喜多ちゃんが知らない音楽:ReTakes   作:ガオーさん

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Somebody To Love

 

 

 私には、幼馴染と呼べる男の子が一人いる。

 

 名前は井上 和正君。

 

 小さい頃から彼の事を知っている人は、私含めて皆「カズ君」って呼んでいる。

 幼馴染の男の子がいる事を初対面の人に話すと、大抵の人は「恋人」なのかとか「どんな関係なのか」とか、興味津々に勘ぐってくるけど、実は私はあんまり彼の事は知らない。

 幼稚園、小学校、中学校とずっと同じクラスだった。けれど、カズ君と私の接点は恐ろしい程少ないからだ。

 もちろん、まったく話したことがないって訳じゃない。たまに擦れ違った時に挨拶したり、目が合えば会釈し合う程度の、そんな薄い関係。クラスメイトと言う共通点がなければ絶対に幼馴染とは思えない。

 自分で言うのも難だけど、私は社交的だ。友達も多いし、私自身人と関わったりお喋りをするのが大好きだ。クラスの友達とカラオケにもよくいくし、休み時間の時も誰かと必ず一緒に居る。

 

 でもカズ君は私とは対照的に、独りで何かに没頭するタイプの男の子だった。その没頭する何かというのが『音楽』だ。

 

 私が友達と遊んでいる時や喋っている時は、大抵教室の自分の椅子で独り音楽を聴いているのをよく見かける。ていうか彼が耳からヘッドホンを外していない時の方が少ないんじゃないかと思えるぐらい、彼はずっと、ほとんどの時間を音楽を聴く事に費やしているのだ。

 

 学校へ向かうバスの中でも、休み時間の時、皆がお喋りをしたり大騒ぎしている中でも、一人ただずっとヘッドホンから流れる音楽に耳を委ねていた。

 

 頭をすっぽりと覆ってしまいそうな大きなヘッドホンで耳を塞ぎ、ウォークマンやスマホで何かいつも音楽を聴いているのが彼のいつもの習性だ。息をするように、彼はただ音楽を聴いている。音楽を聴きながら英語の本を読んでいたり、次の授業の宿題を片付けて居たり。時々目を閉じてヘッドホンから響くメロディーを噛み締めるように楽しんでいる。

 

 幼稚園の頃はそんなことはなかったけれど、小学校に上がっていつからか学校にヘッドホンを持ち込み、休み時間ずっと音楽を聴き続けるようになっていた。先生やクラスの委員長が何度も注意し、たまに没収したりするけどそれでも彼は懲りずにヘッドホンを持ち込む物だから、いつからか先生も注意することを諦めた。

 

 小学校の思い出話を語る時、必ずと言っていいほど語られる彼の武勇伝がある。

 ある時、クラスの意地悪な子が彼のヘッドホンを隠したのだ。多分、休み時間になっても我関せずと言った感じで独りヘッドホンを使い続けるカズ君にいじわるをしようとしたんだと思う。体育の時間、グラウンドに出ている間に机の上に置かれたそれをこっそり隠しちゃったの。

 それを知ったカズ君はその意地悪な子に「あのヘッドホンは5万円近くするけど大丈夫?弁償できる?あんな高価な物、失くしたり壊したりしたら警察沙汰だよ。裁判所にも問答無用で来てもらうよ。素直に出した方がお父さんに怒られなくて済むと思うけどどうする?」なんて淡々と理詰めでその子を追い詰めるものだから、彼は大泣きしながらヘッドホンをカズ君に返した。

 ちなみに後で興味本位で調べた所、彼のヘッドホンは本当に高い物だった。具体的には7万ぐらい。そんなものを小学校に持ってくるなとクラス全員先生含めて皆が思った事だろう。

 

 正直な所、クラスで一番の変わり者、と言うのが私やクラスメイト達の印象。

 でも成績は良いし校則も守ってるから、先生からの評判は悪くないみたい。それどころか音楽の先生とは趣味が合うらしく、授業が終わった後に「井上道義先生のアルバムが」とか「久石譲のコンサートが」とか、知らない人の……多分、オーケストラの指揮者だと思う。それを熱心に先生とあの曲が良かったとかこの曲はいまいちだったとか、楽しそうに語っていた。

 

 じゃあクラスの中だと浮いているのかと言われるとそうでもない。

 クラスメイトと壁を作っている訳ではなく、ヘッドホンをしている最中でも耳がいいのか話しかければすぐに反応してくれるし、頼みごとをすれば大体やってくれる優しい人だ。隣の教室の男子が教科書を借りに駆け込んだ時はすぐに貸していたし、足を骨折して困っている隣の席の子にも親切に手伝っていた。

 ただ、常に誰かとコミュニケーションで繋がっていたい私とは違い、彼が誰かと遊びに行ったり、流行りのゲームをしている所を観たことがなかった。他の男の子は彼女が出来たとか、エッチな本の話とか、部活がどうのとか、そう言った話ばかりしているのに、カズ君はずっとずっと音楽に夢中だった。

 ある時、私の友達の一人のさっつーが、興味本位で「なんで井上っていつも音楽聞いてるのー」って尋ねた事がある。

 その質問にカズ君は少し考え込んで、やがて口を開いた。

 

「音楽は僕の魂。だからずっと聴いていたい。僕は耳が良すぎるから、耳をヘッドホンで塞いでいた方がちょうどいいんだ」

 

 音楽は魂。

 そうはっきりと言い切る彼の目は堂々としていて、なんとなく「カズ君って、私とは違う視点を持つ人なのね」って思った。

 私も歌は好きだ。カラオケは友達とよく行くし、流行りの歌はいつもチェックしている。

 けれど彼の「音楽が好き」と、私の「音楽が好き」は、なんとなく密度が違う気がして、それが私がカズ君を避けていた理由のひとつなんだと思う。

 私は、イソスタとか、たくさんの友達とか、お洒落とか、いろんなことが好き。

 けれど小さい頃は好きだった魔法少女のアニメも、いつの間にか見なくなって、流行りのドラマを観るようになった。いつからか周りの流行りに合わせて生きてきた。それが悪かっただなんて思わないけど、私がたくさん変わっていく中で、彼はちっとも変わらなかった。小さい頃から、ずっと。

 それが、私がカズ君を避けていた理由なんだと思う。ずっと昔から何も変わらないカズ君が、私とは別の生物のように思えた。

 自分とはまったく違うスタンスで生きていくカズ君に、どこか羨望のような期待があった。

 

 たった一つの事を、好きだと言い切れるカズ君がカッコいいし、羨ましいと思えたの。

 

 けれど私と彼が関わる事なんて多分ないんだろうなって、たくさん友達や幼馴染がいるけど、彼はそのどれにもカテゴライズされない顔見知りのまま学校を卒業するんだろうって、なんとなく思っていた。

 

 

 

 けれど、中学二年の秋、私に人生の転機とも言える場面が訪れた。

 

 

 

 私がロックンローラーを目指すきっかけになった、大きな出来事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私の中学校では、文化祭に合唱コンクールが行われる。これがたくさんある学校行事の中でも、大きな目玉イベントのひとつになっている。

 なぜならこの合唱コンクール、()()()()()()

 普通のコンクールなら学校側の音楽教師が指定した曲の内からクラスがそれぞれ合唱曲を選び、それを練習して舞台の上で歌うのだけれど、多様性がどうのこうのとかでその課題曲の枠組みをうちの中学校は取っ払ってしまったのだ。

 条件としては、ピアノが使われる事、混声合唱で行う事。

 この二つのルールが守られるなら、割となんでもありなコンクールだ。

 

 だから毎年夏休みが終わって二学期になると、学校中からJ-POPをピアノ風にアレンジした合唱の歌声が響いてくるようになる。最近だとネットや動画サイトでJ-POPをピアノアレンジにした楽譜なんてすぐに見つける事が出来るから、後はクラスに一人ピアノを弾ける子が居れば問題なし。

 

 流行りの歌を仲良しの皆と一緒に歌える。

 

 それだけで私達は大盛り上がりなのだ。 

 私の学校はノリがいい生徒が大勢いるからか、全学年のクラスが金賞を狙ってくる。

 一部のノリのいい生徒は、まだコンクールまで二か月もあるのに、何の歌を歌うか大騒ぎだった。

 

「YOASOBI歌おうぜ!」

「馬鹿、流行りは皆歌いたがるからどっかのクラスと被るだろ」

「私鬼滅歌いたいなー」

「えーちょっと難しくない?合唱向きじゃないよ」

「あたし達去年のクラス銀賞だったんだよ、だから悔しくて悔しくて!」

「今年は喜多ちゃんもいるし、優勝狙えるよ!」

「確かに、喜多ちゃんカラオケ上手いもんね!」

「えへへ、そうかしら? でも私も、金賞目指して頑張るわ!」

 

 その日のHRは、コンクールの曲を決める大事なHRだった。

 クラスメイト達もやる気は十分。けれど、皆それぞれの主張が分かれすぎて、しっちゃかめっちゃかだった。

 YOASOBIを歌いたいというJ-POP派、デスメタルを歌おうぜなんて悪ふざけをする男子、あえて普通の合唱曲にしよう、でもそれじゃあイマイチじゃない?なんて声が多くて、あまりにもまとまりがなかった。

 私の友達のクラス委員長も、頭を抱えて悩ましてしまう。

 

「どうしよう。これじゃあ今日中に決めるのは難しそうね」

「うーん、それなら明日に回せば……」

「ダメよ喜多ちゃん、早いクラスはもう曲を決めて今日から練習に取り掛かる。それに明日に先延ばしにすればなあなあでまた混戦するから、絶対に今日中に決めちゃわないと」

 

 眼鏡がきらんと光る真面目な委員長らしい意見だった。でも、だからと言ってこれだと言えるような曲が出てこないのも事実で、このままだとHRが放課後までもつれ込みそうな空気が漂い始めた。

 

 

「ねえ、井上君。あなたは何かいい意見ない?」

 

 

 そんな時、委員長ちゃんは教室の隅で今日も我関せずとヘッドホンで音楽を聴いていたカズ君に意見を求めた。

 委員長ちゃんの言葉に、クラス中がしんと静まり返る。

 変わり者で有名なカズ君に普通に声をかけるのは、委員長ちゃんぐらいだ。

 

 周りが変に静まり返った事に気付いたのか、カズ君はヘッドホンを外して首にかけ直し、聞き返す。

 

「なんて?」

「だから、合唱曲。あなたいつも音楽ばっかり聴いてるでしょ。合唱曲にちょうどいい曲、何かないの?」

 

 委員長ちゃんがそう聞くと、カズ君はしばらくぽりぽりと頭を掻きながら悩まし気に唸った。

 

 数秒程悩み込んだかと思えば答えが出たのか、彼はポケットからスマホを取り出して画面をぽちぽちとタップしながら教壇の上へと歩き始めた。

 

「完全に僕の好みの曲だけどいい?」

「へえ、あなたのセンスに期待大ね」

「プレッシャー。そのスピーカー使っていい?」

「いいわよ」

 

 困り顔で笑いながら、彼は教卓の上に置いてあったBluetooth対応のスピーカーにスマホを接続した。

 私の友達が合唱曲を選ぶ為に持ち込んだスピーカーだ。

 

 

 

 

 

「じゃあ再生するね。曲はQueenの『Somebody To Love』」

 

 

 

 

 私のスマホのプレイリストは、いつも流行りのJ-POPが並んでいる。

 皆が聞いている、誰もが知っている音楽。

 

 けれど彼のスマホから流れたこの歌を、私は知らなかった。

 

 

 ――これが、喜多郁代が初めて聞いたロックンロールだった。

 

 

 後に、フレディ・マーキュリーという男の人が歌ったというその名曲は、どこかで聞いたことがあるような、けれど初めて聞く力強い歌声で。

 なのに彼の言葉は、愛をただ切実に求めてもがいているようにしか聞こえなくて。

 私の身体の奥底にある何かを震わせた。

 

 

 

 いつの間にか教室は静かになっていた。

 

 私と同じお喋り好きのさっつーも、皆が大声で騒いでいると軽く注意してくる委員長ちゃんも、男子のムードメーカーの田中君も、ギャルで少し高飛車な山梨さんも、クラスの担任の先生さえも。

 

 ただただ、その歌声に釘付けにされてしまった。

 

 聞こえるのはスピーカーから流れるピアノと、ゴスペル調の合唱。鳴り響くギターと、ドラム。

 

 そして、顔も知らない誰かの、心からの叫び声。

 

 

 

 

 ああ、誰か、誰か

 僕に愛する人を見つけてくれないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

「――どう?」

 

 曲が終わり、スピーカーの電源を切ったカズ君はみんなに問い返した。

 

 答えたのはクラスの中心の、サッカー部の男の子。

 

 

「それしかないじゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 Somebody To Love。

 

 フレディ・マーキュリー、音楽の歴史の中でトップアーティストの一人でもある彼が生み出した名曲だとカズ君は教えてくれた。

 ピアノの伴奏、ドラム、ギター、そしてコーラス部分を支える合唱団。

 ロックでありながら、合唱曲。きっと皆気に入ってくれると思ったらしい。実際、フレディの歌声は私達のこれまでの価値観を吹っ飛ばす力があった。

 カズ君がチョイスしたこの曲は満場一致で決まり、後は流れるようにすらすらと決まっていく。

 

「ドラムとかギターはどうすんの?」

「別になくても良くね? ピアノだけでも」

「せっかくだからギターとかも入れて本格的にやりたいじゃん!」

「せんせー、ギターとかドラムとか使ってもいいんすか?」

「確認してみるが、多分大丈夫だ」

「やった!」

「軽音部がいてよかったー。これ、ひょっとしなくても優勝いけるんじゃね?」

「コンクールでドラムとかギター入れる奴って俺らが初だろ!」

 

 委員長が取り仕切り、とんとん拍子でHRは進んでいく。さっき聞かされた曲の余韻が熱を挙げていくのか、クラスの中で「優勝できるんじゃないか」と言う確信に近い予感が私達を盛り上げていく。

 ただ、唯一その仕切りに不服そうなのが。

 

「なんで僕が指揮者なんだよ?」

 

 今回の発案者でもあるカズ君だった。

 委員長ちゃんが「じゃあ井上君が指揮者ね」とさっくり決めてしまい、それに反対するのはカズ君だけだったのが不服らしい。

 

「言い出しっぺの法則って知ってる? それと似たようなものよ」

「そーだそーだ」

「むしろ井上以外に誰がやるんだって話」

「なんでだよ! 僕は素人だ!指揮なら合唱部がいるだろ!」

「無理ー。あたしコーラス担当だし。指揮は普段からこの曲聞いてる奴が一番よ」

「そーだそーだ」

「いつも音楽聴いてクラスの事をほったらかしてるんだからこういう時ぐらい働け」

「えぇ~……」

 

 困ったように顔を歪めるカズ君の顔は、なんだかちょっと面白い。

 けれど覚悟を決めたのか、それともやけくそになったのか、拳を突き上げて宣言した。

 

 

「なら! 徹底的にやるぞコラ! フレディを歌っておいて負けましたなんて僕が許さない! 目指すは優勝だああああ!」

 

 

「おお!井上がやる気に!」

「普段無気力で音楽にしか興味がない井上がついに!」

「音楽馬鹿の井上がやる気を出したのなら勝ったな!」

「明日雨降りそう」

「え? 僕そんな評価なの?」

 

 私は彼と幼小中とずっと同じ時間を過ごしていたけど、あんなにカズ君が喋って動いているのは初めて見た気がした。こうして見てみると、彼も自分と同じ14歳の男の子だったんだという当たり前の事に気付く。

 クラスメイト達に絡まれてあたふたしているカズ君を観ていると、なんだかおかしくて私は少し笑ってしまう。

 

「じゃあ、指揮者も決まった事だし、あとはボーカルね」

「軽音部のボーカルは、別クラスだからなー」

「どうする?ソロでみんなの真ん前で歌うのって結構勇気いるよ」

「ねー」

 

 そしてとうとう、今回のコンクールで我がクラスの主役を決める時がやってきた。

 普通、合唱の主役と言えば指揮者。けれど今回の曲はロックだ。

 コーラスを歌う皆を引っ張り上げる、ボーカルの役が必要になる。

 

 つまり、舞台の上で一人独唱をする役が必要。今回の合唱の支えとも言える、責任重大な役割だ。

 それじゃあ一体誰に任せるか――という話になりそうな瞬間。

 

「あ、ボーカルなんだけどさ。僕が指定していい?」

 

 小さく手を挙げたカズ君がそう言った。

 委員長ちゃんが首を傾げながら問い返す。

 

「推薦ってこと?」

「いいや。指定。僕も無理やり指揮者にされたんだ。それに曲を選んだのは僕。ボーカルを選ぶのぐらい、僕の個人的な好みで選んでいいでしょ?」

「まあいいけど。誰にするの?」

 

 委員長とカズ君がそんなやりとりをしたかと思うと、カズ君は人差し指を真っすぐ私に突きつけた。

 

「――え?」

 

 事態を飲み込めなくて、私の頭は一瞬で真っ白になる。

 

 

「喜多さんがこのコンクールの主役だ」

 

「え?え?」

 

 

「喜多ちゃんか。なら納得ー」

「カラオケ上手いしねー」

「英語いけるの?」

「その辺は練習と根性で」

「井上って意外とスパルタだな」

「じゃ、喜多さんがボーカルで良いって人は拍手ー」

 

 委員長がそう言うと、皆ぱちぱちと生暖かい拍手をした。

 

 半分は嬉しそうに、半分は「ああ、面倒な役割を押し付けられたな」と言う同情心から来る、生暖かい拍手。

 

 

「ええええええええ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やっべー、やっちまったなー。

 喜多ちゃんと関わるつもりなんてなかったのになー、と、僕こと井上和正はそう思う。

 

 転生してきて喜多ちゃんの幼馴染だなんて、百合の間に挟まる男は大罪だって神様は知らないのかな?

 

「百合が男に堕とされるのが好きなのじゃ!嫌われてはおるが、それだって一つのジャンルのはずじゃ!」

 

 そんな事を言う神様なんて失望しました。那珂ちゃんのファンやめます。 

 

 僕はぼっち・ざ・ろっく――通称ぼざろのファンではない。何ならアニメはおろか原作も未通過のにわかだ。友人が熱心に勧めてきたのはなんとなく覚えているけど、結局見ないまま前世は終わってしまった。

 だからどんな物語かは知らない。けど、きらら漫画と言う事は知ってるから多分百合百合してるんだなって勝手に思い込んでる。

 けれど、彼女達の歌は好きだったのだ。

 前世から今世まで、根っからの音楽オタクだった僕は、彼女達のアルバムはちゃっかり全部買って何度もリピートした。いい曲だった。アニメの作品から派生したとは思えない程、聞いていて気持ちがいいロックだった。

 だから、今世で喜多ちゃんの幼馴染として過ごす事になった僕は、いずれ彼女が歌う曲を楽しみにしていた。

 結束バンド?だっけ。どんな物語かは知らないけど、きっと僕が知らない所で色々歌ってくれるのだろう。

 僕はそれを陰から見守る古参ファンになりたかった。

 

 でも、いつからか僕はこっそりこう思うようになったのだ。

 

 喜多ちゃんにもっといろんな音楽、歌わせてみたくね? なんなら僕の推しの曲、全部歌って欲しくね?

 

 幸い、今世の世界は前世の世界と大体同じ。せいぜい奇抜な髪形や、同性婚が認められている程度で、僕が前世で愛したアーティスト達が存在した。

 そして彼らが遺した名曲たちも。

 

 僕は常々思っていたのだ。

 喜多ちゃんの声、滅茶苦茶いいからもっと僕の好みの曲を歌って欲しい。

 

 最近のJ-POPも良いけど、世界に誇れる名曲はこの世にたくさんあるし僕も大好きだ。けれどもっとロックを知って欲しい!もっとロックをすこれ。

 

 古のクラシックロック。ボンジョビやビートルズ、カンサスやイーグルス!!

 山下達郎もいいぞ。なんなら吉田拓郎とかもどうだ?

 小田和正もいいしミスチルもいいぞ。1990年代のアルバムとか最高だ。

 世界には名曲が溢れている。

 それをもっともっと知って、歌って欲しい。

 

 そんな欲求が僕の中にふつふつと蓄積されていく。

 だけど趣味の押し付けは人を不幸にするから、僕はそれを押し込むように隠してひっそりと息を潜めていた。できるだけこの世界の住民達と関わらないようにしながら。

 

 けれど、今回のコンクールで委員長から名指しされた時、「渡りに船だ」と思った。チャンスだと思ってしまった。

 自分がこの世界に生まれてしまった意味。転生なんてして、一体どうやって生きていけばいいか分からなかった。それも自分が知らない物語の世界に。

 自分が生きている証。

 それを、この世界の主人公の一人である喜多郁代に刻みたかった。

 いつか「ロックを教えてくれたクラスメイトがいた」と言う事を、思い出してもらう為に。

 

 それに、いつか彼女が結束バンドに加入する時、きっと今回のコンクールは彼女の糧になる。

 

 僕はそう信じてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、なんで私なの? 歌が上手い人なら、美川さんとか色々いたじゃない」

「んーっとね。理由はいろいろあるけど、まずコンクールで審査するのは教師達でしょ。それも結構歳が行っている人達。クイーンとかまさにドンピシャの世代だから、誰がボーカルとして歌ってもきっと一定の評価はもらえると思う。けれどどうせなら一番教師達の評価が高くて顔がいい喜多ちゃんに歌って欲しかったんだ」

「か、顔!? そ、それは確かに、私も可愛くしてるつもりだけど」

「(認めるんだ……)教師陣に顔を覚えてもらえてるから、上手く行けば贔屓目に審査してくれると思う。あとは僕の好み」

「こ、好みって……!?」

「一度聞いてみたかったんだよねー、女性ボーカルのクイーン」

「あ、ああ……声が好み、ね……」

 

 学校の放課後、帰り道。

 HRが終わり、明日から本格的な合唱の練習が始まる事になった。私はいつもの帰り道ではなく、カズ君と一緒に彼の家に向かっている。

 なんでも、明日から合唱の練習をするクラスメイトとは違う練習をするんだって。

 一応、幼馴染の家。男の子の家に上がるなんて初めて。

 けれどどうしてか、あまり緊張も大きな気負いも感じない。

 カズ君が幼馴染だからか、それとも彼が普通の男の子じゃないからなのかは分からない。とにかく気が楽で、肩肘の力を抜いて喋る事が出来ていた。こうやって喋るのは、本当は初めてなのに。

 

「あとは、英語の発音が綺麗だったからかな。英会話の授業も、結構流暢に話してたし」

「人と喋るのは好きだから……いつか海外の人とも話せたらなって、真面目に受けてたの」

 

 私の事、よく見てるんだ。

 

「と言う訳で僕が独断と偏見で選んだ。あとは責任感も強いし、練習も真面目にしてくれそうだなって」

「なるほど……なら私、一生懸命頑張るわね!」

 

 私がそう言うと、彼は眩しそうに眼を閉じた。夕日の光が目に入ったのかしら?

 

「そんな訳でよろしく。……そうだ、呼び方は大丈夫?」

「え?」

「ずっと喜多ちゃん呼びだけど、幼馴染だからっていいのかなって。昔は郁代ちゃんって呼んで――」

「やめて」

「え?」

「私の名前は喜多喜多。上の苗字も下の名前も喜多なの。郁代だなんてそんなシワシワネームの娘はいない。分かった?」

「ア、ハイ」

 

 カズ君にしっかりと教え込んだ所で、私達は目的地に到着した。

 

 

 

 カズ君の家は、ご両親が音楽関係者だという事はなんとなく噂で知っていた。

 お母さんが音楽大学の教授。お父さんが海外を飛び回る音楽評論家。

 そんな音楽一家の子供であるカズ君の家は、たくさんのCDとコンポやヘッドホンで溢れていた。カズ君の部屋の棚にびっしりと埋まる、観た事もない機械やたくさんのスピーカー。散らかった男の子っぽい部屋と、無機質な機械、そして部屋の壁のあちこちにはバンドのポスターが何枚も貼られている。

 

「すっご……」

「うちの家はみんなガジェットオタクでね。新しいコンポとか出るとすぐに買うんだよ。まあ僕もヘッドホン集めるのが好きだから助かってるけど」

「へー……あ、この機械って、何?スピーカーに繋がってるけど……」

「あ、そのアンプ触るなら気をつけてね。60万するハイエンドだから」

「ヒュッ」

 

 そんな高価な物無造作に置かないでよ!怖い!

 え、この床に散らかってるヘッドホンとかイヤホンとか、何十万もする高級な物じゃないわよね!?怖くて一歩も動けないじゃない!

 

「それで、喜多ちゃんがやる練習はこれね」

 

 恐怖で一歩も動けなくなってる私の心境を無視して、カズ君は私に大きなヘッドホンを渡した。

 

「最初はこれでSomebody To Loveを聞きながら歌ってくれればいい。フレディの声を完コピしろとは言わないけど、最初は音を耳で覚えなきゃ。その後で、クラスの連中と合わせをしながら調整していけばきっとうまく行く」

「なら、カラオケでやればいいんじゃないの?」

「カラオケに行くのだって金がかかるでしょ。そのヘッドホン貸してあげるから、しばらくそれ使って。音源はさすがにハイレゾじゃないけど、喜多ちゃんが普段使ってるイヤホンよりずっといい音がするから」

 

 カズ君の言う通り、そのヘッドホンから流れる音は私が今まで使ったどんなイヤホンよりも精密で、クリアで、綺麗な音だった。

 私は爪先立ちになって床に落ちているCDや機械やコードを踏まないようにしながら、カズ君のベッドに座ってヘッドホンを使ってみた。

 ノイズが一切しない、綺麗な音に、私は驚く。

 私が今まで使っていた安物のイヤホンとはまったく違う、知らない音。

 ノイズがしないというより、音が質量を持って、しっかりと形を持ったような。今まで使っていたイヤホンは、まるでピントの合わないぼやけた映像を見ているような……上手く言えないけど、まるでその場で聴いているような生の演奏に近い音だった。

 余談だけど、これ以降私は今まで使ったイヤホンでは満足できず、この貸してもらったヘッドホンを借りパクすることになる。

 なんとなく私は、カズ君が休み時間の間もヘッドホンをしていた理由が分かった気がした。

 

 だってこんなきれいな音がするなら、ずっと聴いていたいもの。

 

 私はフレディのSomebody To Loveに耳を委ねながら、歌詞カードを観ながらその歌を諳んじた。

 

 カズ君はその間、ずっと目を閉じて私の下手な歌を聞いていた。

 照れ臭かったけど、カズ君に歌を聴いてもらうのは、なんだか悪くなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 次の日から、コンクールに向けての練習が始まった。

 

 ピアノ、ギター、ベース、ドラム担当の人達はそれぞれ練習し、コーラスも男子と女子にパート分けして練習が始まる。

 放課後の間毎日1時間、皆しっかりと意識しながら練習していた。中には練習が終わった後も居残りして練習する子までいる。やる気は十分だった。

 皆、最初は慣れない英語の歌詞に苦戦していたけど、日が経つごとに少しずつ流暢になっていく。

 そして、皆の日常の中にもちょっと変化があった。

 

「最近さー、昔の洋楽聴くようになったんだよな」

「分かる! あたしもさ、Queen歌うようになってからカラオケで他の歌も歌うようになったんだ!」

「ジョジョのスタンド名とかになってるから、そこから引っ張ってきたりとかな!」

「なんとなく古いなーって、今の音楽とは全然違うけど、なんかこう、体の内側が揺さぶられるんだよ!」

「英語分かんないのにね」

「でもネットで和訳見てみると、滅茶苦茶良い曲だったりするんだよなー」

「ねね、今度井上にオススメの曲聴きに行こうよ!」

 

 私の友達が、J-POP以外を聞くようになった。

 みんな英語の授業を少し真面目に取り組むようになった。

 スマホのプレイリストに、ちょっと昔の洋楽が混ざるようになった。

 カズ君が皆と色々話すようになった。

 

 かく言う私も。

 

 登校中はずっとカズ君から借りたヘッドホンを使うようになった。

 フレディの曲ばかり聞くようになった。

 英語の成績がちょっとだけ上がった。

 放課後、毎日カズ君の家に行って、いろんなCDを借りるようになった。

 

 でも、この変化を私は気に入っている。皆楽しそうで、私もとても楽しい。

 コンクールの曲をロックに選んだだけなのに、私の周りは大きく変わっている。

 

 これがロックの力なのかな?なんて思った。

 

 もし今回のコンクールでこれを歌えば、私の中の何かが決定的に変わるって、なんとなく感じる。

 

 どきどきする、わくわくして今から楽しみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぷ……」

「大丈夫、喜多ちゃん……顔真っ青よ?」

 

 楽しみ……だったんだけどなぁ。

 

 コンクール当日。

 総勢二千人近くの生徒は体育館に収まりきらない。だから私の中学校は毎年市のコンサートホールをわざわざ借りてコンクールを開催する。

 皆本気で金賞を狙っているのが分かる。分かっていた。

 毎日の放課後、どのクラスも皆一生懸命練習していた。実際にその光景は見えなくても、壁越しに響く練習の歌声でそれが分かる。

 

 でも、たくさん練習してきたからこそ、ステージで失敗できないというプレッシャーが私を襲っていた。

 

 朝から緊張して震えが止まらない。お腹の中は空っぽのはずなのに、食欲がなくて吐きそうになっていた。

 手足の先が冷たくて、声を上手く出せない。あんなに練習したのに。心臓の音がやけに大きく聞こえて、自分が自分じゃないような、そんな感覚があった。

 

 もうすぐ私達のクラスの番。

 機材の準備の関係で、私達が最後。

 他のクラスの合唱を聞いている余裕もなかった。これから私は、あのステージの上に立って歌う。二千人、保護者も含めたらもっといる、大勢の人達の前で。

 いつものカラオケとは違う、二千人の前で歌わなきゃいけない。ボーカルの私がコケれば、クラスの皆の大舞台を台無しにしてしまう。

 私が失敗したら、このコンクールは……!

 

「相当参ってるね」

「カズ君……」

 

 襟爪の学ランに身を包んだカズ君が、心配そうに顔を覗き込んでいた。

 

「委員長、ちょっと喜多ちゃん借りて良い?」

「少しだけね。あとで返して」

「了解」

 

 私の介抱をしていた委員長が笑いながらカズ君に私を預けていく。委員長ちゃんが歩き去ったのを見送ったカズ君は、私の肩をぽんと叩いて優しく言った。

 

「ちょっと外出よっか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 カズ君に手を引かれて、ホールの外のベンチに腰掛ける。11月に入った外は少し涼しくて、空気が乾燥している。排気ガスが少し混じった空気は冷たくて、私の心を少し落ち着かせてくれた。

 私が少しほっと肩の力を抜いていると、カズ君が神妙な、少し申し訳なさそうに問いかけた。

 

「やっぱり喜多ちゃん、嫌だった?」

「え?」

「ボーカル役。僕が無理に指定して、それが嫌だったら申し訳ないなって」

 

 言い難そうに呟くカズ君の問いかけに、私は直ぐに首を振る。

 

「……嫌じゃなかった。楽しかったわ。とっても。私が知らない音楽を練習して、皆と歌うのはとっても楽しかった」

 

 私は俯きながらそう告白した。

 

「でも、コンサートのホールの人達を観たら、急に足元がふわふわして……落ち着かなくて! 私一人が失敗したら、練習が全部無駄に……」

「ならないよ」

 

 私の言葉をぶった切るように、カズ君は力強く断言する。

 

「え?」

「音楽は無駄にならない。絶対に。この2か月の練習は、絶対に無駄じゃなかった」

「っ」

「そんなに気張る事もないよ。たかがロックだ。気楽にベートーベンをぶっ飛ばせばいい」

「……チャック・ペリーね」

「お、喜多ちゃんも勉強したね」

「お陰様でね」

 

 カズ君が嬉しそうに笑うと、私も釣られてほっとしたように笑みが零れた。

 

「知ってる?フレディが同性愛者だったって」

「ええ。調べたら色々出てきたわ」

 

『Somebody To Love』にハマってQueenに興味を持った私は、インターネットでどんな人がこの曲を歌ったのか調べた。過激な衣装でステージで踊り、歌い、ピアノを弾く伝説のライブ映像も観た。

 そして彼が両性愛者で、色んな人と交際したとか、最後には病気になって死んでしまったとか。色んな逸話も知った。

 彼がどんな想いでこの曲を書いたかは、私には分からない。でも、きっと苦しんでいたんだなって言うのは、なんとなく感じ取れた。だから、彼の歌声に皆惹かれたんじゃないかと思ってる。

 

「……きっとSomebody To Loveにはいろんな意味を込められていたんだと思う」

「うん」

「でも、喜多ちゃんがフレディの意志を込める必要はないよ。喜多ちゃんは、この二か月を込めて歌えばいい。Somebody To Loveはいい曲なんだから。フレディはフレディ、喜多ちゃんは喜多ちゃん。カラオケを大勢の前で歌う感覚で歌えばいいんだよ。ここで歌うのは、喜多ちゃんと僕達のクラスが歌うSomebody To Loveだ」

 

 カズ君はそう言って、私の手を握った。

 

「……カズ君の手、冷たくて震えてる」

「でしょ。僕も結構緊張してる。喜多ちゃんの声が裏返ったら、一緒に笑われてやろう。それもロックだ」

 

 一緒に笑われてやろう。

 そうだ。

 私を見てくれるのは、二千人の観客だけじゃない。ステージの上に立つのは、私だけじゃない。

 

「一番前で、君の最高のSomebody To Love(ロック)を聞かせて」

 

 私の手の震えは、いつの間にか止まっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 照明で照らされたステージの上には、輝くドラムとギター、そしてピアノが私達のクラスが来るのを待っているように堂々と佇んでいた。

 タクトを持ったカズ君がゆっくりとステージの上に進み、それに続く様に私達も並んで、歩調を合わせて進んでいく。

 観客席から拍手が降り注ぐ。その中には好奇の視線が混じっているのが感じ取れた。

 

 合唱コンクールにギター?ドラム?皆がびっくりしているのがステージの上から良く見えた。

 

 それぞれが決められた配置に就く。

 私は指揮者のすぐ横。マイクスタンドのすぐ傍。ボーカルの、私の為だけに用意されたマイクだ。

 

 

 皆の準備が整う。

 

 カズ君が観客席にお辞儀をすると、ゆっくりと指揮者の台の上に登り、くるりとみんなの方へ向き直って全員にそれぞれ目線をやり――

 

 そして最後に私の目を見た。

 

 

 ――行こう

 

 

 ――ええ

 

 

 言葉はいらない。私達にはロックがあるもの。

 

 カズ君のタクトが、ぴんと天井に向けて持ち上げられ、静かに振り下ろす。

 

 

 誰か僕に、愛すべき人を見つけて

 

 

 イントロの入りは完璧だった。カズ君のタクトに集中して、私とピアノの伴奏の音が揃う。そして地面の底から突き上げるように謳われる、クラスメイト達の大合唱。息を吐くタイミングすらも合っている気分だった。

 ギターの音が響く。ピアノの音が響く。ドラムの音が響く。そしてみんなの歌声が。私の声を後押しするように。

 

 今までのクラスは皆、ピアノを使った合唱曲だった。ううん、ピアノだけしかなかった、今の私達には物足りない寂しい音楽。

 けれどドラムの低音が、ギターの弦の音が、会場に似つかわしくない音がホールに響く。

 

 35人の合唱が、私のちっぽけな声を突き上げる。背中から叩きつけられる音は、いつの間にか私は舞台の上に居る事を忘れさせた。ドラムのシンバルの音が、ベースの低音が、エレキギターのリフが、私の歌声を加速させていく。

 

 独りじゃない。私達は独りなんかじゃない。

 

 ちらりと後ろに目をやると、皆が目を輝かせて歌っているのが見えた。

 心地よい旋律と、皆の息が揃っているという一体感。今まで合唱なんて、音楽の授業とか、小学校の合唱会とか、たくさんやってきたのに。ここまで気持ちよく歌えたのなんて、私の人生で初めての経験だった。

 

 歌う曲が、ロックになったというだけで、ここまで変わる物なんだ。

 

 だんだんと楽しくなっていく。心臓の鼓動音が少しずつ大きくなっていく。

 まるでいつものカラオケで歌っているような、いやそれ以上の感覚!カラオケで歌って100点満点を出した時だって、ここまで気持ち良くならなかった。

 タクトを大袈裟に振りながらこっちを見るカズ君が笑っているのが見える。

 楽しそう、カズ君。私も楽しいよ!

 

 朝の通学路で、教室の休み時間で。

 放課後みんなと一緒に、帰り道カズ君と一緒に。

 何十、何百回と聞いたような気もする。たくさん聴いて、たくさん歌った。

 喉から勝手に涌き出るように声が出る。心がふわふわして落ち着かない、でもマイクを握ったこの手だけは放したくない。

 

 ――君が主役だ

 

 目立つ事は嫌いじゃない。皆が私を可愛いって言ってくれるのは嬉しい。 

 自分を愛してくれてるって気持ちが、皆から伝わるから。

 

 でも、カラオケでも、クラスの教室でも得られなかった高揚感が、足元から私を突き上げている感じがする。

 とっても楽しいって、心の底から思う。朝の緊張はなんだったのか、不思議なくらいだ。

 

 そしていよいよ歌も終盤に入り、カズ君が握りこぶしを作ると皆が静まり返った。不気味な静寂が生まれる。

 一瞬の空白の間、カズ君はタクトを床にそっと置き、指揮を再開した。

 これは合唱曲じゃなくて、ロックなんだって誰にでも分かる。

 

 愛する人を見つけて

 

 囁くような男の子の声。

 

 愛する人を見つけて

 

 祈りのような女の子の声。

 

 リズムに合わせて重ねられる、皆の声と手拍子。カズ君も手拍子しながら歌っている。

 

 愛する人を見つけて

 

 そして私の声と、暗闇から浮き上がるように響く皆の手拍子。そして呪文のように重ねられる「Find me Somebody To Love(愛する人を見つけて)」。

 フレディの願いのような、呪いのような言葉が紡がれ、ホールに響く。

 ああ、もう終わっちゃう。もっとずっと歌っていたいのに。

 

 名残惜しい。この二か月が、終わる。

 

 また皆と歌いたい。来年もこの歌を歌いたい。

 

 だって、ロックはもう、私が大好きな音楽になっちゃったんだもの。

 

 そして歌はエンドロールを迎える。

 

 

 Somebody to Love

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 歌い終わって何秒か、何十秒か、分からない。汗がだらだらで、肩でぜえぜえ息を吐いて。まるでサウナに入っていたみたいに、ステージの上が熱気に包まれているような感覚だった。周りが嫌に静かで、合唱隊とさっきまで楽器を弾き続けていた軽音部の皆の息の音がやけに響いて聞こえた。

 でもやがてぽつぽつと拍手がどこからか涌き出るように響いて、私はそういえばコンクールの真っ最中だったことを思い出す。

 

 そして二千人もの生徒達の拍手が、ホールを揺らした。

 

 押し寄せてくるたくさんの拍手、私はそれをぼんやりとどこか他人事のように見ていて。

 隣で満足気に笑うカズ君が、私の肩をポンと叩いて。

 

「聞こえた。君の最高のロック」

 

 彼がそう言って笑った瞬間、何故か私の顔はぼっと沸騰するように熱くなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 コンクールの結果は見事、私達が金賞を見事勝ち取る事ができた。噂だと二位と物凄い差になったらしい。

 ステージから降りた後も、観客席から飛んできた雪崩のような拍手が耳にこびり付き、カズ君の顔が目に焼き付いて離れられなかった。

 予定では私が賞状を受け取るはずだったんだけど、私はすっかり腰が抜けて立っていられず、代わりにカズ君と委員長が受け取ってくれた。

 

「僕達が優勝だああああああ!!フレディサイコー!!」

 

 カズ君はこれまでに見たことがないくらいハイテンションで、クラスの男子たちにもみくちゃにされていた。私も他の女子たちに叩かれたりもみくちゃにされたりと散々だった。

 どうやらステージのテンションに当てられて酔ってしまっているらしい。普段とキャラが真逆のカズ君が珍しいのか、それをおだてるように男子達が彼をもみくちゃにしていた。放って置いたらそのまま胴上げが始まりそうなテンションだった。

 かく言う私も体の熱は一向に引かず、他の皆も興奮冷めやらぬ状態で、そのまま打ち上げに焼き肉屋に行くことになった。会費はなんと全部先生の奢りだ。

 あの合唱に大感動を受けた先生は涙で顔がぐずぐずになっていた。普段仏頂面であまり笑わない先生が泣いているのを、私達は初めて目撃したのだった。 

 

「さいこーだった、2年C組ばんざーい!」

「また歌いたいねー」

「ねー」

 

 打ち上げ会場まで歩きながら、私はカズ君と並んで歩いていく。

 

「いやーよかったね。まさか本当に優勝できるとは」

「そ、そうね」

「これも一重に喜多ちゃんやみんなのおかげ……選曲した自分も鼻が高いよ」

「そ、そうね」

「……なんでさっきから目を背けてんの?」

「ぜ、全然背けてなんかないわよ!?」

「こっち観て話してよ。そっち何もない空き地だよ」

 

 どうしよう!?カズ君の顔が見れない!?なんで、こんなこと初めてでどうしたらいいか分からない。

 他の友達は私の顔を見て何故か微笑ましそうににやにや笑ってるし、カズ君も「どうしたんだこいつ」みたいな目で見てくるし、どうしたらいいの!?

 

「とにかく、喜多ちゃんのおかげだよ。指揮者特権で一番前で聴けてよかった。いい音楽だったよ」

「っ」

 

 ああ、頭が真っ白になる。今までこんなことなかったのに、どうして。

 

「わ、私も……」

「ん?」

「カズ君が指揮者で、良かった」

「そっか」

 

 ああもう、何言ってるのよ私は!もっと気の利いた言葉言えないの!?

 私のボキャブラリーってこんなになかったかしら。ていうか何を照れてるの!?

 

「でも、これで喜多ちゃんと話すのもこれが最後かな」

「え?」

「これでお終いだと思うと、ちょっと寂しくて。この二か月間、楽しかったから。これでまた喜多ちゃんと話す事も少なくなると思うと、ちょっと感傷的になる」

「っ」

 

 バシィ!

 

「いった!? 何、なんで叩くの!?」

「ふん、そんなデリカシーのない事言う友達にはオシオキです!」

「と、友達?」

「そう!」

 

 私、友達はたくさん欲しいし、一度友達になったら、ずっと友達だから。

 だから、絶対これでサヨナラみたいには言わせない。

 クラスが違っても、学校を卒業しても、絶対に。 

 

 

 

 

「まだまだ教えて、私が知らない音楽」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――その数か月後

 

「聞いて聞いてカズ君!私、この前たまたま路上ライブでカッコいい先輩みつけちゃって! ギターが本当に上手で素敵な人なの!」

 

「なるほど、つまりそのギターの人のバンドに」

 

「娘になりたいの!」

 

「――――なんて?」

 

「もう買ってきたの、ギター!」

 

「行動力の化身。……ていうかちょっと待って、これ多弦ベース」

 

「――――ゑ?」

 

 

 

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