお墓参り、それも定期的に来るとはね。
それに彼女が言っていたオボン、お盆。明らかにここが異世界らしいことが確定している現時点で異世界人たる彼女がお盆を知っているということは、それを教えたであろう賢人も地球人だったのだろうか。転生者はこれで合計3人。この調子だとあと何人も出てきそうだな、こりゃ。
いつのまにか、それまで喜色を浮かべていた少女の顔は再びあの警戒モードへと戻っていた。そんな。でも違うものは違うから、否定せざるをえないわ。すまんね。でも、そしたら......
「......では、あなたは誰ですか?」
まあ、それを聞かれるわな。
さてどうしよう。何も考えていない。
本当はユウの石碑に宿った精霊的な返しをしようと思ったのだが、それはダメになったし、なんならやりたくない。死人に口なしとは言うが、道徳心がストップをかけることはやるべきでなかろう。
ううむ。
「それが、私にも分からない」
「は?」
だよなぁ。
でも仕方がない。いろいろ考えたが、多分記憶喪失の何かを演じるのが一番ボロが出ないんよな。異世界っぽいフレーズが出てきたらユウに聞けばいいと思っても、なんかいないし。戻ってくる保証もない。
それにしてもここまでの反応をされるとは思ってなかったわ。そんなに変かねぇ。......いや、変か。だが、このまま行くしかないというのは変わっていない。
「ここがどこで、自分が誰かもわからない。見たところ森の奥のようだけども、それ以外は全然だ」
「はぁ。では、とりあえず姿を見せてくれませんか?見えないと気味悪いので」
「今まさに君の近くにいる」
「へ?」
「なんというか、この空間に漠然と存在しているんだ。多分なにか小さな神様とかじゃないかなって思うけど」
「......主は唯一で、不二の存在であらせられると存じておりますが?」
くそ、こいつ一神教信者かよ。さすが異世界、ナーロッパ。アニミズムにも寛容になれ。時代は多様性やぞ。
「じゃ妖精とかで」
「......」
正直汗ダラダラである。嘘がボロに出そう、というか出ている気がしなくもないが。こんなのが一番心臓に悪い。
上手く誤魔化せたかと思ったところ、少女は踵を返して来た道を戻って行った。用事は済んだのかな。でもまぁ。
こりゃ失敗かなぁ......。
「また来ます」
へ?
「あなたのことを信用したわけではありません。が、お参りをやめるわけにはいきませんし、それに......」
立ち止まった後に顔だけをこちらに向けて、少女は続ける。
「あなた様が賢人様の可能性がなくなったわけではないので」
さいですか。でも、また来てくれるんだとしたら問題ない。
「太郎」
「ん?」
「次に来た時は太郎と呼びかけてくれ」
「でもあなた、記憶喪失では?」
「そう呼んでほしい。直感で分かるんだ」
完全な記憶喪失設定だとまずいことに気がついた俺は、よくある誤魔化し方をしておく。ゴリ押しも聞きやすくなる。どうせもとから信じてもらえてないんだし、なら今のうちにね。
「タロウ、不思議な名前ですね。覚えておきます」
「逆に、君のことはなんと呼べばいい?」
「......アサガオ、と呼んでください」
そういって少女、もといアサガオは足早に去っていってしまった。なんというか異世界人のくせに名前ゴリゴリに日本語だな。実際にいたらキラキラ気味だがね。......そもそも、日本語が通じてる時点で何を今更って感じもするが。
数分もすればアサガオは見えなくなっていた。
さて、これからどうしようかな。
まずユウを探すか。動けんがね。
「僕ならここだよ」
うわびっくりした。
なんと、ユウは石碑に潜んでいた。最初からいたらしい。そこにいたなら多少手助けしてくれても良かったのに。
「ひどいよ」
「何が。お前になんもしてないだろ」
「あの女の子には自分から名前聞くのね」
「うわダル」
「冗談だよ、ひどいなぁ」
コイツ、こんなダル絡みしてくるキャラだったか?
「それにしても.今まで何してたんだ?」
「それは、僕まで会話に入ると収拾がつかなくなるからね。それに」
「それに?」
なんか気まずい理由でもあったのかね。
「......いや、君が初対面の女子相手にあたふたしてる様子見るのが楽しくてね」
「へ、へぇ」
コイツ性格終わってて草。
早くその墓から出てってやれよ、罰当たりだ。
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