メスガキゲーマーのわからせたい! 保管庫 作:にゃあたいぷ。
VRゲーム機を経由して拓かれる果ては慣れ親しんだ電脳世界、CODE:F。
プレイヤーは三種の武器と一種のCODEを携えて修羅勢が蠢く環境に降り立って頂点を目指して日夜、世界中で対戦が繰り広げられている。中には、純粋に対戦を楽しむ者も居るが、ランクをマスターまで上げた者達は己の存在を賭けて、餓鬼の如く相手の
プレイヤー名は、YOU。CODE:ハイジャンプが代名詞の知る人ぞ知るプレイヤーの一人として認識されている自覚はある。
今宵、降り立ったのは、旧市街地。高度経済成長期の成れの果て、地価高騰に伴って乱立された高層建築物。この辺りはアパートやマンション、ホテル等が多く建てられることになる。しかし、バブル期とも呼ばれた時代がパンと儚く弾けた後、多くの事業者が首を吊る事態に陥る。そんな設定を持った旧市街は今、電脳都市の中でも低所得の者達が住む掃き溜めとなっている。
打ち捨てられたアパートの一室では、電脳ドラッグの売買が行われており、ホテルは売春宿も同然だ。勿論、プレイヤーが利用する事は不可能だけど、用途不明のジャンクが店頭に並べられた家電量販店を利用する時に立ち寄る事があった。
此処は電脳都市の三丁目、堕ちる所まで堕ちた者達が最後に辿り着く一歩手前。ストーリーモードをプレイしたCODE:Fプレイヤーの心の故郷。何故ならば、主人公がゲーム序盤に拠点にしている場所でもある。
そんな大通りに私は降り立った。
雨が降っている、どんよりと濁った灰色の空。
ざあざあと地面を打ち鳴らす雨音を耳に真正面を見据える。
右手に片手剣、手元でくるくると回転させる。
大通りの反対側には、小柄な少女。
猫の耳と尻尾を生やし、黒色のフードを被った彼女もまた片手剣を握り締める。
プレイヤー名、にゃん子。本名、頬月錬。
ランクはルーキー。……絶対にサブ垢じゃん。
彼女と戦う事になったのは、相応の理由がある。
◇
玄関に靴はなく、やはり中から人の気配はしなかった。
頬月錬の家は、酷い有様だ。生活に必要なものだけを買い込んでいるので、ゴミ屋敷の一歩手前。辛うじて汚屋敷の状態を維持している。しかし、それも時間の問題で何時、ゴミ屋敷に堕ちるのか分かったものではなかった。
正直、足を踏み入れるのも嫌だ。だけど此処で退いては二度と彼女について知ることが出来ない。私は今日、履いている靴下が近所のドラックストアで売っている三足五百円の安物であった事に感謝しながら全力前ステップで踏み込んだ。
背後から不審者を見る目で睨み付ける少女を無視して。
「……早く帰って欲しいんだけど?」
「台所まで持って行ってあげる」
私は満面の笑顔を作り、買い物袋を片手に家の奥まで押し入る。
彼女自身、警察の厄介になりたくないのは今までのやり取りから察する事ができる。
余程の事がなければ、通報されないはず。
しかし入り込んだ家の中は、空気が淀んでおり、耐え切れない程ではないが異臭もする。
台所も酷い有様で、黒い悪魔が何時、飛び出しても可笑しくない。
「もういいでしょ」
錬が私から買い物袋を奪い取り、敵意を剥き出しにして睨んでくる。
彼女の姿と周囲の有様を見て、やっぱり放っておけないな。と、そう思った。
「両親は?」
薄汚れた電子ポットを手に浴室横にある洗面台に足を運んだ少女に問い掛ける。
「……偶に帰ってくる、偶に」
水道水が電子ポットに勢いよく注がれる音、彼女の声色から嘘を言っている気配は感じられない。
だけど真実を隠す物言いと部屋の惨状から彼女のいう両親が暫く帰って来ていない事が窺える。一日二日で、この惨状にはならないはずだ。数週間、いや、一ヶ月。あるいは、それ以上の月日が経っている。溜まったゴミの量は勿論、彼女、錬は今のこの生活に馴染み過ぎていた。
事の重大さを再認識した私は、少し考え込んだ後に問い掛ける。
「学校はどうしてんの?」
「……貴女は私の保護者にでもなったつもり?」
洗面所から戻って来た錬が敵愾心を露にした鋭い目で睨みつけて来る。
「別に?」と軽い調子で返す。
錬は無言で眉を潜める。
これ以上、深入りは難しいと判断して口を噤んだ。
聞きたいことはたくさんある。だけど今、無理に事を進める必要もない。
強引だったけど、彼女の家に入る事が出来た。
これだけでも今日は十分な収穫だ。
後日、改めて聞ける時に聞けば良かった。
その為にも今日、優先すべきは彼女と縁を結ぶ事。
故に私は、台所にある机の椅子を拝借する。
そんな私を見た錬は心底、迷惑そうに溜息を零し、湯を沸かす。
「学校って退屈なんだよね。先公の授業は退屈だし、事ある度に絡んでくる相手はいるしで本当にうざくてさ~」
「……友達は居るんでしょ?」
「休み時間の退屈凌ぎで相手にしてる仲間は居るけどね。友達と呼べる仲じゃないかな?」
「なんで?」
「結局、退屈なんだよね。友達って一緒に居て楽しいからなるもんじゃん」
疲れるんだよ、と溜息を零す私を見つめる錬の赤い瞳に、少し好奇の色が見えた。
そんな彼女の視線に気付かないふりをして、私は学校での出来事を誇張して話し続ける。結局、私と他では趣味が合わないのだ。皆はドラマの俳優とかイケイケの歌手、他には少女漫画を始めとしたサブカルに興味を持つけども、私はゲーム一択。それもCODE:Fに偏重している。幼い頃から運動は得意だったけど、本気にはなれなかった。というのも中学生の頃、周りに薦められて入った陸上部で地獄を見たからだ。内申点が良くなるって言われたから入っただけで全国大会に興味もないのに朝から晩まで走らされて、それが嫌になって部活を辞めるって言ったのだけど、学校の偉い人に頭を下げられて辞めきれず、だけど練習も嫌だったので大会にだけは出場した。それで県大会の決勝戦まで行ったんだけど、そこで敗退。お前なら全国大会にも行けたのに、って顧問から憎まれ口を叩かれた。
私なんかよりも、もっと必死になってる人が全国大会に行った方が皆の為だと思う。なんなら最初から出場しなかった方が絶対に良い。
そんな事を話していると錬は、少し退屈そうに目を伏せる。
「それで何? 中学生相手に愚痴りに来た訳?」
中学生なのか、小学生の可能性の方が高いと考えていた。
しかし、と白い湯気を立てる電子ポットとビニール袋に入ったカップ麺を見やる。
こんな偏った食生活を送っていれば、そりゃ成長も遅れる。
じろじろと見過ぎたせいか彼女は顔を俯かせた。
彼女の綺麗な瞳が帽子の鍔に隠される。
思えば、彼女は家に帰ってからもずっと帽子を取らず、パーカーのフードも被ったままだ。
その事に触れようかとも思ったけど、なんとなく今は止めておいた。
「錬ちゃんに話したいことがあるなら聞いちゃうけど?」
「私は帰って欲しいんだけど?」
「あーしはもっと錬ちゃんと話がしたいな~」
「……もうすぐ待ち合わせの時間になる」
錬はカップ麺にコポコポと湯を注ぐ。
「待ち合わせ?」と私がスマホの時計を確認すれば「外に出る訳じゃないよ」と彼女が素っ気なく返す。
となれば、ネット上での待ち合わせのようだ。
目の前の少女が自ら仲間を求めて、電脳世界に潜るとは考えにくい。
となれば、同好の士? 彼女の正体は、まさかまさかの美少女ハッカー?
……流石にない、と心の中で首を横に振る。
と、なればだ。残る可能性は少ない。
「ゲームが好きなの?」
「…………」
「好きなんだ♪」
口を噤んで目を逸らす仕草が可愛らしかった。
「あーしも好き」と満面の笑顔を浮かべてやれば、彼女は隠し切れない警戒心で私を睨んできた。だけど、そんな事は素知らぬふり。中学三年生の夏、練習サボって、大会では同じ学校で一番良い成績を残した私のスルー力を舐めてはいけない。
あえて空気を読まないのは、人生を楽して生きる為のコツなのだ。
「錬ちゃんは何のゲームが好きなの?」
今はCODE:Fばかりプレイしてるけど、他のゲームも多少は嗜んでいる。
少なくとも人並み以上には、強い自信を持っている。
小学生の時は、一人だけガチで攻略してたので誰もゲームで遊んでくれなくなった。
「馴れ馴れしくない?」
「あーしはね、CODE:Fってのが好きなんだよね」
「……ふぅん?」
錬が僅かな間を置いた後、まるで興味がないかのように視線を落とす。
だけど、私がゲームのタイトルを口にした時、彼女の目が僅かに見開いたのを見逃さなかった。素直に自分の一番好きなゲームを出しただけなんだけど、思いの外クリティカルだったようだ。
にまにまと笑みを浮かべる私に錬が小さく溜息を零す。
「お姉さん、強いの?」
初めて、錬からのまともな質問。私は力強く頷き返す。
「とっても強いよ」
プロゲーマーを相手に何十戦と続ける日がある程度には強い自負がある。
少なくとも人生に本気になれない私が三年間を注ぎ込んだゲームだ。そんじょそこいらの相手だと、逆立ちしたって負ける気がしなかった。
私が笑みを深める。しかし、それ以上に挑発的な笑みを錬は浮かべてみせた。
「ねえ、それじゃあ対戦しようよ」
「良いよ」
「私が勝ったら二度と私に話しかけないで」
「じゃあ、あーしが勝ったら家の掃除を手伝わせて貰うからね」
「それって条件が見合ってなくない?」
「良いの良いの」
勝敗を条件に関係を迫るってのは間違っている。
彼女の隠し事を暴きたい訳ではない。彼女の意志で話して欲しかった。
それにほら、私が勝利すると必然的に錬は私を突っぱねる事が出来なくなる。
対戦ゲームで相手を分からせるのは日常茶飯事。
CODE:Fで対戦して勝利するだけで今、抱える多くの問題が解決する。
受けない選択肢はない。
「それで何時、対戦すればいい?」
「今すぐでも良いんだけど?」
「そんなこと言って~、直ぐに帰って欲しいだけなんじゃないの?」
「それもある」
だけど、とスマホを片手に錬が席を立つ。
「面倒な事は早めに済ませた方が良いじゃん」
スマホで口元を隠しながら、せせら笑う彼女の横顔を見た。
心の奥底で滲み出る悪い感情。この高飛車な少女を負かせて泣かせたらさぞ気持ち良いんだろうなあ。
ゾクゾクする想いに本題をそっちのけで口元がにやける。
「条件を変える。あーしが勝ったら錬ちゃんには健康的な生活をして貰います」
「健康的な生活って?」
「ゴミを片付けて部屋を掃除し、栄養バランスの取れた食事。そして朝に起きて、夜に寝る。太陽の日を浴びる事!」
「それは、意地でも負けられないね」
生死に関わる問題だ、と錬は力なく笑ってみせる。
勝負は今日の深夜0時からだ。
あれから足早に家に帰った私は自室のベッドでゲーム機を被る。
時間まで残り三十分。肩慣らしをする為にシングル戦のランクマッチに潜り込んだ。
ランクはマスター。プレイヤー名はYOU。
日本の狙撃銃使いといえば、この私、河野結奈である。
自称だけど。