メスガキゲーマーのわからせたい! 保管庫   作:にゃあたいぷ。

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旧15.ガール・ミーツ・ガール

 あの赤い瞳の少女の事が頭にこびりついて離れなかった。

 それは布団に潜り込んだ後も続いて、気付いた時には朝になっている。

 目覚まし時計を見る何時もよりも早い時間帯、眠たくて気怠い朝は今日に限って鮮明だった。

 瞼を閉じる、眠れない。眠れなかったので、身体を起こす。

 身支度を整えて、書置きを残し、家を出る。

 

 まだ少し肌寒く感じる時間帯、まだ人通りも、車の交通量も少ない道を直歩いた。

 普段は、真っ直ぐ進んでいる交差点。今日は遠回りをしようと思って、横道に逸れる。

 歩き続けていると少しずつ人通りも、交通量も増えて来た。

 閑散とした通りが徐々に慌ただしくなる。

 

 ゆっくりと世界が目覚め始める中、昨日と変わらぬ雰囲気で佇む一軒家。

 表札には、頬月。今日はゴミの回収日の筈だけど、家から誰かが出て来た気配はなかった。

 まるで街中に建てられた幽霊屋敷。

 時代が時代なら吸血鬼でも住んでいるんじゃないかって疑っちゃいそうだ。

 

 ……呼び鈴を鳴らしてみようか?

 

 ゆっくりと人差し指を伸ばしてみる。

 呼び鈴のボタンに指先を当て、生唾を飲み込んだ。

 数ミリを押し込むのは、今一歩の勇気。

 しかし、しかしだ。私には、その勇気が持てなかった。

 あの少女の事が心配だ。

 だけど、もし仮に両親が居た時、まともな人間である筈がなかった。

 下唇を噛んで、伸ばした手を握り締める。

 

 私はまだ、名前以外に彼女の事を何も知らなかった。

 昨夜、ばったりと出会った幼い少女。縁と云えば、それだけだ。

 とりあえず今は、学校に行く方が先だ。

 一先ず、彼女の家の前を立ち去る。

 

 体育の時間、バスケットボールを弾む音が響き渡る。

 ぽけっとしている私にパスが送られる。「結奈、今日は抜かせないよ!」と私の前にクラスメイトの女の子が立ち塞がった。彼女は運動部に所属しており、体育の時間になる度に突っかかってくる。帰宅部で如何にも不真面目な私に負けるのが気に食わないようだ。かといって適当に手を抜くと、顔を真っ赤にして怒るので手加減もしてやれなかった。

 ……姿勢を落とす。右手でバスケットボールを弾ませる。

 じっくりと相手を観察すれば、なんとなく相手の考えている事が読み取れた。フェイントを警戒されている。僅かに引いた腰の位置が、意地でも抜かせないという意思を体現していた。となれば、と私は周囲の仲間の位置を視線で確認する。そして、二人の前まで駆け足で近付いた。攻めっ気を押し殺す。大きく息を吸い込んで、ゆっくりと吐き出す。その途中で跳ね上がったバスケットボールを右手を添えて溜めを作った。彼女がビクリと反応する僅かな間、フェイントだ。と堪える彼女の脇を低いドリブルで突破する。

 完全にフリー、私は両手に抱えたバスケットボールをゴールリングに添えるように放り投げた。

 

 しかしボールはリングに弾かれる。

 あれ? と私が思った時、地面を弾むボールを運動部の彼女がキャッチする。

 そのまま彼女はカウンターで攻め上がり、逆転ゴールを決められた。

 息を切らした彼女が自陣まで戻ってくる。

 

「わざとなの?」

 

 そして睨まれた。

 

「えっ?」

「あの状況、貴女なら外さない!」

「それは買い被りだよー」

 

 たはーと笑顔で返せば、彼女はいまいち納得の行かない様子で口先を尖らせた。

 

「これで納得なんてしないから!」

 

 そんな言葉と共に彼女は自陣のゴール下で腰を落として反撃に備える。

 程なくして出されたパスを受け取る。私がボールを手にした途端に周囲の空気が変わった。仲間からは期待と信頼の視線、相手から警戒心。外野から浴びせられる注目は、私と運動部の彼女の一騎打ちに注がれる。そして当事者の一人である彼女は、まるで真剣勝負に臨む侍のように険しい顔をしていた。

 私は、小さく溜め息を零す。高々授業の一環、人生が賭けている訳でもない。なのによくもまあこんなにも真剣になれるものだ。退屈だな、と口には出さない本心。私は静かにバスケットボールを地面に弾ませて、静かに駆け出す。相手が手を出しやすいように誘いを仕掛ける。簡単に手を出してくる相手じゃない。だけど僅かに前傾姿勢になった隙、見切ってバックロールターンで突破する。

 次は、難癖を付けられないようにしっかりとゴールリングにボールを落とした。

 彼女の悔しそうな顔が印象に残る。

 

 昼飯時、私はクラスメイトの女子達に囲まれている事が多かった。

 私を中心に友達グループが形成されている。だけど各々が好きな相手と好き勝手に話すばかりで私は、その大半を聞き流す。偶に振られた話題には適当に相槌する。知り合い以上、友達未満の関係性。外で一緒に遊ぶ事はないけども学校の退屈な時間を潰すには丁度良い。ぽけっとする私が考えるのは、昨晩に出会った赤い瞳の彼女の事。はあっと意味深に溜息を零せば、周りのクラスメイトがひそひそと内緒話を始める。

 そんなんじゃないよ。と煩わしく手を振り、もう一度、溜息を零す。

 

 授業を終えた放課後、仲間達にカラオケに誘われた。

 だけど私は金欠を理由に断り、颯爽と家に帰る。何時も真っ直ぐに進んでいる道を脇に逸れる。

 遠回りをした先に行き着いた一戸建ての家は、やはり人気がなかった。

 彼女は今、学校に居るのだろうか。

 周りから不審に思われないように、そそくさと立ち去る。

 

 あの少女と、もう一度、話がしてみたかった。

 

 

 新しく作ったトレーニングコースを試走した後、時間を確認するともう夜中になっていた。

 私は電源を切り、現実世界に引き戻された意識でゲーム機を取り外す。外はもう暗い、電気を点けて夕御飯の準備をする為に部屋を出る。玄関に溜まったゴミ袋の山を見て、私は僅かに顔を顰めて台所に向かった。部屋の片隅にまとめたゴミ袋の山、もう何年もまともな使われ方をしていない洗面台には洗っていない食器類が詰め込まれている。

 電気ポットを手に取り、洗面用の蛇口から水を回収。机の脇に置かれたレジ袋を漁り、もう中身が空っぽになっている事に気付いた。

 

 私は大きく溜息を零す。

 外に出るのは面倒だ、だけど外に出なければ食事を得ることは出来ない。

 私は三日ほど着ていた衣服を脱ぎ捨て、洗濯機の中に放り込んだ。もうすぐ洗濯機も回さなきゃいけない。面倒だな、と思う。生きるのは面倒な事ばかりだ。乾燥機付きなのが救いである。洗濯した後、畳まず洗濯籠に入れっぱなしにしていた衣服とバスタオルを取り出し、数日ぶりにシャワーを浴びる。髪は泡立たず、二度、洗っても駄目で、三度、洗って漸くましになった。雑にリンスを付けて肌触りを良くし、少し痒くなっていた身体を洗い流す。

 泡を落として、浴室を出る。バスタオルで全身を拭き取り、ドライヤーで髪を乾かした。

 服を着る前に何度か臭いを嗅いでみる。

 たぶん、臭くない。大丈夫だ。しわくちゃのシャツを着て、その上からパーカーを羽織る。

 そしてスマホを片手に外へ出る。

 

 両親は離婚した、離婚の原因は父親の不倫だった。

 親権を勝ち取ったのは母親で多額の賠償金ってやつが支払われた。だけど母親も不倫をしており、あまり家には帰って来なかった。二日に一度、家を空ける日が続くと二日、三日と外で泊まる日が増えて、それが一週間となり、一ヶ月。今ではもうほとんど家に顔も見せていなかった。母親が良心的だったのは、父親から支払われる養育費に手を付けなかった事だ。スマホの決済は、養育費が振り込まれる口座と紐付けされている。週に一度、残高を確認しているけど、今日まで不自然に減っているって事はなかった。

 私は、母親に頼るのが嫌だった。酔っている時、再婚するのに私の存在が邪魔だって吐露した事がある。同時に父親に頼るのも嫌だった。何故なら彼は不倫相手と再婚しており、母親に多額の賠償金と養育費を支払う事を条件に親権を押し付けたからだ。私達が一緒に居る事は、誰にとっても都合が悪い。かといって孤児院に行くのも嫌だ。

 学校で屋上に閉じ込められたあの時の全身を焼かれる痛みを今も鮮明に覚えている。

 共同生活は絶対に嫌だ、あと一歩で殺されるところだったのだ。

 

 私、頬月錬の居場所は現実世界にはなかった。

 忌々しい太陽の下を歩けない私は、此処ではない何処かに居場所を求めるようになった。

 たぶん、きっと、そんな事はないんだと思う。

 居場所がなければ自分で動いて探すなり、作れば良かった。

 だけどもう私は自分の将来に希望を抱いておらず、生きる事に必死になれなかった。

 どうしても頑張って生きたいとは思えなかった。

 

 太陽の下を歩けない。

 周りからは奇異の目で見られる。

 引きこもりで学校にも行けず、こんな性格なので社会復帰の芽もない。

 どう足掻いても人生が詰んでいる。

 私が気持ちよく空気が吸えるのはゲームの中だけだった。

 現実は嫌いだ、全てが私を否定する。

 同情されるのも嫌だった。

 私は自分自身の事を可哀想だって言われる自覚はあるけども、それだって食傷している。

 陰鬱な息を零し、コンビニの自動ドアを潜る。

 

「こんばんは、レンちゃん」

 

 雑誌コーナーで何時ぞや出会ったギャルが居た。

 普段、欠片も働かない直感が、嫌な予感を察したので私は回れ右をした。

 だけど、彼女は物怖じせず、私に話しかける。

 

「良いのかな~? そのまま帰っちゃって~」

 

 ……ゆっくりと振り返る。

 ギャルこと結奈の右手にはスマホが握られていた。

 よく見ると電話番号の入力画面。

 既に110と数字三文字が記入されている。

 

「何が目的ですか?」

「良い大人のあーしがまた貴女を手伝ってあげようっていうのだよ」

「……良い大人は、そんな脅し方をしないと思います」

「そうだねー。良い大人のあーしは、悪い子供を通報しちゃおうっかなー?」

「わかりました、わかったって」

 

 私は両手を挙げて、降参の意を示す。

 

「そんで今日は何を買いに来たの?」

「……ごはん、のつもりだったけど今新しく欲しいものができた」

「なにかな、なにかなー?」

「防犯ブザー」

「良い大人のあーしには使わないでねー?」

 

 笑顔を引き攣らせたお姉さんを見て、くすりと笑みを零す。

 初手で私を脅したって事は、彼女は私の家庭事情に勘付いている。

 自分で来たって事は私に関する情報を集めに来たって事で確信に至る情報はまだ得ていないようだ。

 だけど他の誰かに相談している可能性もある。

 

「まだ他の誰にも話してないよ」

「………………」

「あーしとレンちゃんの秘密だね」

 

 満面の笑顔の裏に隠された強固な意志を感じ取る。

 下手な言い逃れは通じない事を悟り、大人しく彼女の助けを借りる事にした。

 早く家に帰り、飯食ってCODE:Fをプレイしたい。

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