ウマ娘光のヤンデレ概念 作:私たちは負けない!!
彼が欲しいと思ったのは、いつからだろう。
彼──私のトレーナーさん。その視線も、肉体も、心も全て欲しいと思望してしまった。
分かっている。それは叶うことのない戯れ言。
独占欲。
甘い甘い蜜のような、そんな毒が流れ込んでくるのを感じる。
彼を独占できたなら、その意識の全てを私に向けられたら。
風が吹けばすぐにでも催破してしまいそうなこの身を、懸命に支え続けてくださったトレーナーさん。
最大限の感謝を込めて走ろうと強く思う。それだけで私は幸せだった。
幸せだった。彼に従い走る日々が、共に同じ道を行く時間が。
それだけでよかったのに。
求めてしまった。彼と
「アルダン。貴方、目が変わったわね」
「目……ですか?」
目が変わった。それはどのような意味で言っているのだろう。
確かに私の意思は瞬間の灯火から永劫の篝火へと変わった。それはトレーナーさんとの三年間で得られたもの。
「昔の霙のような貴方も悪くなかったけど……あのトレーナーさんの影響かしら?フフ……とても素敵よ、今の貴方」
姉様はそう言ってくれたけれど、私は素直に受け止められなかった。だって今の私は──獣のような顔をしているに違いなかったから。
「あれ、アルダン?体は大丈夫なのか?」
「はい。こうして漫ろ歩ける程度には」
レースが終わってしばらくはクールダウンに努める。それはこの人──トレーナーさんとの約束であり、三年間続けてきたルーティンだった。
この人は優しい。私が少しでも無理をしてしまうと、まるで刑を執行される前の囚人のように狼狽してくれる。
私がそれに感じた、感じてしまったのは、暗い喜び。
彼が私の為に動揺してくれている。その事実が、私に薄墨色の歓喜を与えてしまっていて。
いけないと思いながらも味わうのを止められない。それは非常に甘味な背徳の業であり、いっそ自堕落なまでに私を昂らせる。
ああ。私はきっと酷く醜いのだろう。差し伸べられた光を暗澹と為してしまうぐらいに。
「お暇があれば一緒に紅茶はいかがですか?」
「……ありがとう。じゃ、お言葉に甘えて」
……ああ、ああ。
今日も彼が愛おしい。
長いようで短いトゥインクル・シリーズだった。
メジロアルダンと共に駆け抜けた最初の三年間。思い出は数え切れないくらい多く、彼女とのかけがえのない絆を感じることのできる歳月だった。
だからこそ分かる。
彼女は……何事か悩んでいる様子だった。
俺には話せない内容だろうか。ああもう、こんな時に歯噛みしかできない自分が恨めしい。
アルダンの友人たちに聞く──のは無いな。彼女だって友人にも秘密にしたいことはあるだろう。
本人に聞く?手っ取り早いが地雷を踏む可能性が高い。
彼女の為に何をしてあげられるだろう。幸い時間は潤沢にある。じっくり考えよう。
私はあの時誓った。この命ある限り、彼の”未来”を刻み続けると。
しかし──彼は?
生者必滅会者定離、いつか必ず別れは来る。それ即ち、他の方の担当になるということ。
独占欲が渦を巻くのを感じる。
誰にも渡したくない。彼の声も、心も、何もかも全てを欲する私の狂気。
──私は、狂ってしまったのだろうか。
「はっ、はっ──!」
そんな考えを振り払う為に走る。けれど、何度芝を蹴り付けてもこの愚考は消えてくれなくて。
「アルダンさん!」
「はぁ……はぁ……チヨノオー、さん」
日が沈んでいく中走っていると、チヨノオーさんから声をかけられた。
「どうしたんですか最近!根を詰めすぎですよ!」
否定はしない。確かにここ最近の私は自主トレに打ち込みすぎていた。
「『にんじんもウマ娘も根を張ってこそ』です!これ以上走ったら、アルダンさんは……!」
デビュー前と比べて見違えるほどに体の調子は良くなった。とはいえ、無理をし続けると崩れてしまうことに変わりは無い。
「……お気遣い、ありがとうございます。そうですね。……少し、無理をしすぎました」
「アルダンさん……」
同室のチヨノオーさんにもこの欲望は話していない。こんなこと、誰に相談できるわけもない。
「あれ、アルダン、まだ走っていたのか?」
「……っ」
都合の悪いことに、トレーナーさんと出くわしてしまった。これではまた彼に負担をかけてしまう。
「……最近頑張りすぎだぞ、アルダン。ちゃんと休むのもトレーニングの一環だ。な、サクラチヨノオー」
「はい。今日はもう上がりましょう、ね?」
トレーナーさんとチヨノオーさんから体を気遣われる。
──とらないで
……やはり私の心は歪に膿んでしまっている。トレーナーさんがチヨノオーさんに話しかけた瞬間、そんなことを口走りそうになってしまった。
「チヨノオーさん」
「なんですか?」
あれからどうやって自室に戻ってきたかは覚えていない。気づけば淡々とシャワーを浴び、寝支度を整えていた。
そして寝る直前、私はふと彼女に質問したくなってしまった。
「もし私が物言わぬ獣に成り果てても……変わらず友と呼んでくれますか?」
言った。言ってしまった。こんな、抽象的な問いかけを。
静寂が場を支配する。チヨノオーさんは思惟していた。
「──はい。あなたがどんなウマ娘になっても、私たちは友達です」
「……そう、ですか。ありがとうございます」
私は友人に恵まれている。そう再確認させられた夜だった。
「どうすれば大切な人と一緒にいられるか、ですか?」
「はい。是非とも占ってほしくて」
学園の隅で定期的に開かれるマチカネフクキタルさんの占い。私はそこに顔を出していた。
「では早速占ってみましょう。ふにょほにょ……」
占いというものは初めて体験するため、とても新鮮な気持ちになっていた。小屋の妖しげな光も相まってなんだか非日常的な装いを感じられる。
「ムムム……っ!休むが吉と出ました!今はゆっくり羽を伸ばして、じっくり機会を窺うのが良いと!」
「…………まあ」
的中していた。私は今、焦りすぎている。
「……メジロアルダンさん」
「、はい?」
「これは占いと言うより、私個人の見解になりますが。お互いに尊重しあうことが何よりも大事だと思います」
「……ありがとうございます」
その言葉が、何よりも響いた。
確かに私は初めて体感した未知の感情に振り回されるばかりで、トレーナーさんのことを何も
これからはトレーナーさんとのこれまでに鳴謝すると共に、自己の研鑽を怠らぬようにしなければ。
彼への独占欲と恋慕の情は変わらない。だとしても、私の責務は忘れずにいたい。
「アルダン」
「はい?」
茜色の夕日がトレーナー室を満たす。
私たちはミーティングを行い、現在はその終了直後だった。
「よかったら、これ見に行かないか」
差し出されたものは、以前刹那展にて訪れた美術館の前売りチケット。しかし今回は名前が違う。
「これは……」
「未来への脚……って言うらしい」
聞けばそれは刹那展とはまた違った趣向の催しで、老君の方が未来へ向けて造ったものだとか。
「一緒に見に行けたらいいかなって思ったんだが……どうだ?」
「ふふ、はい。では随行させていただきます」
未来への脚展に出展された作品はどれもが趣深く、瑞々しい活力に溢れていた。
中には体を病みながらも作品をお造りになった方もおり、死が差し迫っているとは到底思えない程に希望と喜びが充満している。
刹那展とはまた違った新鮮さが、ここにはあった。
「楽しめたか?」
「はい。とても」
その言葉に嘘偽りは無い。トレーナーさんと共に歩んできた軌跡も、この胸の中に喜びとして残っている。
この命ある限り、貴方の”未来”を刻み続ける。
私はできているだろうか。その問いはまだ燻っているままだった。
結局彼女の悩みは聞けずじまいだったが、気晴らしにはなったようだ。
走りも好調。無理をしすぎることもなく、安定したパフォーマンスを発揮できている。
順調だ。何もかも。
だから、
だから俺は、
「トレーナーさん」
「……」
「トレーナーさん?」
「…………はっ!ごめんごめん。なんだ?」
「次のトレーニングについてなのですが……」
「ああはいはい、次は──」
ここ最近トレーナーさんは思い詰めたような顔をすることが増えた。
私には話せない悩みだろうか。彼との付き合いは決して短いものではないが、未だに一つ線引きを感じる。
彼が私の止まり木になってくれたように、私もまた彼の拠り所になりたいと思うのはわがままかしら。
俺はきっと、幸せになってはいけない人間だ。
ふとした瞬間、幸福を感じる時、俺の心は大きく揺らぐ。
──それを壊そうと。突発的な破滅願望が脳裏を過る。
この悪癖は生まれついた頃から変わらずに存在している。家族との団欒、友との交流、そして──担当ウマ娘の栄耀。
『幸せ』を打ち壊そうと俺の理性は働いてしまう。これはどうやっても治すことができなかった。
だからなのかもしれない。俺がメジロアルダンと契約を結んだ理由は。
勿論、彼女のことは何よりも大事に思っている。怪我など絶対にさせたくないし、彼女の望みはなるべく叶えてあげたい。
だけど、壊したくなる。もうどうしようもなかった。
夜が更けてきた。外からの声もまばらになり、トレーニング場から自室へ帰るウマ娘が増えた頃合いだ。
俺は一つやっておきたい仕事があったのでトレーナー室にこもっていたが、近頃は徹夜のしすぎで体力を非常に消耗していた。
「……ぁ」
これは駄目だな。避けようがない。
俺の体は強制的に入眠の体制を整えていて、机に突っ伏すように意識が途切れた。
「トレーナーさん」
「────あっ」
「お目覚めになられましたか」
「…………っ!」
気づけば俺はソファに寝かされ、アルダンの膝を枕にしていた。
「────っ、と」
「あらあら、急に動いてはいけませんよ」
慌てて立ち上がろうとして体がふらつく。一度ならまだしも(よくはないが)、二度目ともなれば恥ずかしさも倍増だ。
「うふふ……こうして膝枕をしたのはバレンタインの日以来ですね」
「……すまない」
体調管理を失敗して担当ウマ娘に迷惑をかけるなんてあってはならないことだ。それも二度目ともなると、猛省してもしきれない。
そんな俺の内情とは裏腹に彼女は柔らかく微笑んでいる。俺はきっと顔を赤くしていることだろう。
「──っ?トレーナーさん?」
アルダンの頬に触れる。そしてその手を、当たり前のように彼女の首へと滑らせた。
「あ、ああぁぁぁ……っ!」
「大丈夫ですよトレーナーさん。私はここにいますから」
「ご、ごめ、アルダン、俺、ごめん……」
トレーナーさんは啼泣していた。
私の首へ添えられた手に力が加わることはなかった。それでもトレーナーさんは激しく動揺し、こうして泣き崩れる程に追い詰められていた。
あやすように優しく撫でる。これが少しでも、彼の救いとなればいいのだけど。
「……俺、おかしいんだ」
それから彼は、ぽつりぽつりと語り始めた。
歪んだ衝動、その発露について。
大事なものほど壊したくなる。大切な存在ほど胡乱になる。
対する私はどこか平とした気持ちで話を聞いていた。仮にそれが本当だったとしても、トレーナーさんが私を思いやってくれたことに変わりは無いと感じたから。
寧ろそれ程大切に想われていたことに喜びすら覚える。今間違いなく、彼の心は私だけに向いて────いや、違う。
それは、違う。今この人が語りかけていることはこの人にとって大きな告白だ。それに喜ぶどころか独占欲を満たすなど、唾棄すべき思考。
この人の為に私は何をしてあげられるだろう。どんな言葉をかけてあげられるだろう。
彼の頭を撫でながら、私は一人熟考していた。
ついにバレてしまった。
この仕事を辞めることもチラリと考えたが、トレーナーとなったことを喜んでくれた両親を思うと憚られた。
それに、今まで俺を信じてついてきてくれたアルダンにも尽くしきれていない。
「っぷ……ぉえ……っ」
頻繁に吐くようになった。まるで急速に倒れていくドミノのように、俺の体は”俺”に対する拒否反応を示していく。
今のところ吐いていることは知られていない。知る必要も無い。
俺はおかしい。きっとおかしい。
アルダンのトレーナーにも、なるべきじゃなかったんだ。
「トレーナーさん、今日のトレーニングが終わったら、少しお話をしてもよろしいでしょうか?」
「?別に構わないぞ」
いつもなら黙ってこちらの指示に従うアルダンからそんな言葉をかけられた。
……話って、なんなのだろう。契約に関することか?或いはそれも当然なのかもしれない。あんな、人とも思えない本性を暴露してしまったのだから。失望されただろうか。
ああだのこうだの考えている間に彼女は走り出す。ちゃんと見ていないと。これでも一応はトレーナーなのだから。
「トレーナーさん。私は貴方をお慕いしています」
「ふぇ?」
あまりにも唐突なことに素っ頓狂な声が出る。
……これはアレか?親愛とか、友愛とか、そんな感じの────
「何度でも申し上げます。私は貴方が好きです。恩師としてでもそうですが、異性として」
「────」
思考がフリーズする。
好き。好き?なんで。俺のどこが。
「貴方が私を呼ぶ度心が躍ります。そして──」
「ま、待って、ちょっと待ってくれ」
「はい」
……ショート寸前の頭で考える。アルダンの表情や声色から、それが嘘でないことが確認できる。そもそもアルダンはそんな冗談を言う子ではない。
「あー………………君は、俺が好きなのか?」
「はい」
聞き間違いでもなかった。
「その……………………どうしてだ?」
「これまで共に駆け抜けてくださった軌跡。それが答えです」
……要するにあの三年間を通して好きになったということか。
「不肖ながら私は、貴方が今抱えている苦しみについて存じ上げております」
「……………………そうか」
苦虫を噛み潰す。吐いてることはとっくにバレていたらしい。
「私が貴方の苦悩全てを推し量ることはできません。ですからトレーナーさん。私は、貴方の光になりたいのです。あの日貴方が仰ってくれたように、永遠の輝きでありたいのです」
「そんなこと言ったって、俺は変われないぞ」
これまで何をしても駄目だったのだ。たとえ彼女が献身してくれようと、どうせ無理に決まっている。
「貴方が変わる必要はありません。ありのままの貴方が、私の惹かれた貴方なのですから」
「────」
虚を突かれる。そのままの俺でもいいと言ってもらえたのは初めてだ。
「それになにも、咎められるべきは貴方だけではありません。私は、私の中の獣心は、トレーナーさんを独占したいと思っていました」
「……?待て、話が読めない。それはどういう──」
「貴方が欲しいと、思ったのです」
絶句。自分がそこまで想われていたことにも驚きだが、その内心を隠し通した彼女にも驚かされた。
「返事を、お聞かせ願えますか。ああ、今すぐにとは申しません。ご一考くださった上でお答えいただければと存じます」
「…………………………分かった」
平静を装っていたものの、腹の中では糸の上を渡るような緊張感に包まれていた。
言った。とうとう言ってしまった。
言ってようやく気がついた。私はトレーナーさんを
だから私は彼を肯定しよう。彼が自己を否定しても、強く拒もうとも、傍にいさせてもらえるのであれば、その為に尽力しよう。
もう迷いは無かった。
一旦情報を整理しよう。
俺はアルダンに好かれている。理解できないが理解したことにする。
俺は──どう思っている?
あの日言ったように、彼女は俺にとって”永遠”の輝きだ。彼女もまた俺の”今”と”未来”を刻む存在。
それはつまり──しかし、本当にそれでいいのか?
俺の破滅願望が彼女に対して表れてしまった。いつか本当に、アルダンをこの手にかけてしまうのかもしれない。
幸せになるのが怖い。手を伸ばせばすぐ傍にあるというのに。
不思議なことに俺の中にはトレーナーとして教え子と正しい距離感で向き合うことへの罪悪感は無く、目の前にぶら下がった幸福に基づく恐怖だけがただあった。
……返事を、答えを出さなきゃいけない。
「お待たせいたしましたか?」
「いや、俺も今来たところだ」
待ち合わせ場所に選んだのは、メジロ家の保養所の近くにある高台。ここには多くの決意と思いが込められている。
「色々考えてみたんだ。……だけど、その前に、君の答えを聞かせてほしい」
「私の答えは天皇賞の時から変わりません。幸せでした。貴方がいてくれて」
「……そうか」
そこまで言われたらもう後には引けない……と思いながらも悩んでしまうのは俺の
「……怖いんだ、俺。君をこの手で失わせてしまいそうな気がして」
「いえ、私は貴方を置いて去りなどはしません」
「え?」
「私は、貴方にとって”永遠”の輝きですから」
そう言ってそっと笑う。
……そうか。たとえ俺の本性が露呈しようと、アルダンがアルダンである限り生きることを止めようとはしない筈だ。
強く生きる彼女が、俺にとって永遠の存在なのだから。
……なら、大丈夫か?しかし恐怖心は変わらず背筋を伝う。
でも、それでもいいと言ってくれた。人でなしの俺のままでもいいと。
何より俺自身の本心はどうなんだ。決まっている。あの日からずっと────
「……いいのかな。俺、君の隣にいても」
「はい」
手を差し伸べられる。俺は、その手を────
特別何かが変わったということでもなかった。
ただ、それでもトレーナーさんと私の絆はより深いものへとなった。
「────」
「トレーナーさん」
「────あっ、……ごめん、アルダン」
私の呼びかけでトレーナーさんは正気を取り戻せるようになった。それがせめてもの慰め。
トレーナーさんの根となる部分は未だに破滅を望んでいる。現に今、彼の手は私の首に伸びていた。
だとしても、彼の傍にいたいのが私の本心。これだけは誰にも譲れない。
「日差しが心地よいですね」
「そうだな」
ある休日、俺とアルダンは二人で陽だまりの中にいた。
春の陽光は存外に気持ち良く、ぼうっとしていると眠気が誘ってきた。
……怖い。
「アルダン。俺、ちょっと眠るよ」
「はい。おやすみなさい、トレーナーさん」
次目覚めた時も俺は彼女のトレーナーでいられるだろうか。この温かみが両の腕からこぼれ落ちてしまわないだろうか。
でも、きっと大丈夫だ。彼女は
……ああ、怖いな。今の俺、すごく幸せだ。