メスガキゲーマーのわからせたい! 保管庫 作:にゃあたいぷ。
今日のにゃん子は私、頬月錬。別名はREN。黒猫の耳に尻尾を生やし、黒色のパーカーを羽織り、猫耳付きのフードを被る。
三白眼の猫目で八重歯付きのアバターでショートパンツを履いている。安心と安定のわん子プロデュース。片手剣を右手に握り締めて、全身の筋肉を解すようにトーントーンと軽く跳んだ。ざあざあと降る雨粒を全身に浴びる。雨は嫌いじゃない。太陽光を遮る為に傘を広げても目立たないからだ。
此処は電脳都市の三丁目、旧市街の大通り。CODE:Fプレイヤーの心の故郷である。
「この後、すぐ新装備の練習をしないといけないしね」
10から刻まれるカウントダウン。もう既に試合の後に向けていた意識を目の為にある対戦に戻す。
今日、持って来た武器は片手剣に拳銃、手榴弾の三種。CODEは最近、御無沙汰だったCODE:バーストを装備してきた。
残り三秒で目を伏せる。小さく深呼吸をした後、目を開いた。
カウントが0を刻む瞬間、私は全力前のめりで駆け出す。
もう十年以上も整備されていない罅割れた道に溜まった水を跳ね上げて、対戦相手を目指して最短距離で駆け抜ける。
そして、大通りの中心に来た時、相手の姿を視認した。
「あっはは! 貴女もRENのフォロワーだったりする訳!?」
対戦相手のお姉さん、河野結奈。今はYOUが赤色のポニーテールを振り回しながら何かを叫んでいた。
私の本名、知ってるよね? と思いながらも拳銃の銃口を彼女に向ける。私が引き金に掛けた指に力を込めた時、彼女はCODEを起動した。電流が迸るエフェクトと共に横に建ち並んだビル群に跳躍、数舜、遅れて発砲した銃弾が道路を穿った。だけど、視線で相手の動きは見えている。
睨み付けた先には、ビルの壁に着地したYOUが再度、CODEを起動していた。
「CODE:ハイジャンプ!」
CODE:アクセラレーションが速度そのものに影響を与える事に対し、CODE:ハイジャンプは跳躍力を高める効果だ。視覚的に分かりやすく例えるのであれば、アクセラレーションで高度を出すのは難しいけど、CODE:ハイジャンプを使えば一戸建ての屋上まで軽々と跳躍する事が出来る。力の入れ方次第で鋭角に跳ぶ事も可能だ。CODE:アクセラレーションの方が小回りが利くし、使い勝手が良いのは確かだけど、CODE:ハイジャンプはオンライン環境でも結構な頻度で見かけている。
「イキッた小娘如き、これで十分ッ!!」
風を割く超突進の一撃、片手剣を頭上に翳して振り落とされた一撃を受け止める。
「ふっ……ぐぅッ!?」
しかし衝撃までは受け止めきれず、勢いに押されて吹き飛ばされる。
地面に何度か身体を打ち付けながら地面を転がり、大通りの脇に建てられたビルの壁面に着地。顔を上げる。相手は速度を相殺し、大通りの中央で丁度、地面に足を付ける所だ。勿論、この程度で攻撃を緩める事はない。
何故ならば、私なら絶対に追撃を仕掛けるからだ。
「CODE:ハイジャンプ」
殺意を込めた双眸、水飛沫を上げて一瞬で距離を詰められる。
壁を蹴り、相手の頭上を超える形で跳躍。突き放たれた片手剣は、私の片手剣で上から抑え付ける形で打ち払った。そのまま擦れ違う形で彼女の背後に飛び込んだ私が聞いたのは強い衝撃音。建物の壁が砕け散り、破片が周囲に撒き散らされる。舞い上がる砂煙を見て、私は半ば、放心していた頭を再起動し、片手剣を構える。
直後、強い衝撃音。砂煙を振り払って、赤髪ポニテのお姉さんが突っ込んで来た。
腰を落とし、今度は吹き飛ばされないように薙ぎ払われた一撃を受け止める。気合を入れた、根性も入れた。身体は吹き飛ばされず、されども罅割れた道路を大きく削りながら後退する。飛び散る破片に、なんとか、辛うじて相手の勢いを殺すことが出来た。至近距離、一瞬の間、雨音に瓦礫の崩れる音が混じる。
交錯した互いの視線に火花を散らし、痺れる手足を押して相手を振り払った。
「へ~、サブ垢使ってるだけの事はあるじゃん。本来のランクはなんぼなの?」
開いた間合いは3メートル。手は届かないけど、一歩の踏み込みで互いの懐に潜り込める。
「……マスターとダイヤモンドを行って来たりかな」
「なかなかやるようね。手加減が必要ないって思う程度にはだけど」
「さあ、どうかな?」
私が左腕を相手に向けて、突き出した。
銃の形に取った左手。相手は咄嗟に回避行動を取ろうとし、すぐ異変に気付いて動きを止める。一秒、超えるかどうかの硬直時間。私は右手に握り締めた片手剣を逆手に持ち替えて、左手を前に突き出したまま右手を添える。そして左手に手榴弾を呼び出した。何度か練習した事がある。左手に出した手榴弾のピンをノータイムで引ける薬指の位置。相手が反応するよりも早く、ひょいっと手榴弾を相手に放り投げた。
YOUが間抜けな顔を浮かべる。
全身を硬直させた意識の隙、緩やかに放り投げられた手榴弾は脊髄反射を許さない。理解して動くまでのタイムラグ、避けた先に備えて、手榴弾を投げた左手に拳銃を呼び出す。
此処で相手のシールドを削れば、後の大きなアドバンテージになる。
「舐めるなッ!!」
YOUは逃げる事もせず、防ぐ事もせず、左足を軸に身体を回転させた。
大きな弧を画いた右足は一回転して、放り投げた手榴弾を私の胸元目掛けて的確に蹴り返す。
予想外の行動、反応が遅れて左手の拳銃で真上に弾く事しか出来なかった。
「CODE:ハイジャンプ」
一瞬、相手から外した視界。一呼吸を置く間もなく、ドンと水飛沫を上げた一歩で彼女は私の懐深くまで踏み込んだ。
◆
最早、溜まり場に成り果てた葛葉小雪のチャットルームにて。
部屋の主である小雪と久遠綴璃、そしてうたた寝メリーの三名がテレビ前のソファーに横並びで座っている。
綴璃とメリー、両名の友人である小雪が真ん中だ。
RENが居る時は適度に別れるのだけど、彼女が居ない時は暑苦しい思いをしている。
「急に対戦の用事が出来たっていうから観戦してるけど……」
テレビに映るRENの対戦画面を眺めながら小雪が呟く。
「なんでランクマの悪魔と戦っている訳?」
「ランクマの悪魔?」
まんまるの眼鏡にベレー帽を被る綴璃が小首を傾げる。
ランクマの悪魔というのはYOUの別称だ。赤色のポニーテールが特徴的な女性型アバターを利用する彼女は、CODE:Fの稼働初期からランクマッチ戦に棲息する上位の古参プレイヤーの一人である。まだCODE:Fの対戦がチーム戦とバトルロワイヤル戦しかなかった時期、野良でマスターランクまで上る古強者。戦場を荒らすのが得意なプレイヤーで一時期、マスターランクの中位と上位を分ける登竜門とさえ呼ばれていた事がある。
今は小春日和の代名詞である狙撃銃。日和が台頭する以前は彼女の代名詞であった。
「YOUの特筆すべきは、タイマン性能の高さ」
彼女がマスターランクの上位と中位を分ける登竜門と呼ばれたのは、単体性能が非常に優れていた為だ。
野良で活動する事が多い彼女は、周りの状況を見て、守りの薄い場所に駆け付ける。必然的に劣勢な状況下での戦闘が多くなる。しかし彼女は持ち前のプレイスキルと度胸で相手を乱戦に持ち込んで戦線を支えた。数的不利は他の戦線の数的有利。自分が時間を稼いだ分だけ味方の有利に働くのだ。そして彼女は二人以上を相手取る事に慣れている。
数的有利の状況下でYOUを迅速に処理できないプレイヤーは、彼女を相手取った時に勝率を大きく落とす事になる。
「大会の出場経験なし、ランクマのみを縄張りにする彼女に付けられた綽名がランクマの悪魔って訳。正直、悪ふざけも含めてると思うけど」
小雪の解説に「へえ」と綴璃が気の抜けた返事を零す。
「だったら私も勉強させて貰わないと!」
同じ狙撃銃使いとして、と意気込む彼女に小雪が首を横に振る。
「やめておいた方が良いよ。YOUが狙撃銃を真っ当に使った事なんてほとんどないから」
YOUの名は、プロゲーマーの間でも時折語られる。
しかし、それは彼女の実力を見込んでの話ではない。少なくとも今、CODE:Fを生業とするプロゲーマーは須らく彼女を登竜門を突破した者達だ。
では何故、プロゲーマーが彼女を語る必要があるのか。
「狙撃手でも凸砂でもない新しい狙撃銃の戦闘スタイルを編み出した人物。今の日本が魔境と呼ばれる環境を生み出した原因の一人と呼ばれるプレイヤーであるからね」
稼働初期、YOUはCODE:Fというゲームに無限の可能性を示唆したプレイヤーである。
◆
CODE:ハイジャンプ。このCODEの可能性は無限大だ。
効果は一度きり、爆発的な跳躍力を得られる。
その出力は調整が可能だ。
地面を滑るように一歩分、強く踏み込んで相手との間合いを一瞬で潰す。
この縮地と呼ばれる高等技術を編み出した第一人者こそが私、河野優奈ことYOUである。
右手に握り締めた片手剣で猫娘の拳銃を払い除ける。
懐深くまで踏み込んで彼女に背中を押し付けた。CODE:Fの物理演算は現実と大差がない。並足を揃えて膝を落とす、全体重を背中に乗せた全身全霊の体当たり技。通称、鉄山靠。罅割れた道路を砕き、直撃を受けた猫娘はトラックに撥ねられたように十数メートル先まで小柄な身体を弾き飛ばされる。
彼女が両手に握り締めた武器が落とされたのを横目に確認した。
「CODE:Fは現実にある武術も効果的。私の場合は動画を見て齧っただけだけど」
頃合い良く頭上に弾かれていた手榴弾が落ちて来る。
「駄目押しよ!」
仰向けに倒れる彼女に向けて、足刀で蹴り飛ばした。
「CODE:バースト」
呟かれる言葉、手榴弾が爆発する直前。彼女を中心に道路が爆ぜた。
直後、手榴弾が破裂する。しかし砂煙と共に宙を舞った彼女の身体を傷付ける事は叶わず、私は目を大きく見開いた。頭の中が真っ白になる。避けられた事に驚いたのではない。CODEを起動時に呟かれた彼女の旋律、そして今、空中に晒された彼女が姿勢制御する仕草。彼女の一挙手一投足に既視感を覚えた。違う、これは確信だ。何度も繰り返し対戦動画を見返した私には分かる。
頭が動かなくても身体は勝手に動いた。
左手に拳銃を呼び出す。
空中で身動きが取れないはずの彼女に狙いを定める。
照準を合わせると同時に引き金を引いた。
「CODE:バースト」
彼女は頭上に衝撃波を放った。
雨粒を吹き飛ばし、その反動を受けて急速落下して地面に着地する。
銃弾は、彼女の猫耳フードを掠めただけだ。
「CODE:バースト」
三度目のCODE起動、衝撃波の反動を利用した急加速だ。
使用したばかりの手榴弾は今、クールタイム中。片手剣と拳銃を手放した彼女は今、素手で私に向かって来ていた。思い切りの良い
閃く推理に反して、肉体は反射する。
ゲーム稼働初期から積み上げた三年間の経験が呆然と立ち尽くす事を許さない!
「今、分かった! 貴女は────」
突撃を仕掛ける彼女を振り払うように放った銃弾は、不思議と彼女に当たらなかった。
彼女と対戦した多くがAIM力を激減させる。彼女が相手に何を仕掛けているのか理屈では理解していた。足運びと身体を不規則に振る予備動作のフェイントが無意識に相手の照準を狂わせる。頭では理解している、対応策もある。しかし実戦で初めて見る彼女の動作を初見で、しかも咄嗟に適応するのは不可能だった。
気付いた時には、もう間合いの一歩外。私は一歩分、後方に退いて片手剣を持ち直す。
「CODE:バースト!」
四度目のCODE起動。衝撃波の反動が一歩分の間合いを潰す。
「──貴女、RENでしょ!!」
「ゲームで本名を呼ぶのはマナー違反」
水飛沫を上げて、地面を削る音。
両腕の内側、懐深くまで入り込まれる。
防御は間に合わない。RENのフードが外れて、黒い毛並みの猫耳が露になる。
妙に長く感じる一秒未満の時間の中で思考が迸る。
今の私に出来ることは何か?
彼女の両手が私の鳩尾に添えられる。
来る! 致命の一撃! 後先知らずの五度目の衝撃波!
CODE:Fプレイヤーとしての矜持が窮地において、なお活路を模索する。
「CODE:バースト!!」
「CODE:ハイジャンプ!!」
私の身体は、私が予想した以上に吹き飛んでった。
まだ致命傷ではない。
私は深い笑みと共にストレージの中から狙撃銃を呼び出す。