少し夏の暑さを感じ始めた日曜日の午後。
部屋でのんびりビートルズを聴いていた僕に喜多がいつもの数倍高いテンションとキラキラとした目で突撃してきた。
「聞いて聞いてカズ君!私、この前たまたま路上ライブでカッコいい先輩みつけちゃって!ギターが本当に上手で素敵な人なの!」
なんと、下北沢を歩いていた喜多が推しのバンドというかベーシストを見つけたらしい。
喜多の熱の入りようは物凄く、目にハートマークを浮かばせながら僕にどれだけその人がカッコいいか教えてくる。やめろ洗脳しようとするんじゃあない。
興奮の熱は冷める気配がなく、喜多は更に楽しそうに言った。
「それでね、それでね、私、その人と一緒に演奏してみたくなっちゃったの!」
僕はそれを聞いて「いよいよか」と思った。とうとう、喜多郁代が結束バンドとやらに加入する時が来たのか。
つまり、「ぼっち・ざ・ろっく」の始まりである。
長かった。幼馴染暦約12年ちょい。いよいよ僕が転生してきたこの世界が動き出すと考えるとなんだか感慨深い物が感じる。
「なるほど、つまりそのギターの人のバンドに」
「娘になりたいの!」
「――――なんて?」
聞き間違いかと思って僕は思わず問い直した。
「だから、娘になりたいの!」
「聞こえなかったわけじゃなくてね?世の中には話を聞いた上で分からないこともあるんだよ」
僕の幼馴染、ひょっとしてやべー奴か?
そういえばファンって、
……喜多の将来の為にも、その結束バンドに入る事を止めるべきじゃないかと、僕は一瞬悩む。
けれど僕のそんな思いを知ってか知らずか、喜多はどこからか大きな白いギターケースを取り出した。
「もう買ってきたの、ギター!」
「行動力の化身」
はえーよ!即断即決ってレベルじゃねえよ!
え?昨日下北沢でそのベーシストを見つけたんだろ?じゃあ昨日の今日でギター買いに行ってきたのか?行動に移すのが早すぎる!ギターなんて高価な買い物、もっと色々情報集めるとか僕に相談するとかあるだろ!
話を聞いてみるとどうやら両親を説得して二年分のお小遣いとお年玉を前借してきたらしい。あの厳しそうなお母さんがよくギターを買うのを許してくれたな。
それにしてもこの幼馴染、もうちょっと知性なかった? IQがかなり下がってるのを肌で感じるよ。件のベーシストに入れ込み過ぎて逆にちょっと怖い。
きらきらと目を輝かせながら買ってきたらしいギターを見せびらかす喜多。「これで憧れのリョウ先輩と…♡」と頭をトリップさせている……が、喜多が抱き抱えているギターを見て、僕はある事に気付く。
「……ていうかちょっと待って、これ多弦ベースじゃん」
「――――ゑ?」
喜多の二年分のお小遣いとお年玉は無駄となった。
喜多が勢いで買った多弦ベースはエントリーモデルと言うより、しっかりした中級者向け、ミドルグレードの多弦ベースで、それなりに値が張る物だった。
が、幸いにも買った翌日に僕が気付いたこと、個人店で買ったベースだったので店長さんが融通を利かせてくれたことでなんとか返品が利いた。普通楽器は返品が利かないから本当に運が良かったと思う。
お陰様で喜多の二年分のお金は無事に戻ってきた。
だが、だからと言って「じゃあ普通のエレキギター買います!」とはならない。と言うか僕がさせない。
行動力があるのは喜多の魅力ではあるが、今回はそれが悪い方に出た。僕が無理やりにでもブレーキを掛けないと、この娘ったらハイエンドモデルに手を出そうとしないとも限らない。
いや予算的にそんなことはできないだろうけど、件のベーシストに肩入れする喜多を見るとやべー事をしないと言い切れないのが悲しかった。
そもそもその一緒に演奏したいというベーシストの事を僕は何も知らないし、その人が所属しているバンドがメンバー募集をしているとも限らない。
だからとりあえず落ち着いて、そのベーシストに会ってからギターを買うかどうか話を決めようと僕はなんとか喜多を説得した。
ていうか喜多の話によると、そのバンドは『ざ・はむきたす』と言う3人グループのガールズバンドらしい。結束バンドとは何の関係もないバンドで、僕は頭を混乱させた。
じゃあ結束バンドは一体いつ登場するんだ……。いつ登場して、いつ喜多は加入するんだ?
ざ・はむきたすは結束バンドの改名前なのだろうか?
そして喜多を虜にしてやまないベーシストとは一体何者なのか。
僕はその謎を知るべく、下北沢の奥地へと向かった――
「どうも。山田リョウです。君が郁代にフレディを教え込んだ幼馴染?」
結束バンドのベーシストじゃん。どういうことなのこれ。
ギターを返品したその日の帰り道、昨日に続いて今日も『ざ・はむきたす』が路上ライブをしているとのことなので下北沢に寄り道をする事になった。
喜多の案内で連れて来られた下北沢の路上ライブで、喜多が「あの人がそうなの! 山田リョウ先輩!」と僕に紹介した時は思わず目を疑った。
青みがかった髪。物憂げな目付き。顔立ちはとても整っていて、けれど無表情な顔が余計に彼女の造形美を際立たせている。
間違いない。前世で何度も聴いたアルバムのジャケットに載ってた山田リョウだ。
「ほえー……まじのマジで美人だ」
「でしょでしょ!本当にカッコいいの!」
なるほど。喜多はどうやら山田リョウのイケメンっぷりに、目覚めさせてはならない部分を開花させられてしまったらしい。これを密かに喜多に憧れているクラスの男子達に見せたら脳を破壊されるだろうな。
それに、彼女の魅力は単に顔や見た目だけと言う訳でもない。
今彼女がバンドとして演奏をしているベースのテクニックも相当な物だ。淀みなく、そして力強く自身の存在感を主張する山田リョウのベースは、バンドメンバーの中でもかなりの異彩を放っている。
あの見た目で、それでバリバリのベース演奏を見せられたら、そりゃお年頃の子が憧れを抱かせるには十分な刺激剤だ。喜多の多弦ベース事件は、その劇薬によって喜多の有り余る行動力を刺激された結果起こった悲しい事件と言う事だな。謎は全て解決した。
「……?」
しかしなんだろう。このバンド。確かにいい曲だ。ジャンルとしてはポップミュージックに入るだろうか?歌詞も悪くないし、喜多が推す山田先輩以外も劣らない。メロディーも整ってて上手だとは思う。
けどそれだけだ。良く言えば上手、悪く言えば無難で、あまり心に響かない。彼女達が紡ぐ旋律は僕の心の表面を滑るばかりで、少し首を傾げてしまう。はっきり言ってしまうと、僕の好みには当てはまらない曲だった。
それに、バンドメンバーの空気があまり良くないように見える。3人が3人とも、互いをあまり見ていない。なのに、音だけは奇妙に合わさっていて、なのに、音が弾んでいないように聞こえた。
観客たちは盛り上がっているし、喜多も「きゃー!リョウせんぱーい!」と大はしゃぎで、そう聞こえたのは僕だけなのだろうか?
僕がそう首を傾げている間に演奏は終わり、ボーカル役の子がにこにこしながら頭を下げる。
「ありがとうございまーす!ざ・はむきたすでしたー!」
ぱちぱちと拍手が鳴り響く。演奏が終わったと同時に、観客達が群れから離れ始めた。
とりあえず、バンドの前に置いてあったギターケースに曲を聴いたお代として五百円玉を投げ入れておく。
「喜多。その手に握った五千円札を離しなさい……力強っ、何この子怖い!」
「止めないでカズ君っ、私が、私がリョウ先輩に貢いで一生推していくのっ!」
この子やっぱりやべー奴だよ!中学生がどうしてそんな惜しげもなく路上ライブのバンドに五千円注ぎ込むんだよびっくりだよ!推しの為ならどんな労力も厭わないタイプじゃないか!
ほら見てよ、バンドの子達も「この子やべーな」って顔で見られてるぞ。
唯一、山田リョウだけは無表情でこちらを……いや無表情じゃない。口角が微妙に吊り上がって五千円見てるよ。
この人もこの人でただのイケメンベーシストじゃない、曲者感がにじみ出ているのを僕はなんとなく感じた。
路上ライブが終わった後、「好き」を溢れさせた喜多は山田リョウに特攻。行動力ある陽キャは推しと関わる事に一切の躊躇をしない。元々人とのコミュニケーションを好む喜多は、壁になって推しを見守るファンではなく積極的に関わっていく
「今日の路上ライブもとっても素敵でした!」
「ありがとう。また来てくれて嬉しいよ」
「はぁ……好き」
けれど山田リョウさんは演奏が終わった後でも嫌な顔ひとつせず、喜多の応援に素直に礼を言っていた。ファンサービスも事欠かないとは、ベーシストの鑑。あの見た目で礼を言われたら大抵の女子はイチコロだな、と他人事のように思った。
僕? 喜多は幼馴染ではあるけど、別に好意の方向が他の誰かに向く事には特に思う事はない。ただまあ幼馴染として相手はある程度値踏みさせてもらいはするが。
機材を片付けたはむきたすの人達はそのまま解散。山田リョウを置いて先に帰って行った。
山田リョウも喜多に熱心に話しかけられる事自体は嫌いじゃないらしい。そのまま僕も喜多を介して紹介してもらう事になった。
「リョウ先輩!この人が私の幼馴染の井上和正君!カズ君、この人が最高のベーシスト、山田リョウ先輩よ!」
「どうも。山田リョウです。君が郁代にフレディを教え込んだ幼馴染?」
「がっ!?」
「どうも。その幼馴染の井上和正です」
「和正……ああ、小田和正の和正?」
お、この人もかなりの通なのか、僕の名前を聞いてすぐにピンと来たようだ。
「そうです。両親が音楽関係者で。母が『氷の世界』とか『確かなこと』とか、あの辺りの世代の曲がすごい好きで。絶対に下の名前は和正にするって生まれる前から決めてたらしいです」
「苗字は井上陽水、下の名前は小田和正。まさにジャパニーズ・ロックンローラーの名前。いいセンスしてるね、君のご両親」
「子守唄代わりにビートルズ聴かせてくる両親ですから。まあ、楽器はそんなに上手くないんですけど」
「そうなの?」
「聞き専ですし、演奏者より翻訳者になりたいんですよ。ロックを生み出すより受け取る側でいたいんです。だから海外の歌とか小説を翻訳する仕事に就きたくて」
「なるほど。あ、そうだ。私もカズって呼んでいい?私の事も、リョウでいい」
「じゃあリョウさんで」
お互い、音楽マニアだとなんとなく分かったのか、かなり気楽に話しやすい。
僕は若干の人見知りがあるので、これぐらい楽に会話できるのは少し楽しかった。それはリョウさんも同じのようで、かなり肩の力を抜いて話してくれているのを感じる。
「ていうか郁代、なんで固まってるの?」
「先輩!言ったじゃないですか、カズ君の前で、い、郁代って呼ばないでくださいって!」
「……なんで?」
「リョウさん、喜多は上の苗字も下の名前も喜多だって思い込んでるんですよ」
「……なんで?」
いやなんでなんだろうね? 彼女の本名はキタ=キタさんと言うのは、僕の中でも謎ではある。
「違います!いえ、違わないというか、だってほら、喜多郁代ですよ!『きた、行くよ』って、ダジャレみたいじゃないですか?こんなシワシワネーム、好きじゃないんですよ!」
「そう?郁代って名前、可愛いと思ってた。私はそっちで呼びたいんだけど、ダメ?」
「郁代とお呼びくださいっ!」
この子、手の平くるっくるやな。
「じゃあ僕も郁代ちゃんって呼んでいい?」
「絶対嫌」
「ぴえんが過ぎる」
つらたにえん。さべつはんたーい。
「だって下の名前で呼ばれたらまともに顔も見れないじゃない…」
耳を赤くして何かぶつくさ言っている喜多を放ったリョウさんは、じっと僕の方、特に首にかけているヘッドホンに視線を送り始めた。
「ところでそれ、少し前に発売されたSONYの最新ハイレゾヘッドホン?」
「! 分かるんですか?」
「もちろん。私もオーディオマニアだから、新商品はいつもチェックしてる。ちなみに私の推しのメーカーはBose」
「いいですよね! 僕も好きですよBose! 低音の響きが強くて、重い歌にいいんですよね」
「分かる。あれでMr.Bigとか聴くと最高に上がる。そっちは?」
「僕は外で使うのはSONYですけど、家で使うのはもっぱらKenwoodですね」
「! あの木材を材料にしたカナル型のイヤホン、使ってるの?」
「あれが今の一番のお気に入りです。音もそうですけど、デザインが洗練されてて特別感がすごい良いんですよ。それに、木でできたハイレゾイヤホン、字面だけでカッコいいじゃないですか。滅茶苦茶お洒落ですし」
「分かる。私も欲しかったけど、実用性を重視したらBoseに落ち着いていた。でもいつかKenwood使ってみたい」
「あ、なら今度持ってきます? せっかくなんで貸してあげますよ」
「いいの?」
「リョウさんなら。こういう話ができる人、周りにいないんですよ」
「なら私は、この間買ったBoseのノイキャンヘッドホン持ってく。ハイレゾ対応の、軽くて滅茶苦茶音がいいヘッドホン」
「…………」
「…………」
ピシガシグッグッ
「どうやら私達、
「奇遇ですね。僕もそう思ってた所です。あ、ピザーラ頼みます?」
「いいね。お供はコーラでお願い。朝まで寝かせないぜ」
「「フフフ」」
山田リョウ……只物ではないとはなんとなく感じてたけど、ここまでできる人だったとは。
やはりこういうオタクトークは楽しい……。久しぶりのオーディオトークに思わず早口になってしまった。
顔も良くて話も出来る、なんとなく喜多がここまで気に入るのもわかるな~と思いながらちらりと幼馴染を見ると。
「むぅ~……!」
なんか不満そうに膨れっ面になっていた。
「私より仲良くしないでください!」
そう言いながら喜多は僕とリョウ先輩の間に割って入ってくる。なんだよ、久しぶりのオーディオトークなんだからいいだろ!
僕から引きはがされたリョウさんは「ふ~ん……」と何やら怪しげな顔をして笑う。面白いおもちゃ見つけたな、みたいな。
「とりあえず、どこか腰を落ち着ける所で話さない?馴染みのライブハウスがあるから、せっかくだからそこで話そうよ」
とりあえず落ち着いて話せる所と言う事で、僕達はリョウさんの案内で『STARRY』と言うライブハウスにお邪魔させてもらう事になった。
まだ準備中のライブハウスは薄暗く、そしてここでいつも知らないバンドが演奏しているとは思えない程静かな所だった。店にいるのは僕達と、店長さん、それと今日ここで演奏をする為にミーティングをしているバンドの人達……あと金髪の……どこか見覚えがある赤いリボンを付けたサイドテールの女の子だった。
なんでもここはリョウさんの幼馴染の姉が経営しているライブハウスで、リョウさんも幼馴染経由でここでちょくちょくバイトをさせてもらっているらしい。
今はまだ開店前の準備中で、店長さんは少し怪訝そうな顔をしていたが、「まあ、リョウの友達ならいいけど。今回だけだかんな」と言って店に入るのを許してくれた。
要約すると今回はリョウの友達と言う事で許すけど今度は客として来いってことだろうか。
まあ店長としてもタダで居座るガキンチョなんて置いておきたくないだろうしね。今度は客としてここに遊びに来よう。
そんな訳で、椅子と机を借りて僕達はトークを弾ませていた。
「カズはロックにしか興味がない感じ?」
「いえ、ロックが中心と言うだけで、普段は雑食です。J-POPも好きですし、クラシック曲も好きなんです。題名言っても他の人にはぽかんとされちゃうんで、あまり話さないんですけど」
「分かる。私もテクノ歌謡とか、アラビアンの方を言っても誰もぴんと……」
「あー……僕はその辺は未履修ですわ。今度オススメのCDとか貸してもらっていいです?」
「もちろん。カズも良ければクラシック教えて。あの辺りは私もさすがに手を出したことがないから。クラシックは聴いてると眠くなる事が多くて」
「あー、耳に合わないとそういう事ありますもんね。無理に聴かなくてもいいんですよ?」
「ううん、カズのオススメなら多分私も聴ける。だからお願い」
「分かりました。自分しか知らない曲をオススメできるのは嬉しいですね」
「でも、自分だけがマイナーなバンドとか知ってるとちょっと優越感ない?『お前らは知らないだろうけど私はこんな曲が趣味なんだぜ』っていう」
「分かる」
「イエーイ」
「ハイタッチイエーイ」
「知名度がない曲を知っているのは優越感があるけど、誰かと共有できないのは少し物足りない。向こうではメジャーでも、日本だと洋楽は知名度が薄いから。カズはある?『お前らは知らないだろうけど俺は知ってるんだぜ』的な曲」
「……エイジアの『Heat Of The Moment』」
「おお」
「ロストプロフェッツの『Lucky You』」
「おおお!」
「ボブ・ディランの『Like a Rolling Stone』は……さすがに有名ですかね? あとはレッド・ツェッペリンの『Nobody's Fault But Mine』とか……」
「…………」
「…………」
ピシガシグッグッ
リョウさんは僕に負けず劣らずの音楽オタクで、普通だったら言ったらぽかんとされたバンド名にもすぐに反応してくれる。すげぇ、たのしぃ~!
「すごいよお姉ちゃん。あたし、リョウがあんなに楽しそうにおしゃべりしてるの初めて見た。しかも男の子」
「放っとけ。虹夏、あれと関わるんじゃねーぞ。リョウが気に入るって時点で相当なイロモノだ」
「でもお姉ちゃん、ちょっと会話に混ざりたそうにしてない? そわそわしてない?『私もこういう曲知ってるんだぜ』ってしてない?」
「しし、してねーよ!」
「むぅ~!」
楽しくリョウさんとお喋りしてると、少し涙目になった喜多がまたもや僕とリョウさんを引き裂いた。
「もう!私そっちのけで、私が知らない音楽でトークを弾ませないでください! カズ君もリョウ先輩とずっとお喋りして! 普段私とそんなに話さない癖に!」
「え。カズ、郁代の事をいつもほったらかしてるの? 私だったらそんな想いさせないのに」
「リョウせんぱ~い!」
「なんで僕が悪者みたいになってるんです?」
これが男女格差か。
とは言っても、普段コミュ力つよつよで誰とでもトークを盛り上げる事が特技と言っても過言ではない喜多が、会話に置いて行かれるどころか放って置かれて寂しがる様子と言うのはマジで珍しくて面白い。
「ごめんね郁代、カズは投げればいい球を返してくれる名キャッチャーだから、つい」
「リョウさんは変化球中心で多分受け取れる人少ないんでしょうね」
「ご名答」
「も、もう私より仲良くなってる……!?しかもピッチャーとキャッチャーって、それってつまり夫婦っ……!?私ともあんなに話が弾んだことないのに……!」
「ま、郁代を揶揄うのもここまでにしよっか」
「そうですね。せっかく三人なのに二人だけで盛り上がるのもあれですし」
「え……二人とも結構悪意あって私をハブいてたの……? でも意地悪な先輩も……好き……」
無敵かな?
「でも、郁代から幼馴染の話は聞かされていたけど、ここまでできるとは思っていなかった。ヘッドホンを体の一部と思い込んで被る変わり者って郁代が言ってたから」
「喜多? 他人に紹介する文章じゃなくない?」
「だって事実でしょ?」
事実だけどさぁ。
「合唱コンクールの曲にフレディをチョイスしたのもカズだって聞いて驚いた。郁代の『Somebody To Love』、動画を観たけど本当に良かった」
「動画?」
「あれ、カズ君知らないの?」
はいこれ、と喜多がスマホの画面をこっちに見せてくる。画面に映るのは去年の合唱コンクールを観客席から撮った映像だった。
へえ、そういえば誰かが撮って投稿してるって聞いたけど――って、再生回数50万越えてる!? 日本人のコメントも多いけど海外の人達からのコメントも結構多い。
「すげえバズってる……」
「私のイソスタが導線になって、拡散したみたいなのよね。でもたくさんの人が私達のクラスの歌を評価してくれてるの、本当に嬉しかったわ!」
「話を聞いてみたら事の発端は幼馴染だって言ってたから、一度カズとは話してみたかった」
「あれはまあ、フレディの曲と、あとは喜多の声が良かったからですよ」
「えへへ……もうカズ君ったら」
「いってぇ!ビシビシ叩くなって!」
「二人共仲良いね」
関わり合うようになったのはここ一年の間ですけどね。
「実際に話してみてよく分かった。カズは私と趣味が合う。好みのバンドは違くても音の好みは似通った部分がある」
「僕もそう思いますね」
「わ、私も!カズ君が好きな曲は大体好きですよ?!」
「君は何を張り合っているんだ」
「だから、カズにちょっと聴いてもらいたいんだ。私のベース」
リョウさんはそう言うと、床に降ろしていたギターケースを開いて演奏の準備を始めた。
「店長、ちょっとアンプ借りていい?」
「……少しだけな」
「手伝います?」
「いい、そこでちょっと待ってて」
店の奥から持ち運びやすい小型のアンプを持ってくると、リョウさんはテキパキと手際よく演奏の準備を始める。
「ひょ、ひょっとしてここでリョウ先輩の生演奏聴けるの!? こ、これって夢じゃない?」
「夢じゃないよ」
「お、お金!いくら払えばいいんですか!?」
「落ち着きなさい」
喜多が財布から万札を取り出そうとしてきたので僕が財布ごとそれを没収している間に、リョウ先輩は準備が整ったようだ。
「じゃ、弾くね」
リョウ先輩がベースを弾き始めた。切り裂く様に弾く弦の音は、どこか聞き覚えがあった。
「あ。Rainbowだ」
「正解。さすがカズ」
そのイントロは聞き覚えがあった。「
しかも微妙にアレンジ入ってる。リョウ先輩の独特なリズムで刻まれるビートは独創的で、身勝手で、けれどどこか惹きつけられる力強さがあった。
20秒程度でイントロが終わり、リョウ先輩もさすがにフルで弾くつもりはなかったのかピックを叩きつけて演奏をカッターで斬るように区切った。
「どう?」
「きゃー!さすが先輩!素敵だわ!素敵すぎてっ、うっ、心不全がっ」
「……」
幼馴染がいつもとキャラ違ってて怖い。喜多ってこんな一面があったんだ。推しが関わると感情がオーバーフローするタイプ。ギアいじってもないのにロー入っちゃってもうウィリーさ。
「ありがとう郁代。でも、私が聞きたいのはカズの意見」
「僕?」
「率直に聞いて、私のベースってどうだった?」
「上手かったですよ。少なくとも、高校生の中でここまで弾ける人はそうそういないんじゃないかってぐらいには。アレンジも上手ですし」
「それだけ?」
「……少なくとも、さっきのバンドで弾いている時より……自由に弾いてるように聞こえました。さっきの路上ライブはなんというか、今思い返すとリョウさんがすごく窮屈そうだったなって」
「そっか。……そっか」
僕が素直にそう感想を述べると、リョウさんはしばらくその言葉を噛みしめるように、でもどこか悲しそうに、自分のベースを柔らかく撫でていた。
「ありがとうカズ。聞いてみてよかった」
顔を上げたリョウさんの表情は、何かを決断したかのようだった。
「私、バンド辞めることにする。多分もう、ベースは弾かないかな」
「―――え?」
どこか悲し気にそう告げるリョウさんと、耳を疑うように唖然とする喜多を観て、僕は言葉も何も出せなくなった。