メスガキゲーマーのわからせたい! 保管庫 作:にゃあたいぷ。
フルダイブ型VR全盛期の御時世、VR空間にプライベートルームを作るのは当たり前だ。
VRチャット用のフリーソフトをダウンロードして、アカウントを登録してやれば自分専用の空間を用意する事が出来る。内装を整えた自分だけの部屋に他の利用者を招待し、ちょっとした会話を楽しんでボードゲームで遊んだりする。
そして今、私がお邪魔している部屋もまたチャットルームと呼ばれるプライベート空間の一つだ。*1
ぬいぐるみをたくさん配置した少女趣味の可愛らしい部屋は、私と同じチームの一人が用意したものだ。
部屋の中心に置かれた丸くて可愛いテーブルには、狐の耳と尻尾を生やした小柄な少女が椅子に座り、真剣な目付きでウインドウ表示したモニターを眺めていた。彼女が部屋の主である。彼女が観ているのは、CODE:Fの対戦動画である。そして和服に袖を通す美人が狐娘の背中から同じ動画を覗き込んでいた。
ちなみに二人が観ている対戦内容は、先日の対REN戦のものだ。
「そりゃ人気も出ますよね~」
私の他に自称妹の分も確認した畜生狐。もとし狐娘が溜息を零す。
彼女のバーチャルネームは、葛葉小雪。元々はフリーで活動していたVsで今は同じ事務所に所属するチームメイトだ。和服美人も同じチームメイトで、バーチャルネームは呉紅葉。彼女は、私が事務所に所属する前からの友達で、まだ私がチームを結成する前は匿名でCODE:Fの相方を務めていた。その時の視聴者からの愛称は、傭兵さんだった。
チームメイトと云えば、自称妹も同じ事務所でチームメイトだ。
今はメルヘンチックな可愛らしいソファで横になってテレビを観ている。スポーツ番組のようだ。プロ野球の試合のハイライトが流れた後、eスポーツの特番が始められる。八目鰻という若手のプロゲーマーが先日、CODE:Fのアジア大会でチームをベスト4まで導く活躍をしたようだ。彼はまだ二十歳にも満たない少年で、陽のオーラを纏った爽やかな笑顔でインタビューに受け答えしている。
彼の着るジャンパーには、多くの企業のロゴステッカーが縫い付けられていた。
「日和さん、聞いてます?」
呼ばれて視線を戻せば、狐娘の小雪がジトッとした目で私を見つめていた。
「私に話しかけてたの?」
「ひっどい! 全然、話を聞いてくれてなかったんですか?」
「ごめんごめん、それで何の話だったの?」
平謝りで返すと「大した事は話してなかったから良いんですけど」と彼女は不満げに口先を尖らせる。
そのアバターでされても可愛いだけなんだけどな。同じ事業所で、同じ寮で暮らしているのでリアルでの面識もあるのだが、そこでも彼女は小柄で可愛らしかった。紅葉は身形を整えたら美人なのだけど、極度の面倒臭がりなので、そんな日は一生来ないと思っている。アバターの彼女が和服を着ている理由も「和服着るのって面倒だし、お得じゃん」といったもので感性が少しズレている。
自称妹は、綺麗だ。町中で歩ているとスカウトが来る。そして、それを鬱陶しいと切り捨てる程度には美人さんだ。なんでVsをやってるのか分からなくなる時がある。理由は聞いた事ある、私に憧れてなんだとか。ゲームが上手いだけの私よりも余程、自称妹の方が魅力的だと思うんだけど。結局、よく分からなかった。
さておいて、小雪は他の対戦動画の視聴を始めており、はえ~とか、ほえ~とか。声を零している。
「基本はガン攻めで、勝負勘と駆け引きで勝利を手繰り寄せるタイプって何時の時代も映えますよね」
先日、私の動画に出た事もあり、RENの対戦動画が急速に増え始めていた。
他のVsもRENの襲撃を受けており、近接戦を挑まれて一方的に蹂躙される光景が動画サイトに多く投稿されている。RENの猛攻を受けたVsが決まって良い声で悲鳴を上げるので、前々から一部で知られていたようだ。彼女の攻め一辺倒のスタイルは、観る者を楽しませる。しかし彼女の戦い方でトップまで昇り詰められると考えていた者は少なく、よくてプラチナ。ダイヤモンドは勿論、マスターが相手では太刀打ちできないと考えられていた。その予想が、私の敗北で覆される。彼女は今、確かに注目を浴びていた。
正直、私の敗北が彼女の人気に繋がったと考えると複雑なのだけど、でも彼女の戦い方に心が惹かれるものがある。
CODE:Fが発売されて三年が過ぎた。
攻略も煮詰まる今の時期に、彼女が駆け抜ける軌跡は鮮烈に輝いて見えた。
CODE:Fには、まだ新しい可能性が残されている。
RENは、それを示してくれたのだ。
「カッコいいな~」と小雪が零す。
「RENか。一度、手合わせして欲しいねえ」と紅葉が顎を撫でる。
ふん、と自称妹が小さく鼻を鳴らす。
自称妹のバーチャルネームは、小春茉莉。私が小春日和で、彼女とは姉妹という設定になっている。
本当は姉妹になる予定なんてなかった。彼女には、囃子館茉莉という名前が用意されていたのだけど、ちょっとした彼女のやらかしでバーチャルネームが変わってしまったのだ。本当は、四人で春夏秋冬だった。チームとして初めての配信で路線変更する羽目になるとは思いもしていなかった。今となっては笑い話である。
自称妹は、なんでも出来る姉より凄い妹なのだ。姉の威厳を示せた記憶が一度もない。
「……RENがプロゲーマーと対戦するみたいよ」
ソファで横になっていた自称妹が声を上げる。
「え、ほんと?」と私が返事をし、RENの対戦動画を観ていた二人と一緒に自称妹のソファへと押し掛けた。テレビはスポーツ番組から生配信に切り替わっている。CODE:Fの対戦画面、アカウント名は八目鰻。少し前までテレビに映っていたプロゲーマーの青年だ。対戦相手には、確かにRENの名前が刻まれていた。
……プロとアマチュアの間には大きな隔たりがある。
Vsも同じだ。私はCODE:Fで名を上げたVsだけど、プレイスキルではプロゲーマーに引けを取る。
世界大会の決勝トーナメントでは、プロゲーマーの割合が九割を超えていた。
◆
八目鰻は此処、数年で頭角を現した期待の若手だ。
昨年、身内と共に結成したチームで全国大会の予選に出場し、エースアタッカーとしてチームを決勝戦まで導いた。しかし予選最後の対戦相手がプロのゲーミングチームだった。彼はプロゲーマーを相手に、なんとか前線を押し留めるも後方に回った相手に盤面を崩されて敗北を喫する。その時の活躍を見込まれた彼は、プロのゲーミングチームからスカウトを受けた。今はメインアタッカーとしてチームを支えている。
勿論、彼のランクはマスターで同ランク帯でも上位のプレイヤーだ。
フィールドはショッピングモール。屋内が一階から三階まで吹き抜けになっており、アップダウンの激しい戦闘が売りのステージになっている。開始地点に呼び出された八目鰻は頭に帽子を被り、首にヘッドホンを掛けた青年の姿をしていた。両手には突撃銃を握り締めている。10から刻まれるカウントダウンに八目鰻は全身の筋肉を解すようにトントンと軽く跳んでみせた。
彼はRENの情報を知らない。
プロゲーマーである彼は、つい先日までダイヤモンドだったプレイヤーに意識を割いている余裕がなかった。
相手のアカウント名を見て、自分の知る名前ではない事だけを確認する。
マスター帯ともなれば、定石が出来上がっている。
故に彼は有象無象を相手にするのと同じ感覚で対戦に臨んだ。
カウントが0になる。それと同時に八目鰻が駆け出す。
プロゲーマーになった今も彼は自分のスタイルを変えなかった。
速攻を仕掛けるのが彼の持ち味であり、試合展開の早いスタイルが彼の人気の秘訣でもある。そんな彼に付いた徒名が切り込み隊長、もしくは鉄砲玉。遭遇戦で負けない自信があり、数的不利の状況でも前線を持たせる自負が彼にはある。彼が相手の出鼻を抑えている間に味方達が有利なポジションから攻め込むのが彼が所属するチームのお家芸だ。
それがシングル戦になれば、彼にはもう止まる理由がなかった。
経験則から相手と接敵する可能性のある場所まで近付くと、彼は速度を緩める。クリアリングをせず、背後から撃ち込まれてチームを敗北させた経験が彼の警戒心を上げる。CODE:Fで気を付けなくてはいけない事は、自分だけが相手の位置を掴めていない状況を作ってしまう事だ。レーダーの周期が相手の位置に確認してから動いても遅くはなかった。
突撃銃を構える。レーダーが相手を捉えた瞬間、直ぐに飛び出す心構えを取る。
ドン! と衝撃音がショッピングモールの少し奥から鳴り響いた。
聞き慣れない音だ、懐かしくもある。
それはCODE:Fのプレイヤーであれば、誰もが聞いた事のある音だった。
此処は二階の通路だ。
手摺の向こう側から金髪の少女が物凄い勢いで飛び出して、八目鰻の頭上を取る。
それはもう吹っ飛んで来たと云った方が良い有様だった。
ポジションの不利を察した八目鰻は、頭上からの銃撃を警戒して物陰から駆け出す。
この時、金髪の少女、RENは相手に向けて背中を見せていた。両手を天井に向けて、CODEを起動する。両手から放たれた衝撃波の反動は、少女の小柄な身体を地面に叩き付けた。その余りにも奇天烈な軌道に八目鰻の思考が搔き乱される。メインストーリーをクリアした時の記憶を呼び起こし、彼女が発した衝撃波の正体がCODE:バーストによるものだと特定した。
そして苦笑にも似た笑みを、彼は浮かべる。
「超クールじゃねぇか……! イカれてやがるッ!」
CODE:バーストの反動を利用した移動は、過去に試された経緯がある。
しかし制御が極端に難しく、素直に他のCODEを利用した方が良いと結論が出されていた。というのもCODE:バーストを用いた移動法は、CODE:FのRTA走者がメインストーリーの序盤に、たった一度のベストタイムを出す為に何度も再走する技術であり、対戦での運用は不可能と言われている。仮に制御出来たとしてもメリットは薄く、CODE:アクセラレータを始めとしたCODEの方が機動力が高い。またCODE:バーストは攻撃系としてもクソザコの部類である為、攻撃系としても移動系としても中途半端だ。
総評すると頑張って覚える価値のない浪漫が過ぎる技術。しかし、だからこそ、心がときめくのだ。
「良いね、最高だ!!」
もう粗方、攻略し尽くしたと思っていたゲームで初めて見る戦い方をする奴が居た。
ドキドキが止まらない、ワクワクが抑え切れなかった。
しかし八目鰻もプロゲーマーだ。
生配信の最中、舐めたプレイで敗北する事はプロの矜持が許さない。
彼女が着地した地点に向けて、突撃銃を構える。
照準を合わせるよりも先に金髪少女が駆け出した。CODE:Fの身体能力は、現実を遥かに凌駕する。故に近接戦で的確に相手を撃ち抜くことは困難であり、弾をばら撒く事でしか対処が出来ない。八目鰻は突撃銃で相手を牽制した後、ストレージに仕舞って、代わりに片手剣と拳銃を呼び出す。
CODE:Fは最終的に近接戦に帰結する。それが八目鰻の持論だ。
「──ッ!?」
RENが八目鰻から見て半身になった時、隠れた右手から何かが閃いた。
自分に向けて放たれたナイフの投擲を、首を傾けて回避。意識がナイフに向けられた一瞬の隙を突いて、RENが白兵戦の間合いまで距離を詰める。八目鰻は感嘆する、自分以上の攻撃的なスタイルと度胸に称賛を浴びせたかった。
だけど負ける訳にはいかねぇんだわ。と彼は自らが装備するCODEを口にする。
「CODE:ダブルスピード」
RENの首筋を狙った片手剣の一振りを、八目鰻は倍以上の速度で弾いた。
驚愕に目を見開いた金髪少女の可愛らしい顔を見て、八目鰻は凶悪に笑みを浮かべて驚異的な速度で攻勢に出る。CODE:ダブルスピードとは、全ての動作速度を倍にする強力なCODEだ。近接戦に自信のあるRENも全ての攻撃を捌き切れず、全身を切り刻まれながらシールドを削られていった。
CODE:ダブルスピードは時間までは引き延ばされない。あくまでも動作速度のみを倍速にする。
プロゲーマーでもCODE:ダブルスピードを完璧に扱う事は難しい。逆に振り回されてミスを頻発される諸刃の剣であり、好んで使用する人間は少なかった。とはいえだ、動作の隙も倍速になっているので多少のミスならゴリ押せる。予め練習しておいた動作を脳死で繰り返すのがCODE:ダブルスピードの基本的な使い方だ。
だが八目鰻は、そこで留まる男ではなかった。
八目鰻はプロゲーマーの中でもトップクラスの動体視力と反射神経を持っていた。
そして大会で優勝する為に重ねた血の滲む努力がCODE:ダブルスピードのデメリットを踏み倒す。
彼が攻勢に出た時、真っ当な手段で彼を抑え込むのは不可能に近い。
圧倒的な速度の暴力を前にRENは急所を避けるのが限界だった。
なんとか猛攻を凌ぎ切ろうと片手剣を振り回す。しかし対戦相手が亀のように固めた防御を抉じ開けるのが、八目鰻のプロゲーマー足る所以である。RENの隙とも呼べない間隙を突いて、彼女の持つ片手剣を力強く弾いた。RENは意地で片手剣を手放さなかった。その代償に大きく仰け反り、相手に隙を晒す。
八目鰻は冷静に片手剣を構え直し、相手を確実に倒す為に心臓を狙って突き放った。
瞬間、八目鰻の脳裏に過ぎる僅かな違和感。
CODE:ダブルスピードは、発動した時にリソースを打ち切るタイプだ。
発動したが最後、確定で一定量のリソースが消費される。そして強力なCODEである分、リソースの消費量も相応に高い。連続で二度、使用するとリソースが底を尽きる。
故にCODE:ダブルスピードの使用は、勝負所を見極める必要がある。
使った以上、此処が勝負所だ。
八目鰻は迷いを振り切って、全身全霊で片手剣を突き出した。
此処一番での思い切りの良さは八目鰻の持ち味だ。
勘も良かった。
彼の判断で勝利を捥ぎ取った場面は何度もある。
そんな彼の判断が悪いとは、絶対に言い切る事は出来なかった。
故に、此処から先は全て、結果論である。
「……地面がなければ、CODE:ダブルスピードのメリットも半減だ」
RENがしたり顔で呟いた。
瞬間、八目鰻は数秒前に過ぎった違和感を思い出す。
罠が張られていた事を察した。
そしてもう逃れる事が出来ない事も分かった。
故に彼は、更に力強く踏み込んだ。
まだCODE:ダブルスピードの効果時間は続いている。
罠が張られていて、回避も不可能。
ならば罠が発動する前に倒し切れば良いのだと、開き直った。
あと少しで切っ先が届くかという瞬間、
RENは、まるで幼い子供のように嬉しそうに笑った。
「CODE:バースト」
口遊まれる言葉と同時に衝撃波が放たれる。
彼女の身体は大きく仰け反っているので前に突き出す事は出来ない。そんな時間もなかった。故に彼女は仰け反った時、片手剣を握り締めた右手とは別に左手を床に向けていた。此処は二階の通路、衝撃波に床が砕かれる。足場を失って、八目鰻の手元が狂った。片手剣の切っ先は彼女の胸元を掠めるだけに留まり、二人は突然の浮遊感と共に落下を始める。
落下の最中、八目鰻は敗北を悟る。
此処までの流れは、完全にRENが上回っていた。敗北感に打ち拉がれる。此処まで失敗らしい失敗はして来なかった。反省点はない、故に悔しいのだ。プロとしての矜持が砕かれた気分だ。
だが、しかし、まだ対戦は終わっていなかった。
CODE:ダブルスピードの効果時間はまだ続いている。
八目鰻は片手剣をストレージに仕舞って、拳銃に持ち替えた。
プロの矜持ではない。
彼自身が持つ闘争本能が勝利の為の道筋を探る。
ほぼ無意識の動作は、的確に落下中のRENの眉間を捉えた。
積み上げた努力は、持ち主を裏切らない!
──撃つ!
脳が弾き出した一瞬の判断に身を委ねて、八目鰻は引き金を引き絞る。
拳銃の照準がRENを捉えてからゼロコンマ1秒の判断。人間の限界に挑戦する一発は、RENの金色の髪を撃ち抜いた。
プロゲーマーの中でもトップクラスの反射神経を、RENの立てた計画が上回る。
CODE:バーストの連続使用。
頭上に放った衝撃波の反動が、八目鰻が放った一発を回避した。
外した。と八目鰻が考えた時、もう誰も居ない空間に二発目を放っていた。
彼が積み上げて来た血の滲む努力が相手を確殺する為の三連射を止める事が出来なかった。
一足先に地面に着地したRENは、片手剣を手に頭上を見上げる。
CODE:ダブルスピードは、物理法則に作用するCODEではない。
即ち落下速度を倍にすることは出来なかった。あくまでも動作速度を倍にするだけである。
故に空中でCODE:ダブルスピードの効果時間が切れる。
此処までが床を破壊したRENの計画だ。
RENは頭上を見上げて、片手を八目鰻に突き出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
次の瞬間、大量の弾幕がRENに降り注いだ。
八目鰻の手に握られていたのは、彼が愛用する突撃銃。鬼気迫る表情で弾をばら撒いていた。
RENは舌打ちを零し、片手剣で頭を庇いながら衝撃波を放った。
僅かに狙いが逸れる。
八目鰻のシールドを貫通し、突撃銃と共に右腕が千切れ飛んだ。
「CODE:ダブルスピード!」
そして八目鰻は、左手に片手剣を構えながら最後の切り札を抜いた。RENもまた被弾し、足を負傷している。シールドは完全に削られてしまった。頭上には片手剣を振り被った八目鰻。伸るか反るか。逃げるか迎え討つか。RENは笑みを浮かべる。今が最高に楽しくて笑ってしまった。八目鰻もまた笑っている。此処で逃げるなんて有り得ない、そんなのダサ過ぎる!
「「良い度胸だっ! その覚悟、わからせてやるッ!!」」
二人は同じ言葉を同時に叫んで、最後の攻防に臨んだ。
八目鰻は振り落とす片手剣をRENは下から打ち上げるように弾き返す。CODE:Fの身体能力は、現実世界の人間を遥かに凌駕する。八目鰻は地面に辿り着くことが出来ないまま、地面から繰り出されるRENの斬撃を捌き続ける。二人の間に無数の斬撃、刃を打ち鳴らす金属音の反響に火花が散る。流石の八目鰻も地面に足が付いていない状態では、CODE:ダブルスピードを制御し切れない。ましてや片腕なのだ、自分の動きに振り回されている。振り回されているにも関わらず、RENの斬撃を全て受け止め続けており、少しの隙も見逃さないと鋭く目を光らせる。呆れを通り越して畏怖すら感じる八目鰻の曲芸に対してもRENは一歩も退かなかった。退く事が出来なかった。少しでも心が退いてしまったが最後、自分の敗北が決定すると確信していた。故に彼女は退く選択肢を頭から追いやった。此処まで来ればもう意地と意地のぶつけ合いだ。少しでも心を折った方が負けだと、二人は歯を食い縛って互いの斬撃を受け止め合った。
瓦礫が落ちて、砂塵が舞い上がる中、八目鰻が苦悶の表情を浮かべる。
辛かった、きつかった。長かった。敗北の二文字が何度も脳裏に過ぎった。だが辿り着いた。RENの右腕を斬り落とし、遂に八目鰻は両足を地面に付ける。感無量である。自分がプロである事も忘れて、恥や外聞を捨て必死に食らい付いた。しかし、やはり、彼はプロゲーマーだった。プロゲーマーの中でもトッププロに匹敵する一人だ。不利な状況からでも勝利を捥ぎ取るのがプロである。絶体絶命な状況でも覆してしまうから彼はプロゲーマーを名乗れているのだ。
CODE:ダブルスピードの残り時間は数秒、充分だ。
八目鰻は感傷に浸る間もなく、屈めていた身を翻して背後に立つRENに向けて片手剣を振り被る。
いや、待て。RENのCODE:バーストの残り回数は? CODE:バーストの連続使用回数を覚えていなかった。嫌な予感がした、故に彼は思考する。数年前の記憶を掘り返す。メインストーリーで使っていた時、CODE:バーストの連続使用は四回か五回、記憶は曖昧だが六回目はなかったはずだ。既に相手は五回分使い切っている。CODE:バーストを警戒する必要はない。杞憂だ、これで倒せる。
屈めた身を起こしながら振り返った、その額にRENの足が乗せられる。
「ぐっどげぇ~む♪」
RENの勝利を確信した挑発的な笑顔、視界の端に捉えた彼女の左手には棒状の何かが握られていた。
足裏で額を小突かれる。背後に身体が倒れる。CODE:ダブルスピードには、時間を引き延ばす効果はないはずなのに、やけにゆっくりと感じられた。CODE:ダブルスピードに物理法則を変える力はない。故に背後に倒れる速度を変えることは出来ない。まだ床上に揺らめく砂煙、その中から巨大な刃が姿を現すのを視界の端に捉えた。八目鰻の驚異的な動体視力が全てを悟らせる。
彼女の戦い方には浪漫がある。だが、彼女はまだ浪漫を隠し持っていた。
大鎌の刃が、もう自分の背中を捉えていた。
「このメスガキがァァァァッ!!」
全てを悟った敗北が額を足蹴にされた怒りを呼び起こし、彼に見事なまでの捨て台詞を吐かせる。
切り抜き確定の締めの一撃は、大鎌による両断。RENは、大金星を掴み取った。
◆
光の入らない埃被った部屋の中、ふうっと息を零す。
程良い疲労感、耳まで覆うアイマスク型のゲーム機器を外して手元に置いていた飲料水を口に付ける。今日は初戦から強い人と当たり、その人と三十戦も対戦を繰り返した。最後は相手の方から対戦を拒んで、胸には確かな充実感と敗北感を植え付けられる。戦績は7勝して23敗とトリプルスコアを付けられた形だ。流石にマスターが相手になると、これまで通じていた戦法を通せなくなった。二十戦もすれば、引き出しも尽きて苦しくなる。まだまだ地力が足りない証拠だ。
水分補給をし、トイレ休憩も終えて改めてゲーム機を装着する。
トレーニングモードを選択して、自分用にカスタムしたトレーニングコースを呼び出した。CODE:バーストの姿勢制御用のコースから荒れ地を無駄なく駆け抜く為のコース。ナイフでの投擲は勿論、意識せずとも身体が動くまで反復練習を繰り返す。そして今日、出会った相手との対戦で浮き彫りになった弱点を埋める為に、既存のカスタムコースを弄って作ったコースを攻略する。トレーニングは基本、十連続で成功したら次のメニューに移行する形だ。一回でも失敗すると、最初から数え直す。トレーニングコースを走るのは嫌いじゃない。全力で駆け回る事は大好きで、同じ失敗を繰り返すのは許せない性質だった。難しいコースを攻略する事に余り喜びを感じない。難しいと感じていたコースが、難しいと思えなくなる事に強い感慨を覚える。トレーニングと実戦では、やっぱり感覚が違っていて、実戦でトレーニングと同じ事が出来た時に喜びを感じる。それが当たり前に熟せるようになって、やっと成長したなって思える。
誰かを負かすのは楽しい。だけど強くなる事に勝利は大した意味を持たなかった。
数少ない成功体験に縋って同じ行動を取り続けるのは、馬鹿のする事だ。そして私は馬鹿のままで居るのが嫌だった。だから私は試合の質を高めることを重視する。まだ私は、妥協なんて考えても良い程、CODE:Fを知っている訳ではないのだ。意識を高く持って理想を追求する。その先に最高の勝利がある。快不快がゲームの肝であり、ミスをするのが絶対に嫌だった。ミスをする自分を許容するのが不快だ。相手のミスを期待するよりも勝利を手繰り寄せる。相手から勝利を捥ぎ取るには、攻めるしかない。少なくともCODE:Fは、守るよりも攻める方が強いゲームだと信じている。
ミスで負けたなんて、下らない試合をしたくないのだ。
どうせ負けるのであれば、完敗したい。
その想いが私を走らせる。
今回の対戦は、拙い自分を再認識させてくれる良い機会だった。
次に会う時には、もっと良い試合を見せてやる。とゲーム内の金色の瞳を輝かせる。
しかし、それを含めても、今のままでは駄目だという自覚もあった。